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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
第三章 光り輝く願望編
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篝火焚火は気後れする

 

 光源として正しい選択をしている夕映さん。


 あの人は何も間違ってない。


 全てを混濁させて、ややこしくしているのは影法師(ドール)なのだから。


「殺そうよ、焚火ちゃん。君は是が非でも願いを叶えたいんだろ?」


 水のナイトの煤が宙を舞っている。夕映さんが踏んだ繭は綺麗に潰れ、魔術師(ザ・マジシャン)は影からバクを出した。燃料を雑に噛み千切った夕映さんは笑顔で私を見上げている。


影法師(ドール)の言葉なんて無視しよう。レリックの想いがなんだって言うんだ。自分勝手で行こうよ。ぜーんぶ全部、悪いのは影法師(ドール)なんだから!」


 夕映さんが猫の面を顕現する。猫は近寄るバクを踏みつけて、魔術師(ザ・マジシャン)の影に投げ込んでいった。


 明らかに一人では多すぎるバクを収集する夕映さん。私はユエさんに一度視線を戻し、青白い表情でガントレットを掴む影法師(ドール)に奥歯を噛んだ。


 夕映さんを止めて何になる。あの人を放っておけばレリックを全員倒してくれるかもしれない。この勢いならもう、私が怖い思いをすることも、面倒なことで頭を悩ませることもしなくてよくなりそうだ。


 全て任せてしまえよ。あの人が壊れようが魔術師(ザ・マジシャン)がどうなろうが私にとっては他人事だ。そこに気を揉む意味は無い。


 私が何したって、夕映さんが抱き締めてくれるわけじゃない。あの人の頑張りに乗っかっていれば私の願いは自動的に叶う。使えるもんは使ってなんぼ。便乗しよう、傍観しよう。それが人間、人との付き合いなんてそんなもの。


『してもらいたかっただけだよ』


 うるさいなぁうるさいなぁ。膝枕を強請(ねだ)った猫の声がする。背中を向けた人間の姿が浮かぶ。


 目を固く瞑って、忘れようとしたって浮かんでくる。夕映さんだけではない。光源になって出会った奴らは総じて面倒くさくて、頭のネジ外れてて、ウザくて怖くて堪らないのにさぁ!


