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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
第二章 絡まりあった欲望編
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篝火焚火は我が道を行く


 影法師(ドール)が三体も集まっていれば、そりゃレリックも気が付くか。


 私達の元に現れたのは風の騎士。俊足のナイト。速い奴が速い属性を纏っていたら、そりゃもう速いわけだ。新幹線かよ。


「焱ちゃん、腹部の風穴は治っているぞ」


「やる気が穴から出て行ってしまいました」


「それは一大事だな」


 私は凹んだ車の屋根に仰向けで倒れ、ボンネットに立つ焔さんに覗き込まれる。私は先ほど、見事に腹部を風のナイトに貫かれたのだ。


 あまりにも速い。目で追うとか無理でしかない。気づいたら殴られてるし、気づいたら耳が千切れてるし。地のエースを思い出すだろ、恐怖だ。


「お、」


「あ、」


 今も瞬きの間に焔さんが消えた。甲高い金属音と共に吹き飛ばされ、ファミレスの向かいにある美容室へ弾丸の如く激突する。扉は砕けて窓ガラスの破片が舞い、そりゃもう豪華な入店だ。


 道路を摩擦で焼きながらナイトが止まる。体を起こして緑がかった鎧と槍を観察すれば、レリックは馬のように左足で地面を蹴った。


 私はソルレットから風が出ることを確認し、ガントレットを握り直した。


「ナイト」


 だがしかし、私より先に動く影がいるので、やはりやる気が戻ってこない。


 私とナイトの間に入ったのはユエさんだ。


「ねぇナイト、聞いて。私達、レリックには自由になって欲しいの」


 ヒールで軽やかに飛び上がり、ユエさんが柔らかく浮遊する。銀の三つ編みは白い世界でも美しく、黒いドレスがよく映えた。地面を蹴っていたナイトの足が止まる。


 レリックは兜をユエさんに向け、柔らかく手を伸ばしていた。


 けれどユエさんは首を横に振る。レリックの肩が微かに揺れる。


「私達は戻らないの。だからお願い、風のナイト。もう、私達を追わないで?」


 だから違うって影法師(ドール)


 私がガントレットで額を押さえたと同時に、ナイトの空気が一気に淀んだ。ユエさんは「えぇぇ?」と困惑したように振り返り、私の肺から溜息が出る。


 思わず目を細めかけた瞬間、槍の切っ先が私に迫った。


 体の芯から瞬間冷却される感覚に陥り、脊髄反射で車上を転がる。私はほぼ事故のレベルで地面に落ち、すぐさまソルレットから風を噴射した。


 数秒前にいた場所に槍が突き刺さる。ナイトの鎧が音を立てる。


 怒る相手が違うだろ。


 悪態を呑んで拳を握る。愚痴るのは後だ。生きていなければ何も出来ない。まずは勝つ、生きる。それしかない。


 息を止めてガントレットの肘に風を溜める。だがしかし、目にも留まらぬ速さで背後を取られてしまった。


 だから、おま、はやッ


 理解する前に腹部が槍で貫かれる。腹から槍の切っ先が生え、心臓を冷たさが這い上がった。


 数ミリずれてたら、死んでたんじゃん。


「う、ッ!」


 腹部を押さえたユエさんを気にせず、ナイトは遠心力で私をぶん投げる。風を纏いながら投擲された私は、激しい音と共にファミレスの窓を破壊した。


 店内の椅子や机をなぎ倒し、止まらない勢いに吐き気がする。バタついた足でなんとかボックス席に引っ掛かれたのは運が良かっただけだ。足はソファの背もたれにかかり、上半身は脱力状態で座面に乗る。数秒の間、正しい天地は分からなかった。


 冷や汗が全身から噴き出してる。動悸がする。眩暈もする。全身に血液を送る勢いが増したせいか憤りも加速してる。


「……さいあく」


 先ほどから、ずっとこれだ。


 影法師(ドール)がレリックに話しかけ、地雷を踏まれたレリックは光源に襲いかかる。私や焔さんはなんとか死なずに済んでいるのだが、これはいつか、気づけば死んでましたっていう地縛霊コースになるかもしれない。


