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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
第三章 光り輝く願望編
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焔天明は忘れてしまった

しばし天明くん視点でいきます。


 進学補習を終えた午後、日に日に暑くなる夏休み。俺は直ぐに帰宅せず、冷房の効いた電車に揺られていた。


 向かうは書店。求めるは参考書。図書館に行っても良かったが、それでは書き込みが出来ないからな。受験用の物は手元に残せる形がいい。


 推薦枠もあるらしいがそれだけに頼るのは怠慢だ。備えあれば憂いなし。参考書を見るのも嫌いではない。文字を追うことに変わりはないのだから。


 駅近くの大型書店に足を運ぶと、夏休みのせいで人がごった返していた。制服姿の奴も何人か映る。一人の奴に、友人知人と一緒にいる奴、様々だ。


 俺は一人で参考書の棚に向かい、影からは冷たい異形が現れた。


「なぁ天明」


「なんだ」


「祀、今日も会えなかったのか?」


 俺の顔を覗き込むのは自由になりたいと願った異形。影に潜む破壊の(ザ・タワー)


 参考書に視線を向けたままの俺は、無言で肯定の意を示した。(ザ・タワー)は鋭い爪で頬を掻く。


 祀はここ数日補習に来ていない。クラスが違うので「教室にいない」ことしか把握していないが、あの根っからの生真面目がサボるとは到底思えなかった。


 だが、その生真面目さが作用して、ハイドを優先していると考えられなくもない。もしくは単純に俺が避けられていると言えなくもないが。


 朱仄祀は正しい男だ。奴に口答えする者も、奴の粗を探す者もいない。しようとも思えない。隙がないほど良い奴なのだ。


 文武両道で生徒会長としての人望もある。毅然とした態度で役員の仕事をこなしている姿は学校行事の度に見たものだ。一年で庶務だった頃から生徒会長並みの働きをしていたとも耳にしたことがある。


 上級生にも目を付けられず、同級生や後輩から慕われるのは、それだけ祀が正しいからだ。


 正しいとは正論で相手を説き伏せることではない。あらゆる方向に耳を傾け、自分で考え、救われる者が多い選択をするのが正しいのだ。


 祀は文化祭の内容を変更する時、生徒の意見を集めて教師陣と相対したと同時に、教師の意見も聞いて生徒に理解を求めていた。だからこそ上手くまとまり結果に繋がった。


『これで、少しでもいい思い出になると嬉しいな』


 笑った祀は本当に晴れ晴れとしていた。あの男は誰かの為に奉仕し、奔走し、喜んでもらえることを至高としている。夜鷹少年とはまた別の次元での精神だ。


 あの男は綺麗すぎる。墨の落ちていない半紙も同然。汚そうとも破こうとも思えない奴。本当に同じ人間かと疑ったことは何度もあった。


 働きすぎの善人。我が身を粉にする愚か者。誰かの為を思うくせに、自分が誰かに思われることには不慣れな高校生。


「……馬鹿だよな、祀は」


 自分の影を靴裏で撫で、参考書を決める。会計を終えて外に出れば夏らしい暑さに目を細めてしまった。ジキルに出続けている(ザ・タワー)の冷気があっても日差しが厳しい。天は地を焦がすことをお望みか。


「……そう言えば」


 ここまで来たなら、焱ちゃんのバイト先が近いな。寄るか。以前店内で見かけた手書きのPOPをあの子は書くのだろうか。書いていたら展示終了後に是非貰いたいのだが。


 先日、焱ちゃんの部屋へ行った時にノートを貰えなかったのは残念だ。大変残念だ。あれだけ(くすぶ)った文字が羅列されたノートなど早々見られるものではないと言うのに。次に部屋へ上がらせてもらった時は不要になった物を貰えないか再度お伺いを立ててみよう。


 ちなみに焱ちゃんが図書館で捨てたメモ書きはちゃんとファイルに入れて保存している。光源として自己紹介したカフェで貰ったサインと共に。もう少し収集物を増やしたいんだがな。これもなかなか難しい。


