篝火焚火は重ねてる
第三章「光り輝く願望編」開幕。
心は、どこにあると思いますか。
「「はじめまして、月の光源」」
じりじりと、暑さが日増しに強くなる今日この頃。夏休みで朝からバイトを入れていた私は、完璧に揃った高低差のある声を聞いた。
日焼け止めを陳列する手を止めて振り返る。いたのは瓜二つの男女。声のかけ方から、どう考えても光源の奴ら。
女子の方は向かって右側の髪の一部を白く染めている。
男子の方は向かって左側の髪の一部を白く染めている。
染めた部分だけ他の髪より伸ばした、特徴しかない二人組。
一人の人間の女性バージョンと男性バージョンを見せられている気分だ。
そんな感想が浮かぶくらい瓜二つの二人は、互いの腰を抱き寄せて顔の側面を寄せ合っていた。暑いだろ。いくら店内は空調が効いてるからってさ。
「何か御用でしょうか」
接客の姿勢を崩さず笑う。今日も満点であろう私の笑顔に二人――おそらく双子は、同じタイミングで目を瞬かせた。
私の影が揺らめいて、二人の影も揃って波打つ。
冷たい空気。双子の光源。しかも私が月の光源だと知っている。
なんとなく答えを導き出した私の前で、双子は全く同じトーンで自己紹介した。
「私は女教皇の光源、日車嵐。よろしくね」
「俺は隠者の光源、日車凪。よろしくね」
揃って舌を出した双子に私の笑顔が痙攣する。
夕映さんから嵐さんの方の連絡先は貰ってたが、直接会うのは初めてだ。まさかこんなあからさまな双子だったとは。
日焼け止めを握り潰さないように配慮していると、双子は一人が喋っていると錯覚するほど声を合わせやがった。
「「バイト、何時に終わるのかな?」」
また、なんで、このパターン……。
私は視界の端に目を光らせたバイトリーダーがいると気づき、冷や汗が背中を伝った。
***
「私が知らないところで突撃バイト訪問を流行らせたのは誰ですか?」
「「さぁ? 知らない」」
昼過ぎにバイトを終えると、二人は近くのカフェで待っていた。足を運べば嵐さんに「バイトお疲れ様」と労われ、凪さんに「どれがいい?」とメニューを見せられる。二人の前にはマスカットのケーキとカフェオレが並んでおり、私は一番に目についたオレンジジュースとパウンドケーキを頼んでおいた。相性なんか知るか。どうせ全てバク味だ。
「先にいただいてるよ」
「お腹すいちゃったから」
「「ごめんね」」
「別に構いませんよ。それで私に何用でしょう?」
夏休みということもあってか、店内はそこそこな人の入りようだ。私は水に口をつけ、双子は揃った動きでケーキを切る。その腕は糸で繋がってんのか? よくもまぁ綺麗に連動していることで。
艶々と光沢の化粧が施されたマスカット。弾力のある生地が纏うのは白いクリーム。それらが合わさればとても美味しいんだろうけど、汚すようにかけられたバクの味しかしないのが現実だ。
満点笑顔を浮かべた私をケーキを頬張る二人が見つめる。きちんと食べ物を飲み込んでから、双子は口裏を合わせたように喋り始めた。
「私達が零と知り合いだってことは知ってるよね」
「嵐の連絡先、零から聞いたんだよね」
「そうですね。どちらもイエスです」
まぁ、その夕映さんの連絡先は既にないけどな。消されてしまったようなので。
私の前にオレンジジュースが置かれる。続いて生地にクルミが練り込まれたパウンドケーキが運ばれてきた。美味しそうだな。ちゃんと味が知りたい。でも光源でなくなった後に来るかと言われたら分からないな。一人でわざわざ食べに来ようと思うほど食には興味がないから。
私がバクをかけていれば、双子はやっぱり声を揃えた。
「「零が最近おかしいんだ」」
「あの人がおかしくない時ってありましたっけ」
「「ないけど……」」
同じタイミングで双子は顔を歪める。どことなく困ったような雰囲気だ。私はパウンドケーキの柔らかさに少し驚き、跳ね返されたフォークに力を入れた。
