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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
伝承を恨んだ変幻人間編
62/113

夕映零は捕まえる


「焚火ちゃん、なんで昴くん逃がしちゃったの?」


「なんのことですかね」


「はぐらかさなーい」


 さて、健全な専門学生が健全な女子高生に癒してもらおうと思ったら何をするでしょう。専門学生の性別はどちらでもないしどちらでもある。時間は放課後。制服姿の女子高生。呼べば着いてくるし腕は既に掴んでいた。主導権は確実にこちらにある。


 ここで回答者の脳みそがどれだけ生殖本能に忠実かどうかが分かるわけだが、残念ながら自分はそこら辺に関しては無なのだ。なんなら人間として子孫繁栄させる前に死ぬ気しかない。自分の遺伝子を残すとか嘔吐案件だ。無理過ぎ。


 面白いことにしか自分は興味がないのだ。影法師(ドール)を殺す道中は楽しくないとイライラして気が滅入るからね。だから同じ光源とは友好的に、仲良く楽しく協力するのが良いだろ?


「焚火ちゃんってさぁ、嫌とかいう感情ないの?」


「ありますよ。盛大に」


「でも拒否しないよね」


「拒否……」


 口角を上げる焚火ちゃんは斜め上を見る。肩を流れた黒髪のスタイルは何て言うんだっけ。ウルフカットだっけ? 髪型の名前なんて自分は詳しくないんだけど。


「天明くんはこれ見たら怒るかなー」


「なぜここで焔さんの名前が出るんでしょう」


「ほら、天明くんって過保護だから」


「それ認めたくないです」


「意固地だなぁ」


 自分がケタケタ笑えば道化の顔で焚火ちゃんが息を吐く。体を横たえた自分は機嫌よく焚火ちゃんの頬をつつき、彼女はこちらを見下ろした。


「膝枕って癒しなんですか?」


「癒しの鉄板って言ったら膝枕でしょ」


 現在の居場所、焚火ちゃんの家。


 現在の状況、フローリングに座った焚火ちゃんに膝枕をしてもらっている。


 なにせ自分は健全な専門学生で、焚火ちゃんも健全な女子高生だ。いかがわしさなど微塵もない。まぁ膝枕でいかがわしい想像をする奴もいるかもしれないが、自分達には当てはまらないねー。


 焚火ちゃんは天明くんとの待ち合わせまでなら時間があると答えたので、自分は三人にフラれた心を修復してもらっていた。


「癒しって、なんか柔らかいものとかの方が良くないですか」


「柔らかいってこれ?」


「これじゃなくて真心くんです」


「ネーミングセンス~」


 焚火ちゃんお手製だというアザラシの抱き枕。彼女曰く「真心くん」を腹の上に乗せていれば、焚火ちゃんは抱き枕の頭を撫でていた。綿が圧倒的に足りてない、薄っぺらい代物だ。


 自分は焚火ちゃんの太腿に頭を預けたまま、両手で真心くんを持ち上げた。


「女子高生の膝枕っていくらの価値があるんだろうね?」


「知りません」


「検索したら出て来くるかな、相場」


「やってみたらどうですか」


「履歴残したくないじゃん?」


 焚火ちゃんから長い溜息が吐き出される。自分は真心くんを抱いたままスマホを弄り、取り敢えず自撮りしておいた。


「なぜ写真を」


「天明くんに嫌がらせ。この写真送るね~」


「なぜ」


 そこで焚火ちゃんが反応する。自分のスマホにそっと触れ、動かすなと意思表示したのだ。


 なんだこの子。動けるのか。


 自分はスマホの画面を切り、焚火ちゃんのお腹の方へ顔を向ける。薄い腹だ。それでいて警戒心がない。こりゃいつか襲われるな。いや、この子は怖がりだから危機が迫れば抵抗するのか。拳で殴るのかな。でもジキルでしたらそれって暴行罪? 正当防衛? まぁどれでもいいか。


