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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
伝承を恨んだ変幻人間編
65/113

夕映零は意地が悪い


 〉悪魔(ザ・デビル)の光源の子に零の住所教えたよ


 〉そりゃどうも


 嵐からの連絡で椅子の背凭れに体重をかける。こちらに向かっているであろう愛恋ちゃんが簡単に想像できるなぁ。彼女のことだから昴くんも一緒に来るのかな。


「無様だねぇ」


 自分は目の前で(うずくま)った二体の影法師(ドール)を見下ろす。首と両腕を影の雷に囚われた哀れな神達だ。


「イドラは元々両腕を縛られてるし、こんな拘束なんでもないかな? ルトは窮屈そうだよねぇ。君、こういうの似合わないし」


 適当な声かけに返るのは沈黙。


 溜息と共に自分は立ち上がり、ルトの顎を蹴り上げた。


 もう何度もやった行為。何度も殴り、何度も蹴りつけ、何度も床に叩きつけた。


 イドラとルトは何も言わない。魔術師(ザ・マジシャン)と同様に呻くことも喚くこともせず、都合のいいサンドバックに成り下がった。


「つまらないなぁ」


 イドラの後頭部に踵落としを入れて椅子に座り直す。ゆらりと上体を元の位置へ戻した二体は直ぐに怪我が治ってしまった。


「永遠ってどんな気分? たかだか百年もしないうちに死ぬ人間は哀れに見える? 誇張した伝承を受け継いで、いつまでも間違った神を探し続けた自分達はさぞ滑稽だろ」


「……あぁ、そうだな」


 自分の声にルトが反応する。やっと自分は人形に話しかけている人間ではなくなり、腹の底で感情が煮えた。


 ルトは曲げていた背中を伸ばし、黒い毛先が床を擦る。


「永遠とは牢獄だ。どこまでも終わらない道。その道中で何十、何百、何千という死を見てきた。そう、見てきた、見てきた……筈なんだが」


 黒髪がルトの頬を滑る。褐色肌の願望器は虚空を見ている気がした。


 黙ったきょうだいの続きを語るのは、銀髪のイドラだった。


「万能と永遠は一緒ではないんだ。何かを忘れてしまった、大事な何かを零してしまった。だから私は……私にイドラの名をくれた誰かを、忘れてしまったんだ」


「忘れたんじゃなくて忘れさせられたんだろ」


 強制的に無垢へ戻された影法師(ドール)に告げる。顔を上げたイドラは首を傾けたから、自分は意地悪く口角を上げた。


「名前を与えられた特異な影法師(ドール)。お前達は人間のエゴで変えられ、人間の元を去ったのに、人間の傍でしか生きられない」


 イドラの額に人差し指を触れさせる。低い体温に目を細めれば、指が自然と黒い布を引き下ろした。


 雑な糸で縫われた両目が(あら)わになる。想像していたよりも太い糸はイドラの瞼を完全に塞ぎ、慌てて縫う様子が想像に難くなかった。


「哀れだなぁ、影の神様は」


「零、どういうことだ。変えられたとは。わたしは、私は吊るされた男(ハングドマン)。その私が、」


「お前の本来の属性は水だったろ?」


 イドラの動きが完全に固まる。ぎこちなく肩が揺れ、震えた唇と瞼に力が入る様が見て取れた。


 縫われた傷口が微かに広がる。黒い液体が縫い穴から溢れ、創られた銀の睫毛が動揺した。


「な、にを」


「思い出せないよね。そりゃそうだ。君の瞼は閉じられた。見えなければ前後も天地も不覚になって、自分が立ってるのか座ってるのか、生きているのか死んでいるのかも曖昧になる。思い出せないことが多すぎて、自分があやふやになっていく」


 イドラの目の糸に指を引っかけて力を込める。千切れる様子のない糸にイドラは顔を歪めたから、自分の体は揺れたんだ。


「思ったんだけどさぁ」


 立ち上がった自分の手が勢いよくイドラとルトの前髪を掴む。呻く二体が文句を言う前に、自分は腹から呪詛を出した。


悪魔(ザ・デビル)吊るされた男(ハングドマン)って、もう死んでんじゃない?」


 一息で、部屋の空気が凍り付く。


 それが楽しくて、愉快で、面白くて、並ぶ二体の側頭部を思い切りぶつけてやった。


 重たい音と一緒に前髪を離す。イドラもルトも歯を食いしばり、自分は爪先で床を回った。


 名前を与えられ、創り変えられた影法師(ドール)。それは強さと従順さを求めたエゴの結果で、かつて己がどんな影法師(ドール)だったかなんて分からなくなった。


 それは本当に今までの自分であると言えるのか? 元々そこにいた悪魔(ザ・デビル)吊るされた男(ハングドマン)と同じであると言えるのか?