「「零がおかしいのは、零のせいじゃないんだよ」」
フォークの側面が皿にぶつかって少し音を立てる。嵐さんはカフェオレに口をつけ、凪さんはケーキを食べていた。なんだ、違う動きもするのかコイツら。
「そう言えるくらい親しい間柄なんですね」
「親しいとは違うけど……」
「親しくなりたいとも思ってないけど……」
「「零って怖いし、すぐ殴るし……すごく怖いし、自分勝手だし、ほんとに怖いし……」」
取り敢えず怖いってことは分かった。
私が笑いながらパウンドケーキを口に入れると、双子は湿った空気で肩を落とした。なんだろう、苦労人の気が見える。知らない所で夕映さんにこき使われたりしてたんだろうか。
「夕映さんってそんなに怖いんですね。面白いことが好きな変人だと思ってたんですけど」
「「零の面白いっておかしいでしょ」」
「普通だと思った事はありません」
「「あれは平穏クラッシャーだよ。質が悪い。態度も悪い。言動も悪い。良いとこなし」」
散々な言いようだ。
思わず乾いた笑いを零せば、双子はハッと気づいたように口を覆った。
「ごめんね、こんな愚痴を言っちゃって」
「ごめんね、気を重くするようなこと口にして」
「「本題だったね」」
眉を八の字に下げた二人の姿勢に常識的な何かを見る。これと具体的には言えないが、今まで会って来た光源のような雰囲気ではなかったのだ。普通の感じ。まともに会話ができてる。それだけで私の肩からは力が抜けた。おかしい光源の中でも私の周りの奴らは飛び抜けておかしかったんだな。
双子はネジが取れた発言をまだしてない。いや、歯車の壊れた言動をする奴なんてやっぱりそうそういないんだ。普通のおかしさで会話してくれるのは体にいいな。行動が揃い過ぎてるのは双子の神秘だと思っていれば面白いし。
私は双子の光源に若干の好感を持ちつつ、やはり言葉を合わせた二人に耳を傾けた。
「「零に何があったか、知らない?」」
「何かあったことは確定なんですね」
頷く双子に私は白衣を思い出す。
アレは多分、夕映さんにとっては大きな「何か」だったんだ。
『誰だよお前、気安く呼ぶな』
私は力を入れてパウンドケーキを切り、しっかりとバクを絡めておいた。
「夕映さんの兄だという光源、夕映封寿さんと会った。というのは、お二人が知りたい何かになりますかね」
視線の先で双子の目が見開かれる。
反射的に開いた口は固く結ばれ、嵐さんは手の甲で目元を覆う。凪さんは閉じた目元を隠すように顎を引いた。
私が噛んだパウンドケーキは、やっぱり美味しいバク味だ。
「「……封寿さんが、光源?」」
「はい。愚者の光源をされてますよ。レリックを自由にしたいのだと、影法師の願いに寄り添って」
答えれば即座に冷気が蔓延する。
私の視界には黒い化け物が現れて、肌寒さに嫌気がさした。温度調節がされた室内では、影法師の寒さは毒である。
「愚者も光源を見つけたのですね」
「今、アイツはどこに?」
問いかけてくるのは十字架の刺しゅうが入った帽子を被った化け物と、ローブを羽織ってランタンを持った化け物だ。
影の繋がりから見て、十字架の方が女教皇。ランタンの方が隠者か。
二体の影法師に反応したのは、私の影。
這い出た月が、私の隣に現れる。
「愚者とは焚火ちゃんの学校でよく会うわ。封寿が先生をしているの! 家は知らないわね~焚火ちゃん!」
「知りませんね」
明るく元気にハキハキと。爽快な様子で出てきたユエさんは私の頬をつつき、勝手にパウンドケーキにバクを増やす。見た目だけはパウンドケーキだと分かるよう調整していたのに。やはり影法師に他人の気持ちは分らねぇんだろうな。
溜息を吐いた私の前では、女教皇と隠者が微かに肩を緊張させた。
「月……」
「女教皇! 久しぶりね~! 隠者も相変わらずみたいで嬉しいわ!」
「……月も、元気そうで何より」
