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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
伝承を恨んだ変幻人間編
64/113

夕映零は干渉する


 インターホンを押して確認なく出てくるのは無警戒が過ぎると思う。今のご時世怖いんだからさ、確認しなよね、焚火ちゃん。


「やぁ、こんばんは」


「こんばんは」


 どことなく疲れを滲ませてる焚火ちゃんの部屋をアポなし訪問する。今日はどんより薄曇り。平日木曜日の夜だぜ。こんな時間にインターホンが鳴るっておかしいでしょ。


「上がっていい?」


「何用で?」


「膝枕希望」


「なら連絡先、教えて下さい」


「あーあー分かった分かった、教えるよ」


 今までのらりくらりと躱していたが、今日は対面しているしこちらから押しかけているので無下にもできない。まぁいいかと適当に了承すれば、焚火ちゃんは溜息を吐きながら自分を招き入れた。おーい、けーいかーいしーん。呼んでも出てこないな。焚火ちゃんの警戒心は家出中なのかもね。


 この子は変だ。化け物を警戒する癖に人間を警戒しない。違う? 焚火ちゃんと接した人を警戒しない? 線引きは分からないけど、この子の危機管理はチグハグだ。


 靴を脱いだ自分は玄関を見て一瞬考える。それから口角を思いっきり上げて、スキップしながらリビングに入った。


「てーんめーいくーん! ひっさしーぶりー!」


「何故」


 着物姿の天明くんを焚火ちゃんの部屋で発見する。メモ帳にさらさらと筆ペンを走らせていたらしい少年は、見るからに機嫌を急降下させた。


 部屋の床には紙、紙、紙。そこには達筆な文字が綴られており、草書体のせいで解読なんて不可能だ。天明くんが書いたってことは火を見るよりも明らかなんだけどさ!


 床の中で唯一紙が置かれていなかった場所には焚火ちゃんが座り込む。真心くんを抱えた少女は怯えたように視線を斜め上に向け、天明くんは筆ペンにキャップをつけていた。


「何この状況」


「焱ちゃんの反応を見て楽しんでいたんだ。で、もう一度聞くが、何故零さんがここに?」


 天明くんの目がじとりと不機嫌を(あら)わにする。焚火ちゃんの視線は一切動いてない。


 え~~、なにこれおもろ!


「焚火ちゃんに膝枕してもらいたくて来た!」


「は?」


 天明くんの目元に青筋が浮かぶ。


 焚火ちゃんは微動だにしないまま、顔が白くなっていた。


 ***


「焚火ちゃんって天明くんの字が怖いの?」


「とても」


「何その感性。じゃあこれもこわ、」


「近づけないで下さい」


「反応めちゃくちゃ速いじゃん」


 ゲラゲラ笑いながら焚火ちゃんを弄ぶ。いつもは苛烈で寡黙な業風が、今では怯えた子猫も同然。威嚇しても無駄だと分かり切った顔で必死に天井を見上げている。


 かく言う自分は目的通り膝枕をしてもらった。天明くんの価値ありそうな紙を蹴散らし、堂々と寝っ転がって。焚火ちゃんから奪った真心くんは前回から厚みが増えておらず、少女は胸の前で両手を握り合わせていた。手の甲に爪立ってるじゃん。


