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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
伝承を恨んだ変幻人間編
63/113

夕映零は寒さが嫌い

悪魔(ザ・デビル)と、」


吊るされた男(ハングドマン)、」


「「絶賛反抗期」」


「えー、めんどー」


 イドラとルトは自分を警戒するばかりで、他のきょうだいとは話したがらないと嵐と凪に報告された。その姿勢に女教皇(ハイ・プリーステス)はめそめそと肩を落とし、隠者(ザ・ヘルミット)は穏やかに構えているのだとか。めーんどーくせー。


 反抗期かー、反抗期って大変だよねー、殴りに行こうかな。


 雨が続く今日この頃、自分は珍しく双子に呼び出されてファミレスにいた。封を一時的に解除した時の影法師(ドール)については二人の方が詳しいのは言わずもがな。女教皇(ハイ・プリーステス)隠者(ザ・ヘルミット)を通じて知るのだとか。影法師(ドール)が何話してるかとか興味ないけど。


 レリックの数が大分減ってきた。このまま行けばいい。早く終わらせよう。早く、早く、あぁ早く。


 でも、終わったら日車の双子と連絡を取り合う意味が無くなるんだよな。


 増えた連絡先を見下ろす。嵐と凪とのやり取りばっかりで、最近天明くんとは連絡とってない。三番目は、焚火ちゃんだ。彼女との連絡は正直で簡潔なものである。


 〉稲光さんよりお願いです。ヒグルマアラシさんかヒグルマナギさんの連絡先をご存知でしたら教えてください


 なんで嵐と凪なの。


 机の下でスマホを開いていれば、ふと双子が机をノックしていると気が付いた。


「あ、ごめん。なに」


「「零、ちゃんと寝てる?」」


 少し眉を下げた嵐と凪が目に映る。自分は切り揃えた前髪を掻き上げ、お手本の如く笑ってやった。


「寝てるよ。なに? 隈とか出来てない筈だけど」


「「なんか、元気なさそうだから」」


 瓜二つになれなかった双子の言葉に頬が痙攣する。その瞬間、嵐と凪が固く手を繋ぎ、表情に緊張を走らせたのが見て取れた。


 思い出したか。お前達を書庫の床に叩きつけた日を。


 細めていた目を開けた自分の声は、思ったよりも低く出た。


「そーゆーの、いらない」


 嵐の頬が引きつり、凪の目が見開かれる。ふわりと双子は黒に遮られ、自分は二体の願望器に舌打ちした。


女教皇(ハイ・プリーステス)隠者(ザ・ヘルミット)。なに、別に外で二人を殴ったりしないんだけど」


「零、どうか怒らないでください」


「凪も嵐も、零を心配しただけだ」


「だからいらないって言ってんじゃん。なんで自分のこと心配するんだよ」


 親指以外の指で机を順に叩く。双子も影法師(ドール)も口を噤んだまま、自分の質問には答えなかった。


 だから自分の苛立ちは体内で(たぎ)り、頭の奥はどんどん冷えていくのだ。


 あとレリックは何体いるだろう。

 あとどれくらいで影法師(ドール)は全員集まるだろう。


 いつになれば両親の絶望した顔を見られるだろう。

 いつになれば愚神達は世界から消えてくれるだろう。


 全て終わったその先で、自分は潔く笑って、そこら辺で死ねるかな。


「昴くんと愛恋ちゃんは光源じゃなくなったけど、まだ影法師(ドール)に執着してるみたいなんだよねー。愛恋ちゃんは昴くんを優先して、昴くんは倒れる前に愛恋ちゃんを庇ったくせにさ」


