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第99話 格上の相手

 一瞬、何が起きたのか分からなくなった。


 目の前に飛び散っている赤い液体。それが自分の物だと分かったのは、痛みと熱さが右腕を襲ってからだった。


「――ぐっ!」


 見てみると、右腕に大きな刀傷が刻まれていた。


 その事実を前にして、切られたのだと体が認識したのだろう。遅れてやってきた強い痛みに耐えきれず、俺は片膝をついてしまった。


「あ、アイーー」


「振り向くな! 先に行っていてくれ、問題ないから!」


「――っ!」


 俺が切られたことに気づいたのか、リリはが立ち止まろうとしていたので、俺は右手を押さえながらリリに叫んだ。


 この相手を前にリリを逃がしてやれる機会は二度とないだろう。そう思って少し言葉が強くなっていた。そんな言葉を受けて、リリはその考えを察するように再び走り出した。


 もしくは、自分がいても邪魔になることを察したのかもしれない。


 右腕から流れ出る血の勢いのせいか、どくどくとした脈がいつも以上に感じる。血がなくなって倒れるほどの怪我ではないが、放置してよい怪我ではないことは確かだった。


「浅いな。まだ死んでないだろ? そろそろ正体を見せてくれてもいいだろ?」


「……」


「一人見逃してやったんだ。それくらいしてくれてもいいんじゃないか?」


 どうやら、俺たちが隙をついたと思っていただけで、この男に見逃してもらっただけらしい。


 ここで姿を見せないと、リリの跡を追われるかもしれない。


 そう思った俺は、渋々【潜伏】のスキルを解除した。


 右腕を押さえながら姿を現すと、目の前にいた男は少しだけ目を見開いていた。そして、失笑でもするかのような笑みを浮かべながら言葉を続けた。


「なんで、ピエロがこんな所にいるんだよ? 祭りはもう終わったぞ?」


「馬鹿いえ、あと二日あるだろうが」


 男は俺の仮面を見て俺がふざけていると思ったのか、そんなことを言ってきた。まさか、ここまでの事態になるとは思ってなかったが、仮面は用意しておいて正解だったようだ。



「よく知ってんな。まぁ、調べればすぐに分かることけど」


 男はそう言うと、浮かべた笑みをそのままにしてこちらの様子を窺っているようだった。


 さすがに、この状態の右腕で格上かもしれない奴を相手にするのは無理だ。


「『ハイヒーリング』」


「ほう、回復魔法も使えるのか」


「自分の怪我くらい直せないようじゃ、練習中に死んじゃうんだよ、ピエロってのは」


 俺は右腕を押さえながら回復魔法を発動させた。魔力のステータスが高くなっているため、当然回復魔法の威力も上がっているはずだ。


【道化師】になってから回復魔法を使う機会はなかったが、その予想はハズレていなかったらしく、右腕にできていた刀傷は傷跡も残さずに治すことができた。


「……浅いとはいっても、俺の傷をそう簡単に直すかよ」


 俺の右腕が回復していく様子を律義に待っていたその男は、少し悔しそうにそんなことを言い放つと、剣についていた俺の血を払って、再び剣を構えた。


 そして次の瞬間、男は俺のすぐ目の前まで来ると、そのまま剣を振り抜いた。


 俺は引き続き発動させているスキルをそのままに、身をひるがえすようにしてその剣をかわした。


「っと!」


「かわすじゃねーか! ほら、どこまでもつ?」


 男は勢いをそのままに二度目、三度目と連続して攻撃を仕掛けてきた。


 すぐ横を過ぎ去っていく風を切る音が鋭利な物で、誤って太刀筋に入ろうものなら体を真っ二つにされるんじゃないかと本気で思うほどの勢いがあった。


「くそっ!」


 中々距離を取らせてもらえずに攻め立てられたが、俺は無理やり地面を蹴って、一瞬壁に張り付いた。


 そして、そのまま壁を力強く蹴ってなんとか男との距離を作ることに成功した。


「身軽だなぁ、おい。本当にサーカス団員かと思ったぜ」


「知ってるか? ピエロってのは、何でもできるんだよ。何でもできないと、人を笑わすような失敗の仕方なんてできないからな」


「ほぅ、それは今みたいな時間稼ぎも含まれるのか?」


「……当たり前だろ」


 俺は男にそんなことを話しながら、一つの作戦を実行していた。一つの作戦も何も、この作戦が失敗したら、次の作戦なんかない。


 俺はどこかで聞いたような話をしながら、アイテムボックスから短剣を取り出して【偽装】のスキルを使って、その姿を消した。


「なんだ、今度は何を持ってるんだ?」


「……持ってるのは分かるんだな」


「手の握り方を見れば分かるだろ。また短剣か? それとも、長剣か?」


 ただ間合いを見せないようにする。そのためだけに短剣を消したのではない。


 俺は男に聞こえないように言葉を呟くと、地面を蹴って男の剣の間合いの少し手前で、短剣を振り抜く素振りを見せた。


そして、男が構えたところで、その短剣を振り抜くと見せかけて、男にぶん投げた。


 狙う先は男の足元、俺が足元に短剣を投げつけると、男は軽く跳んでそれを避けようとしたが、俺は初めから男を狙っていない。


 不意を突くための一手として役立ってくれれば、それでいいのだから。


 そして、俺の短剣が男のすぐ下の地面に接触した瞬間、その短剣が爆発した。


「くっ! なんだ、煙幕か?」


 その爆発は攻撃性のない『スモーク』という煙幕を発生させるだけの魔法。それも、目の前が見えなくなるほど濃いものでもない。


 微かに視界が見える状況。それを作り出すことが重要なのだ。


 俺はもう一つの物をアイテムボックスから取り出して、それに【偽装】を施した。


 姿を消すことができるのなら、別の物に思わせることもできるだろう。そう思って【偽装】をかけた解体前の魔物を男に投げつけると同時に、俺は【潜伏】のスキルを発動させた。


 レベルとステータスが上の相手でも、少しの間なら効果があることは前にリリに使われて検証済みだった。


 そして、使う機会が中々なかった魔法を蓄えることのできる投げナイフを用意して、俺はとある魔法を蓄えさせた。


「煙幕など、つまらんな」


 そして、その男が俺に見立てた魔物を切りつける瞬間、背後に回って投げナイフを【投てき】のスキルを発動させてぶん投げた。


「いつっ! なんだ、これ、はーーzzz」


 投げナイフに蓄えさせていた魔法は『スリープ』。力の差があっても、体の内側からかけられれば、抵抗をすることも難しい。


 ナイフを通して俺のスリープを体に直接流し込まれて、その男は膝から崩れ落ちるようにして眠りについてしまった。


「悪いな。本当はこうやって、ちょこまかするのが道化師の戦い方なんだよ」


 レベルとステータスの差を考えると、正面からやりやり合うのは確実に無理だった。


 現に、ナイフの刺さり方が深くない。


 全力で投げれば魔物を貫通するくらいの威力があるのにだ。


「本当に、何者だったんだよ、こいつ」


 寝ているはずなのに強い存在感がある男。そんな男に何とか勝利を収めた俺は、その男を拘束した後に、先に行ったリリの後を追うようにその場を後にした。


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