篝火焚火は納得してない
第二章「絡まりあった欲望編」開幕。
視点は篝火焚火へ。時は地のエースを倒した数日後から。
過去の旅は終わった。ここからは未来へ進む話をしよう。
私の怒涛の二ヶ月程を誰かに聞いて欲しい。盛大に聞いて欲しい。なんならよくぞ生き抜いた素晴らしいと賞賛すらして欲しい。拍手喝采を私に寄越せ。
まぁそんなの嘘だ。半分冗談だ。賞賛は耳に響くのでやめて頂くとして、取り敢えず誰か聞いてくれ。私の精神疲労とバイトをクビになるかもしれない現状について、切実に。
「焚火ちゃん、独り言が酷いけど大丈夫?」
「誰のせいですか、誰の」
「そうね~、やっぱり天明? それとも昴? いえ、愛恋かしら! もしくは零ね!」
元凶はお前だよユエさん。
貴方が私を光源に選んだ日から、こちとら地雷原を駆け抜けてるんだ。いま名前が出た奴らは全員地雷だ。踏まなくても爆発するんだから質悪いことこの上ない。
朝の支度をする私の後ろで、今日もユエさんはふわふわケラケラと楽しそうだ。これで月の影法師だと言うのだから笑わせてくれる。どこが月だよ。人を振り回す貴方は風船とか台風の影法師と名乗るのがお似合いだわ。
私がユエさんと出会ったのは高校二年、ゴールデンウィーク明け、第三水曜日。私は「なんでも願いを叶える」という餌に釣られた。
そこから突然バクを食べさせられるし、気持ち悪い化け物を殴り飛ばさなきゃいけないしで最低だったのだ。低の低だ。ふざけんじゃねぇ。
しかしそうしなければ私の願いは叶わない。ならば致し方ない。悪食も暴力も行ってやるわ畜生が。
だけど頭おかしい奴に目を付けらえるなんて項目はなくていいだろ。不必要以外の何ものでもない。
頭おかしい奴代表は焔天明さん。私はあの人が怖い。獰猛な文字を書き散らす男が恐怖の対象でしかない。一緒にいるのは十七時にハイドへ行こうと決めてしまったからだ。私と彼を引き合わせた夕映零さんは頭おかしい奴その二である。
頭おかしい奴その三である夜鷹昴さんに連絡先交換を迫られた時は吐くかと思った。あの瞬間に殴りかからなかった私ってやっぱり良い子だろ。ジキルで彼を暴行したら流石に捕まると判断して倫理を守った。そんな私が良い子でなくて誰を良い子だと言うのか。
彼が陶酔しているのは頭おかしい奴その四、稲光愛恋さんである。彼女が水のキングをメチャクチャにした時は恐怖が一周して虚無になった。一周回ったら元の位置に戻るのか? うるせぇ知るか回っとけ。怖くて気絶したかったけど出来なかったから悟るしかなかったんだよ。
ここまで五月。ギリギリ五月。私はまだ光源になって二週間ちょっとのぺーぺーだった。毎日濃すぎて胃もたれ必須だ。
「ハードワークも大概にしてくれ」
「働き通しってしんどいわよね~。分かるわ!」
「ボイコットに走った影法師が言うと説得力が違いますね」
「ボイコットというよりはクビにして欲しくて決起したのよ。目指せ役立たず判定!」
「パワーワードが過ぎる」
陽気なユエさんに呆れつつ、規制が入りそうな状態のバクをすり鉢で粉微塵にする。粘度あるバクでも潰し続けると粉になるので便利だ。原理は知らん。すり棒を握る手には自然と力がこもっていた。
どうせ焔さんとか夜鷹さんの方が光源歴長いんだろ? 稲光さんとか夕映さんは余所見しながらバク倒せるくらいの力量がおありなんだろ? だったらもう貴方達でレリック全員倒してくれよ、私はバイトに出るから。金を稼がせろ。ただし願いは叶えてもらう。美味しい蜜だけ吸っていたい。無理か? 無理じゃねぇだろ。出来るだろあのメンツなら。
などという愚痴を口の中で呟きつつ働いていた六月初旬。バイト先に焔さんが来たと思ったら家に行かねばならぬ状況になった。行ったら行ったで夜鷹さんと稲光さんがどーのこーのと。話したいなら半紙の海を退けろふざけるな。怖いと言ってるだろうが。耳鼻科に行け。
同日、火のナイトが来た瞬間、夕映さんには見捨てられた。いやまぁあの人はそういう人だからいいんだが、なんで私は夜鷹さんと共闘の流れになったんだよ。あの人レリックだけじゃなくて私まで殺しそうな勢いだったじゃん。こっちも死に物狂いだわ。
