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社畜が語るチーズハットグライフ⑤

そういえばチーズハットグ食べたことないな……


 『娘さん、元気そうでしたね』


『……ええ。安心しました』


 駅の方へと歩いていく女性を見送りながら、ソースとチーズハットグが静かに語り合う。落ち着いているように振る舞うソースお父さんは、涙をこらえているのか俺の表面でフルフルと震えていた。


『本当に、この出来事には感謝しかないですよ。死んでしまったにも関わらず、娘の本心を知ることができた。直接謝ることこそできませんでしたが……あれだけ伝わっているのなら、十分です』


 偶然か必然か、奇跡的な再会を果たした父と娘。これならソースお父さんもソースになった甲斐があるというものだろう。


『こんな幸運があるのなら、生まれ変わるというのも悪くないのかもしれませんねぇ。本当に驚きましたよ、特に娘の声を聞いた瞬間なんて──』



 サクッ



『『あふんっ!』』


 えっ、ちょっ、ユカちゃん!? その1口目、もうちょっと待ってくれてもよかったんじゃないかなぁ!? いやそりゃあ俺たちの会話なんて聞こえてないだろうが、もう少しタイミングとかさぁ……。

 しかしなんだこの感覚は。俺自身はまだ確かにチーズハットグとして棒に刺さったままで、見える景色も聞こえてくる音も変化はしていない。しかし俺の体の一部──ユカちゃんに食べられた部分の感覚も、同時に俺に伝わってくるのだ。

 衣が割れたときのサクッという音とともに感じられる、弾けるような快感。それとシンフォニーを奏でるのは、中身のチーズを舌で絡め取られることで感じるゾクゾクとした感覚。

 2つの食感が共演するチーズハットグだからこそ体験できる贅沢な快感の嵐が、俺を桃源郷へと連れていく。え、何これ最っ高じゃないですかぁ。


『ほあぁ何ですかぁこれ……最っ高じゃないですかぁ!』


 あ、これ、ソースお父さんも食べられる快感に目覚めたな。こうなってしまったらもう会話は成立しないだろう。正直俺も危うい。


『このふわぁ〜っと自分が溶けていく感じ、たまりませんなぁ! おぉこれは、口の中へ向かった私の体が彼女の唾液と絡み合って──』


 サクッ


『『ふぁうんっ』』


 くっ、続けざまに2口目とは容赦ない。意識が飛びそうだ。前回のようにじっくりと食べられるのも良かったが、一気に食べ進められるのもこれはこれで良い。


『本当にたまりませんよねソースさん! ……ソースさん?』


 おや、反応がない。もしかして彼、もう昇天してしまったのだろうか? ソースが死ぬというのがどういうことなのかは全く想像もつかないが、本体の部分が食べられた、とかそんな感じなのだろうか。

 だとするとさっきの情けない声が彼のソースとしての最後の言葉になってしまったわけか。しかしあれはうん……娘さんに聞かれてなくてよかったですね。




 ユカちゃんの口の中にある体の感覚が消えていく。一気に食べた2口分のチーズハットグを飲み込み終わったのだろう。さあ、ならば次の1口だ。もう一度あの快感を味わえるなんて、想像するだけで心が躍る。ゆっくりとユカちゃんの顔が近づいてきて──


「そういえばユカ、今日はお母さんと来る予定じゃなかったっけ?」


 ちょ、お友達ちゃん! せっかく食べてもらえると思ったのに突然中断するなんて酷くないか!? 期待が高まっていた分それが来ないとなんだか拍子抜けしてしまう。

 それに俺の都合は抜きにしたとしても、早く食べないと露出したチーズが冷えて固まってしまうぞ。食べるなら一気に食べた方がいいと思うんだがな。


「うん、ほんとはその予定だったよ。でも急に仕事が入って来られなくなっちゃったみたい。お母さん映画好きだし、ちょっと可哀想だったな」


 まあでも女子高生の食べ歩きの楽しみ方に口を出すのは無粋というものか。せっかくだから2人のお喋りでも聞いていよう。

 決してユカちゃんの家族のことが知れるかもしれないとか、そんな期待はしてないからな? 違うからな? とりあえずお母さんは映画好き、っと……。


「ユカってほんとお母さんと仲良いよねー。今日だってお母さんが誘ってきてたんでしょ?」


「うん。急に『今週末映画行くよ!』って言われたときはびっくりした。結局来られなかったけどね。予約までとってたのに」


 おお、お母さんと仲良し。これは相当ポイント高いぞ。まったく本当に、知れば知るほどユカちゃんが理想の子に近づいていくな。末恐ろしい子だ。


「看護師ってほんとに大変そうだよねー。まあ、私としてはそのおかげで映画も見れたし?