 難しいことばかりで頭に熱が集まる。考えすぎで熱暴走を起こす性格はしていないが、冷却できねば思考も濁る。


 制服の襟を軽く揺らして風を送れば、ガントレットから出たそよ風を思い出した。


 同時に脳裏に浮かんだのは、心を探して泣いた焱ちゃんの姿だ。


『自由にしてあげなきゃ』


 中庭で祀が放った言葉は、あながち間違いではなかったのかもしれない。


 だがしかし、審判者よ。あの子は救われることなど望んでいない。俺もお前に助けて欲しいなどと言った覚えは一度もない。


『光源なんてやめよう、天明! 君の願いは知らないが、それは影に頼らないと成就しないのか⁉』


 叶わないから望んだのだ。それを否定してくれるな。願わなければ何も始まらない、変わらない。


 俺の願いは、俺の文字を分かってくれた人と仲良くなること。


 自分自身を分かって欲しい稚拙な願い。それでも本心から求めた燃える願望。


 それを消してくれるな。潰してくれるな。光源でなくとも叶えられるなどと推し量ってくれるな。


「なぁ、天明は祀に光源をやめさせたいんだろ?」


「それがあの馬鹿の為だと思うからな」


「あー、でもなぁ、そうなるとやってることは同じになっちまうんじゃねぇのか?」


 (ザ・タワー)は俺の周りを浮遊する。俺は歩く速度を少しだけ緩め、視線を異形へ向けた。燃えるような髪を逆立てた(ザ・タワー)は首を右へ左へ傾けている。


「祀は俺を引き剥がしたい、天明は審判(ジャッジメント)を剥がしたい。互いに光源をやめさせたい」


「そうなるな」


「じゃあ俺か審判(ジャッジメント)か、どっちかは光を失うのか?」


 正面から(ザ・タワー)が問いかける。俺は自然と目を細めて、異形の隣を歩き越した。


「俺とお前は失わない。失うのは祀の方だ」


「……俺のこと、自由にしてくれるか?」


「してやるさ。自由にすれば俺の願いを叶えてくれるんだろ?」


「あぁ、あぁ、叶えるさ天明、破壊の(ザ・タワー)の名に誓って」


「神に誓ってくれなくて何よりだ」


 だからお前も言葉を選べ、(ザ・タワー)


 レリックを壊さないことが正しいと思い始めたのなら、破壊者である俺達が壊さないまま願いを叶えられるのか。それが可能か不可能か。為したいか、為したくないか。


 俺は破壊に特化した筆を創った。俺の字を燃やし、悪鬼と呼ばれたレリックを(ほふ)る為に綴ってきた。


 それを今更止めるなら、それ相応の言葉を吐けよ、影の異形。


 微かに表情を緩めたらしい(ザ・タワー)は、ふと遠くへ顔を向けた。


「……んあ?」


「レリックか」


「そうだが、俺達の方には来てねぇな。別方向、ちょっと距離あるぜ」


 俺は歩道の端に寄って周りを見る。荷物が邪魔だと思っていると、駅の方にコインロッカーがあったことを思い出した。


「戻るぞ。荷物を預けたらハイドに行く」


「やぁる気だなぁ!」


「殺る気だぞ。(ザ・タワー)もレリックに対して、それ相応の言葉を考えておけ。邪魔だけするなら共に燃やす」


「ぐッ……!」


 両手で覆った顔を天へ向け、(ザ・タワー)は苦し気に身悶える。そんなに悩ましいか。愚者(ザ・フール)の言葉など知らなければよかったな。


 俺は出来る限り早くレリックを倒し切りたいと思っている。あの気狂い、稲光愛恋が光源に戻ったのだ。焱ちゃんのちょっとした天然ぶりのせいで。


 あの女が光源に戻れば、再び焱ちゃんの目を狙いかねない。焱ちゃんの目が無ければ俺が困る。俺の文字を見て怖がってくれなくなる。楽しみを奪わせる馬鹿などいないだろ。


 俺はコインロッカーを見つけて荷物を預け、人通りの少ない路地裏に入る。日差しが作る濃い影は体感温度も下げており、疑似的に影法師(ドール)を感じた。


 だがそれも一瞬だ。より強い冷気が俺を包み、俺を見下ろして笑う異形こそ本物なのだから。


 指輪をつけた鋭い指が軽快に鳴らされる。視界は一気に白に染められ、俺は破壊の言葉を口にした。


「アルカナ」


 業火の柱を掴み、火の粉を振る。顕現した白い大筆は今日も輝く墨を垂らしていた。


 綴って燃やす。書いて破裂。壊すことこそ俺のアルカナ。


「どっちだ、(ザ・タワー)


