表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
第二章 絡まりあった欲望編
81/113

篝火焚火は恐れている

 

 夕映さんと魔術師(ザ・マジシャン)が稲光さんと夜鷹さんを確認する間、私は集中治療室の前で待つ人間のようになっていた。


 机を移動させ、並べて寝かせた二人は顔色が悪いままだ。稲光さんの額には冷や汗が浮かび、夜鷹さんの目元には影が落ちている。ちゃんと息してる? ユエさんの「大丈夫」が全くもって信用できない。この化け物の大丈夫が大丈夫だった記憶がないんだもの。


 私は傍に寄った魔術師(ザ・マジシャン)に視線を向け、冷たい手の甲で頬を撫でられた。


 夕映さんはベッドに我が物顔で座り、呆れた様子で笑う。


「まさか光源じゃない子にバク食べさせちゃうなんてね。焚火ちゃんっておっちょこちょいなの?」


「……ごめんなさい」


「ありゃ、もしかしてこの状況けっこう効いてる?」


「ごめんなさい」


「焚火ちゃーん」


「ごめん、なさい」


 胸の前で両手を握り合わせる。手の甲に刺した爪は痛みを与えず、ユエさんから血が出ていた。


 床に倒れた二人の姿に心臓が落ち着かない。整えた呼吸が乱れて、凪いで、乱れてをさっきから繰り返してる。


 ふっと笑みを消した夕映さんが立ち上がった。毛先を揺らした光源はフローリングに座り、私と肩をぶつけ合う。


 かと思えば首に夕映さんの腕が回り、私の二の腕を軽く摩った。


「自分もただの人間がバクを食べたらどうなるかは知らない。でもお前は分かってんでしょ? 魔術師(ザ・マジシャン)


 夕映さんが私の頭に顎を乗せる。私の側頭部は相手の鎖骨にぶつかり、魔術師(ザ・マジシャン)の声がした。


「バクとは負。かつては料理へ盛ることもあった」


「詳しく」


「他人の死を望む者は多い。その場合、レリックが対象の人間へバクを盛れば願いは果たされた」


 私の体が縮み上がる。夕映さんの手は私の腕を強く抱き、指先で柔く撫でられた。魔術師(ザ・マジシャン)に疑問を投げたのはユエさんだ。


「そんなことをしていたの?」


(ザ・ムーン)のようなきょうだいは出会わない願いだろう。私も数度だけ。死神(デス)などは多かった」


「それじゃあ、愛恋と昴は大丈夫じゃないの? 死ぬ兆候は見えないけど」


「死する量ではない。しかし回復もない」


魔術師(ザ・マジシャン)


 夕映さんが影法師(ドール)の会話を遮る。私はなんとか顔を上げ、魔術師(ザ・マジシャン)に視線を向けた。この影法師(ドール)はいつも淡々と、事実だけを述べている気がする。


「負は蓄積すれば体を蝕む。光源がバクを摂取し過ぎて影に呑まれるように。光源ではない愛恋と昴は取り込んだ負の発散方法がない。よって今この状態が続くことになる」


「それは、ストレス発散や休憩をしなければ体が壊れるのと一緒、ということですか」


「あぁ」


 吐いた息が、震えた。


 稲光さんと夜鷹さんは顔色が悪いまま眠っている。これからずっとこの状態なんて、生きていると言っていいのかよ。


 私の視線は二人の荷物に向かう。


 そこにあるのは、カードとなって眠る影法師(ドール)が、二体。


 間違ったものを取らせてしまった。ならば普通はどうすればいいのか。入れてしまった中身を取り出して正しく入れ替える? だが今はそれが出来ない。食べた感情を抜き出すなんて不可能だ。


 ならば、出来るのは、入れてしまった本体を作り変えることではないか。


「夕映さん」


 縋るように夕映さんの服を引いてしまう。黒い瞳は私に向き、言わんとすることは伝わっただろう。


 綺麗に整えられた毛先が頬にかかる。黒い瞳が接近する。


 額をぶつけた夕映さんは、仕方なさそうに笑うのだ。


「焚火ちゃんさぁ、そんなに愛恋ちゃんと昴くんを助けたいの?」


「助け……?」


 夕映さんの言葉に直ぐ頷けない。微妙に引っかかる。私の本心をついた言葉ではない。


 稲光さんは私の目が欲しいと言う。可愛い顔して凶暴な人だ。鳥肌が立つ。


 夜鷹さんは関わりたくない。稲光さんを中心に世界を回す彼はまともじゃない。


 二人共、普通に近づきたくない人だ。光源にならなければ知り合わなかったと思うし、言葉を交わさなければ私はもっと平和だったのにって常々思う。


「ちがう、違います、違うんです。私はそんな優しい思考してない、できない……できないんです」


 掌に汗が滲む。倒れた二人を見ていたくない。このまま快方へ向かう兆しがないなら、ないならば。


 私は――暴きたくなってしまう。


 夜鷹さんは行動に心が乗っているとした。ならば彼の筋肉を見ると何か見つかるのではないか。いつも輝く表情で稲光さんを見ているから、その表情筋を調べると心が出てくるのではないだろうか。温かさを解析できるのではないだろうか。


 稲光さんは目の奥に心があると言った。私の目が欲しいと思う彼女とは思考がどこか似ているのかもしれない。私も今、考えてるから。もうまともに動くことが出来ないならば、瞼を開けるのも億劫ならば、その目の奥を覗いても許されるんじゃないかって。


