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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
第三章 光り輝く願望編
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篝火焚火は願われる


 今日も夕映さんは私が唯一入れない部屋に鍵をかけている。


 私はガントレットを出せる機会を(うかが)いつつ、アルカナと言った瞬間を夕映さんに目撃される恐怖を思い描いていた。


 アルカナを使うなと言われているのに使ったとする。それでもう一度捕まったとする。


 そしたら、今までの比ではない恐怖が待ち受けている気がした。


 自然と右目を手で覆う。再生した眼球を瞼越しになぞり、恐怖で気絶したのがハイドの最後だったと思い出した。


魔術師(ザ・マジシャン)、あの部屋で夕映さんは何をしているんですか」


 今日も影法師(ドール)と共に散歩する。何度も見た家の中にはやはり私達以外誰もいない。郊外の林の中にある家なので静かだ。最近は蝉の大合唱が始まったけど。


 魔術師(ザ・マジシャン)は私が指さす部屋に顔を向け、暫しの沈黙を挟んだ。


「知らなくていい」


 平坦な声はやんわりと拒絶する。私が知ることを。


 私はユエさんと顔を見合わせ、ちょうど部屋から出てきた夕映さんは満面の笑みを浮かべた。中は見えないように扉が閉められ、鍵をかけられる。


「その部屋、何があるんですか?」


「んー?」


 夕映さんは首を右へ左へ傾けて笑顔を崩さない。それから扉を見たかと思うと、微かに目が開いた。


 それは影法師(ドール)を見る時と同じ横顔。


 光とは言い難い感情で燃える、歪んだ表情。


「見たい?」


 なんて、その表情で問われたら黙ってしまうだろ。


 私は見た時と見ない時の恐怖を脳内で比べ、知らなくていいことは知らないままが安全な気がした。


「別にいいです」


「ははっ、焚火ちゃんいい子~!」


 夕映さんに肩を抱かれ、慣れ親しんだ様子で頭を撫でられる。私はそのまま腕を引かれ、鍵のかけられた部屋に背を向けた。


 ***


 夜、暗い廊下を通って影法師(ドール)が集められた部屋に入る。壁には整然とカードが嵌めこまれており、月明かりに照らされていた。


 夕映さんが座っていた椅子に腰かける。私の背後にはユエさんと魔術師(ザ・マジシャン)が浮いていた。夕映さんはまた鍵をかけている部屋に行ってしまったとか。……なんだかなぁ。


「夕映さんは影法師(ドール)を集めて何がしたいんですか」


「……」


「この状態の影法師(ドール)はレリックに見つからないと聞きましたが、レリックを殺したいなら逆効果では?」


「……」


「これだけ集めているならレリックを集めて一網打尽なんて簡単だと思うんです。夕映さんの知り合いの光源、私を含めず五人はいますよね。夕映さんを入れたら六人。嫌でしょうけど、先生を入れたら七人もいますよ」