「向こうだな」


 (ザ・タワー)が指さす方へ走り出す。暑さのないハイドには俺の足音だけが響き、バクは墨を散らせば景気よく燃えてくれた。


 位置的に焱ちゃんのバイト先が近いのだが、もしやあの子がいるのだろうか。


 考えながら走っていれば、不意に頬を熱気が撫でる。


 咄嗟に膝を曲げれば、先程までこめかみがあった高さを火柱が過ぎた。


 細く凝縮された火は建物の壁を砕いて燃やす。直撃していたら卒倒間違いなしだな。打ち所が悪ければ死も有り得たかもしれない。


 いや、あの男に誰かを殺せる器量など無いか。


「随分な挨拶だな、独善者」


「避けると思ってたよ、唐変木」


 制服姿で目玉を従え、こちらに火の粉を向ける男――朱仄祀。


 姿勢を正した俺は、爪先を祀へ向けた。


 筆の先から墨を垂らし、火種を地面に広げながら。


「会いたかったぞ。だが会いたくなかった」


「矛盾してるね。でも俺も一緒。会いたかったけど会いたくなかった」


「気が合うな」


「そうみたいだね」


 白い毛先を肩から滑らせ、祀は薄幸的に笑う。疲れの浮いた目元は勉学に励んでいたからではないのだろう。


「補習はサボったのか? 悪い生徒会長だ」


「学校には行ったさ。ただ生徒会の引継ぎがあるとか色々言って、生徒会室で課題をしてたってだけ」


「なるほどな。そこで役職を使うとはお前らしい」


「使えるものは使ってこそだよ」


「てっきり避けられているのだと思ったが」


 片頬を上げれば祀の口が閉じる。


 正しい男の後ろでは、口を開かぬ影法師(ドール)が控えていた。


「……顔を合わせれば、天明は俺が間違ってるって言うだろう?」


「言うな。それで光源をやめろとも続けるだろう」


「俺はやめないし、自分が間違ってるとも思わない」


「光源を救うなど傲慢が過ぎる」


「影に触れ続ける危険を知ってるからだ」


「妹と同じ道を誰にも辿らせたくないと?」


 地面に墨を散らせば祀の目が見開かれる。まさか俺から妹の話が出るとは思っていなかったのだろう。


 唇を震わせた男の顔は、今までに見たことないほど歪んでいった。


「……尊を、知ってるの?」


「名前だけな」


「思い出したの?」


「聞いただけだ。お前の事情を。夕映零という光源から……」


 筆先を地面につけて、祀の言葉を暫し咀嚼する。滲んで広がる墨は、少しだけ俺の靴に触れた。


「……知っていたんだな、俺は。朱仄尊という人間について」


 俺の言葉に、歪んだ顔で祀が笑う。今にも泣き出しそうな声をして、ゆっくりと頭を抱えながら。


「あぁ、あぁ、天明には、話したことがあったんだ。写真も見せたことがあったんだ。高校一年の、頃に」


「そうか」


「会ったことはないんだけど。でも、でも天明はちゃんと聞いてくれたんだ。俺の話、俺がする、尊の話」


「あぁ」


「雄弁だなって呆れられた。過保護が過ぎるって笑われもした。尊にも言われてたから、やっぱりそうかって、俺も、笑ったんだよ」


「……祀」


「天明」


 忘れた俺に祀は微笑み続ける。目尻から涙を零して、濡れた頬を上げて。


 俺と祀が共有した日常が、俺には残っていない。祀の中だけに残った記憶が、俺達を切り離す。


『妹に聞いておくって言ってあげたいけど、それは難しいから手伝いは辞退しよう』


 まだ過ごしやすかった中庭で、並んだベンチで、お前は俺と違う景色を見ていたのか。


『なんだ、お前妹いたのか?』


『いたよ、二つ下。名前は尊』


 あの時、どんな気持ちで笑っていたんだ。どんな心情で答えていたんだ。


『天明には言ったと思ってたんだけど』


『そうだったか、すまん、忘れた』


 何も知らずに忘れた俺を恨んだか。


 何も覚えていない俺を憎んだか。


『仕方ないよ』


 間に置かれた缶珈琲。響いた音すら、俺とお前では違うように聞こえていたのだろうか。


 道路の端と端。縮まらない距離で、涙を流し続ける男は笑みを落とした。


 祀の周りにある眼球が瞳孔を細める。零れる火の粉が大きくなる。


 俺が筆を走らせた時、火炎の爆発が響く時。


 朱仄祀は、確かに言葉を吐いたのだ。


「俺はもう――誰も、失いたくないんだ」

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