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エグゼクティブ・チーム  作者: しんた☆
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エピソード 3

エピソード3


 料亭を思わせるような純日本家屋の一室に、微かな香の香りが漂っている。竹細工の細い花器には、りんどうの花が生けられていた。茶室には、名だたる会社の重鎮たちが静かに座っている。

 おもむろにふすまが開いて、美しく髪を結い上げた着物姿の若い女性が現れた。


「一服さしあげます」


 丁寧に頭を下げ、そそとした様子で茶器の前に座ると、優雅な所作でお茶を点て始める。そこに年配の女性がそっと入室してきた。


「皆さま本日は、お忙しいなかお越しくださってありがとうございます。どうそ、お菓子を召し上がってください。」


 そう言うと、出来立ての抹茶を小袱紗に乗せ、目上の者へと運んでいく。若い女性はすぐさま次の器を取り出し、また、流れるようななめらかな所作で次の抹茶を点て始めた。

 一通りの客人に抹茶が渡されると、年配の女性は、主に目配せしてそっと退室した。


「こちらのお嬢さんは、会長の?」


 好々爺然とした客が目じりを下げて問うた。


「ああ、上の孫娘だ。貴絵という。結婚より研究だなどとぬかしおって、まったく。」


 口は悪いがまんざらでもない様子の老人に、茶道具の始末をしていた手を止めて、若い女性が主をキッと睨む。


「これ、客人の前でそんな顔をするでない。ははは」

「一宮製薬の会長を睨みつけるとは、これはなかなかの大物でいらっしゃいますね」


 楽し気な客人にそっと頭を下げると、若い女性はさっさと退室していった。


 控えの間に入ってくると、すぐさまお手伝いの佳子が茶道具を受け取り片付ける。


「お疲れ様。いつ見ても貴絵のお点前は優雅よね」

「もう、せっかくの休日だったのに、急にお茶を点てろとか言い出すんだもの。おじいさまにも困ったものだわ」

「ふふふ。あれでもあなたの事を自慢したいのよ。さっき、お声を掛けられた客さん、橘製薬の会長さんなんだけど、どうやらお孫さんのお嫁さんを探しているらしいのよ」


 ご機嫌な母に、あきれ顔の貴絵はため息をつく。


「やめてよ。はぁ。着替えてくるわ。午後から調べ物がしたいの。次は萌絵に頼んでね。」

「あら、萌絵はダメよ。休みになれば早朝からいなくなるわ」

「何してるのかしら?」


 母はここぞとばかりに大きなため息をついた。


「大きなバイクの免許、いつの間にか取っていて、勝手にバイクまで買ってたのよ。女の子なんだから、もっとおしとやかに…」

「お母さま、自分の理想を押し付けたら、可哀そうよ」


 貴絵はそういいながら、部屋を出て行った。


「うん、もう!」


 文句が言い足りない母は、残念そうに娘を見送った。


 艶のある長い髪を下ろし、パンツスーツに着替えた貴絵は、早速院内の図書館で専門書を借りてきた。そして、その数冊を取り出すと、研究室の片隅を陣取った。調べ物をするなら、ここと決まっている。カバンから取り出した水筒には、淹れたてのグァテマラが入っている。お茶を点てる貴絵は、珈琲も大好きなのだ。マイカップに注いでいると後ろから声がかかった。


「おや、一宮君、来てたのかい。」

「お久しぶりです、篠原教授。」


 篠原は、この大学院の研究所の所長だ。御年72歳。そして、珈琲に目がない一人だ。


「教授、ご一緒にグァテマラ、いかがですか?」

「いいねぇ。実は匂いにつられてやってきたんだよ。わはは」


 教授の手には、ちゃっかりカップが握られていた。貴絵がカップに珈琲を入れている間に、篠原はぽつりとつぶやいた。


「もう、声はかけられたかい? やつら、また新しい悪だくみをしている様だよ」

「ええ、脳の電気信号の世界的権威、ボルドー氏が協力してくださるとかで、脳神経先進国のサイエン王国に研究施設を作るそうです。 はい、どうぞ」

「ああ、ありがとう。いい香りだね。 向こうに行ったきりになるのかい?」

「いいえ、みんなそれぞれ活動しているので、いける時だけになりますが、常に取り組める場所があるのはありがたいですから。」


 受け取った珈琲をうまそうに飲んで、篠原はちらっと貴絵に目を向けた。


「気を付けるんだよ。君たち、やりだしたら絶対成果を上げてくるんだから。目立っちゃうと、妬んだりつぶしたがるような輩も出てくるんだからね。 それじゃ。」


 軽快な会話だが、中身は重い。山高帽をぽんと頭に乗せると、篠原は帰っていった。それを見送った貴絵は、再び調べ物に没頭する。アメリカの発明家によって、メディアCDはすでに実現しているが、サイエン王国では、まったく違う分野でデータの記憶媒体が開発されつつあるという。


「まさか、人間の脳とその記憶媒体をつなごうって言うんじゃないでしょうね。」


 はたと思い当って、その場にいない誰かを叱るように呟く。目の前のカップを手に取ると、冷めかけた珈琲を一気に飲み干して、あきれたようにため息をついた。


「あの人達ならやりそうだわ」


つづく

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