 そんなの願い下げだ。私は死なない。生きて願いを叶えてもらう。あったかい心に抱き締めてもらう。


 なのにユエさんが割って入り、レリックの情緒を乱して私が巻き添えを食うのだ。もしかして気づかないうちに影法師(ドール)に裏切られていたのか? ンなわけねぇか。


 どう考えても私達は被害者だ。普通に今まで通りレリックと対峙させてもらいたいのに、全てが下手くそな影法師(ドール)に邪魔されてる。レリックより先にユエさんを殴った方が良いんだろうか。あのお綺麗な頭を砕いたら黙るのか。焔さんは(ザ・タワー)を殴っていたし、今日くらいは見習おうかな。


 腹筋運動で起き上がり、ソファの背もたれに腰掛ける。ファミレスの外には白い墨のついた硝子片がバラまかれ、爆発と一緒に灼熱が巻き起こった。


 風を纏ったナイトは素早く空へ退避する。流石の焔さんでも届かない位置になったな。あの人は文字の大きさで火柱の大きさも変わるから。空にいるナイトを焼く字を書く前に殴られるか刺される未来が見える。


 噂の焔さんは美容室から片頬を上げて出てきた。彼の後ろでは(ザ・タワー)が光源とレリックを見比べている。


 私はガントレットの指をしっかりと動かし、一本一本確実に握った。


「焚火ちゃん、生きてる? 生きてるわね!」


「生きてますよ」


 私は拳でユエさんの頭を小突く。彼女は一瞬呆けた様子で、不思議そうに旋毛(つむじ)の辺りを撫でていた。


「邪魔しないで下さい」


「……やっぱり邪魔?」


「とても」


 私は割れた窓から店の外へ出る。ナイトは空から私と焔さんを見定めるような仕草をし、槍が握り直された。


 動悸がする。呼吸を深くできない。怖いな、怖い。アイツの速さに追いつけていない現状が怖い。瞬きも怖がれば目が渇くっていうのに、少しでも目を逸らしたら今度こそ心臓を貫かれるんじゃないかと思うんだ。


 そんな私の不安を助長するのは、優柔不断な影法師(ドール)である。


「でも、でも焚火ちゃん。愚者(ザ・フール)の話にまだ決着がついていないんだもの」


「私の意見は変わりません。私はレリックを救わない。ただで殺されるなんて馬鹿でしかない」


「焚火ちゃん、」


「アレを救えるのはユエさん達だけですよ」


 瞬きせずにナイトを見つめ、考える余力は裂けない。思ったことをそのままユエさんに告げれば彼女はやっと黙ってくれた。ナイトは体に旋風を纏っていく。


 ユエさん、私がレリックに何を言っても駄目なんだよ。私がどう動いたって変わらない。あの化け物は影法師(ドール)だけを求めてる。影法師(ドール)の光源になってる人間を許容してない。


 だから私は早急に、アイツを壊さなければならない。


 アイツを壊さないと私が危ない。殺される前に殺さないと私の願いが叶わない。


 化け物は壊さなければ不安が募る。


 だからあの鎧を剥いで、核を砕いて、私は安心するんだ。


「化け物は、嫌いなんだ」


 怖くて怖くて堪らない。バクもレリックも、私に危害を加えようとする化け物達が怖いから、ガントレットを創ったのだ。


 それなのに、影法師(ドール)に振り回されて槍で刺されるし、投げ飛ばされるし。とばっちりも大概にしてくれ。周りに迷惑をかけるんじゃない。言葉選びをもっと考えろ。


 ナイトは予備動作無しで焔さんの前に移動する。風で焔さんの髪が舞い上がり、槍と筆がぶつかりあった。腰を落とした焔さんは豪速のナイトに押されつつ、墨を散らして爆発と共に距離を取る。上手いな。