 お前達は誰だ。全てが不明瞭になった影とは何なんだ。


 だからお前達はきょうだいを呼ぶ時、必ず名前を口にするんだろ。与えられた名ではなく、生まれついた時につけられた役名を。


 そうしなければ消えるんだ。かつてそこにいた筈の存在が。違うものに塗り返られて、周りがそうであると口にし続けなければ消えてしまう。


 本当に「ルト」と「イドラ」になってしまえば、「悪魔(ザ・デビル)」と「吊るされた男(ハングドマン)」は消えちまう。


 だってコイツらはもう、かつての己について何も分かっちゃいないんだから。


「哀れだなぁ、悪魔(ザ・デビル)吊るされた男(ハングドマン)。人に創られた人の為の願望器。名前を貰った君達は神様に昇華された訳じゃなくて、名という鎖で地へ落とされた化け物だ」


 イドラが息を呑む。ルトは固く歯ぎしりする。


 そこで自分の影から出てきたのは、名前を与えられていない願望器だ。


「零、来たぞ」


「お、いいねいいねー。ほらおいでー」


 魔術師(ザ・マジシャン)の方は一切見ず、イドラとルトの前髪を掴む。無理やり立たせた二人はどこか力が抜けており、抵抗することなく自分の後ろを着いて来た。


「……この気配、」


「そうだよ、お前達が取り憑いてた二人。愛恋ちゃんと昴くんが迎えに来てくれたのさ」


 自分の言葉にイドラもルトも顔を上げる。親のいないこの時間、金で雇われた奴らだけが自分とすれ違う。廊下で独り言を吐く自分はとうとう壊れた奴にでも認定されたかな。お前らの雇い主の方が頭おかしいだろ金の亡者共が。


 ふらふらと浮いたルトは、諦めたように笑っていた。


「愛恋はどーしようもねぇなぁ。そんなに願いを叶えたいのか。かぁーいーかぁーいー、愛恋よぉ……」


「……昴」


「そりゃそうでしょ。愛恋ちゃんも昴くんも戦い続ける子だったじゃん。願望器を手放したのだってお前らのエゴな訳だしさぁ」


 服を整えながら黒い傘を持ち、玄関を開ける。弱く雨が降り続くなか、少し離れた場所には愛恋ちゃんと昴くん。だけでなく、焚火ちゃんの姿まで見えた。君は巻き込まれる体質なのかな。おもろ。


 自分が手を振りながら近づけば三人も距離を詰めてくれる。様子からして愛恋ちゃんと昴くんには影法師(ドール)が見えてないな。当たり前か。二人と願望器の繋がりは既に断たれてる訳だし。


 この場で唯一、自分と同じ視界をしている焚火ちゃん。彼女は一番自分から遠い所にいると思ったけど、小さく動いた口は確かに「アルカナ」と呟いていた。


 泥を煮詰めた目が自分の後ろを観察してる。雷の鎖がつけられたイドラとルトで留まっている。


 口数の少ない彼女は影法師(ドール)の状態に疑問を投げかけることもなく、両腕にガントレットを纏っていた。


 自分はそんな焚火ちゃんを無視し、足を止めて愛恋ちゃんと昴くんに笑いかけた。


「やっほー、愛恋ちゃん、昴くん。わざわざ影法師(ドール)を迎えに来てくれてありがとう! 助かっちゃったな~。普通離れたら放っておくものだと思ったんだけど」


「……普通、普通って、なんですか」


 愛恋ちゃんの目が燃える。願望器を取り戻すことしか考えていない目は烈火の如く。その目ではルトの姿が見えない癖に。傲慢だな。


「わ、私は、ルトと一度でも離れたいと思ったことはありません」


 馬鹿だなぁ、愛恋ちゃん。君が頭で考えなくたって、一瞬でも願い以上の優先が浮かんだら亀裂になるんだよ。だからルトは離れたんじゃん。綺麗事だなぁ。


「俺も、イドラがいないと落ち着かない。二人はどこにいるんですか?」


 優しいなぁ、昴くん。小柄な女の子を守ろうとするんだから。君はもう願いより大切なものを見つけてるんじゃない? 願望器なんていらねぇだろ。


 そういえばこの二人、影法師(ドール)を人で数えるよな。なんかムカついてきた。


 自分が傘を持つ手に力を込めれば、背後から息を呑む音がする。振り返って確認なんかしてやらねぇけど、ルトとイドラが何か反応したのかな。お前達と元光源の二人には既に繋がりがないのに。人間の真似事すんなよ気味が悪い。


