1 船旅
お久しぶりです。こちらは特に変わりなく....いえ、変わりはありましたね。なにしろもう十数年の時が経ってしまいましたから。私もそろそろそちらへ発とうかというところで、先んじて便りをお送りいたします。
あなたがいなくなられてからも数年間、坂元の家は伯母さまによって保存されておりましたが、ついぞ取り壊されてしまいました。
それもあの家を管理していたお兄さんが亡くなられ、人の手が入らなくなったので仕方のないことです。
そうわかってはいても、幼少期をあの家で過ごした者どもには何とも寂しいことで、未だなんとも名状しがたい感情が親族の間に横たわっているように思えます。
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秋。沙瑛は父と二人で客船の甲板にいた。坂元の家を離れ、新しい家に引っ越すため。祖母との穏やかな暮らしが終わりを迎えたのだ。
ここ数年で数えるほどしか顔を合わせていなかった父との間に会話の糸口が見つけられず、沙瑛は黙り込んでいた。住み慣れた土地や祖母との別れを惜しんでいるふりをしてぼんやりと海面を眺める。
髪をかき回す潮風や重く響くエンジンの振動、燃料のにおい。なんだか胸のあたりがムカムカしてきて、父に一声かけて船室に戻ることにした。
父はこちらの様子など気にするそぶりもなく椅子に掛けて新聞を読んでいる。
寝台に体を横たえ、深く息を吐く。眠ってしまおうと目を閉じるがここは船の上。どこにいようと不快な振動に内臓を揺さぶられる心地がして到底眠れそうにはない。目的地に着くまで、あと半日以上。
目的の港には過去に一度だけ訪れたことがある。坂元の家に暮らすようになるより以前に父と母とその近くの小さな町に暮らしていた。これから住むことになる町はそことはまた別の、もう少しだけ大きい町らしい。
週に一度は祖母の様子を見るため、時に沙瑛を遊びに連れ出すために親族が訪ねてきていたあの家とは違い、次の町では父しか見知った顔はない。