社畜が語るタピオカライフ②
『さて……これからどうすればいいんだ?』
タピオカになった、というのは分かった。頑張れば色々できることも分かった。ただ、全くと言っていいほどすることが無い。要するに、暇なのだ。
ミルクティーの中を泳ぎ回ることも試みたが、氷にぶつかって上手く進めない上に俺の泳力が無さすぎたので早々に諦めた。
まあタピオカミルクティーの中にいる以上泳いで出会えるのは氷とタピオカぐらいだろうから、何も問題は無い。そう、全然、全くもって、悔しくなどないのだ。
というわけで俺は今ぼやぁ〜っと外の景色を眺めながらミルクティーの中を漂っている。カップが透明なのが唯一の救いだ。色々な景色が見られて退屈も幾分かマシになる。
『おぉ〜い、お前!』
しかし俺を買ったこの女子高生、ユカ……だったか? 全然飲まないな。早く飲まないと氷が溶けてミルクティー薄くなるんじゃないか?
『お〜い! おいったら!』
そういえば彼女の声、どこかで聞いたことがあるような気がするのだ。
だが定期的に視界に映る彼女の服装は制服。女子高生のそれだ。俺に女子高生の知り合いなと居ないし……うーん……。
『おぉい! なぁんで無視するんだよぉ!』
さっきからうるさいなぁ! こっちは考え事してるんだよ! もう少しで思い出せそうだったのに……ちょっと待て、うるさいだって?
『誰かいるのか!?』
『ここだよぉ! 目の前!』
『うわっ!』
『他タピの顔見て「うわっ!」はないだろ〜』
他タピ? ああ、他人じゃなくて他タピなのか。そもそもタピオカに顔の概念があったのか……いや、問題はそこじゃない。
『お前……喋れるのか?』
『おいおい〜、先輩には敬語、だろぉ〜?』
なんだこのこの上なくウザい先輩キャラは。しかし俺がタピオカ的に新参者であることは確かだ。ここはひとつ社畜時代に獲得したゴマすりスキルを使うとしよう。
『あっ、すみません。まだタピオカになって日が浅いもので……』
『はははっ! 分かればいいんだよぉ! しか〜しぃ? オレはとぉ〜っても優しいからぁ? タメ口でもいいぜ〜!』
うっっっっぜぇぇぇぇ!!!!
しかし我慢、我慢だぞ俺。コイツはタピオカになって初めての意思疎通ができる相手だ。何か情報が得られるかもしれない。
『ええと、あんたは生まれてからどれくらいになるんだ?』
『おいおい忘れちまったのかよ〜。一緒に茹でられた仲だろぉ? まあそうだなぁ〜、30分くらいじゃねぇかぁ? 俺の方が1分20秒先輩なんだからな〜?』
短っ! 年の差とか以前に、そもそも年を経てねえじゃねぇかっ! ……いやでもタピオカの短い人生、ならぬタピ生を考えれば、1分20秒でも結構な差なのかもしれない。
『それじゃあ……これから俺たちはどうなるんだ?』
『まあ余程のことが無ければ飲んでもらえるんじゃねえかなぁ〜』
やはり飲まれるのか。タピオカとしては正しいのだろうが、人間の頃の記憶が残る俺からすると少し複雑な部分がある。
『いや〜、それにしてもオレたち、ラッキーだよなぁ〜』
『ラッキー?』
『なぁんだお前、見てねぇのかぁ? オレたちが誰に飲んでもらえるのかをさぁ〜?』
誰に飲んでもらえるのか、ということは俺たちを買った彼女、ユカちゃんのことか。
さっきから氷が邪魔で顔だけは見ることができなかったのだ。
『見に行ってこいよ〜。あれは見とかなきゃ損だぜぇ〜?』
『そこまで言うなら……』
俺は近くに氷の隙間を見つけ、そこまで懸命に泳いだ。
移動速度はご愛嬌だ。決して泳ぐのが下手とかではない。タピオカだから遅いのだ。
やっとの思いで辿り着いた隙間から上を見上げると、俺たちのことを買った彼女の顔、いや、我々のことをお買い求めくださった彼女のご尊顔を拝見することができた。
『はぅっ……!』
そこにいたのは、地上に降り立った天使。人として生まれた女神。そんな陳腐な形容など何の役にも立たないほどの、超絶美少女。