「止めれば、いいんでしょッ」


 あぁもう全部、全部、面倒くさいッ


 私は屋上の柵を飛び越えてソルレットから風を噴射させた。


 バクを集める夕映さんはこちらに気づき、唯一見える口元が三日月のように弧を描く。


 何も考えずに掴もうとした手は躱された。お返しの如く夕映さんの蹴りが背中にめり込む。痛みに叫ぶのはユエさんだ。


 私はソルレットから勢いよく風を噴射して踏ん張りをきかせ、ゲラゲラ笑う夕映さんで視線を止めた。


「夕映さん、貴方は何をしようとしているんですか」


「楽しいこと、面白いことさ! 知ってるだろう? 自分は面白いことが好きだって」


「それで貴方は何を得るんですか」


「何も得ないよ。全てを捨てる為にやってるんだから」


「ッそれで、貴方はいいんですか」


「いいよ。いいさ。どうでもいい。あのクズ男も、親も、他の光源も、自分にとってはもうどうでもいい」


 両手を広げた夕映さんの口角が吊り上がる。飛び掛かるバクを尻尾で殴り、再び顔を掻きながら。


 私の鼓動が早くなる。血液が荒く全身を駆け巡り、思い出したくない光景が目の前を過ぎた。


 玄関を開けた先にいた黒い影。手で煌めいた包丁。まとまらないまま吐かれた暴言。


 冷や汗が頬をうだる。歪んだ視界が、かつての化け物と夕映さんを、重ねてしまった。


「焚火ちゃん」


 猫が笑う。影を招きながら笑う。


 お面の奥にある瞳が、怒りの業火で瞬いた。


「自分はまだ、ちゃんと、人間に見えるかな?」


 あ、コイツ、もう駄目だ。


 ソルレットから全力で風を噴射する。一気に夕映さんの懐に入れば、私の肘からは突風が吹き荒れた。


 握った拳で夕映さんのお面を狙う。猫はゲタゲタ笑って顔の位置をずらし、私の視界にしなる足が入った。


 頬骨に夕映さんの足の甲が炸裂する。防御が遅れたせいで体は吹き飛び、骨の砕けた音が鼓膜へダイレクトに響いた。


「あ"ァッ!!」


 ユエさんから潰れた声が聞こえたが気にするな。影が呻くのはいつものことだ。私だって自分の怪我を理解してる。無傷では何も得られない。


 建物の壁に両足をついて勢いよく蹴り出す。ソルレットの風も合わせて夕映さんに向かえば、柔らかな猫は舌を見せるのだ。


 浮かんだ黒い杖のマークが嫌に目につく。お面の向こうで輝く瞳に鳥肌が立つ。


 これはもう、光というにはあり余る。


 何考えてる。何しようとしてる。コイツの面白いことがまともだったことなんて一度もないんだが!


 怖い、怖い、寒気が止まらない。幾度も脳裏に()()()がよみがえっては奥歯が鳴った。


 止めるのは後だ。


 先に一回壊さないと、私の恐怖が終わらない。


 夕映さんの爪を空中で躱し、回転させた体の勢いを乗せて踵を落とす。だがしかし、蹴りは交差させた両腕に止められた。猫の舌なめずりが見える。


 全身を沈めて蹴りの威力を殺した夕映さんは、私の足首を掴んで地面に叩きつけようとした。


 咄嗟に肘を地面に向けて全力で風を出す。吹き荒れた暴風は夕映さんの足を微かに揺らし、私を地面にぶつけなかった。


 ガントレットの指を地面に突き立て腰を回す。夕映さんの手を勢いよく蹴り離せば、相手の懐が開いた。


 空と地面が分からなくなる。上下があやふやになって眩暈がする。そんな気持ち悪さは呑み込んで、私は夕映さんの鳩尾にガントレットを叩き込んだ。


「う"、ぉぇ"、ッ!!」


 腹部を押さえた魔術師(ザ・マジシャン)が吐血しながら地面に崩れ落ちる。吹き飛んだ夕映さんは両手両足で地面を滑り、大量の唾を吐き出した。


 駄目だまだ意識があるぞ。


 私は殴った勢いで踏み出した足に力を入れる。風を噴射し宙を駆ける。絶叫マシンなど比ではない。


 私は風だ。風は自由だ。形はない、色もない。だからこそどんな向きにも形にもなれる。威力に制限はない。


 夕映さんは四つん這いの姿勢でこちらを見上げた。ガントレットの風圧は先程よりも激しくなり、私の心臓に呼応するようだ。


 容赦なく殴った地面が割れる。身を(ひるがえ)した夕映さんが面を押さえて歯を見せる。


「あっはははは!! 焚火ちゃん容赦ねぇなぁ面白い!!」


「貴方は今、レリックを壊す以上の何かを考えてるだろ!!」


「ンだよそんなことまで分かるわけ? これだから怖がりは飽きさせねぇなぁ!」


「それは怖いことだ! ぜったいに、誰かを傷つける、駄目なことだろうが!!」


「お前だって祀くんの首切ってただろうが!! 心を欲した化け物ちゃん!!」


 自分の喉が一気に締まる。指先についていない鮮血を想像して、鳥肌が立って、背中を押す衝動に冷や汗が湧いた。


 私は、私は、私はまだッ


「化け物だったのはアイツの方だ!!」


「違うわ馬鹿野郎! 光源なんて、人間なんて、全員化け物なんだよ現実みろやッ!!」


 互いの拳が頬を掠り、毛先を吹き飛ばして汗が弾ける。喉の渇きを無視した私は一歩を踏み込み、腰を勢いよく回転させた。


 瞬間、ガントレットの輪郭がブレる。


 ソルレットが風になる。


 しまッ


「やーい、バク不足」


 嘲笑った夕映さんの踵落としが肩に叩きこまれる。笑った膝と眩暈で地面にぶつかると、間を置かずに胴体を蹴り飛ばされた。人をボールか何かと思っているような蹴り方で、建物にぶつかることでなんとか止まる。