ユエさんの言葉で二体の影法師が少しだけ笑う。
目を開けた嵐さんと凪さんは再び会話を始めた。
「「封寿さん、元気?」」
「元気ですね。バエセンと呼ばれて、良い先生をされていますよ」
「「そっか……うん。零の様子がおかしい理由、分かった」」
眉を下げて笑った双子は、どことなく寂しげだ。脱力した手はフォークを置いて、自分を落ち着けるようにカフェオレを飲んでいる。
「封寿さんと零、会った時に話した?」
「零はちゃんと、封寿さんの方見てた?」
「「喧嘩、した?」」
「喧嘩なんてしてませんよ。明らかに夕映さんが先生を突き放していたので。視界には入れたけど、そこら辺の小石や雑草を見る空気だったというのが適当でしょうか」
私はぎこちなく笑った先生の顔と、冷たくあしらった夕映さんの声を思い出す。おかげで先生は大ダメージを受けていたな。
先生は夕映さんを忘れていなかった。
でも、夕映さんは先生を忘れたように扱った。
そこには深すぎる溝がある。
夕映さんにとって、先生は過去の人で、思い出したくない人なんだろうな。
勝手な感想をオレンジジュースと一緒に飲み込んだ。知ったかぶっても良いことにはならないから。
私に出来るのは日車双子に答えることと、歯痒く足踏みする先生が逃げないように見ていることだけだ。
先生、貴方は既に、二度も夕映さんに背を向けたでしょ。背中を見送る方の気持ち、考えた事ってありますか?
私は化け物の背中を見送った時、全てがどうでもよくなりました。一種の諦めが足元から這い上がって、自然と笑いが込み上げるんです。
二度、私も背中を見た。
三度目は見たくない。なら最初から期待しない方がいい。割り切った気持ちでいた方が楽だ。
だからいつも思う。焔さんもいつか私を置いて行くだろうって。嫌気がさすんだろうなって。
稲光さんも私の目にしか興味ないみたいだし、まず背後にいる夜鷹さんが怖いし。
いつかまた、私は一人になる。置いていかれる。さよならを重ねる。
家に置いた抹茶オレのスティックも、溜めたINABIのポイントカードも、スマホに入ったGPSも。いつか捨てる時がやって来る。
期待するのは苦しい。真綿で肺を絞められているような心地になって、堪らなくなる。いつ人間は化け物になるだろう。また私が置いていかれることはあるだろうか。化け物にすら気味悪がられた私は……。
あぁ、怖いな。
だから、こんな怖さを抱えるくらいなら、最初から期待しなければいいって考えるようになるんだ。
少なくとも、私はそう。だから目に見えるものに期待せず、不確かな影法師に温かさを願ったんだ。
そして、もしも夕映さんも同じように思っていたらと考えると、先生を逃がしては駄目だと腕がうずくから。
「「封寿さんに、会えるかな」」
真っ直ぐ双子が問いかける。私は一度瞬きする。
「会ってどうするんですか?」
「「零には封寿さんが必要だと思うから、二人を引き合わせたいかな」」
「夕映さん、それして大丈夫なんですか?」
「「今が大丈夫じゃないから、荒治療だよ」」
どんな状況になってんだか。
想像も出来ない私は「うちの学校に来たら会えると思いますよ」と答えておく。今は夏休みだけど、他校の二人と合わせる為には私が先生を呼んだ方がいいんだろうか。
思案しながらオレンジジュースを飲めば、なんとなく感想が浮かんだ。
「怖い怖いと言いながら、心配するんですね。夕映さんのこと」
双子が一緒に目を瞬かせる。カフェオレを飲んだ二人の視線は斜め上に向かい、仕方なさそうに肩を竦めていた。
「今まで散々放ってきたから」
「ずっと見ないふりをしてたから」
「「これ以上は見過ごせないってだけだよ」」
苦笑した二人に私とユエさんは顔を見合わせる。
やっぱり、光源同士が絡むと複雑そうだ。
私が「そうですか」と返事をすれば、女教皇が寂し気に肩を下げ、隠者の持つランタンが輝いていた。




