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第125話 断ることのできない依頼

 そして、冒険者ギルドでミリアに自宅にいるようにと言われた翌日の午後。


 久しぶりに屋敷でとる睡眠は想像以上に快眠で、起きたのは少し遅めの朝だった。


 それから、ミリアの言葉を思い出して午後からの来客に備えて身なりを整えて、昼ご飯を食べ終えて少し経ったくらいの時刻だった。


 ノッカーの音が聞こえてきたので、リリと共に玄関まで来客を迎えに行くと、そこには想定を超える人物がいた。


「アイク、邪魔するぞ」


「以前はお世話になりました。お久しぶりです」


 扉を開けた先にいたのは、ガリアとハンスの姿だった。この二人が来るんじゃないかということは、何となく想定していた。


 だが、問題はその奥にいる人物だった。


 精巧な造り物のように整った顔立ちをしていて、少し浮世絵離れしているような雰囲気の少女。


 深く被った帽子を取ると、その金色の長い髪が揺れていた。


「イリス、さん」


イリスと呼ばれた少女はその名で呼ばれると思っていなかったのか、小さな笑みを浮かべて言葉を続けた。


「はい。お久しぶりです、アイクさん。リリさん」


「……まじですか」


 ある日の昼下がり。我が屋敷に国王の娘のイリスこと、エリスがやってきたのだった。


「あ、アイクさん! どうしましょう! た、高いお茶とかうちにありませんよ?!」


「お、落ち着けリリ! さ、酒なら高いのがあっただろ!」


「……落ち着くのはお前の方だろ、アイク」


 突然やってきた王女をもてなせるようなお茶もお菓子もなく、俺たちは玄関口で王女を前に慌てふためていていた。


 ガリアはそんな俺たちを見ながら、冷静なツッコミを入れていたが、俺たちは落ち着いていられるはずがなかった。


そんな取り乱す俺たちを見て、イリスはくすりと小さな笑みを浮かべていた。


「お気遣いなく。本日は、イリスとしてこの屋敷にお邪魔させていただく予定ですので」


「イリスとして?」


 その言葉を聞いて、慌てふためいていた心の動きがピタリと止まった。


 別に突然落ち着いたわけではない。むしろその逆だった。


 その名前を使うときがどういう状況なのか、それを少しだけ察してしまって俺は静かにつばを飲み込んだ。


「少し頼みたいことがある。もちろん、個人的な依頼だ」


 いつか見たような含みのある笑みを向けられて、俺たちはその言葉を聞き流すことができなくなり、三人をリビングへと招いたのだった。




「これはあくまで噂話だ。……ミノラルとワルド王国が戦争をするらしい」


「「え?!」」


 予想もしなかった言葉を受けて、俺とリリは驚きの声を漏らしていた。


 当然だ。急に屋敷にやってきてそんな物騒な話をされれば、そんな反応にもなるだろう。


「あくまで噂話だ。いいか、勘違いするなよ。噂話だ」


「いや、噂話って言われても……」


 俺は正面に座るイリスに視線を向けたが、エリスは頷きもしなければ首を横に振りもしなかった。


 並んで座るハンスに視線を向けても、ハンスはただ目を閉じているだけ。


 この二人がその言葉を否定しない時点で、それはもう真実以外の何物でもないだろう。


「戦争って、なんでそんなことになってるんですか?」


「以前に王女を誘拐されたから、その責任をどう取るかをワルド王国に詰めたらしい。その結果、喧嘩を売られたと言ってきて、戦争を仕掛けるつもりだと言ってきたらしい」


「えー……」


 誰がどう考えても無理があるような反論だ。状況的に考えても、誰もそんな意見には耳を傾けないだろ。


 そんな俺の考えが顔に出過ぎていたのか、ハンスが話を引きつぐように話を続けた。


「普通に考えればありえない話ですが、ワルド王国にはそれなりの後ろ盾もあります。なので、少し強引でも強気に出れるのでしょう。……それに、誘拐をした事実を認めたら、多額の賠償金を請求されることになるでしょうから」


「戦争って、それ大丈夫なんですか?」


「まともに戦争をすれば負けることはありません。後ろ盾があろうが、あの国がやったことは許されることではないですからね。ミノラルはすでに他の国に協力も得ていますし、ワルドの裏に後ろ盾があっても、負けることはないです。」


「それなら……問題はないんですかね?」


 あんまり戦争について詳しくはないが、戦力差があるのならよほどのことがない限り、負けることはないだろう。


 それだというのに、正面に座る三人の顔色は決して良いものとは言えなかった。


「ただ向こうは、こちらの降伏を受け入れると言ってきたらしい。この意味が分かるか?」


「その状況を作り出せるだけの力があるってことですか……あっ」


 そこまで言われて、つい最近起きた出来事について思い出した。この戦争が起こることになった引き金の事件。


「そうだ。あいつらは奇襲をかけることにおいては、世界でもトップクラスの実力があるだろう。盗賊団を束ねているし、もっと深い組織の力も隠してると聞いたことがある」


「また王女を狙う可能性があるってことですか」


 王女を誘拐して、こちらが降伏するのを誘導するということか。


 戦争を仕掛けると言うのはただの表向きの言葉であって、その裏では王女を誘拐して降伏を促すということらしい。


 中々ひどい作戦だとは思うが、戦力差のある状態で戦争をするよりは、以前に成功している王女の誘拐の方が確率は高いのか。


「そこでお願いがあります。エリス様をーー」


「おいっ、ハンス。王女の護衛は受けられないって言っただろ?」


 ハンスが切実な口調で言葉を続けようとすると、ガリアがその言葉を途中で遮った。 


 話の流れ的に個人的な依頼というのが、エリスの護衛かと思ったのだが、違ったのか?


 もしかしたら、冒険者ギルドの長として、そんな危険なことに冒険者は巻き込めないといった考えがあるのかもしれない。


 そうだよな、ガリアはギルドの長なのだ。そんな危険なことに俺たちを巻き込んだりはしないさ。


 指摘されたハンスは何かに気づいたように咳ばらいを一つすると、再びこちらに真剣な眼差しを向えて言葉を続けた。


「そうでした。……エリス様とよく似ているイリスという、ここにいる少女の護衛を頼みたいのです。王女と間違われて攫われる可能性がありますので、彼女の護衛にお力を貸していただきたいのです」


「お願いいたします。アイク様、リリ様」


 そこまで言うと、ハンスとエリスはこちらに頭を下げてきた。


 エリスが頭を下げている所を見て一瞬焦ったようなハンスだったが、何かを決意したようにハンスはさらに深く頭を下げていた。


 王女に頭を下げられている。こんな状況を誰かに見られたら首が飛んでいきそうだったので、俺は慌てて頭を上げるようにお願いしながら、言葉を続けた。


「……エリス様ですよね?」


「いいえ、イリスです」


 頑なにそこを譲らないイリスは笑みと共に、そんな言葉を口にした。


「そういうわけで、アイクとリリには王女とよく似たイリスの護衛を頼みたい」


 まるで後ろめたさなど何もないかのように、ガリアはそんな言葉を口にした。


 ただの少女の護衛なら、何も問題ないだろとでも言いたげな顔をしている。


 ……そんなのありなんですか。


 こうして、俺は断ることのできない依頼を受けるしかない状況に追い込まれたのだった。



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