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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
伝承を恨んだ変幻人間編
61/113

夕映零はかき乱す

 

「零さん、今日は焱ちゃんと二人で行動してくれないか」


「いーよー、何事か知らないけど!」


 高架橋が崩れた次の日。天明くんに頼まれ、自分は焚火ちゃんと二人でハイドに行った。この子と二人っきりになるのは久しぶりだ。


「今日どうしたの?」


「稲光さんと夜鷹さんという光源から逃げる実験です」


「あぁ、噂の子達だ! 自分も気になってたんだー、情報共有してよ!」


「稲光愛恋さん。悪魔(ザ・デビル)の光源。アルカナで黒い手を創った女の人。高校三年。夜鷹(よだか)(すばる)さん。吊るされた男(ハングドマン)の光源。鎖のアルカナを使う男の人。高校二年。以上です」


「へー、手とか鎖とか面白いねー。あ、影法師(ドール)の名前は知らない?」


悪魔(ザ・デビル)はルトだった気がします。吊るされた男(ハングドマン)は知りません」


「へぇ! そっか、ありがとう」


 淡々と語るのが焚火ちゃんらしい。この子は本当に必要最低限のことしか言わないな。会話をしてるのに他人事みたいで、反応は暖簾に腕押しって感じ。悪魔(ザ・デビル)の名前についてはありがとね。さぁもっと喋らせよう。


「焚火ちゃんって光源になるほど願いを叶えて欲しいの?」


「叶えて欲しいですね、是が非でも」


「そりゃ大望だね」


 こんな訳分からないことに挑戦しないと叶えられない願いなんてなんだろう。少し興味が湧いたが、問えば自分も話す雰囲気になりそうなのでやめた。別の話題なにが良いかな。


 焚火ちゃんは変わらず道化のように笑っていると思ったけど、その目は前置きなく伏せられた。


「せっかく魔法のランプが手に入ったんです。捨てるなんて惜しすぎる」


 瞼を上げた少女の視線はユエに向かう。美しい影法師(ドール)は月光の如く微笑むと、焚火ちゃんの頬に触れた。


「私はランプなの?」


「そうですね」


「あら嬉しい! 影の私を光を灯す道具だと言ってくれるだなんて!」


 上機嫌なユエに焚火ちゃんは静かに笑い続ける。崩れない笑みは取っつきにくさを醸し出すが、ユエは気にしていない様子だ。


「光は偉大よ。光が無いと私達は生まれないの。だから私は光が好き。好きなものに例えてもらえるなんて嬉しいわ!」


「そうですか」


「えぇ。もちろん、私の光源でいてくれる焚火ちゃんも好きよ~」


 ユエはペットを扱うように焚火ちゃんの頭や顔を撫でまわす。


 気味悪いなぁ。化け物が口にする「好き」だなんて。


 自分は剥げそうな笑顔をなんとか保ち、焚火ちゃんに視線を向ける。


 そこには、目を見開いた光源がいた。


 じぃっと食い入るようにユエを見つめ、口元だけが笑っている。


 あまりに獰猛。あまりに不自然。その目で何を見てやがる。不気味でおかしな姿に喉元まで笑いが上がった時、ユエと魔術師(ザ・マジシャン)が同時に振り返った。


「「レリックが来た」」


 影法師(ドール)の声につられて前に向き直る。視界の中でぐんぐん距離を詰めるのは赤黒い甲冑だ。


「火の騎士(ナイト)ね! とても速い子よ~、焚火ちゃん」


 ユエの言葉で焚火ちゃんは踵を打ちつけ、ソルレットは風を吹く。自分は猫の面を撫で、ナイトは槍を鋭く地面に投げた。


 あからさまな敵意と共に業火が吹き荒れる。焚火ちゃんと同じ方向に避けると、頭上から一本の鎖がナイトへ伸びた。


 雁字搦(がんじがら)めにされたナイトの兜に青髪の光源――昴くんの膝蹴りが炸裂する。


 この場にこの子がいる。愛恋ちゃんを守るように鎖を操っていた男の子だ。


 ならば今、少女はどこで鋏と針を持っている?


