社畜が語るマリトッツォライフ①
そういえばマリトッツォも食べたことないな……
むう、結局ユカちゃんのお母さんと俺がどういう関係だったのかを知ることはできなかったな。タイミングが悪かったとしか言えないのは分かっているが、やはり自分に関することを聞けなかったのは惜しい。
とまあ、ここまで頭が働いているのだからまだ成仏したわけではないのだろう。であればそろそろ……。
「ただいまー」
よし、毎度おなじみ聴覚の獲得だ。そういえばなぜか音だけは自分が何に転生したのか自覚しなくても聞こえるようになるんだよな。どうして音だけ、なんてことは考えるだけ無駄だろうからスルーだ。
「今日はおみやげもあるぞー。みんなで食べよう」
今回の購入者はこの男性だろうか? 声の感じは中年男性といったところだな。
普通ならこの状況、見ず知らずのおっさんに買われたことを嘆くべきなのかもしれない。そりゃあ女子高生に食べてもらえる方がいいに決まってるからな。しかし、俺には1つだけ確信していることがある。
「お父さんお帰り。何買ってきたの?」
はいキター! ふっふっふ。ここまでくればもう運命と言っても過言ではないだろう。この天使のような可愛い声の持ち主は、彼女しかいない。
「おおユカ。見て驚くなよ?」
「え! これ午前中には売り切れるって有名なやつでしょ!? 買えたの!? すごい!」
はい、満点。最高の反応だ。さすがユカちゃん、喜び方もバッチリだな。これはお父さんも色々買ってあげたくなるだろう。
しかし「午前中には売り切れる」か。今回俺はいったい何に転生したのだろうか? まあ転生先が何であれ、自分が人気の商品であるというのは悪い気はしないな。
「ていうかお父さん、ウォーキングに行ってたんじゃなかったの?」
「ああ、そうだぞ。その途中でたまたま通りかかってな。ほら、この前母さんと話してたろう? 近くのパン屋がなんとかって」
ふむふむなるほど、パン屋で売っている人気商品か……ありそうなのはカレーパンとかか?
「うん、この辺りで有名になってお母さんと食べたいねって話してたけど、人気すぎて買えなかったんだよね。だからすっごく嬉しい。それにおやつ時に買ってくるなんて、タイミングまで完璧だね」
おやつ時がタイミングとして完璧、ということは菓子パン系の何かだろうか。甘いパンはふと食べたくなってしまう不思議な魅力があるからな。ユカちゃんがこれだけ喜ぶのも頷ける。
「うわ〜おいしそう! 噂では聞いてたけど、ほんとに生クリームすごいね!」
生クリームだと? だとするとスイーツに近いものなのかもしれないな。生クリームが主役でありながら、ケーキ屋ではなくパン屋が話題となっているような商品か……。
「いやぁ確かに美味そうだな。えーとこの……何だったか」
「ちょっとお父さん、自分で買ってきたんでしょ? これは『マリトッツォ』って言うんだよ」
マリトッツォぉー! なるほど! それは確かにケーキ屋ではなくパン屋。生クリームが主役となるスイーツ系の商品だ。
ふわふわのパンと、そこに挟まれた溢れんばかりの生クリーム。シンプル・イズ・ベストを形にしたかのようなそのスイーツは、その単純さを忘れさせるほどのボリューム感と贅沢感で人々を魅了する。
それ単体だけでも人々を惹きつけてやまない生クリームと、その道のプロが焼き上げる最高のパン。このタッグはそのままでもスイーツの最強格に君臨するのだが、それらはフルーツやチョコレートと組み合わさることで新たなステージへと進む。パン屋さんが工夫を凝らして完成させたそれは、素材同士のコラボレーションにより多層的な味わいが実現され極上の逸品となっているだけでなく、美しく飾り付けられたその姿はもはや1つの芸術作品であると言っても過言ではない。
いやぁいいよね、マリトッツォ。大の生クリーム好きである俺が、死ぬまでに食べたいと思っていたスイーツNo.1だ。実際に食べてみたのかって? おいおい聞くなよそんなこと。
『俺だって食べたかったよチクショー!』
というわけで俺のマリトッツォとしての第一声は怒りの叫びだ。仕方ないだろ、本当に食べたかったんだよ。しかしまったく、人間だった頃に1番食べたかったものに食べられる側として転生するとか、さすがに皮肉が効きすぎじゃないか? なかなか惨いことをしてくれる。
まあ今回も無事に転生先を突き止めたことだし、あれをやっておくとするか。そう、視覚を確保するための恒例のあれだ。
うーんしかし、毎回同じというのも面白くないよな。なら今回は少し趣向を変えてみるとしようか。
『──開っ眼っ!』
はいここで瞳に光のエフェクトぉ! シャキーン! なんてな。久しぶりの中二病全開ムーブだ。いい歳してこういうことをやるのものもなかなか楽しい。まあこんなセリフ、誰かに聞かれていたら赤面ものだがな。
『ねぇちょっとぉ、さっきからうるさいよぉ』
『ふぁいっ!? えっ、あっ……。すっ、すみませんでした……』
え、こんなことあるか? こんなにも綺麗にフラグ回収するなんて、そんなことありますか? まさか既に喋れるタイプが近くでスタンバイしているとは想定外だ。危機管理の甘さと言われればそれまでだが、あんなに静かに潜伏されていては気づけないだろう……! 今回のは俺悪くないよね!?
ぐうぅ、しかしこれは恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。いやもう穴がなくても自分で掘ってでも入りたい。
『そんなことよりあの女の子、かわいいよねぇ。食べてもらえるのかなぁ? 楽しみだなぁ』
さてここから彼の中での俺の印象をどう挽回していこうか……と考えていたのだが、この感じだとその必要はなさそうだな。この男、良くも悪くも俺に興味が無いらしい。初対面の相手にその態度は失礼じゃないか? とも思ったが、そのおかげで助かった側面もあるから文句は言えない。いや本当にこの男がこういう性格でよかった。
まあそれはいいとして……。
『またこのパターンかぁ……』
『んー? どうかしたのぉ?』
『ああいえ、何も……』
微妙にねっとりとした喋り方の彼、最初は他のマリトッツォに話しかけられたと思ったのだが、実はそうではなかったらしい。
今回の俺はマリトッツォの中でも、贅沢にイチゴで飾り付けられているタイプのマリトッツォだ。そしてこの体、どうやらマリトッツォとイチゴが別のものとして扱われているらしい。
何が言いたいのか分からないって? 要するにこれ、前回のチーズハットグとソースのパターンと同じなのだ。ねっとりとした喋り方の彼は他のマリトッツォなどではなくイチゴで、しかも俺の飾り付けに使われているときた。イチゴの彼はマリトッツォのクリームの部分に飾り付けられているのだが、自分の体に見知らぬ男が埋まっているというのは正直なところ前回以上に気持ち悪い。
『うわぁー。見てよほらぁ、お皿持ってきてくれたよぉ。お皿運んでる姿もかわいいねぇ。デュフ、デュフフ』
うわぁ、笑い方が「デュフフ」なのかぁ。これはけっこう苦手なタイプだ。この男──イチゴデュフ男とでも呼ぶか。残りのマリトッツォとしての時間をイチゴデュフ男と一緒に過ごすことになると考えると、なかなか気が重い。こういう相手が「生理的にムリ」ってやつなのかもしれないな。
こうして俺は、残りの人生──ならぬマリトッツォ生に一抹の不安を覚えながら、ユカちゃんによって皿の上に取り出されるのだった。