 天明くんはズズッと音を立てながらマグに入った飲み物を口にする。香りからして抹茶っぽい飲み物だろうな。味は全部バク味だけど。いや、もしかして。


「もしかして天明くん、(ザ・タワー)いなくなったの?」


「なに寝惚けたこと言ってる」


「俺はいるぞ!!」


 影から顔だけ出した(ザ・タワー)に天明くんの拳骨が入る。文句を叫びながら影に戻った願望器に喉を鳴らせば、天明くんの眉間の皺が深くなった。


「なーんだ。抹茶の匂いがしたからてっきり味が分かるようになったのかと思ったのに! 最近ぜーんぜん構ってくれないし」


「味が分からずとも香りは分かるだろ。これは焱ちゃんの厚意だ」


「どゆこと?」


「最近、焔さんが来られることが多々あるので。抹茶オレのスティック買っただけです」


「やっだー焚火ちゃん。ほいほい男を上げちゃってエッチだなー」


「語弊が酷くないですか」


「だが夜鷹少年も招いていただろ」


「急に掌返さないで下さいよ」


 焚火ちゃんの肩が明らかに落胆で沈む。自分は真心くんを抱えて笑い、天明くんは抹茶オレを啜っていた。


「零さん、俺達が面白いから構っているんだろ」


「そりゃもちろん。面白くないものに構う時間なんて無駄だからねー」


 真心くんの顔で焚火ちゃんの頬を叩き、少女は不出来なぬいぐるみを掴む。天明くんは少し音を立ててマグを置いた。


「俺達は玩具ではないが?」


「やだなぁ天明くん、怒らないでよ」


 茶化しながら焚火ちゃんの腹部に向かって寝返りを打つ。少女の手を掴んで頭に乗せるよう誘導すれば、この子は一切抵抗しなかった。ほんとに大丈夫かなぁ。先輩は心配になっちゃうよ。


「焚火ちゃんも怒ってる?」


「何をですか」


「放って行ったこととか、面白がってること?」


「放って行かれたことは別に。面白がってる点も特には。私に害があれが殴るだけなんで」


「流石」


 肩を竦めて笑みがこぼれる。焚火ちゃんの手は触れたまま移動して、自分の襟に触った。


 横目に見上げた彼女は輝かない黒い瞳でこちらを観察している。細い手は同じ道を辿り、自分の頭に戻ってきた。


「分かった? 自分の生物学的性別」


「いいえ」


「どっちだと思ってもいいよ。男だと思えば男でいいし、女だと思えば女でいい」


「夕映さんは夕映零という性別だと思ってます」


「なにそれ」


「分からないのが貴方らしいってことです」


 焚火ちゃんの手が微かに自分の髪を撫でる。


 自分は軽口を止めたっていうのに、この子は動く。


 嫌だなぁ、この感じ。知らない方がまだマシだったかもしれないじゃん。


 それでも体を起こさない自分は、どこまでも捻くれている気がした。


「零さんは知っているのか、審判(ジャッジメント)の光源について」


 ふと、天明くんの声がどこか確信を持った高さで問いかける。自分は(うつぶ)せに移行し、焚火ちゃんの膝の上で笑みを深めた。


「知ってるよ。朱仄祀くん。彼は善の狂人だ」


 口にした瞬間、部屋の温度が一気に冷える。底冷えする寒さでこちらを見下ろす天明くんだが、自分にはその怒りの原因が分からなかった。


「貴方が何か吹き込んだのか」


「人聞きが悪いな。彼は可哀想な子だと思って見守っただけさ。妹がバクに呑まれて消えちゃった。名前は朱仄(あけぼの)(みこと)ちゃん。太陽(ザ・サン)の光源だった」


 脳裏を過ったのは黒い塊を抱いて慟哭していた祀くん。両手から妹を零してしまった可哀想な子。妹の代わりに戦い、慣れない子の為に努力し、何かを願った一人の光源。まさか自分の行いが妹を蝕んでいたとも知らないで。


 視線を向ければ、口を結んだ天明くんがいた。


「……バクに呑まれる、とは?」


「なんだ、(ザ・タワー)もユエも話してないの? いや、君達だから話す必要がなかったのかな、まぁいいや」


 自分は教える。バクは食べ過ぎれば毒になる。負を溜めすぎれば呑まれてしまう。だから自分達は上手くアルカナを使わないといけない。しかし祀くんは妹の代わりにアルカナを使い続けて、供給と消費のバランスが尊ちゃんの中では崩れてしまった。


 天明くんは眉を上げ、焚火ちゃんは顎に指を添える。自分は再び仰向けになり、白い天井を見つめた。


「彼は優しい子だね。そしてその優しさで、妹を殺したんだ」


「……(ザ・タワー)