「そこで自分を含めないのが焚火ちゃんらしいわよね」


「ユエさんは黙ってましょう」


 私は魔術師(ザ・マジシャン)に質問を投げているのだよ。


 ユエさんは拘束された両手を口元に当て、射しこむ月光を浴びに動いた。


 壁に並んだきょうだいの前で月が踊る。銀の短髪を頬に滑らせ、長い三つ編みを可憐に揺らして。答えないきょうだい達に声をかけて笑う姿は空しさを助長した。


 私は魔術師(ザ・マジシャン)への質問を続ける。


「これは夕映さんの願いを叶える為に必要なんですか」


「……」


「願いが叶った時、あの人のおかしさは終わるんですか」


「……」


 だんまりか。この影法師(ドール)は元より口数が多い方だとは思ってないけど、お喋りは嫌いだったんだろうか。


 審判(ジャッジメント)魔術師(ザ・マジシャン)はどことなく姿勢が似ている。光源の行動を止めず、後ろに控えて黙っている。何も口出ししない。まさしく影。


 でも影が何も考えてないかと言えば、そうではないだろ。


『お願いだから……これ以上、傷つかないでくれ』


 審判(ジャッジメント)は泣いた。黒い布を落とし、自分の光を抱き締めて。触れれば焼かれるかもしれないのに。抱いて、縋って、願ったのだ。


 影法師(ドール)は言葉を吐ける。行動できる。目がある。人を想える器官がある。


魔術師(ザ・マジシャン)、貴方にとって夕映零という光源はどんな存在なんですか」


 視界の隅で黒いローブが揺れる。ユエさんは審判(ジャッジメント)の前で振り返り、射しこむ月光が弱まっていった。雲の影が動いている。


 徐々に暗くなる室内。自由になれない影と闇が混ざっていく。


 この部屋も寒いな。この家自体が寒いな。


 どことなく私の部屋と似ていると思うのは、気のせいだろうか。


 寒くて寂しくて堪らない。どうにか凍えないように温かさを探して、模索して、私は真心くんを作っていた。


 だから、ユエさんが現れた時に願ったのだ。強くしがみついたのだ。どうか、どうか、叶えてくれと。


 それは他の光源も同じだ。


愚者(ザ・フール)が現れた時、願わずにはいられなかったんだ』


 自分で家を飛び出して、職も金も手に入れた大人も願っていた。


 夕映先生は忘れても良かった。忘れた方が幸せだった。こんな冷たい家のことなんて。


『かなえ、叶えたいよ。どうしても』


『願いが叶わないなんて、耐えられない』


 巨大な手で何でも掴んでしまう稲光さんでも掴めないものはある。


 強固な鎖であらゆるものを拘束できる夜鷹さんでも取りこぼすものはある。


 だから二人は、真っ直ぐ、迷わず、叶えたいと頷いた。安全よりも願望を優先した。


『俺は自分の字でレリックを燃やすことに有意義さを覚えていた』


 あらゆるものを燃やして破壊する焔さんでも手に入れたい願いはある。


 多くの賞を貰う字を火に変えて喜ぶ彼は、レリックと共に自分の文字を破壊したいように見えたから。


『俺の光。朱仄祀。君の願いは、俺がいなくても叶っていたよ』


 かの凶行の聖人さえも無償の手助けなどしていなかった。


 たとえその願いが影法師(ドール)を介さずして叶うものであったとしても。見落として、気づかずに、願っていたのだ。


 誰しも抱えた想いがある。我慢できない火種を持っている。


 叶える為に化け物と契約して、黒い負を噛み締めて、アルカナを叫ぶのだ。


 その姿は、燃え盛る業火が如く。


 誰もが踏ん張って、駆け抜けて、恐ろしいほどに輝いていた。


 人の気持ちなんて理解せず、我が身を歩み、破壊を続ける光源はみんな。


 幸せになりたいと叫んでいるようだったから。


魔術師(ザ・マジシャン)


 ゆっくりと月光が部屋に戻ってくる。薄く薄く部屋を照らし、満たし、全てを許してくれる空気を作り。


「願いを叶えた時、夕映さんは幸せになれるんですか」


 沈黙が落ちる。


 魔術師(ザ・マジシャン)の空気が重たく粘り気を帯びた感覚がする。


 私はそこで初めて魔術師(ザ・マジシャン)に視線を向けた。


 顎を引いた影法師(ドール)は少しずつ頭を下げ、フードの奥に表情を隠しきってしまう。


「……悲しい気がするわ、魔術師(ザ・マジシャン)


 俯くきょうだいにユエさんが近づく。滑るように移動した(ザ・ムーン)は白い指先で魔術師(ザ・マジシャン)の頬に触れた。


 支えるように魔術師(ザ・マジシャン)の顔を撫でたユエさん。魔術師(ザ・マジシャン)は掌に突き立てた爪を隠すように拳を握った。


 ユエさんの顔に月光が影を作る。心配そうにフードを覗き込んだユエさんは、きょうだいの言葉を急かすことはなかった。


 沈黙が続く。月光が煌めく。あまりの静けさに私の鼓膜は耳鳴りを起こしそうなほどだ。


「……教えてくれ、(ザ・ムーン)