 機嫌が徐々に降下していると自覚した時、動いたのは段違いの黒髪少女だ。


 ガントレットをつけた焚火ちゃんが、自分と元光源達の間に入りやがる。


「やぁ! まさか君も一緒に来てるとは思わなくて驚いてるよ、焚火ちゃん!」


「……私も驚いてますよ、夕映さん」


 焚火ちゃんが傘を持ち変える。彼女の右腕は背中に回り、自分からは見えなくなった。なーに考えてんのかなぁ、この子。


「夕映さん」


 今日も道化の笑みを浮かべた焚火ちゃん。不気味なほど沈んだ目をする女の子は、よく人の名前を口にすると思ったんだ。


 彼女は自分を真っ直ぐ見つめ、唐突な質問を投げつけた。


「心はどこにあると思いますか」


 なんでそんなこと聞くの。


 喉まで出かかった質問返しを呑み込んで、数秒だけ考える。


 心、心……うん、やはりそうだな。


「人と人との間」


 答えると、自分の気分はなんとなくスッキリした。


 人と人との間に心は生まれる。人ひとりでは形もない。誰かと関わって、話して、交流するから心は出来るんだ。それは快だけでなく不快もあるだろうけど、それらもひっくるめて心って言うんだろ?


 人の中に心はない。人が抱えてるのは生きる為に必要最低限の欲求だ。その欲求を他人と煮詰めて心は出来上がる。


 自分の迷いない声とは対照的に、焚火ちゃんの返事からは覇気が感じられなかった。


「……ありがとうございます」


「ははっ、何この質問。焚火ちゃんは哲学者でも目指してるのかな?」


 揺らした傘から雨粒が落ちる。自分の後ろでは影法師(ドール)共が濡れている。それに気づかない元光源の二人。見えている事実に武器を纏った豪風少女。


 焚火ちゃんは少し目線を下げた後、道化の笑顔を貼り直した。


「哲学者なんて、とんでもない」


「ならどうして心の所在なんて聞くのさ」


「知りたいからです」


「ふーん?」


 なら、君はどこに心があると思ってるんだよ。


 自分が面白がって聞こうとした時、彼女の影からユエが飛び出す。魔術師(ザ・マジシャン)たちの空気も変わり、自分は軽く舌打ちした。


「零」


「焚火ちゃん」


「「レリックが来た」」


 焚火ちゃんと一緒に影法師(ドール)が示した方向を見る。動揺を見せたのは愛恋ちゃんと昴くんだが、光源ではない二人が狙われることはないだろう。


「稲光さん、夜鷹さん、少し離れます。帰っていてもいいと思います」


「可哀想なこと言ってやるなよ焚火ちゃ~ん。せっかく二人は来てくれたんだから」


 自分は指を弾いてイドラとルトをカードに戻す。元光源にはとつぜん現れたように見えたんだろう。願望器の紙切れに昴くんは目を見開き、自分は濡れた地面に放ってやった。


「ほら、君らが探してた奴らだよ」


 笑った瞬間、自分の視界が白で埋め尽くされる。雨はやみ、傘は邪魔になり、近づく残影を見つける。


 畳んだ傘をきちんと地面に置いた焚火ちゃんは、つむじ風と共にソルレットを履いた。


 自分は猫の面で顔を隠し、口角が弓なりに上がる。


「先程のカード、あの二人にも見えているようでしたね」


「見えてたねー、帰ったら怒られるかなー、心配だなー」


「無事に帰られるかどうかを先に心配すべきでは?」


「なにそれ、レリックに負けるって? 笑えない冗談は嫌いだよ」


 尻尾で焚火ちゃんの背中を叩き、彼女はガントレットを打ち合わせる。


 自分達に近づくのは鈍色(にびいろ)に光る衣装を纏ったレリック。鋭い歯を見せ、木を切り刻みながらやってくる。怒涛の勢いで、影法師(ドール)を連れ戻しにやって来る。


 命令したのは自分の先祖な訳だけど、お前達はどこに連れ戻すかも忘れたのかな? 哀れでウケる。


「ユエさん、あれは?」


「地のエースね! 頑張って~焚火ちゃん」


 ヒールを鳴らしたユエを一瞥し、焚火ちゃんは風で浮く。白髪の彼女に任せていいかとも思ったけど、相手エースだしなぁ。早く終わらせたい。


 爪を構えた自分は、曲がったナイフを振り上げたエースに焦点を絞った。


「見ツケタ、見ツケタ! 我ラノ主!! ドウカ、ドウカ――オ戻リヲ!!」


 だからどこにだよ、ばーか。


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