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第134話 戦いの前の団欒

 そして、食事を終えて夜が更けていき、自室で就寝の準備をするイリスと共に俺たちはイリスの部屋にいた。


 その部屋は一人部屋というにしては広すぎて、ミノラルにある屋敷のリビング並みの面積があった。


イリスの年齢の割に落ち着いている部屋の造りをしており、大きな額に飾ってある絵や、身長を優に超える姿見鏡があったりと、絵に描くような王室の部屋の造りだった。


いや、ここはあくまで別荘だったか。


「なんかお泊り会みたいですね」


「そんな平和に終わるとは思えないけどな」


 イリスのベッドから少し離れた所に、イリスが使うベッドを一回りくらい小さいベッドが横並びで並んでいた。


 イリスのベッドに近い順に、リリ、ポチ、俺の順に使うようにとハンスに指定されたのは、特に深い意味はないのだろう。


 ……俺がイリスに夜這いでもかけようものなら、リリとポチが気づくようにあえて一番遠くにした。そんな理由なんてあるわけない。


 考えすぎ、だよな。


「ふふっ、同じ部屋に他の人がいると言うのは不思議な感覚ですね」


 俺たちがベッドに腰かけながら会話をしていると、俺たちの様子を見ながらイリスが小さく笑みを浮かべてそんな言葉を口にした。


「そういえば、私も初めてです。アイクさん、いつも同じ部屋で寝てくれなかったので」


「そりゃあ、そうだろ。男女で同じ部屋に寝るのはあまり褒めたことじゃないし」


 こちらに不満そうな目を向けてくるリリを軽く一蹴すると、少し離れたベッドの上にいるイリスが恍けたように小首を傾げて言葉を続けた。


「あら。今は女性が二人もいるのに、問題はないのですか?」


「緊急事態だから仕方なしです。ていうか、依頼中にそんな羽目の外し方なんてしませんしね。それに、仮にそんな事をしたら、ハンスさんに……殴り殺されます」


 そう、あの時の盗賊団と同じように。いや、それ以上に。


「ふふっ、ハンスは少し過保護なところがありますけど、そこまではしませんよ。試しに、『アイク様に襲われました』って、言ってみましょうか?」


「じょ、冗談でも、やめてくださいよっ!」


「そ、それなら、私も『アイク様に襲われました』って、言いふらしてみます!」


「なんでそこで張り合うんだよ!」


 イリスはそんな俺達の反応を見て、楽しそうに笑みを浮かべていた。そのイリスの顔は、いつもと比べて随分と柔らかい表情をしているようだった。


 その笑みが普段よりも柔らかく見えたのは、もしかしたら、イリスを誘拐した犯人を捕まえることができたからなのかもしれない。


 自分を誘拐した連中がどこかに潜んでいるかもしれない。それはけっこうふあんにかんじることなのだろう。


その不安がなくなっただけで、こんなにも柔らかい表情をするのだなと、俺は少しだけその顔に見入ってしまっていた。


 湯上りで寝間着姿ということもあるのだろう。昼間に見るときよりもどことなく色っぽさを感じてしまい、俺はその視線に気づかれる前にそっと視線を逸らした。


「それにしても、ポチの分のベッドまで用意してもらえるとはな」


「きゃんっ」


 普段は俺と一緒に寝ていることが多いポチは、一人で独占できるベッドが嬉しいのか尻尾とぶんぶんと振っていた。


 屋敷の部屋もベッドも余っているし、ポチ用の部屋をあげてもいいんだけど、すっかり俺のベッドで寝ることが定着してきたしな。おそらく、今の状態が珍しいんだろう。


 ……まぁ、最近はポチもリリと一緒に寝ることが増えてきて、少しだけ悲しく思ったりもするわけだが。


 やはり、俺も一緒に島の修業にも参加しておけばよかったかな。


「ポチ様も相変わらず、もふもふなのですね」


 ポチが慣れない一人で使うベッドにはしゃいでいる様子を見ながら、イリスがそんな言葉をぽつりと呟いた。


 イリスは何か尊いものを眺めるような目でポチを見つめて、何かを言いたそうに口元をもごもごとさせていた。


 そして、やがて意を決したようにこちらに視線を向けると、微かに頬を赤く染めながら言葉を続けた。


「あ、あの、ポチ様を少しだけ、もふもふしてもよろしいでしょうか?」


 その表情は子犬を触りたくてうずうずしている少女のそれで、王女のような身分を感じさせない無邪気な表情をしていた。


「だってさ、ポチ。どうかな?」


 俺が二人の間を繋ぐようにそんなことを言うと、ポチはすぐにベッドから下りてイリスのいるベッドに小走りで向かい、そのままベッドに飛び乗った。


 そして、イリスの目の前までいくと、イリスの膝の上に乗ってお腹を見せる形で体を預けた。


「わっ……わぁっ! もふもふです! 温かくてふわふわですっ!」


「へっ、へっ、へっ」


 イリスはそんなポチのお腹を触りながら、目を輝かせて少し興奮しているようだった。


 そして、撫でられているポチも気持ち良いのか、嬉しそうに撫でられていた。


 ……ポチって、フェンリルで合ってるんだよな?


 人懐っこさと小型犬のような姿を見てしまうと、度々そんな疑問が湧き出てしまうのだった。


「アイクさんっ」


「な、なんだ?」


 俺が少女と子犬がじゃれ合う光景を見て和んでいると、急に俺の隣に腰かけてきたリリがいつになく真剣な声で俺の名を呼んできた。


 何かしら注意でもされるのかと思ってリリの方に視線を向けると、リリは声のボリュームを下げて言葉を続けた。


「結界が侵入者の検知をしました。何者かがこの屋敷に向かってきてます」


「……了解」


 俺はリリの言葉を受けてそっとベッドから立ち上がった。


 どうやら、思ったよりも早く敵の襲来が来たらしい。


 誘拐されるという不安が解消されつつあるイリスには、あえてそのことを伝える必要はないか。


 俺はリリとポチを部屋に残して、一人イリスの部屋を後にしたのだった。


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