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第176話 第二幕、閉幕

「……んっ」


 体の重さとダルさを感じながら目を開けると、そこにはただ満月と星空が広がっていた。


 仰向けでこの光景を見ているということは、俺はここで倒れているということになる。


 一体、俺はこんな何もない所で何をしているのだろうか?


 そんな事を考えて、ぼうっとしているとその景色に割り込んできた顔があった。


「あっ、おはようございます」


「……リリか」


横からひょこっと顔を覗かせてきたのは、リリの顔だった。


 どんな状況だと思って考えてみると、頭の下に何か心地よいものが置かれていた。


 俺は動かない体に鞭を打つように、腕に力を入れてそれに軽く触れてみた。


「ひゃんっ! え、ど、どうしたんですか?」


「脚? そうか、膝枕されているのか」


 何やら顔を赤くしたリリの反応と、後頭部にある感触を確かめると、今の状況を把握することができた。


 なんだ、ただ夜空を見ながら、リリに膝枕をされているという状況か。


「……いや、それってどういう状況だよ」


「アイクさん?」


 少し砂を被ったように汚れた顔を傾けているリリを見ながら、俺は何か思い当たる節はないかと思い出してみた。


 なんか、以前にも似たような感覚に陥ったことがあった気がする。


 確か、【クラウン】のスキルを使った時にーー


「そうだ! 敵はどうなったんだ?!」


 そこまで思い出したところで、少し前の記憶を思い出した。


 多くの敵を前に、リリとポチを逃がして【クラウン】のスキルを使ったんだった。


 確か結構な数がいたはず。もしかしたら、まだどこかにその影があるのかもしれない。


「倒したみたいですよ。……多分、アイクさんが全員」


「ぜ、全員?」


 確か、相当な数と腕の立つ男達がいたはずだ。


 その足止めくらいなら、【クラウン】を使えばできるかもしれないとは思っていたが、それを全員倒した?


 俺が? あの数を?


 俺がよほど信じられないという顔をしていたのだろう。


 リリはそっと俺の頬に触れると、少し顔の位置を傾けてくれた。


 そして、位置が変えられた視線の先に広がっていた景色を見て、俺は言葉を失っていた。


「……なんだ、これ」


 そこに広がっていたのは、多くの男たちが一斉に気を失ったように倒れている姿だった。


 目立つような外傷はないのに、ピクリとも動く気配がない。


 倒したというにしては、その命までも刈り取られたような生気のなさに、驚きを隠せなかった。


「それは私達のセリフですよ」


 リリはそう言うと、何か言いたげに俺の頬を軽く指の先で押してきた。


「リリ?」


 何をされているのだろうと思っていると、いつもの間にか俺の視界に入って来ていたポチにも、鼻の先を舐められていた。


 リリと同じく砂を浴びたように汚れていたポチは、再会を喜ぶように息を切らしていたが、妙に近い距離で俺のことをじっと見つめていた。


 もふもふが近くにいるという無言の圧力。


「……追いつくんじゃなかったんですか?」


 そのセリフを聞いて、二人が何を心配していたのか理解できた。


 俺が二人の命を心配して逃がしたように、戦場から離脱してからずっと俺のことが心配だったのだろう。


 後で追いつくと言われたら、さすがにすぐにこの戦場に戻ってくるわけにはいかないもんな。


 助けに戻ることもできず、ただ俺を待つだけの時間は結構胸に来るものがあったのかもしれない。


 戦場が静かになったのに、それでも帰ってこなかったら、心配にもなるよな。


「いや、そこに関しては申し訳ない。体が動かなくてな」


「さっきまで、意識まで失っていましたもんね」


 リリはそう言うと、小さくため息を漏らしながら、俺の頬を優しく撫でてきた。


 そして、そんな俺たちの後ろから大きな空砲の音が聞こえてきた。


 一度目の余韻を残すことなく、二度三度と続いて、そのまま空砲は五度まで続いて鳴らされた。


「……今から、さっきの奴らよりも強い奴らが来るってことはないよな?」


「ふふっ、さすがにそれはありませんよ」


 予期しなかった四度目の空砲があったので、少し心配になり過ぎていたようだ。


 その後少しだけ待ってみたが、エリアZへの入り口になっている重厚な門からは誰かがやってくる様子はなかった。


 俺が安堵のため息を吐いたのを見て、リリは小さく笑った後に優しい顔で言葉を続けた。


「お疲れ様です。アイクさん」


「……ああ。リリもポチも、お疲れ様」


 五度目の空砲の余韻だけが残る戦場は、先程とは想像もできないくらいに静かな物だった。


 こうして、静かになった夜の下、徐々に上がってきた陽の光を浴びながら、俺たちは『モンドルの夜明け』の瞬間に立ち会ったのだった。


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