 ここに彼はいない。焚火ちゃんの傍で火柱を上げる男の子はいない。


 ならば今、彼はどこで筆を構えてる?


 想像した瞬間、鳥肌が立つ。


 あの裁縫少女と烈火の少年が共にいるかもしれない事実に笑みが零れ、脊髄反射で面をヤモリに変えた。レリックの相手なら焚火ちゃんと昴くんで十分だろ!


 君達は負けないだろうし、死んだとしても影法師(ドール)は自分が回収してやるよ。


 レリックを殴った焚火ちゃんはこちらを見上げ、白い瞳は不動であった。


「夕映さん……って、」


「ははっ! 面白い気配を察知しちゃった! またね焚火ちゃん、生きてたら!」


 焚火ちゃんを置いて天明くんがいる方へ舌を伸ばす。窓枠や壁の凹凸を掴んで一気に飛び、見つけた黒い手と白い筆はぶつかる寸前だった。


 あぁ、狂ってんなぁ。


「いらない、いらないんだ、焚火ちゃん。ならもう分けてあげない。私が全部貰う」


「気狂いが」


「えー、なになに、面白いこと始めるの?」


 声をかければ天明くんの顔色が変わる。レリックが出たことや昴くんと会ったことを素直に伝えると、少年は直ぐに走り出してしまった。


 その姿に期待の風船が一気に萎み、少し反省する。勢い余って口を挟むものじゃなかったなぁ……。


「貴方、貴方は誰ですか」


「うーん? あぁ、悪魔(ザ・デビル)の子か。はじめまして、自分は夕映零。魔術師(ザ・マジシャン)の光源だよ」


 落胆しながらバクを呑み込み、黒い手を構えた愛恋ちゃんを見る。そうだそうだ。この子がいるじゃん。折角だからお話しようよ。


 自分の機嫌が直りかけた時、喋り始めやがったのは悪魔(ザ・デビル)だ。


魔術師(ザ・マジシャン)、なんだぁお前。今回は変な光源を選んだな~」


悪魔(ザ・デビル)、これは長い旅路を終わらせる為に必要だと思った選択だ」


「ははっ、笑わせるなよ影が! 間違った奴を選んだって自覚してるくせにさぁ!!」


 魔術師(ザ・マジシャン)の言葉に反吐が出る。渇いた笑いで苦言を呈した自分は、猫に変わって着地した。


「ねーねー、君の名前はルトって言うの?」


 問いかけただけで愛恋ちゃんが鋏と針を構える。彼女の警戒心がビリビリと肌を撫で、レリックとはまた違う敵意に口角が上がった。


「名前持ちが二体。悪魔(ザ・デビル)のルト。(ザ・ムーン)のユエ。あの吊るされた男(ハングドマン)も名前持ちかな? 確認しなきゃなー」


 かな? なんてワザとらしい。知ってるよ、吊るされた男(ハングドマン)に名があることくらい。でもこれくらい飄々とするのがいい。その方が怖くないだろう? 自分は君を怖がらせたいわけじゃないからさ。


 ヘラヘラ笑えば、愛恋ちゃんの瞳と視線が交わった。


 さぁ、まずはちゃんとした自己紹介から始めよう。焚火ちゃんから貰った情報ではなく、君の口から名前を教えてくれ。それは会話の第一歩になる。


「ねぇ、悪魔(ザ・デビル)に選ばれた子。君はなんて名前かな?」


「……いな、稲光、愛恋です」


「そっかぁ、よろしくね愛恋ちゃん。自分はもう一年近く光源をしてるんだけど、その様子からして君もかな? たーいへんだよねー、勝手に逃げて勝手に助けを求めてきた影に取り憑かれるなんてさぁ」