「焚火ちゃんって人を殴ったことある?」


「ありません」


「えー、ムカつく奴とかいたでしょ」


「ありません」


 焚火ちゃんは淀みなく同じ言葉を繰り返す。自分は横目に少女を見上げ、彼女の薄暗い瞳は真心くんを凝視していた。


「私は、化け物しか殴ったことありません」


 焚火ちゃんの黒目が一気に淀む。


 この子は元々曇った黒い目をしてるが、一気に泥みたいになった。


 少女は真心くんの頭を握り潰す。


 ……へぇ。


「その化け物、ちゃんと殺した?」


 焚火ちゃんの口は結ばれる。少女は真心くんの頭を握り潰したまま、黒い目を泥沼で染めた。


「殺してません」


 鋭利な棘を吐き出す声色。だがその棘で傷ついているのは焚火ちゃんの喉ではなかろうか。


 自分が何も言わなければ焚火ちゃんもそれ以上喋らない。少女は皺が寄った真心くんの頭を離し、元に戻そうと撫でていた。


 そこで焚火ちゃんのスマホが鳴る。彼女は淡々と目を通し、自分の肩を軽く叩いた。


「焔さんからです。そろそろ支度します」


「そっかー、自分が一緒に行ったら天明くん怒るよね?」


「どうでしょうね」


「ま、自分もやりたいことあるからいーけどさ!」


 体に勢いをつけて起き上がり、焚火ちゃんの部屋を後にする。嵐か凪に連絡すれば新しい発見とかないかな。


「夕映さん」


 靴を履いた所で呼び止められる。振り返ると、口に弧を描いた少女の目に射抜かれた。


 自分を観察する泥のような目。それが質問を投げかける。


「なぜ膝枕を?」


「癒しだって言ったじゃん?」


「それだけですか?」


 二人で疑問符を投げ続ける。自分は玄関の取っ手に触り、焚火ちゃんに背を向けた。


 別に癒しが欲しかったことに嘘はない。天明くんも愛恋ちゃんも、昴くんも自分から距離置いちゃうしさ。人との縁切りは心を捨てるのと一緒。それって結構、重いじゃん。


 でも、怖がりな焚火ちゃんだけは断らないだろうなって思ったから。この子だけは自分と縁を切らず、不出来な心を繋いでくれるだろうなって思ったから。


 だから自分は、ただ体を横たえて、人の温もりを感じる贅沢行為を求めたんだ。


 自分は癒されたことがない。何かに癒しを求めようとしたこともなければ、求めて受け入れられるなんて想像したこともなかったんだよ。


 玄関を開けた自分は、軽く振り返って笑うのだ。


「してもらいたかっただけだよ」


 「ありがとね」と扉を閉めれば、足元の影が歪んだ気がした。


 ***


 雨降る週末。レリックと影法師(ドール)を探していた自分は、面白いものを発見した。


 悪魔(ザ・デビル)のルトと吊るされた男(ハングドマン)のイドラ。


 二体が捨てられる瞬間を見たのだ。


 マツリくんにやられた昴くんと、彼の様子に気が動転した愛恋ちゃん。


 二人はもっと強い子だ。二対一の状況でマツリくんに後れを取るはずがない。それでも結果としてマツリくんが勝利したから、自分は猫の尻尾を揺らすのだ。


「君達は離さないと思ったのに」


 絶対に、何があっても。


 愛恋ちゃんも昴くんも、天明くんも焚火ちゃんも。みんな自分の願いを最優先。だから業火のように戦うのだと思っていたのに。


 影法師(ドール)は一体、どんな甘言で君達に諦めさせたんだ。


「行くよ、魔術師(ザ・マジシャン)


