社畜が語るタピオカライフ③
タピオカ先輩が去り、俺はまた退屈な時間を過ごしていた。あの絡み方は鬱陶しかったが、居なければ居ないで寂しいものである。
『誰か居ないものか……』
ユカちゃんが持ち歩いてくれているとはいえ街の景色など大して面白いものでもない。
やはり誰かと話しているというのが一番楽しいのだ。もちろん相手にもよるだろうが、そう、例えば──
『ねぇあなた、少し話し相手になってくれないかしら?』
綺麗なお姉さんとかね!? この艶っぽい声! 間違いない! 振り返ればそこには綺麗なお姉さんが──いるはずもなく、そこにいたのは1粒のタピオカだった。
いや、タピオカ的には美人、というか美タピになるのだろう。俺もタピオカの端くれだ。タピオカの外見の善し悪しは何となく分かる。
しかしまあ……俺の中身が人間のおっさんである以上、どうしてもガッカリしてしまう自分がいるのである。どんなに綺麗でも所詮はタピオカなのだ。悪いけど。
『あ、はい、僕でよければ』
しかしそんな我儘も言っていられない。とにかく暇で仕方ないのだ。構ってもらえるだけでもありがたい。とりあえずゴマすりモード発動っと。
『ふふっ、ありがと。素直で可愛いわね』
セクシー系お姉さんの甘い一言。これが人間だったなら卒倒ものだろう。うーん、やはりタピオカなのが惜しい。
『そうね……正直お喋りができれば何でもよかったんだけど、せっかくだから愚痴とか聞いてもらってもいいかしら? 彼氏、というか、元彼の話なんだけど……』
『あーはい、全然大丈夫です』
彼氏? 元彼? まさかタピオカに恋人なんて概念があったとは。
小一時間程度の命で燃えるような恋をするとか、やはりタピオカの感性はよく分からない。そもそもタピオカの恋の行き着く先って何なんだ……。いや面白そうだから話は聞くが。
『そもそもその人との出会いが居酒屋でね。お互い恋人に振られてヤケ酒してたの』
なんというか、安いドラマのような出会いだ。いや決してバカになどしていないぞ?
というかそんなことよりもっと大事なことを聞き逃しているような……。あ、そうそう居酒屋だ。タピオカの世界にも居酒屋なんてあるのか……。
『いやそんなわけあるかぁ!』
『きゃっ!? ちょっとどうしたの!? 私、そんなに変なこと言ったかしら?』
『あ、いや、変なこと言ったとかではなくて。あの……今「居酒屋」って言いました?』
『ええ、そう言ったけれど……』
『もしかして、前世人間だったり……します?』
『ええ、そうだけど。あなたもそうなんじゃないの?』
なんということだ。まさかこんなところで前世が人間のタピオカに会えるとは。これで何か新たな情報が得られるかもしれない。
『そうなんです! 僕もなんですよ! いやーよかった、ようやく話の通じる相手に会えました』
『あらそうだったのね。私は会話ができる相手はあなたが初めてだったから、みんな前世は人間なんだって勝手に思ってたけど……その話を聞く限り、違うのかしら?』
『いや、僕もあなたで2人目……2タピ目? なのでよく分からないですけど、さっき会ったやつは何回かタピオカ繰り返してるみたいでしたよ』
ストローに吸い込まれる直前にタピオカ先輩が言いかけた言葉を聞けていればもう少し何か分かったのかもしれないが、手に入らなかった情報を欲しがっても仕方がない。
とにかく今はこのタピオカ姉さんから話を聞くのが先だ。
『えーと、お姉さんは自分がなんで死んだのか覚えてます?』
『私は交通事故ね。夜中の交差点を走ってたんだけど、横から信号無視の車が突っ込んできて、そのまま』
タピオカ姉さんも交通事故だったのか。共通点は見つかったが、これが原因ではないような気がするな。単なる偶然という可能性もあるし、そもそも転生との脈絡が無さすぎる。
『じゃあ……なんでタピオカになったのか、心当たりとかありますか?』
『いえ、何も。気づいたらこうなってた、としか言いようがないわね』
うーん、結局原因は分からずじまいか。まあタピオカ姉さんが俺と近い境遇だったから、持っている情報に大きな差がないのは当然といえば当然なのだが。
しかし逆に言えば、自分に近い境遇のタピオカが他にもいる、ということが分かっただけでも大きな収穫だろう。
『でもね、どうしてこんなことになったのかは分からないけど、この出来事自体には感謝してるのよ?』
『どういうことですか?』
『私ね、人間だった頃タピオカ屋の店長をやってたの。ちょうど私たちが作られたタピオカ屋のね』
俺たちが作られた、ということはつまり、俺の会社の向かいにあったあのタピオカ屋ということか。元気過ぎる店員がいるなとしか思っていなかったが、ともすればタピオカ姉さんと出会う可能性もあったらしい。
『私が死んでお店が無くなっちゃわないか心配してたけど、杞憂だったみたいね。ちゃんと私の思いを汲んでお店を続けてくれているみたい』
なるほど、あの店にそんな背景があったのか。
確かにあの店はタピオカブームが終わっても潰れることはなかったし、俺が死ぬ直前の頃でも客が絶えないくらいの人気店だった。それはタピオカ姉さんと、あの店の店員の努力があってのものだったようだ。
『ふふ、ちょっと自分語りしすぎちゃったわね』
『いえ、聞けてよかったです』
タピオカ姉さんがいつ亡くなったのかは分からないが、彼女が転生してこうして俺と話している今でも、あの店員は元気すぎるほど明るく接客をしている。
店長が亡くなったのなら内心穏やかではなかっただろう。それでもお店を守るためにひたむきに努力する彼女や他の店員には、頭が下がるばかりだ。
『お姉さんは、お店のことが──ぉぁぁぁああああ!?!?』
ちょっ、いい感じで締めくくろうとしたのに! ここでくるのか!? 「ストローでミルクティーかき混ぜタイム」っ……!
『もうお別れみたいね! ありがとう、楽しかったわ!』
『こちらこそっ……! ありがとうございましたぁぁぁぁ……!!!!』
いやほんと、ストローさん、毎回タイミング悪すぎませんかねぇ? しかしまあ──
『いい感じの場所に来てくれたじゃないか』
ふっふっふ。ここはストローの吸い込み口の真下。そして何より、「ストローでミルクティーかき混ぜタイム」が連続で来ることはほとんどない! ならばここからの展開は1つしかないだろう?
『よっしゃきたきたぁ!』
ストローがミルクティーを吸い込み始める。ぷにぷにモチモチの俺の体はその流れによって持ち上げられ、ストローの口にスポッと入る。
『これこそタピオカの本懐ってやつだよな!? 今行きますよお客様!』
決して他意などはなく、タピオカミルクティーをお買い上げになったお客様を幸せハッピーにするべく、俺は天国への階段を駆け上がっていくのだった。