「ンだその言い草ぁ。元はと言えばお前ら人間が俺達を創ったからだろうが。俺達にだって選ぶ権利はあるっての」


「はっ! 戯言ほざくなよ」


 自分は愛恋ちゃんと話したいのに、間に入ったのはやっぱり悪魔(ザ・デビル)。影が意見するなよ鬱陶しい。


 悪魔(ザ・デビル)に近づけば、自分の内情が耳の奥で煮えていた。


「お前らは元々願望器だろ。人間に願われ、夢を現実に引きずり出してきた化け物だ。その願いで何人かを幸せにして、何百人も不幸にしてきたんだろ? それが今さら自由を望むなんて、笑わせる」


 お前らを頼ってきたのはどんな人間だった。お前らを手放したくないと(わめ)いた人間はどんな奴らだった。


 甘美を知った人間は知る前には戻れない。だから求めて、呼び戻そうとして、自分みたいなおかしな者が作られたんだ。


 悪魔(ザ・デビル)は自分を差し置いて魔術師(ザ・マジシャン)を呼んだが、それは一体何様だよ。


「光は自分だ。影同士で喋るな」


 自分は愛恋ちゃんに顔を近づけ、小柄な少女には笑みを送った。


「そう思うよね? 愛恋ちゃん」


 大きな白い目に同意を求める。影は黙って後ろを着いてくればいいよね。光が無いとコイツらは存在できないんだから。


 なんて思っても、伝わらない。


 正直な言葉も、優しい態度も、目を見て喋っても届かない。残念だ。


 愛恋ちゃんは黒い右手を勢いよく振り、危うく自分は叩き潰される所だった。


 この子とは話せそうにないか。焚火ちゃんと同じ名前持ちに選ばれたからいけると思ったんだけど。


「うーん駄目か。さっきの感じからして天明くんの機嫌も損ねちゃっただろうし。焚火ちゃんは大丈夫だろうけど。と……そう、そうだあの子」


 仕方ないから、話し相手を変えようか。


 レリックの兜に蹴りを入れた、鎖使い。


「夜鷹昴くん。彼ともお話してみたいんだった」


 あの子は焚火ちゃんと愛恋ちゃん、どっちに似た子なんだろう。


 笑う自分に黒い鋏が振り下ろされる。猫のしなやかさで(かわ)せば、愛恋ちゃんは黒い手に乗っていた。


「行こう、行こうルト」


「あぁ」


 自分を置いて愛恋ちゃんも離れてしまう。いやはや残念。悲しい悲しい。


「まぁいいか。火のナイトも壊れた頃かな」


「今しがた死んだ」


「そっか、何より何より」


 ユエに気に入られた焚火ちゃん。


 ルトに気に入られた愛恋ちゃん。


吊るされた男(ハングドマン)の名前は何かなぁ」


 自分が鷹の面を被って昴くんの元へ行こうとした時、後ろから声がかかった。


「「零」」


「嵐と凪じゃん。どうしたの」


 建物の影から現れたのは仲良しな双子。嵐は方位磁石を抱え、凪は左手にランタンを持っていた。あれが凪のアルカナか。初めて見たけど、影法師(ドール)と同じにするなんて悪趣味だな。


