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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
顕現された黒衣の偶像編
69/113

影法師は願っている

 影法師(ドール)が住む城は壊され、改修され、願望器を重んじる者達によって管理されていた。大陸に陣が流れ出てしまっても、どこの国で影法師(ドール)が呼ばれてしまっても、影の神が帰ってくるのはこの城なのだ。


 影法師(ドール)を信仰した者は城へと集まり、願いを叶える人外達を監視する。異変はないか。アレらはきちんと願望器であり続けているか。影の国に住む化け物達は、足元にいてこそ安心できる。


 だがある日、何代も続いた監視に亀裂が入った。


 名付けられた影法師(ドール)に気が付いたのだ。


 名前があるとは個の確立。役割を越えた存在としての証明。


 影に光が灯った。影に光が宿った。影が光になってしまうかもしれない?


 それを陣だけで押さえておくことは出来るのか。影法師(ドール)が全員名前を持ってしまったら、それは神になってしまうのではないか。崇高な存在として良いではないか。いいや、自分達だけで管理できるか分からないぞ。


 なにが駄目だった。何処までも見通す目が駄目だったのではないか。黒布だけでは塞ぎ切れていない。目は気持ちを乗せてしまう。意思を見てしまう。世界を知ってしまう。


 だから塞いでしまおう。


 影は影だけ見ればいい。道具に意思表示は不要。願望器は純粋に、なにも疑うことなく、願いを叶え続ければいいんだから。


 いっそのこと、まっさらに生まれ変わらせてしまおう。その為には?


 属性を、根を変えてしまえば、きっとゼロからやり直せる。


 知恵を寄せた人間は、呪詛を込めた糸を取った。


「これは、貴方をより強固な存在にする為のまじないです」


「貴方はこれから風から地に生まれ変わるんです」


「そうすれば、よりよい影法師(ドール)になれるでしょうから」


 正義(ジャスティス)のグノの瞼が縫い合わされる。創られた人外に触れる恐怖で人間達の手は震え、急げ急げと呪詛を込め。


 穏やかに吹いていた風は、揺れ動く地響きへと変容した。


正義(ジャスティス)……?」


「よぉ、節制(テンパランス)!」


 公正だった剣を振り上げ、天秤を揺らしてグノが笑う。豪快な笑い声は地を揺らし、影法師(ドール)たちの体が凍り付いた。


「これは貴方達の為ですから」


 緑の髪を振り乱し、影の雷に囚われた運命の輪ホイール・オブ・フォーチュン。ラビアの瞼に針が触れる度、美しかった景色が霞んでいく。記憶に焼き付けた夫婦の姿が滲んでいく。


 忘れたくない、忘れたくない、忘れたくない。


 どれだけ叫んでも塞がれる。儚い優しさが、人の強欲で塗り潰される。


「ラビア……そう、僕はラビア。意味は……なんだったかなぁ……」


「な、にを、言っているんですか……運命の輪ホイール・オブ・フォーチュン! その名はッ」


「大きい声、やめて。審判(ジャッジメント)


 ぼんやりと虚空に顔を向けたラビア。脱力気味に巻物を抱える姿に、審判(ジャッジメント)の息が震えた。


「きょうだいに何してる」


「目は不要なんです」


「見え過ぎるというのは問題です」


 影法師(ドール)は強い。人間などアルカナでどうとでも出来る。そうしないのは、彼らを創った男が笑ったからだ。


『お前らは強いけどなぁ、強さで人間をどうこうしようってのはやめろよ? それは酷い暴力になる。暴力で相手を黙らせようなんて非道、人間の欠陥だと思って、お前らは真似しないことだ』


 何一つ願わなかった人間。羽をもがれた哀れな旅人。そんな彼が教えてくれた。だから影法師(ドール)は教えを、約束を、守っていただけなのに。


 悪魔(ザ・デビル)のルトの記憶が侵食される。彼に名前をつけたのは仕立て屋の男。彼の服を着た客達の裾が汚れてしまわないように、綺麗な道を作りたいと願った若造。


 ルトの意味は――なんだったか。


「ぎゃはは!! おいおい、なんで俺に地のキングと四番が着いて来るんだよ。間違ってんだろぉ?」


 凶悪な手が地のレリック達に離れろと指示する。迷子を相手するような態度に地のレリック達は固まり、キングは震える手で剣を握り締めた。


 皇帝(エンペラー)も、(ザ・スター)も、吊るされた男(ハングドマン)も変えられる。


「名前を持っているのは、今は貴方が最後ですね。(ザ・ムーン)


