4 ハノイの塔
沙瑛が考え事を始めてから30分ほどは経っただろうかという頃、ようやく父が戻ってきた。なにやら男を一人連れている。
父の部下で、今日から沙瑛たちが滞在する宿まで車を出してくれるらしい。荷物を持って二人について歩く。
ほどなくして宿に着いた。
赤いレンガが特徴的な外観の民宿で、入ってすぐの共用部には日焼けした健康そうな男女が数人座っている。ガラステーブルを囲んでボードゲームをしたり、それを眺めながら煙草を吸う人、少し離れてマンガ本を読んでいる人もいる。
沙瑛たちが案内されたのは家族連れ向けの少し広い和室だった。
「この部屋もとは宴会場だったんだ。不便があったら受付か食堂に誰かは居るからさ、遠慮なく言ってね」
……気さくなおばちゃんだ。
父は仕事へ行くらしい。初めての場所で知らない人たちの中に取り残されてしまった。共用部に集まっていた陽気な若者たちの一人が沙瑛に声をかけてくる。
「こんにちは。何年生?」
「こ、こんにちは。二年生です」
「暇ならこっちで遊ぶ?ここ結構いろいろあるよ」
そういいながら開けて見せられた棚の中には、なるほど確かに様々な玩具が詰まっていた。知恵の輪がいくつか入った籠やトランプ、簡易的な囲碁や将棋のセットなどの小物から、棒の生えた板にカラフルで大小さまざまなドーナツ状の板が刺さったような見た目の大きくて初めて見るようなものまで。
沙瑛は一瞬でその棚の虜になった。
あれはなに、これは?棚の中身のものの名称や遊び方を尋ね、説明を聞いたり実際にやって見せてもらったりしているうちになんだかすっかり馴染んでしまった。
夢中になって対戦していたら、誰かの腹の鳴る音が聞こえてきた。ふと時計を見るともう正午を過ぎていた。時間を認識したとたんに空腹感が襲ってきた。
そういえば昼食はどうしたらいいんだっけ。お金を受け取ったわけでもないし、父は戻ってくるのだろうか?
じんわりと手のひらに熱が集まってきた。お小遣い、どれくらい持ってたっけ。
「沙瑛ちゃん、おなか減ってない?何食べる?」
さっき部屋に案内してくれたおばちゃんがやってくる。
「え?えっと、あの、わたし……わかりません」
「あれ?沙瑛ちゃんのお父さんがお仕事だから、お昼はうちの食堂でって言ってたんだけど……もしかして聞いてない?」
「特に何も……すみません」
「あはは、着いてすぐお仕事でバタバタしてたしねえ。おいで。好きなの選んでいいって」
恥ずかしい。父が戻ってきたら抗議しようと決意を固めた。