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第162話 勧誘

「国家転覆? テロ集団?」


 思いもしなかった返答を前に、俺はそんなオウム返しのような返答しかできなくなっていた。


 憲兵団が偽りの姿であることには気づいたが、そんな勢力のメンバーだったなんて思いもしなかった。


 いや、それ以前に聞かねばならない問題がある。


「なんで、そんな奴らが俺たちと接触してきたんだ?」


 ミノラルの一冒険者の元にまでやってきて、この国に招いて、その悪事を俺たちに見せつける。


 そんなことをされても、ただの冒険者である俺たちにできることなんて限られている。


 できたとしても、今流れているモンドル王国の噂を少し大きくさせる程度だろう。


「その話の前に、一旦ここを離れましょう」


「そうしましょう! 見つかったら、即死罪ですからね!」


「「……え?!」」


 俺の質問をスルーしながら、モルンとノアンはそれが当たり前のように会話をしていた。


 死罪? 騙されて連れてこられたのに、俺たちは見つかったら殺されるのか?


「私達が先導するので、ついてきてくださいね」


 モルンは何事もない様にそんなことを言うと、俺たちを連れて実験棟を後にした。


そして、俺たちはそのまま門を抜けて、エリアBに移動したのだった。


 どうやら、一部の門番は反モンドル勢力『モンドルの夜明け』のメンバーが配置されているらしい。


 俗にいうスパイという奴だ。


 ……一体、この国で何が起ころうとしているんだ?


 そして、俺たちは何に巻き込まれようとしているんだ。


 そんな不安を抱きながら、俺たちはモルンの後ろをついていくのだった。




「それで、説明してもらえるんだろうな?」


 俺たちは無事にエリアBに移動して、泊っている宿屋に移動していた。


 少し詰めるような口調でそう言うと、モルンは立ったままこちらに振り向いて、真剣な顔つきでこちらを見つめてきた。


「これから話すことは、計画が実行されるまで、秘密にしていただけますか?」


「……内容によるだろ、そういうのは」


 俺の返答を受けて、モルンは少しだけ目を見開いた。しかし、すぐにその表情を小さな笑みに変えた。


「そうですよね。おっしゃる通りです」


 少し硬くなっていた表情を緩めると、モルンはその顔をこちらに向けて言葉を続けた。


「聞いてくれますか? この国の現状と、私達の活動の目的を」


 そのモルンの笑みには、どこか悲しい感情が含まれているみたいだった。


 笑っているのに泣いているようで、泣いている顔の上に笑顔を張り付けたような、いたたまれない表情。


 そんな顔を向けられて、無視をすることなんかできるはずがなかった。


「……このまま帰っても、色々と気になって寝られない。だから、聞かせて欲しい」


 正直、ここでこの二人を振り切ってこの国を出ることは簡単だ。


 でも、実験棟の光景を見せられて、悲しみを隠す女の子の顔を前にして、自身の安全のためだけにここから逃げるほど、俺は器用ではないようだった。


「ありがとうございます」


 モルンが深いお辞儀をしたのに倣うように、ノアンも同じような頭を下げていた。少し長いお辞儀を前に、俺は何かを誤魔化すように口を開いていた。


「それで、この国はどうなってるんだ?」


「そうですね。説明させていただきます」


 俺の言葉を聞いて顔を上げたモルンは、そのまま言葉を続けた。


「モンドル王国に関する噂。それはほぼ事実です。人工的に人にスキルや魔力を増強させる研究がされています。先程のように、非道徳的な方法で」


「……それに、不満を持つ人間はいないのか?」


「います! それが私達ですから」


 反射的に出てしまった俺に言葉に、ノアンが間髪入れずに言葉を入れてきた。


 少し聞いただけでも、そんな考えが浮かぶくらいだ。当然、この街に住んでいる住民が不満を持たないはずがない。


 そこまで聞いて、ようやく二人が属している組織の活動目的が見えてきた。


「つまり、国家転覆をもくろむなんて言っていたが、非道徳的な研究をやめさせるために、国を相手に喧嘩を売ろうとしてるってことか?」


「概ねそうですね」


 これはただのテロ組織じゃなくて、革命を起こそうとしている組織ということみたいだ。


 ただ失敗をすれば、国家転覆罪で死罪になるはず。それだけのものをかけて、この二人は戦おうとしているのか。


「あんな実験……子供が受けていい仕打ちじゃないんです」


 俺がそんなことを考えていると。モルンがぼそっとそんな言葉を漏らした。


 心の内から漏れ出た言葉は、こちらに聞こえるのかどうか分からないほど小さかったのに、はっきりと耳に届いてきた。


 どこか実感に近いものを感じたのは、気のせいだろうか?


「……『ミノラルの道化師伝説』」


「え?」


 いつもの口調に戻ったモルンは俯かせていた顔を上げて、言葉を続けた。


「『ミノラルには、自国の子供に手を出した国を、無残な方法で殺す悪魔がいる』」


「そ、そんな噂になってるんですか」


「ミノラルの近郊にある国で、知らない国はないです!」


 まさか、モンドル王国にまでその噂が届いているとは思わなかった。一体、この国ではその悪魔はどんな無残な方法を取ることで知られているのだろう。


 少しだけ気になるな。


「ただ、その噂の中で信憑性が低い噂もあります」


「信憑性が低い噂?」


「『ある一人の冒険者によって、ミノラルは守られた』という噂です」


「それって…」


 まさか、真実がこの国に届いているとは思わなかった。


 あんまり悪魔の噂が伝わり過ぎても、ミノラルに悪印象を持たれる可能性もあるし、なんか英雄みたいな噂も流れていると聞いて、内心ほっとした。


「当然、信じる人なんていません。ワルド王国は黒い噂の立たない国ですから、冒険者が一人でどうこうできるはずがないんです!」


「あ、信じられてないんですね」


 ノアンのツッコミによって、俺の内心はすぐにほっとしなくなった。


「ですが、多くの強化された魔物をなぎ倒した冒険者がミノラルにいるという噂が流れてきて、もしかしたらと思いました」


 ノアンから会話を引き継いだモルンは、俺のことをじっと見つめていた。


「そして、ワイバーンとの戦いで確信しました。あなたが、『ミノラルの道化師』ですよね?」


 そこまで言うと、モルンは俺たちに深すぎるくらい頭を下げてきた。それに倣うようにのノアンも頭を下げていた。


「お願いです。少しの間でいいので、『モンドルの夜明け』に入ってくれませんか?」


 深すぎるお辞儀の後、顔を上げた二人の顔は真剣そのものだった。それでいて、何かに縋るようで、その瞳が微かに潤んでいるように見えた。


「モンドル王国の民を、王女を、救って頂けませんか?」


 一冒険者に頼みというよりも、何かに拝むような言葉。


 そんな言葉を受けて、胸の奥の方がきゅうっと締めつけられた気がした。


 そして、何か聞き流してはならない言葉を言われた気がした。



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