2 船酔い
どこにいようと振動や揺れからは逃れられない。なんとか気を紛らわせようと寝台の上で楽な体勢を模索する。沙瑛の乗り物酔いが酷いのは本当に小さなころからのことだ。
荷物を置いてすぐに甲板に連れ出されたのはそのためであろうが、外に出るのは得策ではなかった。
父などはよく風にあたりながら遠くでも眺めておけというが、沙瑛にとって一番厄介なのは燃料のにおいである。いとこ達のなかにはあのにおいが好きだという者もいるが沙瑛には到底理解できそうもなかった。
そもそも乗り物に乗らねばならない、となった時点で過去の最悪な気分を思い出して気持ちが沈む。どんなに天気が良くとも、海が凪いでいようとも、性能がよく揺れないと謳われる乗り物であろうとも、気持ちが先行して酔うのだからどうしようもない。
既に長時間の船旅に連れ出されてしまった沙瑛が今できることは、一つでも酔いの因子を減らした環境で耐え忍ぶとこだけであった。
どれくらいの時間そうしていただろうか。父が寝台のカーテンの外から声をかけてくる。
「夕飯はいらないのか?」
カーテンを開ける。
「食欲がない」
「狭い室内に閉じこもるからだろう。スポーツドリンクを買ってきたぞ。冷たいものでも飲めば船酔いなんてすぐに良くなるんだ」
「枕元に袋でも置いておいたらどうだ?明日の朝には着くからあまり荷物を広げるなよ。じゃ、おやすみ」
父はさっさと造り付けの二段ベッドの下段に潜り込んでいった。
小さな船室の両脇の壁に二段ベッドが一組ずつと、小さな荷物置きがある程度の4人部屋でどう散らかすというのか。父への反論は声には出さなかった。
前回フェリーに乗った際には、硬い床と薄い毛布、枕なのかもしれない直方体だけの大部屋で大変な目にあった。だから今回はこの船室なのだろうがそれでも赤の他人がすぐそこに存在しているのには変わりない。
沙瑛は二段ベッドを実際に見たことも使ったこともなかった。乗船してすぐ、父に寝台は上と下どちらがいいか聞かれたときには上がいいと即答したものの、こうも気分が悪くては自力で梯子を下りるのも億劫だ。今からでも上下を交代してもらうべきだろうか。
ああ、でも声を出すのも面倒だ。眠ってしまおう。無理にでも眠ってしまえばいい。
ペットボトルの蓋は開けなかった。まだ気分が悪くなかった数時間前の自分の浅はかさを悔やみながら目を閉じた。