 それは影法師(ドール)より優先するものが二人にあった証。自分の願いより他人を想ってしまった弱さの結果。なのにまだイドラとルトに会いたいなんて、我儘が過ぎるだろ。


 自分はスマホを握り締めて、開いていた連絡先に返信する。そのまま荷物と伝票を持って立ち上がれば、嵐も凪も何も言わなかった。


「嵐か凪か、気が向いたら一人の光源に連絡先教えるから」


「「え、」」


「悪用しようって話じゃないから安心しなよ。じゃあね」


「「零、」」


 双子を無視し、親から殴り吐かせた金で三人分の会計をする。それは酷く汚い行為に思えて、許されない労働に目を細めてしまった。


 したい仕事なんてないけど、親を叩いて金が出てくるのも飽きた。面白くないし、自分は結局なんなんだってヘドロのように気持ちが重たくなる。


 自分はいつまで人形を脱却できないのか。自分はどうして家に帰ってしまうのか。出て行ったアイツのように、全部まとめて捨ててしまえばいいのにさ。


「……生き方が分かんねぇのか」


 傘を差して暗い世界に踏み出す。


 生きるって何だろう。呼吸してご飯食べて寝てたら取り敢えず生きてるってことになるのかな。


 でも、生きてるってもっとなんか、キラキラしてる気がする。専門学校にいる奴らみたいに、制服を着てる学生みたいに、夢を持ってる奴らみたいに。


 今の自分は生きてるうちに入るかな。影法師(ドール)を集めて、レリック倒して、望んでるのは神の消滅。親の破滅。自分の死滅。


 体の冷えが加速していく。寒くて嫌になる。だから冷やかしにINABIに足を運んだけど残念ながら愛恋ちゃんはいなかった。


 レジのバイトに目を付けて「先輩なんだよねー」と適当な嘘をつく。そしたらあっさり「最近図書館によく行ってるみたいですよ」と教えてくれた。ありがとう。自分が悪人だったらお前はほう助したことになるな。あんまりベラベラ他人のことを話すなよ。


 適当に笑って店を出る。寒いな、嫌だな、寒い寒い。


 雨に向かって息を吐き、足元に溜まった水を踏む。駄目だな、なんか全部つまらない。


 丸まっていた背中を意識して伸ばすと、横断歩道の向こうに見覚えのある顔がいると気づいてしまった。


 傘を差した、あれはマツリくん。


 静かな顔でこちらを見てる。自分を見てる。後ろのINABIの看板を見てる。


 初めて見た彼の制服は、天明くんと同じ。


 自分の口角は一気に釣り上がり、信号が青になった瞬間に足が跳ねた。


 水溜まりを踏んでマツリくんの元へ行く。彼は目の前に来た自分を見るだけで、その襟にはⅢのバッチがついていた。


「やぁ、正義の使者。こんな所でどうしたの?」


 満面の笑みで彼と傘をぶつける。マツリくんは傘の持ち手をしっかりと握り、人波の中で不動を貫いた。その目元には疲れが浮かび、覇気がない。


「……貴方は、知っていたんですか」


「んー? なにを?」


「……焔天明が、光源だと……知っていたんですか」


 そこで、自分の中で愉快なピースが嵌る。


 我慢しきれない笑いは腹から込み上げ、後頭部から徐々に熱くなる。


 あぁ、あぁ、あぁ! こんな出会いがあっていいのか。こんなに世間が狭くていいのか。こんなにおかしな展開でいいのか!


 いや、いいんだ、これでいい。


 面白おかしく藻掻いてくれ。その身に宿した炎で焦がれてくれ。


 それはとても楽しくて、自分が寒くない火種になってくれるんだから。


 さぁ、何から告げようか。


「知っていたよ。だけど会ったのは君が先。その後に彼と会ったよ。天明くん。烈火の筆使い。(ザ・タワー)の光源、破壊の光源!」


 マツリくんの唇がゆっくり噛み締められる。歩行者信号は青信号を点滅させる。


「どうしてそんなに疲れてるの? 分からないなぁマツリくん。君と同じ想いをする光源を作りたくないから君は奔走していたんだろう?」


「そうですが、」


「それとも君は、またミコトちゃんみたいな子を作りたいの?」


 雨雫が跳ねる。目を見開いた少年の顔には酷く傷ついた色が浮かび、傘の柄を持つ手の関節が白く浮いた。


「天明くんは苛烈な子だよ。自分の願いの為ならいくらでもバクを食べるだろう。文字を燃やす為ならどこへでも筆を運んでしまうだろう。それを止めるのは誰の役目? 彼の火を消すには誰が適任?」


