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短編集 〜 カレッジノート〜 

竹取ギター

作者: 星川ぽるか

 ジャジャーン、ジャガジャガジャガジャーン、ジャジャーン、ジャガガガジャーンーーー


 神戸の美術大学にある軽音室で馬鹿でかいギターの音が鳴る。

 今日は軽音サークルが休みだから弾いてるのはあの人しかいない。私は今日もその人に会いに軽音室へ遊びに行く。ビターチョコを一つ食べて、電気一つ点いていない体育館の奥にひっそりとある冷たい扉を開ける。年季の入った少し開けづらい扉を引いた。

「おっ、智香ともかじゃん」

 一つ上の先輩である熊野先輩。最近アッシュグレーに髪を染めて、セミロングだった髪をベリーショートにした綺麗な人。朗らかな微笑みが初夏のような爽やかさがあって、女である私でも「付き合いたい!」って言っちゃうほど、美人で隙のない憧れの人なの。

おつでーす。先輩」

 アート学科の熊野先輩は絵も素敵で、軽音サークルで一番人望が厚く、男子たちからの人気も高い。男子からお茶に誘われたら一回は絶対に行く優しさがある。イヤイヤで行ってるならこっちも憎めるのだけれど、純粋に「誘われたから行く」というだけだからまったく憎たらしくないの。こんな完璧な人が漫画以外でいるのかよ!って何度思ったことか。

 だから私は熊野先輩が大好きで、先輩も私のことを良くしてくれている。なんて罪な女なのでしょう。もう好き!

「講義終わり?」と熊野先輩はギターを鳴らしながら言った。

「はい。さっき世界史を受けてきました。やっぱ倉本教授って優しいですね」

「私もあの教授はイチ推し。この大学の教授だったら良かったのにって何度思ったことか」

「熊野先輩のおかげで単位も予定通り取れそうです。ほんっっと感謝です! 感激です!」

「それは何よりでござんす」

 ジャラランと笑ってギターを鳴らす。こうしたコミカルさも兼ね備えているのも先輩の魅力です。もし悪の秘密結社が現れても熊野先輩がいれば秘密結社の隊員ももれなく骨抜きでしょう。地球レベルでベタ惚れ。菅田将暉と同じでどんな髪型も似合うし、あいみょんも歌いこなしてみせる。エピソードトークは宮川大輔(なみ)にすべらない。何よりギターがめちゃんこに上手い。

「それで今日は何を弾くんですか?」

 私は待ちきれない先輩の演奏にワクワクしていると、熊野先輩は突然、据え置きのアンプから線を抜いた。

「智香ちゃん、これから暇?」

 話題が予想外にドリフトして私は当惑した。熊野先輩は時々、こうして突風を発生させることがある。お転婆さんな熊野先輩について行くことが私が彼女にハマっているのは言わずもがなだけど、私は先輩についていけずに落下しがちなのでいつもドキドキしている。

「暇です!」

 食い気味に私は即答した。犬みたいに尻尾があったらぶんぶん振っていると思う。

「じゃあ今から竹を刈りに行くから手伝って」

「私今日はスニーカーなんでじゃんじゃん刈れます!」

 どうして?なんて野暮なことは言わない。先輩はきっと昨夜にかぐや姫を読んだからに違いないのです。そんな想像を一人で浮かべながら、私と先輩は軽音室を出て大学の中にある小山に向かった。腐っても美術大学。そうした自然の素材は用意されているんです。


 小山にやって来た私と先輩。先輩はギターを肩から下げて、小型アンプを持って山に入りました。

「ギターがあると刈れないんじゃないですか?」

 野暮なことは聞かないのが私の美徳なんですが、そんな私でも聞かずにはいられない謎をずいじ生産するのが先輩だった。視界の八割が青々しい緑と青空で覆われた小山の中で、先輩の水色のギターが見事に調和している。

「ギターを聴いた竹とそうじゃない竹に違いはあるのか。昨日ジブリのかぐや姫を観て不思議に思ったの。たぶん何かあると私は睨んでるのです」

 小型アンプを地面に置いて、先輩はつまみをいじりボリュームを調整する。初夏の風が吹いて土の香りと先輩の香りが鼻腔をくすぐった。もしかしたら先輩は竹の中から生まれてきたのでは?と私は思った。きっと軽音サークルの人たちは満場一致でこの説を推すと思う。でもそうなると、先輩はいつか月に帰ってしまうから私は全否定派代表としてぶち壊す予定。

 ジャカジャカとギターの音色がアンプを通して山中に響く。生ぬるい風が吹いて笹の葉が揺れた。私と同じで竹たちも待ちびているのが私にはわかった。静寂の中から心臓を震わせるギターの音が鳴った。掻き鳴らす旋律はあいみょんの曲。そして次にブルーハーツを弾いて、レッドホットチリペッパーズが小山から静寂を奪い、音の爆弾を何度も何度も降らせた。熊野先輩が私と竹にロックを聴かせる。山肌を撫でる風が吹いても、ギターの音は風にさらわれることなく、私と竹の中で鳴り続けた。

