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第191話 誤解と噂と

 そして、その日の夕方。


 国王の様子から、俺の知らない道化師に関する噂が広まっている気がしたので、俺はいつものメンバーを屋敷に招いてお酒を交えながら情報を集めることにした。


 机の上にはリリの料理と、モンドル王国から届いた高そうなお酒が並んでいた。


 突然今日の午後に届いた大量のお酒に驚いていたが、どうやら俺がお酒を好きだと知ったサラが送ってきてくれた物らしかった。


 以前に『モンドルの夜明け』に参加したときのお礼かと思ったが、手紙にはただモンドルで有名なお酒を送るといった旨が書かれていただけだった。


 そして、その手紙の最後には、もっと美味しいお酒は今度来たときに飲ませてくれるといった旨の文章が書かれていた。


 もしかして、俺がモンドルの酒の旨さに引かれてやってくるように餌を撒かれているのかもしれない。


 いや、お酒は好きだけど、そんなに飲んだくれという訳でもないぞ。


 ……最近お酒を飲む機会が多いというだけで、飲んだくれではないはずだ、きっと。


「おー、これは随分と高そうな酒だな、アイク」


「んんっ! これ凄い飲みやすいですよ、アイクさん!」


 乾杯するなりぐいっとお酒を呷るバングとミリアを見ながら、俺もサラの目にこんなふうに映っていたのだろうかと思うと、少しだけ心配になる。


 せめて、奥で目を輝かせてちびちびとお酒を飲んでいるイーナのようでありたい。


 そんなことを考えながら、グラスに注がれたお酒を一口飲むと、確かに二人が目をキラキラさせるのも分かるくらいに美味しいお酒だった。


 度数が低いわけではないのに、酒臭さを感じさせない味わい。後味がすっきりしているから、何がつまみでも合いそうな酒だった。


 ……近いうちに、気づかれないようにモンドル王国に行くのも悪くないかもしれない。


 そんなことを考えながら二口目を飲もうとして、俺は今日の目的をふと思い出して、小さく咳ばらいをした。


「そうだった。今日は新しい道化師の噂を知らないか教えて欲しくて集まってもらったんだ。なんか、また俺の知らない噂が回っているみたいなんですけど、何か知ってる人」


 俺が周囲を見渡しながらそう聞いてみると、俺とリリを除く三人がすっと手を上げていた。


 ……どうやら、また俺たちだけが知らないみたいだった。


 三人は目を合わせた後、順番に当たり前のことを言うかのような口調で言葉を口にした。


「あれよね、呪いの道化師ってやつのことでしょ?」


「ん? 神殺しの道化師のことじゃないのか?」


「あれ? 地獄の門を開けた悪魔の道化師のことじゃないですか?」


 イーナ、バング、ミリアの三人はそれぞれ違う言葉を口にしていた。そして、それらは全く心当たりがない噂。


俺は少し怪訝な顔つきになりながら、しばらく考え込んだ後に口を開いた。


「……念のために確認だけど、それは全部ミノラルの道化師に関することで合ってます?」


 俺が三人に問いかけると、三人とも息を合わせたように頷いていた。


 まてまて、本当にどれも身に覚えがなさ過ぎるぞ。


 所詮は噂だとして聞き流すわけにもいかず、俺はリリの作った肉料理を口に入れてもぐもぐとさせているイーナの方に視線を向けた。


 とりあえず、順番に聞いていった方がいいだろう。


 イーナは視線の意図を読み取ったのか、グラスに入ったお酒で口の中の物を流し込んで満足げな笑みを浮かべていた。


 おそらく、その表情はリリの料理とモンドルの酒に対しての表情だと思うが、その表情を前に俺は少しだけ身構えてしまった。


「私が聞いたのは、呪術師がミノラルの道化師に呪いをかけようとして、逆に呪われた話ね。なんでも舌を無理やり引き抜かれたり、刃物で切り刻まれたりする呪いを受けたとか。……まぁ、アイク君がそんなことをやるとは思ってはないわよ?」