「……そうね」


 影法師(ドール)は人間の呼び出しに逆らえない。影は光から逃げられない。だからユエも、人の糸を避けられない。


 瞼を差し出した月光の脳裏には、自分に名を与えた従者の姿が浮かんでいた。


愚者(ザ・フール)!!」


「水のエース……?」


 ユエだけ呼ばれた時、水のエースは駆け出した。影法師(ドール)のリーダー、帰還した愚者(ザ・フール)の元へ。レリックは影法師(ドール)の許可がなければハイドから出られない。


 長い仕事から戻った愚者(ザ・フール)はきょうだいの変化に気づく。隠者(ザ・ヘルミット)魔術師(ザ・マジシャン)は状況を伝え、愚者(ザ・フール)の脳裏にはベッドで眠った旅人の姿が浮かんだ。


「ッ、(ザ・ムーン)は、(ザ・ムーン)は今!」


「あらあら私が何かしら!」


 影の城に緊張が走る。


「……ユエ」


「あら! 貴方は水のエースじゃない! ()()()()()()()()()()? 嬉しいわぁ、ありがとう!」


 水のエースの喉が震える。


 銀の三つ編みを揺らし、微笑む月光を風が包む。


 エースが控え続けた水ではない。残影が傍で浴び続けた月光が霞む。レリックが守り続けた(ザ・ムーン)が、そこにはいない。


「ユエ、貴方、貴方ハ……ドウシテ!」


「どうして? なにが? なんのこと? ふふふ、おかしな水のエース。そんなに慌てた姿は初めて見た気がするわ」


 風が銀髪を揺らし、踊るように彼女は空へと舞い上がる。


 呼吸を荒くしたエースは、顔を覆って爪を立てる。


 レリック達は、それでも影法師(ドール)に仕えていた。たとえ属性が変わっても、性格が変わっても、ユエ達は大事な主に変わりない。己の属性の主の後へ続くのみ。


 水のエースはただ一体、庭園にて、主が戻らない椅子の傍に立ち続けた。


 レリックは従順である。エース以外のレリックには目も鼻も、耳も、口もない。自分で意見することはなく、影の主の為に膝をつく。それが残影(レリック)という存在なのだ。


 黙っていられなかったのは影法師(ドール)たちだ。


 このままでは影法師(ドール)が壊される。きょうだいが変えられる。誰も彼もがいなくなる。


 ユエの変化に影法師(ドール)たちは耐えられなかった。


 皆を癒す柔らかな月。美しく上品な月光。清らかなる水源。


 それが情緒なき暴風に変わってしまった。無垢に笑い、無邪気に舞う、何かになってしまった。


 だから影法師(ドール)たちは話し合い、長考して、熟考して――決断したのだ。


「……人間が使いたくないと思うほど、我らが無能になればいい」


 それは自由を求めた決断。きょうだいを守る為の唯一の方法。


 自分達がなくならないように、消されないように、人間から手放してもらおうではないか。


 影法師(ドール)は願いを叶えなくなった。契約をやめた。暴力を振るうことなく、ただ態度で示し続けた。自分達はもう、何も叶えないのだと。


 しかしそれに納得できる人間などいる筈もない。願いの甘い蜜を知った人間は、元の無味な水を飲むには肥え過ぎた。


 怒れる人間達の声を聞き、それでも影法師(ドール)は応えない。そして人間が次の手段に出る前に、自由を求めて旅立つと決めた。


「陣は壊した。これでいいだろ」


「ありがとう、(ザ・タワー)