 長い静寂の後、声を絞り出した魔術師(ザ・マジシャン)


 青白い手はユエさんの手の甲に重ねられ、肩は小さく震えていた。


「私達に、生きる資格はあるのか」


 ユエさんの手に魔術師(ザ・マジシャン)の黒い血が付着する。二体の影は柔らかな月光を浴び、私の影の濃さが増した。


 魔術師(ザ・マジシャン)は今まで黙っていたのが嘘のように問い続ける。


「私達はこのまま生きていていいのか。生き続けていいのか」


魔術師(ザ・マジシャン)……」


「自由を願ったのは間違いではなかったのか。レリックを壊し、不幸に気づかず、自分達だけが、など、」


 時折、魔術師(ザ・マジシャン)の言葉が詰まる。


「願わなければ良かったのだ。自由など欲さず、心など持たず。本当の道具になってさえいれば、誰も苦しむことなどなかったのだから」


 細い顎を雫が伝う。


「私達の自由の為に多くのレリックが犠牲になった。私達の間違いがあの子達を殺めたのだ。多くの光源も犠牲にしてきた。まさか人間があれほど弱いとは知らず、バクに負ける者やアルカナがあってもレリックに負ける者が、いるなど、思いもせず」


 ユエさんは魔術師(ザ・マジシャン)の涙を拭わない。同じ目線、同じ場所で、唯一の対等として耳を傾ける。


「私達の切願が、修正しようのない傷を生んでしまった。零がそうだ。あの子は、私達のせいで傷ついている。自分の傷に気づけないほど慣れてしまって、感覚が歪んでしまって。それも全て私達のせいなのに」


 魔術師(ザ・マジシャン)の背中が微かに曲がり、小さな嗚咽と涙を零す。


「私達が幸せを望んでいいはずがない。生き続けていい、はずがなぃ」


 影に沈んだ涙は、床に痕跡を残さなかった。


「どうして影法師(ドール)は永遠など与えられたのだ。長い長い時間がなければ願わなかったかもしれない。逃げる間に死ねたかもしれない。消えてしまえば間違いを断ち切れたかも、しれないのに」


「……魔術師(ザ・マジシャン)


「あぁ、あぁ殺してくれ、私を殺してくれ、癒しのきょうだい。私はもう生きていたくない。見ていたくない。あの子の為に殺してくれ。あの子を生かす為に、零が少しでも楽になる為にッ」


 ユエさんの腕を掴み、胸に額を押し付けた魔術師(ザ・マジシャン)。崩れるようにしゃがんだ影法師(ドール)と共にユエさんも膝をついた。


 黒いスカートの裾が広がり、黒いローブには皺が寄る。


 無口な影法師(ドール)の懇願は、堰を切ったように流れ落ちた。


「首を刎ねても、手足をもいでも、内臓を引きずり出されても、私達は生きてしまう。そこまでして生きねばならない価値などないのに。影法師(ドール)など、願望器など……」


 叫ぶのを堪えた声が私達に訴える。


「生まれてこなければ、よかったんだ」


 己の存在を否定する。


 守りたいと思ったきょうだいのことも、自由にしてやりたいと思った残影のことも、否定する。


 ユエさんは何も答えず魔術師(ザ・マジシャン)の肩に手を添えた。


 ローブを纏った手は、私の足を弱く掴む。


「頼む、頼むよ業風の子。影を砕く旋風の光源、篝火焚火」


 自由のない私に、自由を求めていたはずの影法師(ドール)が頭を下げる。床に額を擦り付けて、涙を影に沈めながら。


 足を掴む手に力がこもる。何でもできる影法師(ドール)。万能の願望器。


 それが人に願うのだ。


 己の願いの為ではなく、他者を想って願うのだ。


「私の光を、夕映零を――救ってくれ」


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