 ひとしきり三十分ほど引き続けて、先輩は手を止めた。額には小さな汗の粒が浮いていた。

 私は百万人に匹敵する渾身の拍手を送った。

「最高です!」

 上気した私に向かって熊野先輩は笑った。

「私も!」

 六月の平日が世界最高の瞬間を迎えた。私はどうしようもなく熱い気持ちになって、吐き出し方が拍手とかしかないのがもどかしかったけれど爽快な気分だった。

 まだ鳴り止まないギターの音をお腹の中で消化していると、土を踏み締める足音が聞こえてきた。ツナギ姿で顔に土をつけた外村君だった。

「二人ともここで何してるんですか?」

 外村君は軽音サークルで唯一の孤高の幽霊部員。三ヶ月に一回だけ機材のメンテやギターの弦を張り替えにくる私と同じデザイン科の学生で、レア人物としてサークル内ではそれなりに人気を博している男だった。彼はいつもサークルに顔を出すとき、行列のできるスイーツ店でプリンをたくさん持ってきてくれる器用で恥ずかしがり屋な幽霊さんなのだ。

「ロックが竹に通用するのか、実験中なの」

 私がそう説明すると、彼のつぶらな瞳がキラリと輝いた。

「めっちゃ面白そう」

 彼の興味は羞恥心をあっという間に呑み込んだようだった。

 熊野先輩が「外村君もやる?」と誘うと、彼は深いツナギのポケットからリコーダーを取り出しました。

「混ぜてもらっていいですか?」

 準備の良い外村君に熊野先輩は目を大きく開いて、「すごい! まさかの四次元ポケット?」と言った。

「普通の三次元ポケットですがリコーダーは入るんです」

 竹に囲まれた初夏の自然の中でリコーダーが加わった。熊野先輩はすぐにギターを弾き始めて、外村君は息を合わせてリコーダーを吹いた。私でも知っている情熱大陸のテーマソングが響き、さっきよりも私の体はロックに犯された。音の奔流ほんりゅうに自然と上半身がゆらゆらと動く。外村君の合流で、熊野先輩のギターもさらに強い輝きが燦然と放たれて、それは大学構内にまで広がっていた。音が充満する小山にもう一つの足音が近づいてくる。軽音サークル代表の南さんだった。南さんはニヤニヤと薄い笑みを浮かべながら裸足で小山に入って来ている。傍若無人で知られる南さんは、「俺を呼ぶギターが聞こえた」と言ってベースを担いで来た。

 二人が奏でるロックに南さんが加わったことで、弾かれる曲はJポップへと姿を変える。ベースの音で曲に厚みが増した。外村君がメロディラインを吹き、熊野先輩のギターが二人を牽引するように力強い音を響かせた。

 私は不思議に思った。

 形の見えない音に私は呑まれて、三人の起こす情熱が真っ赤な薔薇を胸の奥から咲かせている。その様を小山の中、竹と共に眺めている。でも眺めてばかりいる私を突き動かそうとしてくる。熊野先輩の突風が私の軽い体を一緒に連れて行こうとした。このまま一緒に月まで行こう!と誘われているのが、先輩が持つ一万円のギターから聞こえた。

 私は居ても立ってもいられなくなった。衝動が私の怖さを打ち消す。ずっと釘付けだった三人から初めて目を離して竹の根元を見回した。ちょうどいい長さと太さをした二本の枝を見つけた。熊野先輩がいたからそこにあるような気がした枝を手に持って、濃い緑色をした背の高い竹を私はがむしゃらに叩いた。

 三人が私を見た。私は三人を見た。

 熊野先輩が口の端を上げて、今まで見たことがないくらい嬉しそうな顔をした。綺麗な瞳が大きく開いた薄い笑みは、私の心を滅多刺しにした。竹と一緒に私はドラムをやる。私は南さんのベースをよく聴きながらタイミングを合わせようとしたけど、南さんが先に合わせてくれた。外村君が私にメロディをよく聴かせてくれるように、私の隣に吹きながら移動した。向かい側には台風の目である熊野先輩が汗を滴らせて、熱くギターを弾く。私は土の上でリズムを刻むように地団駄を踏んだ。シンバルはないから口で「ジャーン」と言った。時々、風が吹く。笹の葉がさざめくその音がシンバルの音を鳴らした。