 君と彼はどんな関係なんだろう。同級生、クラスメイト、もしかして友達なのかな。君の様子からして結構親しい間柄だったと思うんだけど。


 まぁ、どれでも面白いんだけどさ。


「君は救ってきたんだろう? ならば天明くんも救いなよ。彼が影に堕ちてしまう前に。今までしてきたことを貫くのが筋ってもんさ。それとも、天明くんはいなくなっても構わな、」


「そんな訳ないッ」


 自分の言葉を、絞り出されたマツリくんの声が遮る。笑ったまま口を閉じれば、彼は苦し気に目元を歪めていた。


「俺は、天明がいなくなればいいなんて思ったこと、一度もありません。それでもアイツは、人の願いを妨げる権利がお前にあるのかって……俺は、俺の行動は、単なる欺瞞に過ぎないと、」


「負けるなよ、マツリくん」


 傘をぶつけて鼓舞しよう。一人で立つ、いたいけな光源を。


 赤になった信号が雨粒を微かに照らす。人の歩みが静かに止まる。


「君は救いたいんだろ、殺したいわけじゃないんだろ。なら何を迷うのさ。願いなんて影法師(ドール)に頼らなくたっていいことかもしれない。彼の傍で、彼の願いが叶うように、君が助けてあげたらいいじゃないか。わざわざ危ない池に飛び込む意味はない」


 マツリくんの唇が微かに開き、静かに静かに結ばれた。


 風に揺られる火のように、彼の表情は歪んでいる。


 素敵だね。誰にも理解されなくていい業火を(くすぶ)らせた表情は。


 君の業火と天明くんの猛火。強いのはどちらだろう。どちらがどちらの火を食うのだろう。


 それはきっと、とても楽しい娯楽になる。自分を人にしてくれる。


 だから動いて、押しつけの善人。優しい狂人。愛恋ちゃんを貫いた時のように、昴くんの顔を燃やした時のように。


 伏せていた瞼を上げたマツリくんは、自分を真っ直ぐ見下ろした。


 あぁ、決めやがったな、コイツ。


「さぁ、改めて。君の名前を教えてよ。自分の名前は夕映零。魔術師(ザ・マジシャン)の光源だよ」


 影からぬるりと魔術師(ザ・マジシャン)が這い出てくる。


 マツリくんの影からは陽炎のように審判(ジャッジメント)が現れ、何も言いはしないのだ。


 少年の黒目はもう、迷わない。


「俺は、朱仄(あけぼの)(まつり)審判(ジャッジメント)の光源です」


 自分の口角がじわりと上がる。


 微かに冷気を孕んだ手で握手をすれば、祀くんの熱気で焼かれた気がした。


 ははっ


 お前からも、いつかその影、貰うからな。


 ***


『どうして篝火さんの時、邪魔をしたんですか』


『あのままだと影が離れる前にあの子が死ぬと思ったからさ』


 なんて適当な言葉を吐き、自分の暇潰しだよ、なんて本音は呑み込んでおく。図書館に向かう足は軽くなり、水溜まりでズボンの裾が汚れることも厭わなかった。


 図書館へ着くと制服姿の愛恋ちゃんを発見した。真剣な表情で歴史の棚にいる。確か高校三年生でしょ。受験勉強か就職活動した方がよくない? いなくなった影法師(ドール)の為に何か探してんの?


