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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
第三章 光り輝く願望編
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篝火焚火は歯痒く思う


 殴りたい。


 光源に比較的まともな奴がいるとか思っていた数十分前の私を殴りたい。


 そりゃもう盛大に殴り飛ばして「勘違いするな目を覚ませ」と胸倉を掴みたい。


 何だどうしたと数十分前の私が慌てるならば、数十分後の私は血眼になってあの双子を(ののし)るだろう。やっぱりアイツらも光源らしい光源だったんだって。


 影法師(ドール)が三体集まればレリックも釣れるとよく学んできた。そして今回もやっぱり釣れた。


 やって来たのは地の女王(クイーン)。堅固の中でも群を抜いた防御力。こっちの拳など通りはしない。殴って砕けるのは私のガントレットの方だ。既に三度ほど腕の骨もろとも粉砕してる。硬すぎなんだよ女王様。


 で、影法師(ドール)が三体も集まる元となった双子だが、今の私にはアイツらが()()()()()()。そういうアルカナだそうだ。ふざけんじゃねぇ。


「焚火ちゃんしっかり!」


「……日車の双子は何処にいますか。クイーンより先にアイツらを殴ります」


「ちょっと分からないわ~!」


 クイーンに殴り飛ばされた私は、近くの手芸屋にダイナミック入店を決めた。ベルの着いた手動の扉を突き破り、硝子を飛び散らせて店内も荒らした。ぶつかったのは布のコーナーで、今はあらゆる生地の上に寝そべっている。激痛に悶えていたユエさんはさっき回復したばかりだ。


 折れたアバラが飛び出した光景なんて見たくなかった。よく生きていた偉いぞ私。怖かったね私。頑張ってるね、私。


 涙が出そうになったので鼻を啜っておく。怖すぎる。帰りたい。眠りたい。疲れた。でも頑張らないと願いが叶わない。負けるな私。やるしかない。やらねばならない。為せば成るだぞ、何事も。


 袖や横腹が破れたシャツ姿で起き上がる。見た目からすれば完全敗北しているボロボロ具合なのだが、傷は治ったのでゴングは鳴る。


 店の外まで近づいてクイーンは硬さに比例するように動きが鈍い。おそらく今まで会ってきたレリックの中でも最も遅いだろう。まぁ、それを引いてもあり余る硬さとパワーだがな。


 私の足元に小さなワニのようなバクが集まってくる。そいつらを踏み潰して何匹か口に放り込めば、歪んでいたソルレットが持ち直した。後はガントレットを再計するだけの燃料がいる。


 補給時間を稼ぐのは、人間を見ると決めたユエさんだ。


 クイーンの前に躍り出た月はいつもの陽気さを隠している。


「ねぇクイーン。教えて、貴方達はどうして欲しいの? どうすれば追うのをやめてくれるの?」


 揺れる細い三つ編みと、短い毛先。ユエさんに意識を向けたクイーンは(うやうや)しく胸元に片手を添えた。


 ゆっくりと腰を折り、頭を垂れて、自由な片手をユエさんに差し出す。それは女王の仕草と言うよりも、主を導きたい従者の動きだ。


 私はバクの頭を噛み千切ってガントレットを付け直す。微かに肩を揺らしたユエさんは、小さく首を横に振るのだ。


「……帰らないわ、クイーン。私達は、自由が欲しいの。もう人間に使われたくない。きょうだいを守りたい……貴方達を、縛り付けたくないのよ」


 今まで足りなかった言葉に少しずつ端切れを足すように。ユエさんは言葉を選び、慎重に口にする。


 ソルレットの爪先を軽く床に打ち付けたが、私が飛ぶのはまだのようだ。


 クイーンは動かない。岩のように腰を折ったまま微動だにしない。


 ユエさんは恐る恐ると言った様子で両手を前に出す。白い月の手は、クイーンの差し出された指に触れて、柔く押し返した。


 そこでクイーンの肩が震える。鈍色(にびいろ)がかった黒い鎧は音を立てず、それでも苛立たし気に力を込めた。


 胸に添えられていたクイーンの手が握り締められる。かと思えば堅固な自分の胸を力の限り叩き始めた。


 鼓舞するように。怒りをぶつけるように。己の胸元をクイーンが殴る。地に響く音は店の窓硝子を揺らし、ユエさんの体には緊張が走った。


 顔を上げたクイーンが最大の力で胸を殴る。


 微かな亀裂が鎧に入る。


 ユエさんはその姿を見て、後ずさってしまったから。


 私は影法師(ドール)とレリックの間に割り込み、荒々しく伸びたクイーンの手を真横に殴り飛ばした。


 空気が破裂する。クイーンの堪忍袋の緒が切れる。


 感じた私はユエさんを抱えて外へ飛び出し、遅いクイーンを置き去りにした。


 私は白い世界をぐるりと見渡し、気配すらない双子に呼びかける。クイーンがまだ見える位置で、いつでも飛び立てるように準備して。


愚者(ザ・フール)から聞いてますよ! 女教皇(ハイ・プリーステス)! 隠者(ザ・ヘルミット)! 貴方達もレリックを壊したくないとかほざく影法師(ドール)なんでしょ! だったら動いてください、傍観しないでください! 出てこないなら私はクイーンを何が何でも壊しますよ!!」