 ハイドからいなくなった二人を見届けて、近づくバクは猫の尻尾で殴打する。吹き飛んだ虫型のバクは魔術師(ザ・マジシャン)の影に沈み、自分は鷹の面に切り替えた。


 服を破った翼で力強く舞い上がる。足は靴と一緒に鉤爪に変わり、翼は二体の影法師(ドール)を追った。


 並んでいたイドラとルトは、ふわりと進行方向を分けようとする。


「じゃーなーきょうだい」


「またね、きょうだい」


 その言葉に奥歯を噛み、自分は力強く足を構えた。


 危機でも察知したようにルトとイドラが振り返る。その姿に笑いが込み上げ、黒い鉤爪はイドラの両肩に食い込んだ。


 高所から地面に向かってイドラを叩きつける。(うつぶ)せで押さえつけた影法師(ドール)は唇を噛み、縛られた両手には力が入っていた。


吊るされた男(ハングドマン)!」


「はーい、暴れないでねー」


 落ちたイドラを追ってルトが舞い降りる。自分はイドラの銀髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。


「お前、魔術師(ザ・マジシャン)の!」


「夕映零、だったね」


「せーかいせーかい大正解! 自分のことを覚えてくれてありがとう! なんて感謝はしねぇけど」


 イドラの額を力強く地面へ打ち付ける。ルトは咄嗟に舌を出したが、影法師(ドール)は何もしないんだ。


「攻撃しないよなぁ、君達って。もう戦いたくないから? 自分が光源だから? どっちにしても阿保らしい」


「……何がしたいんだい、君は」


「君じゃなくて零」


「……零」


 素直に言い直したイドラの髪を離す。それでも自分は背中から退くことなく、縛られた手に爪を立てた。


 ルトの隣には魔術師(ザ・マジシャン)が立ち、状況を理解しきっていないきょうだいに顔を向けている。


魔術師(ザ・マジシャン)、あいつなんだ。ただの光源じゃねぇだろ」


「あいつじゃなくて零だっつってんだろ、寄生虫」


 覚えの悪いルトに目元を歪める。舌打ちしたルトは凶悪に尖った歯を見せて、低く唸る声を吐いた。


審判(ジャッジメント)の光源に何か吹き込んだか、零」


 なんだ、意外と勘が良いな。見た目に反して。


 何も答えない自分を肯定と思ったんだろう。悪魔(ザ・デビル)は尖った歯を見せて髪を揺らし、自分は自分の行動を優先した。


「実験しようか。ルト、イドラ」


 広い袖口から魔術師(ザ・マジシャン)の黒い血を入れた瓶を出す。気づいたイドラは足の鎖を鳴らし、ルトは反射的に距離を取りかけた。


 そんなルトの腕を魔術師(ザ・マジシャン)が掴む。青白い手は褐色の手首を握り締め、ルトの歯が鋭く開いた。


「何考えてる魔術師(ザ・マジシャン)! お前、あれが何か分かんねえのか!」


「分かる。理解している。その上で提供した。分かっていないのはお前だ、悪魔(ザ・デビル)


「きょうだいッ!」


「我らの黒血、それは我らが意図しなければ影に帰る。私は私の意思で血を残す」


「な、にを、」


 足の下でイドラが動こうとする。自分は影法師(ドール)に爪を食い込ませ、塞げない傷から黒い血が地面に流れていった。


 だらだらと、だらだらと。地面に溜まる黒は影に()す。


 自分は瓶を握り潰し、地面を走る黒を目に焼き付けた。こちらに気づいたバクは鷹の翼ではたき飛ばし、魔術師(ザ・マジシャン)の影に入っていく。


 (ほとばし)った電流にイドラが歯を食いしばった。


「ッ、昴」


「それはもう、お前の光じゃないだろう?」


 汚れた右手と綺麗な左手。響かせた柏手と共にイドラの姿が小さく変わる。足元に落ちたカードを拾い上げれば、逆さまに吊るされたイドラがいた。


 だってコイツは吊るされた男(ハングドマン)。耐え忍ぶ精神を持った不屈の影法師(ドール)