 破壊の(ザ・タワー)だけが成せた技。何でも壊す影法師(ドール)は、人間との陣すら壊してみせた。流れ出て収集がつかなくなった強欲を破壊したのだ。


 愚者(ザ・フール)は長く過ごした城を見上げた。隣では、破壊のきょうだいが呟きを零す。


「レリックにも、自由がいるんじゃねぇのか」


 (ザ・タワー)の言葉で愚者(ザ・フール)は頭を下げる残影の姿を思い浮かべた。自分達が使い続けた、可愛い影達を想ってしまった。


「……我らは既に、使う側になっていたか」


 自分達が人間に縛られていたように、レリックは影法師(ドール)に縛られている。


 自由を望んだ自分達が、他者を縛っていい筈がない。もうレリックを縛っていたくはない。


 だから愚者(ザ・フール)は決めた。


 無能に落ちると決めた自分達と、レリックを、切り離すと。


「あの子達は我らに縛られている。これから人間に追われることにもなるだろう……そんな果てなき道に連れて行くのは、酷でしかない」


 影法師(ドール)愚者(ザ・フール)に賛同した。レリックも自由になればいい。ハイドで行きたい場所へ行き、見たいものを見て、好きなようにして欲しい。


 それは影法師(ドール)が抱いた、小さな願いにも等しかったのだ。


 しかし――レリックには伝わらない。


「じゃぁね、良い子達。どうか自由を」


 言葉の裏にある想いなどレリックは読めない。


 自分達を置いていく。その行動が示す理由を汲み取れない。


 目を塞がれた影法師(ドール)と目の無いレリックでは、奥底など図れない。


 ずっと共にいた筈なのに、影法師(ドール)残影(レリック)の間に生まれた感情が合致しない。


 「ついて来なくていいよ」の言葉を思い出し、何も分からないレリック達の空気は濁った。


影法師(ドール)が逃げた、今すぐ追え!」


 残影を無理やり呼び出した人間が告げた事実に、レリック達の核が歪んだ。


 誰の声も届かない場所へ飛び立ってしまった主たち。


 自分達に行先を告げず、自分達を置いて、自分達を――捨ててしまった。


 主がいなくなった城を見て、捨てられた現状を噛み締めて。


 そこで初めて、レリックは流れぬ涙で慟哭(どうこく)した。


 どうして、どうして共に連れて行ってくれないのか。


 即座にレリック達は走り出し、我武者羅に影法師(ドール)を発見した。人間に言われたから追いかけたのではない。自分達が追いかけたかっただけなのに。


 それが影法師(ドール)に伝わらない。


 レリックには言葉がないから。捕まることを影法師(ドール)が望んでいないから。


 無い瞳では何も訴えられず、絡まった感情は激しい想いで爆発する。


「オ戻リヲ、ドウカオ戻リヲ、我ラガ主!!」


「帰らないよ。私達は自由が欲しいから!!」


 その言葉で、またズレる。


 影法師(ドール)は自分達を連れ戻そうとするレリックに歯噛みし、レリックは自分達が人間から守り切れなかったから捨てられてたのだと拳を握る。


 影法師(ドール)の言葉が足りない。

 レリックの言葉も足りない。


 互いが互いを想うのに、どうしてこんなにすれ違うのか。


 主は従者の自由を望んだ。どうか自分達に使われるだけではなく、その足で、その強さで、どこへでも行っていいのだと。


 従者は主の傍にいることを望んだ。どうか自分達を使ってくれ。貴方達が望むなら、どんな困難も砕くから。


 伝わらない、伝わらない、使われるばかりだった人外達では伝えきれない。


 ちょっとずつ言葉が足りず、少しずつ行動が外れてしまったから。


 最初に破壊されたのは風の六番。


 最初に破壊したのは(ザ・スター)のミラ。


 かつてミラの傍にいた風のレリック達。たとえ影法師(ドール)の属性が変わろうと、守護しようとしていた風の残影。


 すれ違い、擦り切れて、開かない口で願いを叫ぶ。


 どうして、どうしてですか我らが主。


 影法師(ドール)の哀れは募るばかり。


 可哀想なレリック達。人間に使われ、人間に動かされ、自分達を連れ戻すように()()()()()()()のだから。


 悲しみと哀れみの火花がハイドに散る。伝わらない想いが火種になる。


「まだ捕まらないのか!!」


 躍起になった人間は口々に嘆いた。影法師(ドール)を自由にすれば民が、国が、世界が危ない。だから管理しなければいけなかったのに。


 流布した陣であらゆる場所に呼ばれ、願われ続けた影の神。各所に残るは奇跡の伝承。それが無くなったなど大惨事。


 風のエースは奥歯を噛み締め、地のエースは喉を掻き毟る。


 火のエースは拳を固く握り、水のエースはナイフを構えた。


「愚カ者ドモ!!」


 唯一叫べるレリックの咆哮。


 人間がいるから駄目だった。奴らの存在が駄目だった。主を縛る陣が広まったことが駄目だったッ!!