こうしてユカと一緒においしいものも食べられてるし、実は感謝してたりするんだけどね」


 へぇ、ユカちゃんのお母さんは看護師なのか。看護師という仕事がどういうものか詳しくは知らないが、人間だった頃の俺より人の役に立っているのは間違いないだろう。俺は毎日「会社の利益を」としか言われてこなかったからな。社会の役に立つ仕事というのは素直に尊敬する。


「お母さん残念がってたでしょ。確かここのチーズハットグ食べるのも楽しみにしてたんだよね?」


「うん、今朝もけっこう大きめのため息つきながら仕事行ってた」


「いやーそりゃそうなるよー。ちょっと申し訳なくなっちゃうね」


 お母さんもチーズハットグを楽しみにしていた、ということは、今日仮にユカちゃんが友達とではなくお母さんとここに来ていてもチーズハットグを食べに来たということだろう。そうなれば俺はお母さんに会うことができたかもしれないわけだ。

 だとするとお母さんが来れなかったのは少し残念なような……いや、今回俺がユカちゃんに食べてもらえたのは完全に偶然だ。余計な要素が絡んで食べてもらえなかったら本末転倒だからな。やっぱりこのままでいい。




 「そういえばユカ、お母さんに聞いてみた? 相場さんのこと」


 相場って、まさか俺のことか? そういえば前回、俺がタピオカとして死ぬ直前にも俺の葬式のときの話をしていたな。ユカちゃんのお母さんが何か関係しているのだろうか。


「まだ聞けてない。聞こう聞こうとは思ってるんだけど、なんとなく聞きづらくて」


「んーそうだよねー。あんなの(・・・・)を見たら気軽には聞けないよね」


 どういうことだろう。生前の俺と交流のあった女性の友人など数えるほどしかいないし、その彼女らの子供の顔ならさすがに分かる。その中にユカちゃんのような可愛い子(エンジェル)がいればなおさらだ。

 ユカちゃんの顔に見覚えがなかった以上、少なくともユカちゃんのお母さんは俺の友人ではないということになる。であれば俺が一方的に顔を知られているということになるわけだが……ユカちゃんのお母さんはいったいどこで俺のことを知ったのだろうか。


「あ、そうそう。そういえば私思い出したことがあってさ。ユカに会ったら言おうと思ってたんだよね」


 お、ここで新情報か。これを聞けばユカちゃんのお母さんが俺のことを知っている理由も分かるかもしれない。


「ユカのお母さんがさ、相場さんのお葬式のときに──」



 サクッ



『はうっっ!』



 ユカちゃんの唯一の欠点はこのタイミングの悪さなのかもしれない。お友達の言葉を遮るようにユカちゃんの前歯が俺のサクサクの衣を捉え、俺を快感の渦の中へ連れていく。こうして俺は今回も重要な情報を得ることなく、チーズハットグとしての命を終えた。






 [ねぇちょっと! なんで邪魔するの!?]


[別に邪魔しようとしたわけじゃない。こっちだって調整は必要だし、それで結果的に彼女がそっちに行けなくなってしまっただけだ。それにもしこっちの調整が上手くいかなかったら、後から困るのはお前なんだぞ?]


[そりゃそうだけど……そうかもしれないけど!]






 [もう! 今回で上手くいくと思ってたのに……。こっちだって何回でもできるわけじゃないんだからね!]




 [はぁ。でも文句言ったって仕方ないか。そりゃ確かに、むこうが優先だよね。その瞬間しかないんだもんね]




 [さて、気を取り直して次のやつ考えないと。……あ、これならもしかして──]

次回は生クリームがたっぷり入ったあの食べ物です

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