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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
第二章 絡まりあった欲望編
85/113

篝火焚火は邂逅する

「釣れたね釣れた、活きがいい!」


「焼き魚をご所望か?」


「お二人、集中って言葉ご存じです?」


 夕映さんと合流してから数分後、私達の予想は無事に的中した。


 本日釣れたのは水の十番。飛沫と共に現れたかと思ったら、開幕から容赦なく迫りやがる。


 一体のレリックに対して光源三人。場所は雑居ビル群。この間のように特殊な四種でないならば大丈夫と思う訳なのだが。


「ねぇ、ねぇ十番、もうやめましょ? 終わりにしましょう?」


「俺達は帰らねぇんだ。頼むから分かってくれよ」


 今日も元気に言葉足らずな影法師(ドール)たちが割って入る。その様子を魔術師(ザ・マジシャン)と夕映さんは観察し、私と焔さんは後手後手になるのだ。頭の血管が切れるかもしれない。


「ねぇ十番、」


「ユエさん」


 レリックに近づきすぎたユエさんの襟を掴み、勢いよく引き寄せる。ゆらりと伸びていたレリックの手は大きく震え、私は影法師(ドール)を抱えたのだ。


 体を分かつ勢いでレリックの斧が振り下ろされる。ソルレットから風を噴射した私は刃を躱し、建物の壁に両足を着いた。視界ではユエさんの銀髪と私の白髪が揺れて少々鬱陶しい。


 レリックはこちらに向かって斧を投げかけ、その体に向かって焔さんが白字を爆発させた。瓦礫に文字を書くだけでで出来る爆弾の威力は正にお墨付きだ。


 私はソルレットで浮き上がり、両手を申し訳なさそうに合わせたユエさんに笑みを向けた。


「言葉足らずって何回言わせるんです?」


「そ、そう言われても……これ以上なんて言ったらいいのか分からないのよ。どう言ったらいいのか教えて? 焚火ちゃん」


「それだとユエさんの言葉ではなくなってしまいますよ」


「私の言葉?」


「貴方の言葉です」


 水で火を打ち消した十番。焔さんは次の場所へ筆を動かしていたが、(ザ・タワー)が動くことによって墨溜まりができた。その字は廃棄でしょうか。


「ユエさん、何度も言いましたよ。喋るだけでなく聞いてください。レリックの意思を見て下さい」


「今、レリックは私達を捕まえようとしているわ」


「そうですね。それで貴方達は捕まりたくないと言っている」


「だって自由になりたいの。レリックが連れて帰った先でまた囚われるのは嫌だわ。だからやめてほしいのよ。そう言ってるの、ずっと言ってるわ」


 ユエさんが両手で頭を抱える。白い肌に青さを浮かべ、いじらしさがこちらまで伝わる様子だ。


「私達は自由になりたいの、レリックを自由にしたいのよ!」


「レリックは、自由を望んでいるんですか」


 ユエさんの両手が震える。短い両サイドの髪を掴んだ月は、怯えるように首を傾けた。


「なぁ十番!! もういい!! 俺達のことは忘れていいからッ、どこにでも行っていいんだよ!」


 (ザ・タワー)の言葉で水の十番の動きが大きくなる。レリックは地面を踏み壊し、暴れる水で窓ガラスを割った。


 それは、駄々をこねる子どものように。


 激流が(ザ・タワー)に迫る。水の間に投げ込まれた瓦礫は爆発を起こし、吹き飛んだ(ザ・タワー)の首根っこを焔さんが掴んでいた。


 爆風でユエさんの髪が舞い上がる。私の髪が風に遊ばれる。


「見てくださいユエさん。見るんです。貴方は見ないと駄目だ。そうしなくては何も変わらない!!」


 苛立ちを指先に乗せて水の十番を指す。唇を震わせたユエさんは、ネジが切れかかった人形のように首を回した。


 地面を滑ったレリックが勢いよく立ち上がる。斧で何度も地面を叩き、建物を砕き、屈強な足で前に進む。


 求めて、求めて、あれだけ強く求めてる。


 影法師(あなたたち)を求めて、やまない姿をしているのに。


「――……どうして?」


 ユエさんの言葉に胸の真ん中が一気に冷える。


 両手を顔で覆った(ザ・ムーン)に、私のこめかみは音を立てた。


「分からなぃ……分からないのよ、焚火ちゃん……」


 弱く人に縋る影に頭が煮える。


 焼けるような喉が吐くのは、怒号となって荒れた言葉。


「分からないで片付けんなよ!! 知る努力をしないで他者を変えられるわけねぇだろッ!! (ザ・ムーン)ッ!!」


 あまりにも馬鹿らしい。あまりにも馬鹿馬鹿しい。こんな影の為に怖い化け物を壊せない今が腹立たしい!!