でも、その日以降は稲光さんと夜鷹さんとの遭遇が落ち着いた。いやいや良かったと思おうとしたのだが何故か焔さんの機嫌は良くない日が続いたのだ。稲光さん達だけでなく夕映さんまで警戒し始める始末である。何がどうしてそうなった。そこはどーのこーの言えよ。黙んな変人。
何やら私以外の人がごちゃごちゃしそうな予感がしてたら案の定、焔さんが稲光さんに喧嘩を売った。どうしてだか本当に分からない。なんでバクとレリック以外に戦う相手を増やすんだよ馬鹿か? 勘弁してくれ。
その週末には夜鷹さんがバイト先に来た。店長には「篝火さん、また男の人が……」なんて居た堪れない早退許可を貰ってしまった。不安でしかない。
違うんです店長、この茶髪と私は何の関係もないし着物のアイツは螺子が吹っ飛んでる不審者なんで通報してください。
違うんですバイトリーダー、決して私が男関係に問題があるとか修羅場だとかそんなんじゃなくてですね。変な噂をふりまくのはやめてくださいお願いします。
夜鷹さんと家にいたら焔さんが来て本当に修羅場みたいな空気を作りやがった。なんだお二人は出来ていたのか? つまりお邪魔虫は私だったと? そうかそうかなら退散するわ。
駄目だな、こんな冗談考えただけで殺されそうだ、なかったことにしよう。
二人には影法師の名前の有無とか夕映さんが何かしていると言われたが、そんなの考えたところでだ。影法師に何があったにせよ、ユエさんが変えられたのだとしても、今の私に支障はない。
などと自己完結していたら朱仄祀さんに影法師を剥がされた稲光さんを見つけてしまった。勘弁してくれ、ややこしすぎる。しかしユエさんがうるさいので手を貸さない訳にはいかなかったんだ。めんどくさい。
稲光さんと夜鷹さんはルトとイドラを取り戻したいと願った。焔さんは焔さんで朱仄さんを知っていたのでぎこちなくなるし。世間は狭いな。大変なことだ。
じゃあ私は一人行動かなと思っていたらそうは運ばず、稲光さんのお願いを二つほど聞いた。
一つはハイドでイドラとルトを見かけたら声をかける。それはバクやレリックを狩るついでなので良かったのだが、もう一つのお願い、夕映さんを経由して顔も何も知らない他人とコンタクトを取るのは骨が折れた。
連絡先を貰うために夕映さんには膝を貸したっけ。焔さんのどでかい溜息は無視だ無視。人の家で考えを整理しようとしてる時点でお前は間違ってるし、人の部屋におぞましい殴り書きを散らかすのやめろ。
夕映さんから朱仄さんの事情は聞いたが、私の感想は優しさも行き過ぎると暴力になるんだな、である。
妹さんが消えたのは残念だろう。悲しいだろう。影法師のことも嫌いになるだろう。だがその悲しさや恐ろしさから他の光源を守りたいなんて、お前は何様だ? 神様か? やめとけよ。こっちはお前に屈する程度の気持ちで願ってない。
朱仄さんの行動は、恐ろしく純粋な蛮行だ。
いやほんとに、光源って面倒くさい考えを持ってる人しかなれないのか。やめてくれよ、光源同士で意思疎通を取るハードルが極端に上がるだろ。こんなハードル跳べるわけがねぇ。下を潜ってさよならしよ。
ちなみに私は朱仄さんにはもう会いたくない。だが燃やされた制服代を請求したい気持ちもあるので、それこそ焔さん経由でお金だけ寄越せって感じだ。
夕映さんは夕映さんでなんか難しいことを考えてる様子。イドラとルトがなんで夕映さんの所で拘束されていたかは知らん。あれなに魔法ですか? 夕映さんって何者だよ。私に害がないならいいんですけど。
地のエースに腕を吹き飛ばされた時は死ぬと思ったけど無事だった。痛みと出血がないというだけで人間は化け物に近づくらしい。バクを食べたら腕が繋がった。治ればなかったも同然なので良しとする。
だからと言って片目を抉られる趣味は無いので稲光さんの願望は許可しないけどな。あの人は眼球コレクターか何かなんですか? 私の目なんて飾る価値もねぇだろうに。
地のエースを倒した後、私と焔さんはその場を速やかに退散した。夕映さんは笑顔だったし、稲光さんと夜鷹さんについては知らない。ルトとイドラは戻った筈だけどカードっぽくなってなかったか? 夕映さんの魔法かな。