「はーいよ」


 今度は呼ばれて(ザ・タワー)が出てくる。天明くんは袖も気にせず願望器の襟を掴み、(ザ・タワー)は素っ頓狂な声を上げた。


「だー! なんだよ天明!」


「光源が影になるなど聞いてないが?」


「あぁ? だって天明はバクを溜めすぎるなんてしねぇだろうが~」


「そうか、お前達は勝手に判断するんだな。自分の光源を。そしてその判断で、祀は妹を亡くしたのか」


 (ザ・タワー)の燃えるような髪がぺしゃりと垂れる。天明くんは、それはそれは酷い表情をしているんだろうな。


「教えろ(ザ・タワー)。この一年、祀が忌引きで欠席したなど一度も聞かなかった。影となった妹に、ハイドは何をしている」


 そこで自分の面白センサーが反応した。


 確かにそうだ。急に人ひとりが消えたとなれば大騒ぎ。それが学生ともなれば事件になる。しかし、犯罪事件をスクラップする自分は忽然と消えた子どもの記事などここ数年見ていない。


 天井から焚火ちゃんに目を向けると、彼女は無表情で(ザ・タワー)の方を向いていた。視線を集める願望器の髪は相変わらず元気がない。


「ハイドが何してるかって言われても、それは影を受け入れてるとしか言えねぇよ」


「詳しく」


「気づいてるだろ? ハイドの主体は影だ。影あってのハイド。そこに新しい影が出来たなら受け入れる。本体もろとも影になった人間は、何もかも影になっちまった以上、ハイド以外に行き場がねぇだろ」


 (ザ・タワー)の説明はどこか抽象的で要領を得ないものだ。それを聞いていたのかは知らないが、影から出てきたのは魔術師(ザ・マジシャン)だ。勝手に出て来てんじゃねぇよって怒りたいところだけど今は黙っとこう。


魔術師(ザ・マジシャン)、補足して」


「光なくして影は存在しない。しかし人間はなくなった光を直ぐに忘れる。影だけあったところで、その影を生み出していた本体のことは思い出せない。影に呑まれれば、その瞬間を見ていた者以外は思い出せぬが摂理」


「つまり?」


「影になった人間は誰にも思い出してもらえない。その最期を目に焼き付けた者以外、誰からも」


 ふっと部屋に落ちた沈黙に、自分は呼吸を細くする。


 影法師の言葉を空気を一緒に吸い込んで、肺に溜めて、静かに吐いた。


 教えられなかっただけ、考えなかっただけの現象。それはとても軽やかな闇に見えた。


 こういう時、最初に口を開くのは――


「妹さんのことは、朱仄さん以外思い出せないということですか?」


 平坦な焚火ちゃんの声に魔術師(ザ・マジシャン)が頷く。「そうですか」と呟いた焚火ちゃんは空気を読んでいるのかいないのか、いつも通りの道化の笑みを浮かべていた。


「あれと似てますかね。更地になった場所に何が建っていたか、何があったか思い出せない気味の悪い感覚。何かあったと記憶に影が残っているのに、光であった物を思い出せないから忘れていく」


「人間の感覚は分からんが、言葉的にそうだろう」


「では朱仄さんのご家族や友人は妹さんの喪失に気づいてないんですかね」


「違和感は多少あるかもしれない。だが思い出せることはない。光が消えれば付属の物、存在していた形跡も消える」


「そうですか」


 焚火ちゃんはそこで納得したように目を伏せる。自分は真心くんを撫で、天明くんは(ザ・タワー)の襟を離していた。


「焱ちゃん、何か思っているんだろう、聞かせてくれ」


 天明くんは額に手を当てて机に肘をつく。彼の周りをウロウロするのは(ザ・タワー)だ。謝り方を探しあぐねている子どもみたいだな。それを無視した光源は風の少女の言葉を求めていた。


 口角を上げ続けている焚火ちゃんは一回だけ瞬きする。


「運が悪かったとも、良かったとも言えることだと思っています。バクを食べ続けるだけでは駄目だと教えてもらえなかったことは運が悪かったですね。いや、もしくは教えてもらっていたけどアルカナが上手く使えなかったんでしょうか。そこら辺は兄妹と影法師(ドール)しか分からないので何とも言えませんが、影になったことは残念ですね」