 壁を蹴った私は拳を握る。鋭利な斧に向かってガントレットを叩きつければ、金属音がビル群に木霊した。


「焚火!!」


「退け(ザ・タワー)!!」


 割り込む(ザ・タワー)を躱して水の十番を殴りつける。地面を踏み締めた水の十番は斧を回して私の目の前の地を割った。


 ソルレットから風を噴射して体に勢いをつける。武具と武器がぶつかり合う音は何度も響き、私の熱は引かないのだ。


 レリックはこれだけ暴れているのに、どうして影法師(ドール)には伝わらないのか。こんなに雄弁に示しているのに。こんな私だって、考えれば分かるのに。


 それでも答えは教えない。教えてしまえばユエさんの言葉ではなくなる。影法師(ドール)の想いではなくなる。人間が提示した人間の復唱では駄目なのだ。


 自分の中から言葉を絞り出せ。答えを見つけて叫ぶんだ。そうしなければレリックは納得しない。言葉足らずな影に怒り続けて、人間の真似事に興じたお前達を許せないままになるから。


 自分の中から導き出せ。己の言葉を吐き散らせ。誰かに植え付けられた台詞では駄目だから。


 お前の中にある想いを――心を込めた言葉を吐かなきゃ、駄目なんだッ!!


 思った瞬間、私の中で小さなピースが嵌った気がする。


 脳裏を掠めた考えが、焔さんの言葉を、夜鷹さんの行動を、稲光さんの瞳を思い起こさせた。


 一瞬だけ緩んだ私の前に銀髪が割り込む。


 細く揺れた三つ編みが邪魔で、迷い子のような顔が鬱陶しくて、飛び出した黒に歯噛みする。


「焚火ちゃ、ッ!!」


 止まれない勢いだった。勢いよくソルレットで逆噴射した風がユエさんのドレスをはためかせたが、それで間に合うかは五分五分だった。


 けれども、私より先に、私より速く、()()()()()()()()()()()()