それをどうしたかなんて知らないし、魔法なら魔法使いである夕映さんにかけあってくれ。さすが魔術師の光源ですねって笑っとくから。笑い話にもならねぇか。
そうこうしているうちに梅雨が明けてしまった。日照時間が伸びたことは喜ぶべきかどうなのか分からない。暑さのせいで余計に人間関係がごちゃついたら面倒くさすぎてやってらんなくなるんですけど。
どいつもこいつも頭ン中でコードがぐちゃぐちゃに絡まってんじゃねぇかと疑うところだ。光源なら頭蓋骨を開いても生きてるだろうか。流石に死ぬか。出来るなら脳みその皺を減らして、もっと簡単に生きられるように改造されたらいいと思う。
私は単純な奴だ。
温かい心に抱き締めて欲しい。
私の願いを叶えて欲しい。
その方法はユエさんを自由にすること。だからバクを食べるしレリックを破壊する。
以上。
なぜこれだけ単純なことを人が集まるとややこしくしてくれるのか。光が集まると強すぎる光になって周りに悪影響だって? 睡眠不足とか神経過敏とか。そりゃバクも荒れ狂ったように集まってくるわな。いやそれにしてもだろ。
「ほんとにアイツら何なんですか」
「荒れてるわねぇ~焚火ちゃん」
衣替えした制服を着て白米だけを弁当箱に詰める。殺菌効果で梅干を突き刺したら素敵な日の丸弁当の完成だ。どうせバク味になるのだから栄養や見た目などどうでもいい。
荷物をまとめた私は家を出て、かけた鍵を数秒見下ろした。
「私って警戒心ないんですか?」
「あれだけバクをぐちゃぐちゃにしちゃう焚火ちゃんは警戒心の塊だと思うけど?」
「ですよね」
ユエさんから同意を貰ってアパートを後にする。何やら夜鷹さんや夕映さんから警戒心がどーのこーのと言われたのだが、私には警戒心しかないだろうよ。
私は私を脅かす存在を許せない。だからバクは死ぬまで殴るし、レリックの核は踏み砕くし、武器をガントレットにしたのだ。
そこから考えた時、夜鷹さんや夕映さんは私を脅かすか? 夜鷹さんは稲光さんを絡めると実害に繋がるかもしれないが、距離を取れば問題ない。夕映さんはよく分からないが、笑顔でナイフを振り被られたら殴ろうと思うくらいだ。
明確な悪意がないのなら放っておいていいだろ。陽炎のような敵意にまでいちいち反応していたら拳が擦り切れる。
手の甲を摩った私は、じんわりと汗をかきながら授業を受けた。
今日も十七時には焔さんと待ち合わせで、レリックを探して、見つからなければバクを狩る。
本日の焔さんの機嫌はどうだろう。あの人は機嫌が良くても悪くても怖いんだけどさ。いやほんとに怖い。あの人が持つ筆記具を全て叩き壊したくなったのは一度や二度ではないんだよ。
そんな彼と一緒にいるのが今の私の日常だ。さっさとレリックを倒しきって願いを叶えようとする焔さんのスタンスには賛成である。あの人は怖いけど、私も願いが叶うなら早い方がいい。
早く温かい心に触れたい。早く抱き締めて欲しい。早く、早く、早く。
吐いた息が冷えている気がする。影法師が影にいるからだろうか。冷たさに触れすぎたのか。私の周りには熱い奴が多い気がするんだけど。
シャーペンの芯を折ったところで、授業終わりのチャイムが鳴った。
「はーい、じゃあ今日もノート集めて放課後には持ってきてね」
「バエセン提出多くねー?」
「みんなのノートを見るの楽しいんだよ。逆にテスト前は集めないからさ」
「せんせテスト簡単にしてー!」
「それはどうかなー」
社会の先生はやはり提出物が多い。何を見てるのか知らないけど、返ってきたノートには可愛いスタンプが押してあるので本人は満足しているんだろう。提出点くれるならどうでもいいんだが。
テストまでの日数をなんとなく頭の中で数えていると、「じゃあ」とバエセンの声が耳に入った。
「篝火さん、回収よろしくね」
なんでだよふざけんなジャージ教師。
バエセンは気の弱そうな顔で笑っているので悪意はないんだろう。なんなら私を回収係だと思っているのではないかと疑いまで出てくる。
ですが先生それは間違いです。今日の私は日直でもないし、ましてや提出物回収係でもないんですよ。
悪態を全て呑み込んだ私は、満点の笑顔を向けてやった。
「分かりました」




