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社畜が語るタピオカライフ①

今のタピオカの知名度ってどのくらいなんですかね……?

 人が地面を踏む音にまじって少し高めの女性の声が聞こえる。音がこもっていてはっきりと聞き取ることはできないが、看護師か誰かだろうか。

 とまあこんなことを考えられているのだから、少なくとも死んではいないのだろう。あれだけ激しい事故から生き残ることができた有り難さと、生き地獄に連れ戻されたことに対する落胆とで少し複雑な気持ちになりながら、俺は少しずつ意識を取り戻していく。




 現状を整理しよう。痛みは……特に感じない。まだ麻酔が効いているのか、あるいは傷が癒えるまでぐっすり眠っていたのか。

 後者は困るな、そんなに長期間寝ていたとなるとあの口うるさい上司に何を言われるか分からない。

 目は……開かない。ドラマでよく見る包帯ぐるぐる巻き状態なのか? 声も出せない。音は聞こえているがやはりこもったままで、包帯ぐるぐる巻き説がより一層現実味を帯びてきた。

 手足はどうだ? 手足は……動かない。というよりこれは、感覚が無い? その瞬間、非常に恐ろしい仮説が俺の脳裏をよぎった。


 ──全身麻痺


 医療に明るくない俺だが、脊椎を損傷すると麻痺が残ることがある、くらいの知識はある。

 あれだけ派手に吹き飛ばされたのだから、手足に多少の麻痺が残ったりリハビリが必要だったりしてもおかしくはない。だが全身麻痺となると話が変わってくる。意識はあるのに一歩も動けないなんて、会社の労働奴隷とはまた違った方向の地獄だ。それだけは勘弁して欲しい。




 あくまでそれは万一の話であって包帯ぐるぐる巻きパターンの方が可能性としては高いのだが、その万一は身動きも取れず声も出せない俺を恐怖させるのに十分すぎるものだった。

 とはいえこんなものはどれも予想に過ぎない。兎にも角にも情報だ。自分の状態を正確に知らずに余計な心配ばかりしていては、それこそ心臓がいくつあっても足りない。俺は自身の現状を知るべく、唯一残された聴覚に全神経を注いだ。


「いらっしゃいませ! ご注文は何になさいますか?」


 先程から聞こえていた女性の声はどこかの店の店員のものだったらしい。ここが院内の売店の近くの部屋なのか、あるいは病院の近くに何か店があるのか。

 女性の言葉からして前者の可能性は低いだろう。近くの店、それも飲食店の接客の声とみた。

 もし本当にそうだとすれば病院としても飲食店としてもちょっと心配になるレベルの防音性だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「タピオカミルクティーを1つと……ユカは?」


「うーん……私も同じのでいいかな」


「じゃあタピオカミルクティー2つで」


「かしこまりました、少々お待ちくださいね!」


 飲食店と思っていたものはタピオカ屋だったらしい。そういえばこの店員の声、会社の前にあったタピオカ屋の店員と似ているような……いや、気のせいだろう。あの店の近くに病院など無かったし、開店したときから働いているあの娘が別の店に移ったとも考えづらい。




 直後、足音がこちらに近づいてきた。タピオカ屋の方向から聞こえてくるが、音の距離からして看護師か医者だろう。

 とにかく俺の意識が戻ったことを伝えなければ。何か方法は無いものかと俺が頭を悩ませていると、足音は俺のすぐ近くで止まって、そして──

 何故か俺は持ち上げられている。何が起こっているんだ? 背中に何かが触れた感覚はない。手足を動かせなくなったついでに触覚まで失ってしまったらしいが問題はそこではなく、唯一まともに機能している俺の加速度センサーから察するに、俺は誰かに易々と持ち上げられてしまったらしいのだ。

 それもなかなかの高さである。赤ちゃんならともかく、普通の大人をそんなに簡単に持ち上げられるだろうか。そして水平移動、どこかに運ばれて……ポチャン。


「お待たせいたしました、タピオカミルクティーになりまーす!」


 俺の真上から聞こえてきた耳につく声に、俺の疑惑は確信へと変わった。




 もう一度状況を整理しよう。手足の感覚は無い。というかそもそも手足があるのかも怪しい。

 胴体も縮んだような感じで、体感的には丸に近いようなフォルムになっている気がする。声は出せない。

 そして極めつきには、なんとも言えない浮遊感……。


『……タピオカだろこれ』


 あ、喋れた。声が出せたわけではないので喋れたのかどうかは少し微妙なところではあるが、タピオカを自覚すると同時にタピオカ語的なものが使えるようになったので……つまりはそういうことなんだろう。

 まん丸フォルムにモチモチとした食感。主にミルクティー、たまにミルクティーでないドリンクの中で優雅にふよふよと漂い、その独特の食感と見た目の楽しさが人々を魅了してやまないあの食べ物。

 交通事故によって人としての生を終えた俺は、何故かは分からないがタピオカに転生してしまった、と考えるのが妥当だろう。

 普通ならありえない話だが、正直ここが病院だとは思えない。俺の状態も、感じ取れる状況も、周りの人間のやり取りも、はっきり言ってタピオカになった以外説明を思いつかない。そもそも、持ち上げられて落とされて、それでポチャン……というのは少なくとも人間が体験できるものではないだろう。

 なに? 出来事の割に反応が薄いだって? それはまあ、なんだ。一周まわって落ち着いているというか、有り得ないことすぎて実感が湧かないというか。

 例えるならそう、学年一の美少女に玉砕覚悟で告白して、何故か付き合えてしまったけれど全く実感が湧かない、みたいな。そんな感じだ。逆に分かりにくいって? 分かってるよそんなこと。だがとにかく、実感が湧かないんだ。




 しかし人間というのは思いのほか適応能力が高いらしい。いやタピオカになってしまったので既に人間ではないような気もするが、中身は人間のままだから人間ということにしておこう。

 人間かタピオカかということはこの際置いておくとして、存外この体に馴染んできている俺がいるのである。

 こうなってくると何ができるのか確かめておきたくなる。つまり先程タピオカ語を習得できたように、何か他にできることがあるんじゃないか、ということだ。

 例えばそう、視覚だ。人間が得る情報の8割は視覚からの情報らしい。体がタピオカになったとはいえ中身は人間なのだから、視覚情報が有るのと無いのとでは天と地ほどの差がある。

 そうと決まれば早速実践、試してみない手は無い。タピオカ語を話せたときのように、集中、集中……俺はタピオカ……。


 くわっ!


 効果音がダサいことは重々承知の上だ。触れてくれるな。

 何事も気持ちが大事だろう? ノリと勢いというのは下手な小細工よりも有効なことが多い。まあ、何はともあれ──


『視界は確保できたか』


 概ね予想通り。強いて言うなら思った以上に氷に圧迫されていたが、ミルクティーの中に浮かんでいる、というのは間違いなさそうだ。

 何故ミルクティーだけが透けて見えるんだろうという疑問が一瞬浮かんだりしたが、そもそもぷにぷにモチモチなのに意識があるという時点で意味が分からないので俺は思考を放棄した。

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