 吹き飛ばされたユエさんはビルに激突し、追随した光源は容赦なく銀の前髪を掴んでいた。


 私は水の十番の斧を躱して距離を取る。


 視界の中で、ユエさんが顔から地面に叩きつけられた。


 白い猫の尾を揺らした、夕映さんによって。


「さっきからゴチャゴチャぐちゃぐちゃ、うるっさいんだよ願望器」


 底冷えする声がユエさんに降り注ぎ、前髪を掴まれた影は無理やり起こされる。


 苛立たし気に瓦礫を踏んだ夕映さんは、猫の尾を左右に揺らしていた。


「焚火ちゃんと天明くんさー、なぁーに影法師(ドール)に足引っ張られてるの? やる気ある? レリック壊さないと自分達の願い叶わないんだけど」


 お面の向こうの目が(さげす)む色で細められる。


 私は咄嗟にユエさんの元へ飛び、銀を握り締める夕映さんの腕に蹴りかかった。


 体を(ひるがえ)した夕映さんは距離を取り、脱力した様子で首を鳴らす。


「あ、とうとう焚火ちゃんも怒っちゃった? ごめーんねー、さっきからあまりにもユエと(ザ・タワー)がウザくてさぁ」


「ウザいのには同意します」


「なら良かった! 殴って正解だったね!」


「そこは同意しかねますが」


「えーなーんでー」


「ユエさんは私の影法師(ドール)です。彼女を殴っていいのは私だけでは?」


「っはっはぁ! 何その考えウケるー!」


 体をしなやかに動かす夕映さんが跳躍し、動き始めていた水の十番に飛びかかる。斧を躱して蹴りを入れ、殴打をくぐって爪を立てる。


 重たい一撃は風を纏い、しゃがみこんだユエさんの前に私は立ったのだ。


「焚火ちゃん」


「なんですか」


「……ウザくて、ごめんね?」


 ……あ"ーー……。


 額を押さえて一息つき、振り返る。


 そこには肩を竦めたユエさんが座り込んでおり、私の肺からはどでかい溜息が出るのだ。


「ねぇユエさん。貴方はとっても長生きで、多くの人間を見てきたんでしょう?」


「えぇ、えぇそうよ。多くの人間を私は見てきたわ」


「なら、分からない筈ないと思うんです。影である貴方にも、感じるものがあると思うんです」


 ユエさんは顎に指を添えて首を傾ける。上品な仕草に似合わないほど場は殺伐としているんですけど。


「れ、零!」


「邪魔ぁ!!」


 慌てる(ザ・タワー)が夕映さんに殴られ、吹き飛んだ先で焔さんとぶつかる。地面を滑りながら耐えた焔さんは歯が砕けそうなほど顎に力が入っていた。


 夕映さんはお面を変えて鷹になる。猛禽類は容赦なくレリックの肩に爪を食い込ませた。


 体に回転をつけた鷹は、相手の腕を捻じり切る。


 飛び散る黒い飛沫を浴びて鷹が笑う。それと相反するように、魔術師(ザ・マジシャン)は一体で地面に立ち続けていた。


 遊ぶように、慈悲なき鷹がレリックの残りの腕を捻じり取る。落ちた斧はもう持てない。求めた相手に伸ばせる手はない。


「見てください、ユエさん」


 不格好なレリックはそれでも歩く。


「あの姿を見ても、レリックは自由を望んでいると思いますか?」


 地面を踏みしめて進もうとする。


「人間の言葉だけで、命令だけで、あれだけ動いていると思うんですか?」


 ユエさんの顎が上がり、彼女の顔がレリックに向かう。


 視界の端では白い筆先もレリックを示していた。


「今一度聞きます、ユエさん」


 雑木林の中で聞いた時、貴方は確かに答えたんだ。


 地のエースの(すす)を見て、答えをちゃんと持っていたんだ。


「レリックに心はあると思いますか?」


 ユエさんの唇が震えて、彼女は再び毛先を握り締める。


 丸まりかけた彼女の背中を私は脛で蹴っておいた。


 顔を上げろ。見続けろ。そうしなければ何も分からない、変えられない。


 背筋を伸ばしたユエさんは、胸の前で両手を握り締めていた。


「……心がなければ、これほど怒りは……しないわよ、ね」


 言い聞かせるように、祈るようにユエさんが首を垂れる。


「そうでしょうね」


 だから私は、自分の意見を込めて肯定した。


 しかし鷹には届かない。影法師(ドール)を願望器だと言ったアイツには、伝わらない。


 夕映さんの爪がレリックに迫った。首がもがれる軌道だ。あのレリックではもう避けられない。


 そうして私が諦めた時、宙を切った黒があった。


 黒い盾が投擲された円盤のように轟速で回転する。


 巨大な板は鷹の爪を防ぎ、弾かれて、地面に刺さる。


 かと思えば影に沈み、息を切らせた光源が現れるのだ。


 白衣の裾を足に絡ませ、不格好に駆け付けた一人の光。汗を浮かべた顔で眼鏡を押さえ、喘ぐ口は結ばれる。


「……は?」


 凍てつく夕映さんの声がする。


 翼を畳んだ鷹の目が、鋭く一人に固定される。


 手を握り締めた光源――夕映封寿先生は、夕映零さんの前に現れた。