俺が人間だった頃、文字通り命を懸けて助けさせていただいた彼女が、俺たちの入ったカップを持って友達と歩いていた。
『そうか……。「ユカ」って名前だったのか……』
死の間際に抱いた願望がタピオカになって実現するとは、世の中何があるか分からない。こんな形で再会できると何かしらの運命を感じてしまうのが、モテない人間の悲しき性である。
だがもしユカちゃんが俺が助けた彼女だとすると、一つ不自然な点がある。
俺が死んだのが8月の下旬。今現在も周囲の様子を見るに同じくらいの時期に見える。
だとすると彼女は俺が目の前で死んでから1ヶ月も経たないうちに友達と元気にタピオカを楽しんでいることになる。
知らないおっさんが死んだことを一生覚えておけとは言わないが、数週間で忘れ去られてはさすがの俺も寂しい、というより、それは俺が妄想している「心まで天使」のユカちゃんに合わない。
そんなことを考えてユカちゃんの方に注意を向けていたからか、ユカちゃんと友達の会話が聞こえてきた。
「そういえばユカ、今年もあの交差点行くの?」
「うん。あのお兄さん──相場さんが助けてくれなかったら、私はここには居ないから。感謝してもしきれないよ」
やはりユカちゃんは俺があの日助けた娘だったようだ。
それにしても「今年も」ということはつまり、俺は死んでからすぐにタピオカになったわけではないということか。少なくともあの日から2年以上は経っているらしい。
やはりユカちゃんは天使なのだ。見た目も可愛い、性格も良い。彼女の性格を疑うなんて、我ながらどうかしていたとしか言いようがない。
『な〜? めっちゃ可愛かっただろぉ〜?』
いつの間にか近くまで泳いできていたタピオカ先輩が相変わらずのねっとりとした喋り方で話しかけてきた。
鬱陶しいのはこの上ないが、ユカちゃんが可愛いということには同意である。
『いや〜、飲んでもらえるの、ほんとに楽しみだよなぁ〜。こういうのを「一日千秋の思い」って言うんだろぉなぁ〜』
一度の秋も迎えたことのないヤツがぬかしおる。
だがコイツの気持ちが分からないこともない。何せあのユカちゃんに飲んでもらえるのだ。これならあのクソみたいな会社で千年働かされてもお釣りがくる。
『……そういえばあんた、生まれる前のこと、覚えてるか?』
前世の記憶を持っているのは俺だけとは限らない。
もしコイツが前世の記憶を持っているなら、この摩訶不思議な現象について何か分かるかもしれない。
『ん〜、生まれる前もタピオカだったぜ〜?』
『そうか……』
『でもそうだなぁ〜。ここ3回はタピオカだったけどぉ、その前は……ぁぁぁぁフウゥゥゥゥ……!!!!』
『ちょっ……おいこらストロォー!!!!』
もう少しで何か分かりそうだったのに!
何か喋りそうだったタピオカ先輩はストローに吸い込まれ、あっという間に俺の前から姿を消した。
『あっはぁぁぁぁン!!!!』
何か気持ち悪い声が聞こえたような気がするが気のせいだろう。そう、気のせいだ。
ましてやその声の持ち主が知り合いだなんて、そんなことがあるわけがない。
しかしストローが近くに来たことも悪いことばかりではない。このままストローの近くに居座っていれば次は俺が飲んでもらえるかもしれないのだ。
ならば行くしかないだろう。いざ、ストローの吸い込み口へ……!
『うぉっ!』
グリん、と大きく回されたストローによって生み出されたミルクティーの流れ。強大なその流れに抗えるはずもなく、俺の体はあらぬ方向に流されていった。
『嘘だろ……』
まさかこのタイミングで「ストローでミルクティーかき混ぜタイム」がくるとは。
かき混ぜる必要など皆無である飲み物でも、ストロー付きのカップだと定期的にかき混ぜてしまう、というのは全人類共通なのかもしれない。
かくしてストローは遥か遠く、俺は引き続きミルクティーの中を漂うこととなったのだった。