3 空想家
雑魚寝の大部屋よりはるかにマシとはいえ、揺れと振動に悩まされる夜が明けた。下から父が起きだす物音が聞こえて沙瑛もようやく体を起こす。
2時間もすれば入港するだろうという父の言葉に、胸のムカつきもいくらか引き始めたようだ。
下船後、すぐに新しい家に向かうものだとばかり思っていたがそうではないらしい。長い船旅から解放されてもまた数時間は移動になるだろうと憂鬱になりかけていた時、この港町に一週間ほど滞在する予定だと初めて聞かされた。
船内で一泊することはわかっていたが、数泊分の手荷物の用意はしていない。移動続きにならずほっとしたのも確かだがそういうことは先に言っておいて欲しいと感じるのも仕方のないことだろう。
思わず恨みがましい目で父を見るが気づかれずに済んだ。
待合の椅子に座って待っているように、とだけ言い残して父はどこかへ行ってしまった。何をしに行ったのかもどのくらいの時間待てばいいのかも説明はない。父の言葉足らずもまた昔からのことである。
昨日受け取ったぬるいスポーツドリンクをちびちびと飲みながら、手持ち無沙汰に沙瑛は周囲を見渡す。周辺の観光案内やこの港から出る船の時刻表など、特に目新しく面白そうなものはない。
ふと見覚えのある手配書が目に入る。船で一日の距離にある祖母の住む地域でも、商店など人目に付く場所に張り出されていたものだ。
(手配書ってかなり広い地域で張り出されるものなんだなあ)
手配書の写真の撮影日は……もう数十年も前だ。見たところ成人して数年、といったところの手配書の中のこの人間の風貌は加齢によって様変わりしているであろう。もしかしたら整形手術を受けたことさえあるかもしれない。そうでなくとも、故意に顔面の造形を変える術など幼い沙瑛にすらいくつか思い浮かぶ。
(ま、警察だってそんなことくらい分かっていてそれでも見つけられないんだろうけど)
数枚並んだまったく別の事件の手配書。それぞれに書かれた事件の概要や犯人についての情報、犯人たちの顔を眺める。ここにあるものはすべて沙瑛の生まれるよりも以前に起こったものだった。
今まで視界に入ってきたことはあってもその内容をじっくりと読んでみたことはなかった。これらの事件たちは沙瑛の住んできた町のどれとも全く離れた場所で起こっている。
現場から沙瑛が今いるこの地域までは生身の人間一人ではとてもたどり着くことはできない。
それでも今ここに、この手配書がある。待合の中には沙瑛の他に数人、まばらに腰かけている。ゆっくりと周囲に視線を巡らせてみる。手配書には犯人の現在の年齢も書かれていた。沙瑛以外に子供は見当たらない。スーツ姿のおじさん、老夫婦、作業着の男性数人、それに売店やチケット売り場の係や清掃員。
父は、まだだろうか。