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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
第三章 光り輝く願望編
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篝火焚火は見落とさない


「知らない方が楽なことってありますよね」


「ある、あるねぇ」


「ねぇその雑談って今?」


「今ですよ。正しく今」


 手足を鎖で繋がれた地のクイーン。うつぶせの状態で倒れたレリックは地面に半分めり込んでおり、鎖にかかった錠前が動きを封じていた。


 夜鷹さんはクイーンの背中、稲光さんは肩、私は頭に乗って言葉を交わしている。私の口からは言葉と一緒に溜息ばかり出るのだが。


「前お話しましたよね。レリックと影法師(ドール)のいざこざ」


「こわ、壊し、壊したくないってやつだね」


「あの話まだ生きてたんだ」


 にこやかな表情で稲光さんが腕を振る。連動したアルカナの手は近寄ってくるバクを薙ぎ払い、叩き潰して、ルトの影に放り込んでいた。


 ルトとイドラ、ユエさんは空中で顔を近づけ何やら話し込んでいる。私は軽く首を回し、動こうとするクイーンの頭を踏み直した。大人しくしてろよ化け物が。


「私は、止まるつもりはありません。今まで散々壊してきたくせにやっぱり壊したくなくなったなんて都合が良すぎるので。普通にムカつきます」


 鈍色がかったクイーンの頭を見下ろす。パワーがあると言っても、光源三人に踏まれ、夜鷹さんの鎖の餌食となっていては動けないようだ。


「それに私達がどうこうしたって無意味です。レリックは光源を殺しに来ているんですから。影法師(ドール)を奪還する為に。ならば変わるべきは影法師(ドール)だし、止めるべきも影法師(ドール)だと思います」


「それでさっきよく分かんないこと叫んでたんだ」


 お菓子のようにバクを食べた夜鷹さんが錠前を増やす。バクを食べる彼の姿に私の鳩尾(みぞおち)は一瞬だけ冷たさを覚え、無意識のうちに腹部を擦っていた。


 彼の言葉には頷きだけ返しておく。


 足元のクイーンを見下ろした稲光さんは、巨大な手の中で黒い鋏を回した。


「わた、私は、レリックを壊さないの、難しいかも……」


 彼女の右手が縦に振られ、私の目の前を鋏が通過する。頬を撫でた風圧に目を細めた間に、クイーンの首にはアルカナの鋏が向けられていた。


 風で浮いた稲光さんの白い前髪。その奥にある瞳はギラギラと輝いた。


「は、ハイドは私を許してくれる場所。ハイドでなら、私は私が好きなものを作っても怒られないから。その中でも、裁縫するのに大事な土台がレリック。だからそのレリックを壊さないでって言われたら、私……」


 稲光さんの鋏がクイーンの(うなじ)に触れる。小さく鳴った金属音は、この場の雰囲気に寂しさを混ぜた。


「……自信、ないなぁ」


 顔にかかった白髪のせいで稲光さんの表情は伺えない。彼女は何度か鋏をクイーンの項にぶつけたが、その力はあまりにも軽い。


「こ、こでも、我慢しなくちゃ、駄目なのかな」


 眉を八の字に下げた稲光さんの顔が見える。ぎこちなく笑った彼女の目はきょうだいと浮いているルトへ向かった。


「……ルト、ルトは、どうしたいんだろう」


 開いた鋏がクイーンの首を挟む。堅固なレリックを切れるとは稲光さん自身も思っていないんだろう。微かに動く刃はのこぎりの原理でクイーンの首を削り始めたが、それで落とすには何時間もかかりそうだ。


 稲光さんが作るものは総じて怖い。頭を切られて鳥の足を刺された水のキングを思い出す。強烈で鮮烈なあの作品を、稲光さんは「可愛い」と言うのだから。


 彼女にとってレリックは裁縫する為の材料でしかないのかもしれない。そこに感情があるとか、どうして影法師(ドール)を追っているのかとか。そういった事情は彼女にとって重要ではないんだろうな。


「稲光さんはレリックに心があると思いますか?」


「うーん……あるように見えなくもないけど、目、目がないから」


 煮え切らない答えを出した彼女はクイーンから下りる。鋏はクイーンから離れ、宙で開閉された。


 夜鷹さんは意を汲んだようにクイーンの首に鎖を巻く。だから私もレリックから下りれば、鎖がクイーンの首をのけぞらせた。「ありがとう」と笑った稲光さんはクイーンの顔を覗き込む。