 だからエースは暴力に走った。影法師(ドール)の動向を訊ねるため、人間が自分達を呼んだタイミングで。


 影法師(ドール)の存在を知る人間、使ってきた奴ら、追い求める愚か者。レリックは人間を殺して暴れ、再びハイドを駆け回った。


 殺し切れずに零れた血縁を見逃しながら。記された伝承を燃やし切ることは叶わず、口伝えの神話を止められないまま。それが脈々と受け継がれることも知らないで。


 万能ではない人外達は主人を探す。探して探して、探し回って。


 人間と契約し、それを光源と呼ぶ主に、愕然とした。


 どうして人に頼るのか。人から逃げたはずなのに、どうして人の傍にいるのか。


 きっとその方法しか知らないから。だから主は自由になれないのか。


 あぁ、なんと可哀想な我らの主。我らの光。


 そして影法師(ドール)もまた、嘆いて天を仰ぎ見た。


 どれだけ逃げても追ってくる、どれだけ遠ざけても連れ戻そうとする。そのレリックの執念たるや。人間の命令を実直に遂行しようとする残影に、自分達の願いは届かないのかと。


 どうして伝わらないのか。どうして分かってくれないのか。


影法師(ドール)は、自由になりたいだけなのに」


 戻らない、戻らない。これ以上きょうだいが変えられるなんて耐えられない。


 帰れない、帰れない。もうあの城には帰れない。


 守りたい、守りたい。自由を欲した自分達の想いを守りたい。


 そう影法師(ドール)が告げたとしても、レリックは手を伸ばす。


 口が無くては告げられない。告げられたって言葉が足りなくては伝わらない。どれだけ手を伸ばしても、どれだけ光源を殺しても、影法師(ドール)は指の隙間から逃げていく。


 レリックの内では消えない業火が燃えていた。


 戻ろう、戻ろう、貴方達を連れ戻せと願った人間はいないから。


 帰ろう、帰ろう。貴方達の城に、あの旅人が残した唯一の場所に。


 守りたい、守りたい。そしてどうか自分達を――ふたたび傍に。


 業火が燃える。


 願いが爆ぜる。


 想いが焦がれる。


 己の身を煤にする猛火の願望。


 抱えた激情は熱くて熱くて堪らない。


 あぁだから、だから、叶えてくれよこの願い。


 己の願いに焼かれてしまう、その前に――


「――オ戻リクダサイ、我ラガ主」


 不意に。


 ユエはハイドで目を覚ます。


 縫われた目元を触り、数えることもやめた長い年月を逃げ続けていると思い起こして。


 不確かだったハイドの輪郭が明確になっていく。それは朝を告げる現象であり、ユエは見慣れてしまった少女の部屋を見渡した。


 ベッドと折り畳み机。それだけしかない部屋に住む独りぼっちの女の子。


 温かい心で抱き締めて欲しいと願った、(ザ・ムーン)の光源。


 地のエースを砕いてから数日。季節は雨雲をどこかへ流し、日差しが力を込めていく。


 ユエは影から這いだし、ジキルで眠る少女――篝火焚火の顔を覗き込んだ。


 心の所在を問う少女。心はどこにあるのかと探し回る苛烈な業風。


 ふと揺れた瞼が開けられると、覗いたのは薄暗い双眼だ。


 黒い瞳はゆっくりとユエに焦点を合わせ、朝は溜息と共に始まった。


「……なんで影から出てるんですか」


「おはよう焚火ちゃん! いい朝よ~、とっても晴れてるわ!」


 呆れた顔の焚火は気だるげに体を起こし、手櫛で髪を整える。ユエはそんな少女を見下ろし、煤になった地のエースを思い出した。


「ねぇ、焚火ちゃん」


 影の呼びかけに光源は視線を上げる。


 美しい影法師(ドール)は、少女の傍らに腰掛けた。


「心はどこにあると思う?」


 問いに、黒い双眼は淀みを増す。


 温かさを探し求める少女は、自分の胸に残る切り傷を無意識に撫でていた。


 心は言葉の裏にあると告げた少年。

 行動に乗っているとした少年。

 目の奥にあると豪語した少女。

 人と人の間に生まれるとした人間。


 それらはまだ、篝火焚火では理解できない考えだから。


「いま、探している所です」


 答えた光に、忘れた影法師(ドール)は笑っていた。

これにて「顕現された黒衣の偶像編」及び第一章、閉幕。

次話より新章開幕。


貴方は、誰の願いが叶えばいいと思いますか。


***

プロット確認の為、次話は2月15日(水)に投稿します。


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