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エグゼクティブ・チーム  作者: しんた☆
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エピソード 4

 エピソード 4


 サイエン王国に研究施設が出来上がって3年が過ぎていた。


「教授、本当に脳神経とデータの記憶装置を接続することなんて、できたんですか?」

「ああ、まったく彼らには驚かされてばかりだよ」


 大学院の研究室に、コーヒーの香りが立ち込めていた。来客用のソファに腰かけ、長い足を組んでくつろいでいるのは、本田新之助。弁護士だ。切れ長の目に髪をさらりと後ろに流し、上質なスーツを着込んだ彼は、藤森の数年先輩にあたる。


「いや、しかし。そんなことが可能なのか?」

「ははは、悔しいんだろ? だが、君は生まれてくるのが少しばかり早すぎたんだ。同学年だったら、どうなっていたことやら…」


 カップに淹れたてのコーヒーを注ぎながら、篠原は含み笑いをする。


「ところで本田君。君、こんな高齢の師匠に珈琲を淹れさせてふんぞり返っていることについて、なにか謝罪はないの? せめて、スイーツでも差し出してもらいたいもんだね」

「ああ、お気遣いなく。私は甘いものが苦手でして」

「だれが君に食べさせると言った。まったく、相変わらずちゃっかりしているな」

「ふふふ。お褒めの言葉と受け取っておきますよ」


 ばかばかしくなったのか、篠原は自分のカップを持ったまま、本田の向い側に座った。


「一宮君がいてくれたらなぁ。この辺りですっとひと口フィナンシェあたりが出てくるんだけどなぁ」

「一宮、君ですか?」

「ああ、例のチームの一人で一宮製薬の社長令嬢だよ。頭がよくて、センスもある。そして、なにより気が利くんだよ。君とは大違いだな」


 大きなため息をつく篠原は、一宮の名前に本田の目が鋭くなったことに気付かない。


「今度そのチームの面々と会わせてくださいよ」

「ああ、彼らは神出鬼没だから、運が良ければ会えるんじゃないか?海外に研究所を設立して3年。ここに顔を出したのは数えるほどだ。」


 コーヒーを飲み干すと、本田はあっさりと帰っていった。やれやれとカップを片付けていると、聞き覚えのあるBMWのエンジン音が聞こえてきた。


「おや、入れ違いになってしまったようだね」


 篠原は、ふふっと笑いながら、やってきた若者たちを招き入れた。


「教授、お久しぶりです。」

「やぁ、藤森君。君の活躍は聞いているよ。」

「いや、あれは美月の知識のお陰ですよ。私は脳神経のことしか分からないので。」

「しかも、天才外科医と極上の麻酔医兼助手がいる。君たちでないと成しえなかった。本当に尊敬するよ。」


 藤森が振り向くと、美月、一宮も一緒にやってきた。


「教授、お久しぶりです。今日はコーヒーのお供にひと口フィナンシェをお持ちしました」

「おや、そう?! それは、それは。」

「あれ、篠原教授、なんだか含みのある笑顔ですね」

「美月君、話せば長い、わけでもないが、聞いてくれる?」


 篠原は、さっきまで来ていた本田の話を聞かせた。まさか冗談で話した一口フィナンシェが本当に手元に来るとは思ってもみなかったのだ。


「奥平君はどうしてる?」

「サイエン王国の北側のノーザンディという国で、暴動が起きたとかで、大統領が命に係わる怪我をしてしまい、そちらに出向いています。」

「そうか、相変わらずだな。」


 研究室の給湯コーナーに行った一宮が声を掛けてきた。


「教授、さっきコーヒーを飲まれたのですか? 紅茶にします?」

「いや、君の淹れてくれるコーヒーが飲みたかったんだよ。お願いしてもいいかい?」

「ふふふ。了解です。」


 明るい声に篠原は目を細める。


「いや、まったく素晴らしい女性だね。お嫁さんになってほしいよ」

「教授!」


 貴絵の声が咎める。


「だって、ねぇ。こんなに気が利く女性、なかなかいないよ。本当はあちらこちらから引く手あまたなんだろう?」

「やめてくださいよ。先日まで家業の関連会社の人がしつこくて大変だったんですよ。ホントにいい迷惑です。そんなことより、藤森君、美月君、今回のこと、説明しておいてよ」

「ああ、分かった」


 藤森は、自分の耳の後ろ辺りの髪をかき上げ、教授に見せた。


「こんなところに接続部分を作ったのかい」

「ええ、脳に近いですし、髪の毛でカモフラージュできますしね。」

「それで、データはすんなり頭に収まるのかい?」

「はい、そもそも人間は一生のうちに使える脳の記憶力のほんの少ししか使えていないのです。だから、データの蓄積には問題ないようです」


 藤森と美月が今回の研究成果を説明しているうちに、コーヒーとフィナンシェが運ばれてきた。


「ああ、やっぱり一宮君の淹れてくれるコーヒーはいいねぇ。香りが上品だよ」

「あら、本田先輩は淹れてくれないのですか?」


 一宮が尋ねると、この老人は両肩をきゅっとあげ、拗ねたような顔で嘆いて見せる


「聞いてよ。あいつ、この僕にコーヒーを淹れさせて、自分はソファでくつろいでいるんだよ。だけど、持ってる人間は違うよね。こうやって、ちゃーんと希望の物がやってくる。」


 おちゃめな一面を見て、3人は思わず噴き出した。と、その時、再びドアがノックされた。


「教授、報告を忘れていたんだけど…。あれ?お客さん?」

「ちぇっ、こいつも持ってる奴だったのか」


 篠原は眉をしかめて言う。


「彼が、さっき話した老人にコーヒーを淹れさせた男だよ。本田君、君の会いたがっていた若者たちだ。ラッキーだったね」

「それはどうも」


 本田は、にやりと取り澄まして微笑むと、3人に向き直った。


「僕は本田新之助、弁護士だ。篠原教授のもとでしばらく研究していたんだけどね。弁護士の仕事も気になっていて、今はそちらに注力している。それで、君たちが素晴らしい成果を上げたと聞いて、会いに来ていたんだよ。ところがどこかの偏屈がなかなか会わせてくれなくてね」


 ぐふっと教授がむせている。


 研究成果を詳しく聞いた本田は、身を乗り出していた。まるで自分がすでにその手術を受けると決まっているかのようだ。


「来週、僕も手術を受ける予定です。仁が空いていれば、ですが」

「まったく素晴らしいね。じゃあ、今度そんな君たちに活躍できる案件を持ってくるよ。その成果をぜひ目の当たりにしたいんでね」


 美月の言葉にすっかり乗り気の本田は、それだけ言うと、再びにやりと笑って部屋を出ようとした。


「おい、本田君。君、報告があって戻ってきたんじゃないの?」

「教授、その報告、彼らと手を組んで一仕事してからにさせていただきます。では」


 今度こそ、本田はあっさりと飛び出していった。


「なにが、では。だよ。まったく」


 篠原は、さっさと出て行った教え子の後ろ姿を見送りながら、一宮特製のフィナンシェを頬張った。


つづく

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