 この子がこんなに喋るとこ、初めて見た。


 自分は瞬きを忘れて、真心くんを撫でた焚火ちゃんの手を視界の隅に映す。


「しかし最悪ではなかった。最期は兄の腕の中にいて、兄に覚えてもらえたんですから。そして夕映さんの言葉を通じ、朱仄尊という人間は存在していたのだと私も焔さんも知ることが出来た。最悪なのは誰の記憶からも消えてしまうことではないでしょうか。兄の知らない所で影になっていたならば、朱仄尊さんを覚えている人間はいなくなっていたかもしれないんですから」


 発想の転換に自分は首を傾ける。思い出したように焚火ちゃんは自分の額に手を乗せて、ぬるい温度が伝染した。


「彼女は死んだ。でも消えたわけではありません。いなかった者にされたわけでもありません。朱仄祀さんがしっかりと覚えて、その記憶に刻みつけているんですから。最期が独りでなかった彼女は運がいい」


 焚火ちゃんはそこで言葉を止める。そこで視線は初めて動き、天明くんで止められた。


「この考えは、非道でしょうか?」


 顔を上げた天明くん。肩の力を抜いた彼は少しだけ間を作り、握った筆ペンに視線を落としていた。


「いいや……祀もそう思えたら良かったのにと、悔やむところだ」


 少年はゆっくり脱力して壁に(もた)れる。かと思えば黙って何か考え始めたようで、手元を見ずに筆ペンが動いていた。焚火ちゃんは勘弁してくれとでも言いたげに視線を明後日の方に向けている。


「で、天明くん。君はどうしたいわけ?」


 自分は逆さまの景色で天明くんに問いかける。仰向けだから仕方ない。少年はそこでやっと自分と目を合わせたから、こちらは適当に笑ってやった。


「祀くんに同情してる? でもそれは酷いことだよ。同情による善意や寄り添いは当人のエゴでしかない。まぁ祀くんの光源を救うっていう行為もそうなんだけど、彼は自分に対する見返りを求めてないからまだマシかな」


「別に同情するわけではない。ただ休ませるべきだと思っただけだ」


 天明くんは着物の袖に手を入れる。力を抜きながら背筋を正した少年は、床にばらまいた紙に視線を向けていた。


「アイツは、働き過ぎだ」


「ふぅん?」


 じゃあ、やっぱりぶつかりに行く気なんだ。


 自分は仰向けの姿勢を整えて満足感に顔が緩む。焚火ちゃんは自分の額に再び手を乗せてくれたから、静かに目を閉じることも出来たんだ。


「……零さん、あんたは誰の味方なんだ」


「自分は光源の味方だよ」


 にっこり笑って真心くんの頭を振る。少年は自分の言葉に納得していない空気だが、別に嘘じゃないんだよ。ただ君達が苦しんだ方が面白そうだと思えば苦しめばいいと思ってるだけで。


 あぁ、この考えこそ、非道だろうか。


 自分が口角に力を入れた時、気紛れのように額がつつかれた。


「夕映さん、連絡先ください」


「あーそうだった、忘れてた。焚火ちゃんも忘れてたら良かったのに」


「連絡先ください」


「はいはい」


 笑顔の焚火ちゃんに送ったのは嵐の連絡先。彼女は少し画面を見つめると、操作はせずにスマホを置いていた。


「いいの? 愛恋ちゃんに直ぐ教えなくて」


「近々お店に行くつもりなので、その時に」


「焚火ちゃんがあんなキラキラしたお店に行くなんて意外だな」


「そうですか」


「そうですよ」


 焚火ちゃんの手が自分の額に戻ってくる。少女はぬるい体温のまま、どこか遠くを見ているようだ。


 簡素な部屋にバラまかれたのは一級品の遊び書き。自分は何度か深呼吸を行い、窓に当たり始めた雨音に耳を傾けた。


「今日泊まろっかなー」


「零さん」


「うち客用布団ないんですけど」


「焱ちゃん」

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