 澄んだ白い瞳がクイーンの顔を凝視する。見て、見つめて、見通して、探している。化け物の心を見ようとしている。


 数秒沈黙を挟んだ稲光さんは、前置きなく目を細めた。


「あなた、貴方はルトが欲しい?」


 私の腕に一瞬で鳥肌が立つ。反射的に腕を擦れば、黒く巨大な手が近場のバクを吹き飛ばした。稲光さんの瞳孔は収縮し、クイーンだけに集中する。


「私、もう、もう奪われたくないの」


 振られた腕に連動し、黒いアルカナがバクを潰していく。バクを潰すことによってクイーンを潰す欲を我慢するように。


「ルトが、ルトがいなくなるのは絶対に嫌。もう奪わせない、何があっても離さない。土台である前に、ルトを奪いに来るレリックは可愛いけど嫌いなんだ」


 地面に亀裂が入る。潰れたバクの影が粘着質に黒い手に絡まり、稲光さんは勢いよく飛沫を払った。足元にはクイーンの冷気が這い始める。


「だから、だからレリックが影法師(ドール)を諦めたら、私も壊さないよ。私から奪わないなら、手を出さないよ」


 獰猛に獲物を威嚇する双眼。小柄な体躯からは想像もできない圧迫感。


 重たい空気が地のクイーンを貫こうとしているが、しかし、レリックも負けないのだ。


 稲光さんの言葉でクイーンの冷気が爆発的に蔓延した。胸を殴り始めた時と同様に。


 私は咄嗟にガントレットを構え、夜鷹さんを振り落としたクイーンを見上げた。硬い装甲は瓦礫を落とし、鎖を引き千切ろうと四肢が動く。


 しかし、そんな勝手を許さないのが青髪だ。


 宙に生まれた岩石が弾けて錠前が現れる。地面や瓦礫を経由した鎖はクイーンの体勢を不自由なままにし、かけられた錠前が重力を増すのだ。


 クイーンの膝が地面にめり込む。重さが硬さを平伏させる。


 夜鷹さんは無表情に鎖を握っており、稲光さんは平然と口を開いた。


「す、昴くんはどうしたい?」


「俺は……」


 夜鷹さんは青い瞳を斜め上に向ける。かと思えばクイーンを見て、鎖を引っ張り、困ったように眉間に皺を寄せたのだ。


「恋さんとイドラがしたいことに従う、かな」


「わ、私とイドラの意見、合わないかもしれないよ」


「あー、それもそっか」


 従順、というよりも優柔不断な少年は鎖を鳴らす。この人は本当に変わらないな。


 稲光さんの為に迷わずアルカナを使い、一にも二にも他者しか置いていない。お前の意見はないのかよって、誰かの意見に従うのがお前の意見なのか。圧倒的従者気質め。


 夜鷹さんは青い目を稲光さんに向けると、無害が如く笑うのだ。


「イドラがレリックを壊したくないっていうなら、俺は壊さず吊るしておくよ。吊るして放っておく。それを恋さんがどうするかは恋さんの自由だと思うな」


 奴は絶妙なラインの意見を告げる。従いたい両者どちらにも配慮した提案。壊さない約束は守る。でも他者が壊すのまで止めない。しかも適度に壊しやすく提供するスタイル。食えない奴すぎるだろ、コイツ。


 目を瞬かせた稲光さんも彼の言葉を咀嚼したらしく、鈴が転がるような可愛らしい声で笑った。状況も内容も全く可愛くないんだけどさ。


「すばる、昴くんらしいなぁ」


「俺は恋さんの気持ちも、イドラのお願いも大事にしたいから」


「そっか、そっかぁ。ありがとう」


「いいえ」


 柔らかく微笑み合うコイツらだが、目の前では地のクイーンが鎖で繋がれているし、周囲では黒い手がバクを潰しまくってるからな。やっぱり頭おかしい。鳥肌が止まらない。


「で、篝火さんは、壊したくないなら影法師(ドール)が頑張れっていうスタンスなんだっけ?」


「あぁ、えぇ、はい、そうです」


「俺が言うのもなんだけど、ユエにレリックを止めるのは難しくないかな」


 夜鷹さんが三体の影法師(ドール)を見上げる。私と稲光さんも同じように顎を上げ、首を傾けているきょうだいを認めた。


「難しいでしょうね。影法師(ドール)は圧倒的に言葉足らずですから。説明が下手。静止も下手。感受性もズレてる。普通に馬鹿だと思います」


「で、でも、そこが可愛いよね!」


「ものは言いようですね」


 楽しそうに拳を握った稲光さんに満点笑顔を向けておく。ポジティブって良いですね。一回レリックを倒す邪魔をされてみたらいいと思いますよ。先に影法師(ドール)を叩き潰したくなると思うので。