 熊野先輩のギターから起きた竹の中でセッションが始まった。

 ひたすらに夢中になった。さっきまでただ聴いてだけで満足だったのが、嘘みたいに満足の蓋を突き破って熊野先輩と一緒に雲の上で踊っているような熱狂が私の体を動かした。ハイロウズを鳴らし、神聖かまってちゃんを鳴らし、アジカンを鳴らし、King Gnuを鳴らた。ビートルズを響かせ、スピッツを響かせ、東京事変を響かせ、私はミスをしてそれを四人で無視して、中二病でも恋がしたいのOPを響かせた。気が付けば小山には多くの学生が生い茂る竹の隙間から見えた。熊野先輩も気付いたようで、彼女はうっとりするハスキーボイスで歌を歌い始めた。一眼レフの実習講義で構内をうろうろしていた女学生が、私たちにカメラを向けて何度もシャッターを切る。アート科の学生がスケッチブックに私たちと周囲に群がる学生たちをスケッチしている。軽音サークルに所属している田口君もやって来て、リサイクルショップに売りに行こうとして持っていたピアニカを吹き始めた。単位取得で教授と交渉を終えた上原君がビートボックスで私のドラムを補強してくれた。疾風怒濤のセッションは白かった太陽が赤くなるまで続いた。

 WOW WAR TONIGHTを全員で合唱し終わったあたりだった。外村君が酸素不足で倒れたことをきっかけに、私たちのセッションは鳴り止んだ。唇を真っ赤に腫らした外村君を保健室に運ぶ。南さんの右手の爪がボロボロで剥がれかけていた。私も枝を握っていた手の皮が黒く土と手汗で汚れていて、熊野先輩も白い手の皮がめくれていた。熊野先輩が赤く肉の見えた指を私の顔まで近づけて「見て、血」と歯に噛んだ。私はなんだか夢から覚めたような心地になって、ポケットにあったビターチョコを熊野先輩にあげた。

 当初の目的だった音を聴かせた竹を選ぶ時、熊野先輩は私がドラムで叩きまくった竹を選んだ。私は飛び跳ねるほど嬉しくて、何度飛び跳ねたかわからなかった。

「その竹にしてくれるとか、嬉しすぎです」

「これが一番、ロックだったからね」

 熊野先輩はノコギリを持って、「刀の錆にしてくれる」と言って日暮れの小山の中で竹を刈り取った。私と一緒にドラムをやった竹は青い樹皮が削れて薄っすら白い肌が見えていた。

「うわ〜、なんかエロい」

 私は愛着からそんなことを言って、熊野先輩と一緒に竹をアート学科がある3号棟に運んだ。それからその竹を節に従って二本に切って、三日ほど放置した。小山に生えている竹は青竹という状態で、まだ若いものがほとんどでみずみずしい。だから切った竹は切り口から乾燥していき、その形を歪ませる。まるで愛の枯れた夫婦みたいと熊野先輩は言っていた。青竹は特に変化が激しくなる状態のものが多く、竹が割れることもある。

 あのセッションを共に鳴らした竹がどんな形をするのか、楽しみにしながら私は熊野先輩と一緒に神戸の三宮で夜通し酒を飲んだ。BARで熊野先輩が「初めての音楽はどうだった?」と頬を少し赤くして聞いてきた。

「何がなんだかわからないっていうのが正直なところです。でも不思議とやらずにはいられなくなる!みたいになりました。私的にあれは絶対理屈じゃない感じですね」

「それと似たような感情知ってる?」

「なんですか?」

「恋」

 息を吐くように言った熊野先輩はエロティックで私はキュンと来ました。

「これが恋ですか〜。素敵で厄介で私好きです!」

 そこから先の記憶はありませんが、じつに美味しい酒を飲み明かしました。熊野先輩が偽電気ブランという偽なのか本当なのかわからない電気ブランをずっと飲んでいたことだけは覚えていました。

 三日後、熊野先輩と刈り取った竹の様子を見に行く。するとロックの竹は二本ともフックのように片端は曲がり、それが互いにくっついてた。なんと二本のフック型竹がハートの形を作っていた。まさかの変形に私も熊野先輩も仰天した。

「ロックをやった竹はハートになるんだ」

 熊野先輩は感動で瞳に涙を浮かべている。私もついもらい泣きをしてしまった。

「私この竹で論文いけます」

 胸の奥が透くような晴々とした気分になった。竹は風情あるものだけど、音楽を鳴らせばこんなにも素敵さに磨きがかかるとは思わなかった。やっぱり熊野先輩はすごい。この竹もすごい。ギターってすごい。私もすごい。

 私はその日からハートになった竹を待ち受け画面にした。

「それじゃあ今日も軽音室に行こっか」

「はい!」と言って熊野先輩の後ろに急いでついて行く。今日はどんな風が吹くのだろうか。私は昨日と同じ太陽を見上げて胸を踊らせた。ポケットにしまったビターチョコを一つ食べる。熊野先輩にビターチョコをあげて、笑顔を浮かべる先輩と一緒に軽音室の扉を開けた。



7「ギター」


ジャルジャル面白い!!

スキーのネタが今はイチオシです! 熊野先輩が言うんだから間違いなし!

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