 ユエさんから手を離してクイーンの同行を見つめる。女王様は荒ぶる様子で手芸屋の柱を殴り、建物に亀裂が走った。


 その時、私の背後に気配が現れる。前置きなく、唐突に。


 私の肩に置かれたのは、大きさの違う二人の手だ。


「私と凪は女教皇(ハイ・プリーステス)達に賛成してる。この子達の願いを叶えてあげたいんだ。それがきっと一番いいことだから」


「でもレリックは止まってくれない。だから俺と嵐は壊さない道を選んで、隠者(ザ・ヘルミット)達が答えを出すのを待ってるんだ」


「「レリックに伝えるべき正しい内容。レリックを見て、考えてる。ずーっとね」」


 揃った声にこめかみが痙攣し、私は後方にガントレットを振り抜く。しかしそこには何もなく、私の拳は空を切った。


「やっぱり怖いね、貴方も怖い。私達、暴力は嫌いなんだよ」


「俺達は話が好き。言葉で解決するのが一番平和なんだよ」


「「だから壊さず耐えてよ、篝火さん」」


 再び私の背後に気配が生まれ、光が射す。


 振り返ると、影を纏った双子と影法師(ドール)が立っていた。


 嵐さんが抱えているのは大きな方位磁石。真っ白な盤の上でいくつかある針が動いており、一つはクイーンと反対方向を示していた。


 凪さんが持つのは青白く輝くランタン。その光を元に伸びた影が薄く地面から剥がれ、ローブのように双子と影法師(ドール)を覆っていた。


 私は、レリックに気づき、ハイドに来た瞬間を思い出す。


『『アルカナ』』


 水球から現れた方位磁石と、旋風から生まれたランタン。私がガントレットを装着すれば、凪さんのランタンが輝いたのだ。双子はハイドでも寄り添って、戦う空気など微塵もなかった。


『それ、どうやって戦うか聞いても?』


『『戦わないよ』』


 地のクイーンは既に近づいていた。でも三人光源がいるからとか、期待してたのに。


『私も凪も戦うのが嫌い。だから私は最適解を導く方位磁石を創った。どちらへ逃げるが正解か、どこが相手の弱点か示してくれる指針をね』


『ハイドは影の世界。だから俺は影を生むランタンを創った。影の世界で影を纏えば、溶け込んで、ただの景色としか認識されないから』


『『じゃあね篝火さん、死なないよう応援してる。でもレリックは壊さないでくれると嬉しいな』』


 そう言って、影を纏った双子と影法師(ドール)が消えた。そりゃもう綺麗に消え失せた。光も影も無くなって、あるのは景色、影の世界。


 だから私は地のクイーンに一人で対峙し、服をボロ布にしているのだ。


 これにて回想終わり。苛立ちは継続。浮かべ青筋。握り締めろ拳。


 私がソルレットを使って双子と距離を詰めた瞬間、輝いたランタンで目が眩む。次には奴らの姿が見えなくなり、ガントレットから音がした。


 レリックを壊したくない影法師(ドール)。その願いを聞いて、影法師(ドール)が正しい答えを出すまで待つことにした光源。


 レリックを見つけても壊さない。影法師(ドール)に委ねて、潜んで、息を殺して。逃げることを選び、忍ぶことで守ろうとする平和な双子? 認識されないならバクにも襲われないし、相手が気づいていないうちに弱点が分かれば強いよね……?


「いやふざけんな。そこに私を巻き込んでんじゃねぇよ」


 私が今日クイーンに見つかったのは、どう考えてもお前らが突撃バイト訪問かましたせいだろ。それで「はい頑張ってね」とか軽いんだよ。首を差し出せへし折るから。


 逃げるも隠れるも待つも勝手にやってろ。それがお前達の選択なら好きにすればいい。だからって私にまで耐えることを要求するな。影法師(ドール)の言いなりになる気なんて私はこれっぽっちもないんだから。