 なんでかなー。君はもう光源じゃないのにさ、どうしてそんなギラギラした目をしてるんだい。見てる自分の喉が痛くなるじゃないか。


「愛恋ちゃんって受験生だよね? 受験対策本の方を読まなくて大丈夫?」


 声をかければ一気に愛恋ちゃんの顔色が悪くなる。何をそんなに怖がるのかな。自分は君の敵ではないのに。


「そんなに怖がらないでよ。自分は優しいよ? やぁーさしー人間だよ? 君の進路を心配してあげるくらいにはさ」


 そういえば焚火ちゃんが言ってたね。君が嵐か凪に会いたがってるって。それでどうしたいの。会ったところで、君が取り戻したいと思ってる影は自分の手の中にいるんだよ。


「焚火ちゃんを通して嵐と凪に会いたかった? なぁーんだ寂しいじゃないか。自分も混ぜてくれよ、面白そうなんだから」


 面白くて吐き気がする。


 目を見張った女の子が不憫になる。怖がって、焦って、威嚇してさぁ。


 君は自分の何を見てるんだい、愛恋ちゃん。


 視線が合った少女の手には歴史の本が握られていた。そんな本を捲ったって無意味なのに。


影法師(ドール)について、たかだかそこら辺の本に書かれてるって本当に思ってる?」


 可哀想で笑えてくる。手放したのは君の意識の問題なのに。祀くんに負けたのは君なのに。


 彼と天明くんが戦ったら、どっちの影法師(ドール)が手に入るんだろう。


審判(ジャッジメント)(ザ・タワー)、どっちが勝つかな?」


 聞いたところで分からないよね。自分だって分からない。分からないから面白い。楽しいと心が弾むな。嬉しいな。


「友情が壊れる時って、どんな音がするんだろうね」


 目を揺らした愛恋ちゃんはどんな友達がいるんだろう。まず友達いる? いるなら羨ましい。いや、羨ましいなんて思う時期はとうに過ぎたな。


 君は何が欲しくて影法師(ドール)に執着するんだ。実家は人気の雑貨屋さん。学校には自分の足で通って、光源の昴くんと出逢って、連絡を取り合える焚火ちゃんもいるくせに。


 既に恵まれてる君は、一体何を望むんだ。


 愛恋ちゃんが持つ本の表紙を指で叩く。


 その瞬間、少女の体が遠ざかった。


「何してるんですか」


 代わりに近づいたのは茶髪の少年、昴くん。自分から逃げた優しい子。光源でなくなっても愛恋ちゃんと一緒にいる、不思議な子。どうして君まで自分を警戒するのかな。


「ただのお話さ。まったく、天明くんといい昴くんといい、自分を警戒し過ぎじゃないかい?」


「警戒されてる自覚はあるんですね」


「もちろん。自分は人の機微に敏感だからね。分かるよ、ちゃんと」


 告げれば昴くんの顔が歪む。「なら、恋さんや俺が貴方を苦手だってことも分かってます?」なんて、気づかないわけがないだろ。


 こちらを警戒して、少し怯えて、防御に入ろうとするその姿勢。


 気づいてる。分かってる。だから自分はつつくのさ。自分の仕草や言葉で気持ちを揺り動かす君達を見るのが楽しいから。


「分かってるよ。分かってるから話しかけてる。面白いねぇ」


 腕を組めば少し落ち着く。そうだそうだ、自分は気になることがあるんだった。


「それで、嵐と凪に何が聞きたかったの? あの二人が知ってることなら自分も話せると思うんだけどなぁ」


「し、知り合いだったんですね、やっぱり、二人と」


「知り合い。あぁ、知り合い、知り合い……?」


 愛恋ちゃんの言葉に疑問が浮かぶ。


 自分が双子を知っていたのは頭がおかしい血筋のせいだ。自分達のように神を語りついだ家系があるからと会わせられたのが最初。基本的に交流なんてなかった。正月とかの伏し目に会うのが基本だ。親は他の奴らが神に選ばれてないことを確認したいから顔を合わせてただけだし。


 自分が夕映でなければ嵐と凪には会わなかった。アイツらなんて知らないままでいられた。


 家系の繋がりで、自分が欲しいと思ったものなんて一つもない。


「ンなの望んでないけどねぇ」


 嫌味を込めて笑った瞬間、脱兎の如く愛恋ちゃんと昴くんが去ってしまった。図書館ではお静かにって、聞こえないだろうな。


 口角が上がったまま息を吐く。外で雨は降り続く。


 自分はいつから、人に怖がられる奴になったんだろう。


 誰にも影響を与えなかった人形が歩き回るようになって、学んだのは止まらない暴力の快感と、他人の心をかき回す愉快か。


「意地悪な人間だ」


 笑った自分は、体を吹き抜けた寒さを無視しておいた。

今週は執筆の時間がとれない為、水曜日・土曜日の投稿をお休みさせてください。次話は来週の月曜日に投稿します。申し訳ございません。

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