 それは結構、予想外。


 焔さんも筆を止め、私の体も固まってしまう。


 先生の表情はどこか青ざめており、ここに夕映さんがいるとは思っていなかったようだ。


 偶然が混ざる。偶々が重なる。それが今であるのは、吉と出るのか凶と出るのか。


 私の背中を冷や汗が伝った時、先生はぎこちなく頬を上げようとしていた。


 対する夕映さんは微動だにしていない。


「ぁ……ッ、」


「……」


「……ぅ、」


「……」


「れ……れぃ……」


 冷や汗たっぷりの顔で先生が笑う。彼の影からは再び巨大な盾が形成された。


 気弱でひ弱。威厳も気迫もあったもんじゃない。それでも、その態度こそ先生らしい。


 夕映さんの前で怯んでいた水のレリックが足に力を込める。


 先生は咄嗟に動こうとしたが、それより早く夕映さんの翼が開いた。


 鷹の翼がレリックを殴り、化け物の膝が折れる。


 鷹の瞳は、お面の奥で細められた。


「――誰だよお前、気安く呼ぶな」


 それは斬り捨て。


 それは否定。


 それは……拒絶。


 冷気の中で燃える激情すら向けられない。


 お前はなんだと、何用だと、まるで道端の石を見るように無感動な瞳。


 その目を理解したと同時に、ヒビが入る音を聞く。


 視線を向ければ、表情の抜け落ちた先生がいた。


 夕映さんは気怠げに後頭部を掻いている。


「あー、あー、そーいうことか。ユエと(ザ・タワー)がおかしいと思ってたけど……合点がいった」


 幽霊のように脱力した夕映さんは容赦なく足をしならせる。再びレリックの首を狩る為に。


 その爪を受け止めたのは、残影の自由を望んだ愚者(ザ・フール)


 夕映さんの覇気はさらに歪み、愚者(ザ・フール)の声は切羽詰まっていた。


「動け封寿!!」


 前に入っていた肩を張り、先生の足が無理やり地面から剥がれる。


 走り出した先生は、レリックに全力で盾をぶつけていた。


 レリックが盾に埋まる。影に絡め取られる。夕映さんの前から奪われる。


 我武者羅な動きで盾を影に沈めた先生は、顔を上げずに影法師(ドール)を呼んだ。


「ッ愚者(ザ・フール)!!」


 愚者(ザ・フール)は夕映さんから距離を取り、先生が駆け出す。


 白衣の背を向け、白くなった髪を振り乱し。


 夕映封寿は、夕映零を振り返らない。


 走って、走って、影の国から消えていく。


 きょうだいを置いて、光の国へ駆け戻る。


「……夕映さん」


 逃げ去る白を見ていた夕映さん。切り揃えた髪を揺らし、鷹の面を取った人は、平時と変わらず笑っていた。


「焚火ちゃんと天明くん、アイツ、知ってる? その様子だと知ってるよねー。あーでも自分のことは何も聞いてないよね?」


「零さんの兄だと聞いた程度だな。知ったのも偶然だ」


「ぎゃー兄ヅラしやがったのかアイツ殺すか」


「彼、私の学校の先生なんですよ」


「先生!? まーじで!? 世間って狭いねー爆笑じゃん!」


 体を揺らして笑う夕映さんを見て、私の体温が引いていく。


 ガタガタと、相手の何かが崩れていく気がして。


 ゲラゲラと、笑う相手を理解出来なくて。


 ユラユラと、夕映さんの足が、地に着いていない気がして。


 見ていられない。聞いていられない。声をかけられない。


 私は軽く自分の腕をさすり、最悪なタイミングに口を結んだ。


 あの二人が会うならば、もっと落ち着いた時が良かった。レリックが絡んでいない時が正解だった。再会すべきは、今ではなかった。


 だがそんなの誰が導いた訳でもない。会ってしまったなら仕方がない。たった数分の邂逅を評価なんてできやしない。


 私は静かに結果を呑みくだす。その時、お腹を抱えて笑った夕映さんの首が前置きなく別の方を向いた。


 黙っていた影法師(ドール)たちも同じ方を向き、私と焔さんは反射的にアルカナを構える。


「「「レリックが、来た」」」


 あぁ、なんて日だろう。


 一日二体。過重労働。最低の低。


 今日がまだ終わらない。終われない。


 視線の先に現れたのは、青みがかった衣装を纏った一体のレリック。


 歪んだナイフを握り締め、鋭い歯を見せた獰猛な残影。


「水の……ッ」


「エース!」


 魔術師(ザ・マジシャン)(ザ・タワー)の声が上擦る。一気に空気が張り詰める。


 私の脳裏では、愚者(ザ・フール)の問いが弾けていた。


『焚火と(ザ・ムーン)は、水のエースに会ってないね?』


 顔を上げたエースを見た瞬間、私の体に鳥肌が立つ。


 地を這う声は、私の体を凍らせた。


「――探シマシタ、我ラガ主」

次話は三人称でお送りします。

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