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第184話 呪いとお布施

「……呪い?」


「アイクさん?」


 俺が鑑定結果を前に少し呆然としていると、リリと店の肉屋の店主が俺のことを不思議そうな目で見ていた。


 その視線に気づかされて我に返ってみたが、食材に呪いをかけられているという現状を前に、驚きを隠すのは無理だった。


 肉屋の店主の顔を確認してみると、特に俺の表情を見て何かに気づいている様子はない。


 リリと同じように、突然黙ってしまった俺を不思議そうに見ているだけだ。


 ていうことは、肉屋の店主はグルではないということだろうか?


「店主さんの店で扱っている肉は、基本的に教会に加護をかけてもらってるんですか?」


「そうだな。無料でしてくれるし、加護なしの肉なんてこの村じゃ売れないしな」


「……そうなんですね」


 抵抗力を弱らせる呪いを村の食材にかける理由。この村の現状を見るに、おそらくその食材が人々の抵抗力を下げて、病を治らせないようにしているのだろう。


 その理由は考えるまでもない。


病が治らなければ、それだけお布施をしに教会に通う人が多くなるから、あえて完治をさせない呪いをかけているのだ。


 懐を潤わせるために、この村の人たちの病を長引くという状況を作り上げているということになる。


 でも、この村に住む人々の毎食の食事分に全て呪いをかけることなんてできるのか?


それだけでも結構な重労働になるよな?


「アイクさん? 大丈夫ですか?」


「あ、ああ。大丈夫だ……。店主さん、狩ってきた魔物ですけど、あとはブラックポークとワイドディアが一体ずつなんですけど、どこに持っていけばいいですか?」


「え?」


「ああ。それなら、こっちに持ってきてくれ」


 俺は小さな疑問符を頭に浮かべるリリをそのままにして、肉屋の倉庫に計三体の魔物を置いて、その場を後にした。




「アイクさん、急にどうしたんですか?」


 肉屋から離れてから口数が少なくなったり、宿に戻ってくるなりへミスの木彫りの人形を眺めている俺を見て、リリが心配そうにオレの顔を覗き込んできた。


「それに、魔物も全部売りませんでしたよね?」


 まぁ、全部売るんだと言っていた魔物のうち大半を売らなかったわけだし、何かおかしいと思わるのも当然か。


「さっきの肉屋にあった肉、あれは呪いが掛けられていた。あのまま売りに出しても、呪いをかけられるだけだしな」


「の、呪いですか?!」


「それも抵抗力を弱める物だった。それに、まさかとは思ったけどこの人形も肉と同じ系統の呪いが使われるな」


「これを教会が扱っているっていうことは……」


「どす黒いくらい真っ黒だな、へミス教ってのは」


 わざわざ教会で加護をかけてもらっていると言っていたから、まさかとは思ったが、信仰の証としてお布施をして買った木彫りの人形にも呪いが掛けられているとは思わなかった。


 一つ一つは大して強力ではないみたいだが、これが数を揃えればもしかしたら、人の抵抗力を結構下げれるんじゃないか?


 抵抗力を下げられた状態がずっと続けば、常に何かしらの病を発症していてもおかしくはないしな。


「壺とか水晶の方にも呪いが掛けられているのかは、調べないと分からないけど……それだけの物を買える客なら、普通は生かしておくよな」


 ただお布施をする信者を衰弱させ続けるだけでは、金を搾り取る前に死んでしまう。それなら、壺とか水晶にはその呪いを弱める本当の加護を付加させているかもしれない。


 そうすれば、搾り取れるだけ搾り取れるしな。


 いや、そうだとしてもこれはどう考えてもやり過ぎだし、これだけの呪いをかけられる腕があるものがバッグにいるということになる。


 手段は分からないが、これだけ呪いを広めてお金を巻き上げる未知の人物がいるということか。


 もしかして、結構な面倒ごとに巻き込まれようとしているのか?


 そんなことを考えていると、不意に宿の扉をノックされた。


 突然過ぎたことと話していた内容が内容だけに、俺達は二人して体をビクンとさせて驚いてしまった。


 しかし、一気に張りつめたような緊張感はドア越しにかけられた声の主によって緩められることなった。


「村長の家の孫のミロルと言います。おじいちゃんから渡すようにと言われた物があるのですが、開けて頂いてもいいですか?」


 少しだけ幼さが残るような少女の声を前に、俺は小さく失笑を浮かべながら宿のドアを開けた。


 すると、そこにはサラと同い年くらいの短い栗色の髪をした少女が立っていた。その手にはネックレスのような物が握られていて、俺と目が合うとその子は小さく頭を下げてきた。


 揺れる髪が少しパサついていて、歳の割に顔には気を感じない。


 ミロルは咳き込みそうだった咳を無理やり押さえ込んで、言葉を続けた。


「おじいちゃんが、念のために渡しておくようにと」


 そんなことを言いながら俺に手渡してきたそれを広げて見ると、それが村長が首にかけていたようなネックレスだったことが分かった。


 村長が着けていた物よりも十字架は小さいが、俺とリリの分の二つを用意してくれたみたいだ。


 当然、これも何かしらの呪いが掛けられているのだろう。


 そう思って、そのネックレスに【鑑定】のスキルを使ってみると、脳内にその鑑定の結果が流れ込んできた。


【鑑定結果 十字架のネックレス……十字架の形をしたアクセサリー。状態 呪い【衰弱の呪い 弱】】


 なるほど、最悪ネックレスさえしていれば何とか村の人の体を弱らせることができるのか。


 それで教会に足を向かわせるという算段らしい。


「あの、お兄さんたちは村の外から来た人たちですよね?」


「ん? ああ、そうだよ」


 ミロルは俺の返答を聞いて一度目を伏せた後、服の裾をきゅっと握りしめながら顔を上げた。


「ミノラルの道化師様にっ、お話しを聞いていただく方法とかご存じだったりしますか?」


「え?」


 幼いながらに必死に何かに立ち向かおうとするような少女を前に、俺は少しだけ素っ頓狂な声を上げていた。


 恐れられているはずの道化師。微かに肩を震わせながらも、そんな存在に話を聞いてもらいたいという少女の話に興味を持たないのは無理だった。



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