 イーナそう言うと、少しだけ不安そうに眉をハの字にしていた。


「呪いなんかかけてない……いや、舌をっていうのは、まぁ、」


 確かに、呪術師の舌を持ってナイフで刺す素振りは見せたし、それを変に解釈されて噂を広められていてもおかしくはないか。


 俺はイーナを話に対して、歯切れ悪く言葉を途中で止めて、早くもグラスを空けているバングの方に視線を向けた。


バングは衣のついた肉料理に何をかけようかで必死に悩んでいる様子だった。


 俺と目が合うと、バングは視線を再び衣のついている肉料理を見つめながら言葉を続けた。


「俺は邪教を壊滅させたって聞いたな。邪教徒の教会を血と悲鳴で染め上げて、その神の存在を無に帰したとか。……さすがに、アイクが教会で人を血祭りにあげるなんて信じてないぞ?」


 バングはそう言うと、少しだけわざとらしく笑った後に、何かを確認するようにちらりと俺の方に視線を向けてきた。


「いや、血と悲鳴に染め上げてって……いや、あながち間違いでもないのか」


 デロン村で広まっていたヘミス教。呪術師が勝手に作っただけの詐欺まがいの宗教で、確かにそれを壊滅させた。


 いや、でも、神の存在を無に帰したとかそんな大それたことはしてないんだけどな。


 俺はバングに対する返答を曖昧なものにして、次にミリアの方視線を向けた。


 ミリアはと言うと、お酒を空けたグラスを傾けてリリに新しいお酒を注いでもらっていた。


 多めに注いでもらって嬉しそうな笑みを浮かべているミリアと目が合うと、ミリアはそのお酒を一口飲んで目を少しとろんとさせてから言葉を続けた。


「私はミノラルの道化師が地獄の番犬のケルベロスを連れて現れて、ミノラルの子供たちに悪事を働いた賊に恐怖を教え込んだ後、地獄の門を開いて賊を地獄に引きずりこんだって聞きました。……わ、私もアイクさんが地獄から来た悪魔だとは信じてませんよ? ほ、本当ですよ?」


 そこまで言い終えたミリアは、俺に少しだけ遠慮気味な視線をこちらに向けていた。


「地獄に引きずりこんだって、何を勘違いしたら……あっ」


 ケルベロスの勘違いは国王から聞いていたので分かってはいたが、地獄の門とか身に覚えがなさすぎる。


さすがに根も葉もなさすぎだと思ったところで、ふとあの教会にいた男の言葉を思い出した。


『巻き込まれるなよ! 地獄に連れ去られるぞ!!』


 確か、俺が煙幕を発生させて教会から逃げようとしていたとき、そんな声が聞こえていた。


 ケルベロスから地獄を想定して、その後に発生した黒い煙が消えた頃には俺たちの姿がなくなっていた。


 地獄に帰ったと思われても仕方がないのかもしれない。


 ……そこから、地獄の門とか訳の分からない物を想像したのか。


 そうなると、根も葉もないってことはないみたいだ。


「……アイク君」「……アイク」「……アイクさん」


 色々と思い当たる節があったことを思い出していると、先程までお酒を飲んで少し酔っていた三人の目が、徐々に素面に近いものに変わっていくのが分かった。


 一体、急にどうしたんだろうと思ったところで、疑問符で終わっていた三人の言葉をずっとスルーしていたことに気がついて、その目からあらぬ誤解をされていることを察した。


「いや、してないって! 誤解、全部誤解だから!!」


 俺はそんな見事に尾びれ背びれがついた噂で生じた誤解を解消するために、必死に立ち回ったのだった。


 さすがに、神殺しとか地獄とかは思いもよらない敵を作りそうだったので、とりあえず、目の前にいる三人の誤解だけでも解いておこうと奮闘したのだった。


 ただ村の子供の願いを叶えただけだったのに、何がどうしたらこんなふうになるんだ!


 そんな新たに広まった誤解を解いた後、俺たちはモンドル王国から届いたお酒を片手に夜遅くまで飲み交わしたのだった。





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