 私は近くの道路標識の柱を殴る。一撃で折れた標識を見て肩で息をし、手芸屋の方から近づく音は大きくなっていた。


 畜生、優柔不断で不器用で、言葉が足りない影法師(ドール)共ッ


 肩から前にきた髪を払った瞬間、私の頬に冷たい手の甲が触れた。


 申し訳なさそうなユエさんはぎこちなく私を見下ろしている。


「焚火ちゃん、私、また間違えてしまったのかしら。クイーンにかける言葉、足りなかったかしら」


 ユエさんが覇気のない空気で隣に浮く。私は深呼吸を繰り返した。亀裂の入った胸を殴るクイーンに視線を向けて。


 地のレリックは重たく大地を踏みしめる。何度も何度も自分の胸を叩きながら。


「まぁ、少しずつ進んではいるんじゃないですか? 攻撃されない所から考え続けて動かない奴らに比べれば断然マシかと」


女教皇(ハイ・プリーステス)隠者(ザ・ヘルミット)って慎重なのよ!」


「知ったこっちゃねぇですね」


 肩を回しつつ、気配がしない影法師(ドール)と光源に毒を吐く。お前達は暴力が嫌いなんだったな。お生憎様。私は化け物が嫌いなんだ。相容れないですね。


 見てるだけでは終わらない。動かなければ変わらない。だから私は止まらない。


 待つばかりしてるなら、その間に全員壊すぞ我儘な影共。


 私が腰を落としてソルレットに意識を向けた時、クイーンの手がふと変わる。


 自分を殴っていた手が勢いよく開き、力強く己の胸を叩いたのだ。


 その動作に、動きかけた体を止める。


 何度も自分自身を叩き、示す、地のクイーン。一歩一歩を確実に踏み出して、前のめりの体勢で。


 そこで私は奥歯を噛む。握った拳を無理やり開く。


 喉まで出た解答が、私に躊躇(ちゅうちょ)を生みやがった。


 だってそうだろ。このレリック、この態度。それは、どう見たって……懇願だから。


 困惑し続けるユエさんに教えたくなって、踏み止まって、前を向く。私が気づいたって意味がない。気づくべきは、ずっと、気づいてくれと願われている影法師(ドール)でなくては駄目だからッ


 歯痒さが私の足を後ろに飛ばせる。ユエさんも着いて下がる。だからクイーンはより強く、より切実に、行動で叫んだ――己を、選べと。


 あぁユエさん、気づいてくれ、拾ってやってくれ、頼むから。


 クイーンはこんなに雄弁に語ってくれた。言葉がない隙間を行動で埋めようと藻掻いてくれた。


 それに貴方が、貴方達が気づかなければ、私は壊すしかなくなるんだから。


 レリックにとって光源は目の敵だ。私達は憎むべき人間だ。影法師(ドール)を縛ってきた人間と同類なんだ。


 私は願いを叶えたい。今まで壊してきたくせに、壊さないでくれなんて我儘を押し付けられても腹が立つ。


 私が変わっても意味はない。変わるべきは、影法師(ドール)だ。


 そうしないと誰も納得できない。誰も報われない。


 だから私は壊して行くよ。影法師(ドール)が正しい言葉を見つけるまで。正しい行動をして、正しき想いを伝えるまで。


 私は拳を握り締め、悪者であり続けることを選び取った。


「クイーン!!」


 喉が焼けるようにレリックを呼ぶ。地のクイーンが手を止める。


「来なさい。私は、貴方達から主を奪った人間だ。影法師(ドール)に願った光源だ! そんな奴、許せないんだろ! 殺したいんだろッ」


 自分で恐怖を招くことほど、恐ろしい事は無い。私だって平和が好きだ、平穏が好きだ。


 でも、悲しきかな。私は化け物に縁があるようなのでね。


 化け物は壊す。私を脅かすものは誰であろうと許さない。私の願いを叶えてくれるユエさんを手放す気なんて毛頭ない。


 我武者羅に戦ってやると、願った時に決めたのだ。


 だから貴方も我武者羅になれ、ユエさん。


 我武者羅に暴れるレリックと同じように、理性なんて壊してしまえ。


「私は私の願いを叶えてもらう! 影法師(ドール)に願いを叶えさせる! それが嫌なら、我慢ならないなら、殺して奪えよ影の従者!」


「焚火ちゃん……ッ」


 ユエさんの方は向かず、私はガントレットを構えて見せる。


 体を戦慄(わなな)かせた地のクイーンが大地に亀裂を入れる。


 私が先手を取ろうと地面を蹴った時――壊れた手芸屋の影から、黒く大きな手が振り被られた。


 遅いクイーンは手の影に気づくが躱せない。堅固な体が巨大な手に潰される。地面にめり込み轟音が響く。


 手が生んだ風圧に私はソルレットで抗い、影から現れた光源に目を見開いた。


「ひさ、久しぶり、焚火ちゃん。会えて、嬉しい!」


「なんか大きな声出してたけど、何してんの?」


 黒い手が光源の元へ戻る。


 埋まったクイーンの首に鎖が巻き付く。


 悪魔(ザ・デビル)を連れた光源――稲光(いなび)愛恋(あれん)さんは微笑んで。


 吊るされた男(ハングドマン)を連れた光源――夜鷹(よだか)(すばる)さんは溜息を吐いた。

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