 (ザ・タワー)はナイトと焔さんの間に入る。しかしナイトの勢いは殺せず、焔さんは(ザ・タワー)を地面に投げ飛ばした。


 レリックの手が届かない距離へ。影法師(ドール)がいなければ私達の願いが消え失せる。


 その動作が、ナイトの怒りに触れたとしても。


 怒涛の勢いで槍を振り回すナイトに対し、焔さんは細かな爆発を上げて応戦していた。


「……ユエさん、やっぱり貴方達は言葉が足りてません」


 風のナイトが再び宙へ舞い上がる。焔さんが(ザ・タワー)の襟首の掴んで後退する。


 私はソルレットの爪先を地面に打ち付け、静かに呼吸を整えた。


「言ったはずです、聞くことも大切だって。でも貴方はやっぱり聞いてない。レリックがどうして、自由になりたい貴方に手を伸ばすのか」


「……レリックの何を聞いたらいいの? あの子達は言葉を発さないのに」


「言葉でしか意思疎通って出来ないんですか?」


 黒布に隠されたユエさんの目元へ数秒だけ視線を向ける。その数秒が命取りかもしれないのに、血液と一緒に憤りを体に巡らせてしまった私は、我慢ならなかったんだ。


 お前達はその布で目を覆われているから分からないのか? 口がないレリックは意思を持っていないのか? 違うだろ。


「ユエさん、貴方は見るべきだと思います」


 突風が私を撫でる。真正面に黒が現れる。


 危機が迫ったと気づいた本能は私の体を動かし、槍で貫かれた左肩を視界に入れた。


 痛みはない。血も出ない。それでも怖くて堪らない。


 槍の位置がずれていたら、私の反応が遅かったら。私は温かさを知らないまま死んでいたのか。


 冷や汗を浮かべた私はレリックの槍を掴み、右の肘から爆風を噴射した。


 武器を掴まれたレリックは避ける体勢に入るのが遅れる。その一瞬で私の拳は鎧へ到達し、固い装甲にガントレットがめり込んだ。


 黒にヒビが広がり、ナイトの足が微かに浮く。素早く槍を抜いたナイトは私から距離を取り、砕けた腹部を押さえていた。


 やり返し、にしては足りない。まだ殴らないと。剥がし切らないと私の恐怖は終わらない。あぁ、また、動悸がする。


 残風が私の髪を巻き上げ、ユエさんのドレスの裾が膨らんだ。酸欠が私の意見を垂れ流す。


影法師(ドール)がすべきことは、相手の言葉を聞き、言葉なき相手の動きを拾うことではないですか」


「そんなの、したことないわ」


「したことなくてもやるんです。自分が変わらないのに周りだけ都合よく変わってくれるなんてことはないんだから」


「私は影よ。光である焚火ちゃんが、」


「ユエさん」


 聞き分けの悪い影法師(ドール)に苛立ちが募る。お前は今までどんな人間を見てきたんだ。人間に使われている間、人間から何も学ばなかったのか。


「変わるのは怖いですよ。今までの自分と違うことをするなんて簡単なことじゃない。自分を影だと言い切る貴方にしてみれば、まず変わり方も知らないんでしょうけど」


 それでも言ったじゃないか。私が聞いた時、貴方は確かに、言ったんだ。


『ユエさんにも、心ってあるんですか』


『……自由になりたいと思うのは、心があるからこその願いじゃないかしら』


 貴方は自分に、心があると言ったんだから。


「心があるなら、やってください。レリックを置いて逃げ出した時のように、自分で決めて、自分で動くんです。その時の貴方達は光に頼っていなかったんでしょ?」


 影法師(ドール)が光源を求めたのはレリックと戦って欲しいから。何も出来ない無能になりたかったから、なんて。


 その考えをひっくり返せば、レリックと戦いたくないって意見が出るんじゃないのか。


 ねぇ、どうしようもない馬鹿な影。


「貴方が変わらなければ、私だって変わらない。レリックを全員壊して、貴方を自由にする。願いを叶えてもらう。以上です」


 微かに口を開けたユエさんは、顎に指を添えて黙ってしまう。


 私は視線を焔さんに向け、彼の白い瞳と目が合った。


 ……そうだ。


 膝を曲げた私は前置きなく焔さんの元まで飛ぶ。一気に駆ける。私が数秒前に立っていた場所にはナイトの槍が突き刺さった。


 奥歯を噛んだ私は満面の笑みを浮かべる。片頬を上げた焔さんは目を丸くし、私は彼の背後でソルレットの風を逆噴射した。


 ガントレットで白い着物を掴む。問答無用で焔さんの腹部に腕を回す。


「焱ちゃ、!」


「舌噛みますよ」


 風のナイトの突進を私は紙一重で躱せた。それでも動悸は治まらないから、私は焔さんを固く抱き締めるのだ。


「何か考えがあるのか?」


 宙ぶらりんの焔さんに問われる。私は彼を確認し、風を集めるナイトを見て、思いっきり笑ってやった。


「焔さんを爆弾にしようと思ってます」


「……ほぉ」


 私は焔さんを抱え直し、先生は何処に行ったかなんて考えない事にした。


 よーし。日頃の恐怖も丸っと込めて、ぶん投げましょうね、焔爆弾。


「その案、俺は生存できるのか?」


「焔さんのやる気と運次第ですね」


「焱ちゃん」


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