5 ハッシュポテト
結局遊んでくれていたほかの宿泊客と昼食も共に食堂でとることになった。近隣で働いていて、この民宿内の食堂で昼を過ごすことが多いのだというおっちゃん達にアイスを買い与えられ、アルバイトや大学の課題研究などに出掛けていくお兄さんたちを見送る。
また暇になってしまった。昨夜は船酔いでぐっすりとはいかなかったのだし、昼寝してしまってもいいかもしれない。
うん、我ながら良い思い付きだ。客室の押し入れにたくさん入っていた布団を下ろすところから始めなければいけないが、ほとんど丸一日ぶりにまともな食事をとった今なら何でもできる気がする。
そうと決まれば早く戻ってのんびりしよう。腹が満たされたら、もう後は睡眠欲を満たすだけだ。
起きたら朝だった。ちょっとだけ昼寝しようと思っただけだったのに、もう空が白んでいる。いつの間にか帰ってきていた父を起こさないようにそっと部屋を抜け出した。
共用の風呂場でさっとシャワーを浴びて部屋に戻ると、父が起きていた。
(げっ)
「昨日は疲れてたみたいだなあ。昼飯、何食べたんだ?」
「お肉が乗ったおそば。おばちゃんがおすすめだって」
「ふうん」
「お昼ご飯食堂で食べてって言っててよ」
「ん?ああ。でもわかるだろう、そのくらい。食堂じゃなかったらどこで食べるんだ?」
「食堂のご飯がいくらくらいなのかとかさ、わかんないもん」
「連泊するんだから支払いは宿泊費と一緒にだよ。そうだろ普通」
(だからわかんないんだってば)
「あー、うん。はい」
「今朝は適当におにぎりとかでいいだろ?そろそろ買いに行くけど沙瑛もついてくるか」
「うーん……うん、行こうかな」
昨日は気付かなかったが、すぐ近くにコンビニがあった。朝食用に梅のおにぎりとレタスがぎっしり詰まったサンドイッチ、ついでにお菓子も。父の持つ籠にしれっと放り込む。
「明日は父さん休みだからこの一週間分の買い物に行こう。今日のうちに必要になりそうなものは今買っておけよ。」
沙瑛にそう言いつけながら、父の目はレジ横のハッシュポテトに吸い込まれている。
宿に戻ると、父はすぐに自分の分の朝食を持って出掛けた。手荷物から文庫本を取り出し、読みながらのろのろとサンドイッチをつまむ。……食べにくい。
(ハッシュポテト、私も買ってもらえばよかった)
民宿内には秋の朝の肌寒さが混じった静けさが充満している。きっと他の客たちはまだ誰も起きてきてはいないのか、もう出かけてしまったかだろう。思いがけず学校が休みになった日の手持ち無沙汰を感じながら、沙瑛はおにぎりに手をかけた。