 私の言葉に稲光さんはしょぼっと肩を落とし、夜鷹さんの空気が刺々しくなった。解せぬ。


 だってそうではないか。影法師(ドール)が説明上手だったら今頃もっと上手くレリックと折り合いをつけていただろ。他者の感情をきちんと受け止めていたら、レリックもここまで怒っていなかっただろ。


 影法師(ドール)が止め上手だったらレリックはちゃんと止まっていただろうし、善の狂人だって、生まれなかったかもしれないじゃないか。


 不足した説明。下手な止め方。欠けた受信機。それはレリックだけを怒らせてはいない。


 影法師(ドール)の不完全さは、一人の少女を影に変え、一人の少年を猛火の善人に変え、数多の光源を消してきたんだ。


 ハイドで死んだらどうなるかな。(みこと)さんのように影になるのかな。バクに食われてしまうのかな。ジキルでは忘れられるのか、それとも行方不明になるのか。


 真実は怖いから聞かない。影に呑まれた時と同じようになるのかなんて、私が死んだ後の話だ。死後の恐怖なんて壊せない。だから知らなくていい。


 知らない方が幸せなこともある。知らないままがいいことなんて山程ある。


 それでも、ユエさんは知ろうとする道を選んだ。変わってみようと慣れないことを繰り返し、失敗ばかり積み重ねている。


 ユエさんが私の方を向く。だから私は、口角を上げ続けたんだ。


「でもまぁ、頑張るみたいなんで、勝手に頑張れって感じです。私は答えを与えませんけど」


「その言い方だと、篝火さんはレリックを止める良い方法を知ってるように聞こえるけど?」


「止まるかどうかなんて知りません。ただ、こう言えばいいのにって歯痒くなることがあるってだけです」


「おし、教えてあげない、の?」


「教えませんよ。そんなズルしたって、それはユエさんの言葉でも意見でもありません。レリックだって納得しませんよ、人間からの受け売りなんて」


 鎖で繋がれたクイーンを解放しようなんて思わない。このレリックを自由にできるのは、影法師(ドール)だけなんだから。


「だからこれは、私がレリックを壊すか、ユエさんがレリックを止めるかっていう、競争です」


 稲光さんが少し間を置いて、可笑しそうに笑う。見ると夜鷹さんも呆れたように口角を緩めており、私は目を細めてしまうのだ。


「何かおかしなこと言いました?」


「いいや、悪い奴だと思っただけ。悪いのに良い奴だ」


「いじ、意地悪で、優しいね、焚火ちゃんは」


 笑う二人に私の鳩尾がぎゅっと締まる。


 優しくない。優しくないよ。私は悪くて、意地悪で、馬鹿な奴だ。勘違いしないで。


 私は意図的に二人を視界の外に追い出す。顔を背けて口角を下げる。


「た、焚火ちゃん?」


 視界の端で稲光さんの手が動いた気がしたが、触れてほしくなどなかった。距離を詰めてほしくなかった。


 だから私の口は、拒絶するように謝罪する。


「そう、すみませんでした、先日は、バクのこと。私の不注意で、しんどい思いをさせました」


「え、あ、」


「謝罪をしてなかったと思って……ごめんなさい。ほら、だから、こんな奴が優しいわけないんですよ。我儘なだけなんです」


 稲光さんの手から距離を取り、夜鷹さんの方も向かない。


 地のクイーンは二人に任せようと勝手に決めた。だから私はソルレットで飛び立って、ちょっとバクを補給してジキルに帰る。それがいい。それでいい。


 言い聞かせて、逃げるように浮いた私は――不意に熱波を感じたのだ。


 頬を撫でた風に混ざった灼熱。


 ハイドで自然風は起こらない。空気が揺れるのはそれだけの衝撃や動きがあってこそ。


 ガントレットを握り締め、熱源を確かめる。


 上がったのは火柱。


 空に放たれたのは幾重もの細い光線。


 猛火と業火がぶつかって、弾けて混ざって、荒れ狂う。


『不意を衝くとは廃れたな――審判者』


『時間が惜しいんだよ――破壊郷』


 脳裏で再生された挨拶に喉が締まる。


『俺を、止めてくれるな』


 賭けのお願いが私の項を焼いている。


「……焔さん?」


 呟く私の声に、答える筆使いはいなかった。



次回は焚火ちゃん視点ではありません。

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