 地面に崩れ落ちた体が上手く動かせない。なんで、どこも怪我してない、傷は全部治ってるのにッ


「焚火ちゃん!」


 目の前に滑り込んだユエさんが膝をつく。ふわりと優雅に膨らんだ裾は地面に広がった。


「焚火ちゃん、バクを食べましょ、お腹が空き過ぎよ。燃料空っぽなの!」


「……ばく……」


「バクはいっぱいあるわ、焚火ちゃんたくさん捕まえてるもの。だぁいじょうぶ、大丈夫よ!」


「なにが大丈夫だよ寄生虫」


 私の前にユエさんが出したバクが落ちる。銀色の髪が勢いよく蹴り飛ばされ、私の視界から影が消えた。咄嗟に顔を上げれば頭を押さえたユエさんが倒れている。


「ぅ、~~~っぅ」


「ユエさッ」


「はい黙るよー」


 後頭部に靴の感触がしたと思った瞬間、額から地面に踏みつけられる。骨と地面がぶつかる音は鈍く響き、鼻の頭や額が違和感を訴えた。


「い"ッ、ぃ"あ"、!!」


「あっははー、おっもしろいよねー。光を痛めつければ影が藻掻くんだ。元々痛みなんてない化け物のくせに!」


 足が離れる。顔を上げようとする。容赦なく踏み潰される。また足が離れる。


 そんな暴行を何回続けられたのか。


 気づけば地面には亀裂が入り、私の顔からは汗が滲んでいた。痛みはなくとも体が逃げろと叫んでいる気がする。意識を飛ばせと眩んだ視界が警鐘を鳴らす。


「人間は頑丈だよねぇ。いや、痛みがなければ危険に気づかない間抜けってだけなのかなぁ」


 前髪を掴まれて無理やり体を起こされる。背中を思い切り建物にぶつけられたと思えば、顎の斜め下から骨の砕ける音がした。


「ぃ"、あぁぁぁッ!!」


 左胸の上を押さえたユエさんがのたうち回る。私は自分の鎖骨を折った夕映さんの拳を見て、顎から汗が落ちた。


「普通なら悶絶必須だけど、やっぱ感じないと駄目だよねぇ」


 猫が笑う。


「ねぇ焚火ちゃん。自分さぁ、祀くんのやり方は優しかったと思うんだぁ」


 光源が笑う。


「光を痛めつければ影は出ていく。でもそれは影が光を想ってるなんて、気持ち悪い前提が成立してないと始まらない」


 目の前で、怖い化け物が、笑ってる。


 私を仰向けに引き倒した夕映さんは馬乗りになり、袖の中に手を突っ込んだ。スナップボタンを外すような音がする。


「だから自分は思うわけだよ」


 袖から出てきたのは抜き身の果物ナイフ。光のないハイドで、刃が煌めいて見えたのは錯覚か。


 動悸がする。呼吸が浅い。


 これはまるで、あの日の再現。


 掘り起こされたくない、全部が変わった日の光景。


 猫の面をつけたままの化け物は、私の首に手を添えた。


「殺すつもりでやるべきだ。光を通じて影を殺す。そうすればアイツらは堪らなくなって出ていくしかなくなるんだ。我が身可愛さに。光源なんて見捨ててさ。終わらない痛みなんて受けたくないもんねぇ」


 声が出ない。


 喉が締まる。


 足が動かない。


 全身が震えてる。


「なぁに、鈍感な光源なら大丈夫だよ。急所を外せば治るから。一撃必殺でないなら死なないよ。拷問なんてへっちゃらさ! だからさ焚火ちゃん。自分に協力してくれないなら、レリックを壊すのに足踏みしてるなら!」


 壊れた光が笑っている。


「自分の念願の為に」


 その胸に抱いた業火を、制御できなくなった化け物が。


「頂戴よ、(ザ・ムーン)


 振りかぶったナイフを、容赦なく振り下ろした。




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