 あぁ、私はいつから、こんなにタガが外れてしまったのだろう。


 光源になる前はもっとちゃんと制御することが出来ていた筈なのに。


 いや違う。光源になる前はこんなに人と関わってこなかったんだ。本と真心くんしか見て来なかったから、こんな気持ちを抱くこともなかったんだ。


 光源と関わってしまったから、人との縁が出来てしまったから、私の衝動が大きくなってる。


 二人にバクを飲ませていたと理解した時、本気で肝が冷えた。このままでは二人が()()()()()()()死んでしまう。私の見える範囲に死体が生まれてしまう。


 そんなの、我慢できる自信なんてないんだよ。


 でもそれは駄目なことだ。分かってる。よく分かってる。倫理に反する。非人道的だ。


 ちがう、そんな理性的なところで嫌がっているんじゃない。もっと単純に、簡単に。私、私は――


「ばけものに、なりたくなぃ……」


 叔母さんに包丁を振り下ろした化け物と同じになりたくない。あんな凶暴な存在になりたくない。


 化け物は怖い。怖い、怖い、嫌い、ほんとに嫌い。あんな存在になるくらいなら舌嚙み切って死んでやる。


 だから頼む。死なないでくれ、目を覚ましてくれよ稲光さん、夜鷹さん。元気になって出て行ってくれ。私の前から消えてくれ。見えなければいないも同然だから、気にしなくて良くなるから。


 夕映さんは私の顔近くで笑っていた。


「あれだけバクやレリックを壊す君が、化け物になりたくないって?」


「なりたくない、なりたくないんです。ほんとに嫌だ、耐えられない」


「それは二人を助けることで解決するの? 自分には繋がりが全然見えないんだけど」


「このまま二人が回復しないなら、元気になれないなら……ッ私は、剥ぎたく、なるんです」


「何を」


「皮を」


 口にした瞬間、肺が上手く広がらなくなった。


 血液が勢いよく、指先まで駆け巡る。


 稲光さんの姿も、夜鷹さんの姿も見られなくなる。


 冷や汗を浮かべた私のすぐ傍で、夕映さんは息を吸って笑うのだ。


「なにそれ! 焚火ちゃんどういう思考してるのさ!」


 楽しげな相手に歯噛みする。瞼を固く閉じてしまう。


 あぁ、分からないよな。分かってもらえるなんて微塵も思ってなかったよ。


 これは私の中に巣食った感情だ。


 私にしか分からない、願望なんだ。


「心は、どこにあると思いますか」


 多くの息と一緒に問いを零す。夕映さんの腕が微かに反応を示す。相手の笑い声は止まっていた。


「夕映さんは人と人との間に心があると言いました。稲光さんは目の奥に、夜鷹さんは行動に乗ってると。焔さんは、言葉の裏にあるのだと言ったんです」


「へぇ……ちなみに焚火ちゃんはどこにあると思ってるの?」


「……探してるんです、私は」


 そうでなくては、こんな質問を重ねてない。


 温かい抱擁なんて、願わない。


「心は体の中にあるものだと思っていたんです。人それぞれ形も位置も違うから、人体図鑑には書かれてないんだって考えて。私は心の所在を知りたい。でも私が聞いた人はみんな、明確にどこにあるか知ってる口振りなのに、決して同じ場所を言わないんです」


 だから私は分からない。心がどこにあるのか見つけられてない。どれだけバクを壊しても、どれだけレリックを壊しても、見つからない。


 そんな道中で、倒れた二人がいるならば。


「このまま倒れた稲光さんと夜鷹さんを見ていたくありません。だから夕映さん、お願いです、お願いします。ルトとイドラを戻してください。貴方なら出来るんじゃないですか? それで、二人を再び光源にしてください。アルカナを使えるようにしてください。元気に、してくださぃ……」


 夕映さんの鎖骨の間に額を当てる。


 相手の掌が私の後頭部に触れ、髪が少しだけ混ぜられた。


「……愚かだねぇ、焚火ちゃん」


 再び笑いを含んだ声がする。


魔術師(ザ・マジシャン)~。これ以上二人がバクを食べたらどうなるの?」


「体が耐えられない。心肺停止、後に影へ呑まれる。ハイドに落ちる。忘れられる」


「だってさ~焚火ちゃん。君は影に呑まれる現象を見たことが無いよね。あれね、ほんとに影になっちゃうんだよ。祀くんの腕から尊ちゃんは落ちていった。どれだけ手放したくなくても駄目なんだ」


「それは、」


「だからね」


 後頭部の手が握られる。髪を引かれた私の目は、弧を描いた夕映さんの瞳と重なった。


「チャンスは今だよ?」


 中性的な声が私に注がれる。


「今、二人の体はまだあるね。もしかしたらそこに心があるかもしれない。見つけられるかもしれないよ? 焚火ちゃんが探してるもの」


 体の震えが、止まってしまう。


「確かに自分は悪魔(ザ・デビル)吊るされた男(ハングドマン)を出せるよ。でもそれでいいの? 二人が光源に戻ったら、もうこんなチャンスないかもしれないよ?」


 心拍が上がる。指先に力が籠もる。


影法師(ドール)が再契約するかなんて分からないし、拒否して逃げる可能性だってある。そしたら焚火ちゃんの前には、今と変わらない二人が寝続けることになるね。そしたらどうしようか。バクをもっと与えて楽にしてあげる? でもそれだと二人は影に呑まれちゃうから、体も心もなくなっちゃうね」


 夕映さんは、私の目と鼻の先で笑っていた。


「焚火ちゃん、人間はみんな化け物だよ。自分の願いの為なら他人になんだって出来る。冷たい水をぶっかけることも、徹底的に縛り付けることも。暴力を振るうなんて簡単だ」


 髪を引かれて稲光さんと夜鷹さんの方を向く形になる。


 色の悪い顔で眠り続ける二人は、まだ人の形をしていた。


「見つかるかもしれないよ? 心」


 夕映さんの言葉が耳の奥に滲んだ時、私と稲光さん達の間に、二体の黒が入ったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