吊るされた男(ハングドマン)!!」


「君も行こうね、ルト」


 笑って予備の小瓶を握り潰す。魔術師(ザ・マジシャン)に掴まれたルトの足元で黒い液体が円を描き、願望器の手足を、首を、雷が繋いだ。


「なにがしたい、何が目的だ、零、魔術師(ザ・マジシャン)!」


「お前に語ることはないよ、願望器」


 髪を靡かせたルトが悔しそうに顔を歪める。魔術師(ザ・マジシャン)はきょうだいから手を離し、柏手の音が白い空に消えた。


 自分の足元にはルトのカードが落ちる。山羊頭にコウモリの羽を持つ異形を従えた悪魔(ザ・デビル)。カードのルトを拾い上げれば、また影からバクが湧いた。


 二枚のカードを仕舞い、足は鋭くバクを裂く。人が零した負の側面。食べれば毒。しかし自分達は負を食べなくては戦えない。光だけでは輝けない。


 軽く鳴った腹に応えて面を変える。最初に創った猫に戻れば、裂けた服の背中がなんとなく寒かった。


「……もっかい、膝枕してくれるかなぁ」


 呟いて、肩甲骨に手を添える。手の甲を冷たい空気が撫でたと思えば、背後には魔術師(ザ・マジシャン)が控えていた。従順に、奴隷のように。自分がどれだけ拳を振り上げても、コイツは傍を離れない。離れられない。


魔術師(ザ・マジシャン)も嫌な奴を光源に選んだよね。イドラとルトに嫌われるようなことしちゃってさ」


「零の願いを叶える為だ」


「自殺志願者かよ」


「それでいい」


 魔術師(ザ・マジシャン)は自分の後ろに立っている。淡々とした声色は今日も変わらない。顔を隠している影法師(ドール)に自分は何も期待してない。


「私が死ねば、零は救われるか」


 そこで自分は振り返る。


 直立する魔術師(ザ・マジシャン)の顔はやっぱり見えない。


 コイツは(ザ・タワー)のように光源の周りで騒ぐことも意見することもない。

 ルトのように光源を抱えることもなければ褒めもしない。

 イドラのように光源へ擦り寄ることも背に隠すこともしない。


 ユエのように光源を撫でることも、「好き」だと口にすることもない。


 魔術師(ザ・マジシャン)がするのは、水を温めることと、黒い血を提供することくらいだ。


 黒い足元が冷えないようにお湯をつくり、自分が殴れば傷を治さず血を吐いた。自分が自分にナイフを突き立てれば、コイツの腕から血が流れた。


 コイツは魔術師(ザ・マジシャン)。発端の影法師(ドール)。光を間違えた愚かな神。


「お前だけじゃ足りない。影法師(ドール)は全員死ね」


 お前達さえいなければ、お前達さえ逃げ出さなければ、今の自分にはならなかったんだ。今の親にもならなくて、自分はもっと、自由に生きていられたのに。拳に怒りを乗せることなんてなかったのに。


「全部、お前達が悪い」


 蝶に見せかけたカマキリのバクが自分の横顔を切り裂いていく。血を吹いたのは魔術師(ザ・マジシャン)で、自分の耳も頬も直ぐに治った。痛みを感じるのは影だけだ。


 それでも魔術師(ザ・マジシャン)は呻きも喚きもしないから、自分の腕は捕まえたバクを握り潰す。


 黒い異物を噛み千切る。誰のかも分からない不満を飲む。


 さぁ、帰ろう。あの冷たい家しか、自分が帰る場所はない。


「帰るよ。ルトとイドラをきょうだいと再会させないとね~」


 踵を返した自分に魔術師(ザ・マジシャン)は返事をしない。苛立ちながら「ちょっと、魔術師(ザ・マジシャン)」と顔を向ければ、影法師(ドール)は相変わらず(たたず)んでいた。


悪魔(ザ・デビル)吊るされた男(ハングドマン)を、零は名前で呼ぶのだな」


「なに急に」


「……いいや」


 青白い指に力が入る。フードの奥に顔を隠した魔術師(ザ・マジシャン)は、淡々と指を鳴らしていた。



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