「こっちに影法師(ドール)が多い反応があったから」


「来てみたら零がいた」


「「レリック、倒した?」」


 双子の目が自分の背後に向かう。少し先にある、焚火ちゃんを置いてきた工場跡地。


 口角を上げた自分は「もちろん」と声を弾ませた。


「業風の少女と鎖の少年が倒したっぽいよ」


「「そっか」」


「あぁ……そうだ、ちょっと聞いてよ」


 自分は一気に双子と距離を詰める。自分が近づいても驚かなくなった双子は、連動するように首を傾けた。


「自分、吊るされた男(ハングドマン)の光源と話してみたいんだ」


 愛恋ちゃんに着いていけるなんて変わった子。一人の女の子の為に動けてしまう健気な子。


 ねぇ、昴くん。


「彼、優しそうな子だったなぁ」


 ***


 嵐と凪が愛恋ちゃんに会いに行ける日、自分は昴くんの高校にやって来た。制服でハイドに来てるんだから学校バレても仕方ないよね。


 あの後、天明くんとは一度だけ会った。着物を纏った無表情の少年にゲラゲラ笑ったら連絡つかなくなったっけ。


『零さんは面白いことにしか興味ないのか?』


『当たり前じゃん。面白ければ自分の気持ちが弾むからね。あの日は焚火ちゃんと昴くんがレリックの相手してくれたし、自分いなくても解決したじゃん?』


『理解しかねる』


『過保護だなぁ』


 天明くんの目に苛立ちを見て、自分は笑いが堪えられなかった。豪快な火柱を上げる男が一人の女の子を置き去りにしたくらいで怒ってるんだぜ? 笑うだろ。


 自分が面白い光景を思い出していると、校舎から少年が出てきた。茶髪で一瞬見失うかと思ったけど、あの子だな、昴くん。


 彼はハイドにいる時ほど生き生きとしておらず、自分を見たと思えば視線を逸らしやがった。何だよ少年、声かけて無視とは悲しいな。


 昴くんは自分を気にせず進んでしまう。こっちはちょーっとお話したいだけなのにさぁ、愛恋ちゃんに釘でも刺された? 気にし過ぎだよ、自分達は同じ光源なんだから、仲良くしようよ。


魔術師(ザ・マジシャン)~」


 自分の影から願望器が出てくる。昴くんは目の前に浮いた魔術師(ザ・マジシャン)を咄嗟に避け、自分は彼の腕を掴むのだ。驚いた茶色の目には、影が映っているんだろ?


「君は優しいね、昴くん。影法師(ドール)なんて押し退けて進めばいいのに。どうせ影なんだ。それなのに躱しちゃうんだから、優しいねぇ」


 コイツらに敬意はいらない。優しさも、思いやりも、どうせコイツらには伝わらないんだから。


 自分達に縋った影に優しくする君が、自分は可哀想にすら思えるよ。


 笑いかければ、昴くんの顔から血の気が引いた。


「あまり私の光源を怖がらせないでくれないか」


 ふっと影が動いて目の前に銀の短髪が現れる。背面で両腕を縛られた影法師(ドール)。不自由が完成形の吊るされた男(ハングドマン)だ。


「これはこれは、どうもこんにちは、はじめまして。自分は夕映零。魔術師(ザ・マジシャン)の光源だよ」


「イドラ、」


「行こう、昴。愛恋が今日も待ってるよ」


 吊るされた男(ハングドマン)が昴くんを背後に隠す。何その立ち位置。躾が足りないんじゃない? 影は光の後ろにいるべきだろ。


 なんて指摘は路上でしない。吊るされた男(ハングドマン)の名前が分かって自分は機嫌がいいからね。君はイドラって言うのか。


「いいよねぇ、名前はいいよ。個を確立するためには必要な要素だ。イドラという名の意味は何かな? 誰が君を吊るされた男(ハングドマン)からイドラに昇華したんだろう。君の方が魔術師(ザ・マジシャン)よりも強いのかい? 名前持ちの方がやっぱり特別だよね」


「……なんだ? 君は」


「何度でも言おう。しっかり覚えて帰ってくれ。自分の名前は夕映零。なぁに、普通の専門学生さ」


 そう、自分の名前は夕映零。


 自由になったお前達を殺す名だ、しっかりその身に刻んどけ。


 昴くんとイドラは自分に対して警戒心を向ける。それは愛恋ちゃんと同じ反応だから、自分は肩を竦めるんだ。自分の何がそんなに怖いって言うのさ。傷つくなぁ。


「あらあらあら、喧嘩かしら?」


 ふと鼓膜を揺らしたのは無垢な声。


 見れば(ザ・ムーン)のユエが宙に浮き、走り寄る女子高生にも気が付いた。影に翻弄されてるな。可哀想に。


「ユエさん、気分で走らせるのやめてください」


「ごめんなさいね。なんだか行かないと~って気分になったのよ。きょうだいが喧嘩してる気がしてね」


 影に振り回される光源、焚火ちゃんが一瞬だけ顔を歪める。かと思えば自分達には道化の笑顔を向けたので、こちらも笑いをキープできた。焚火ちゃんの声はちょっと棘があったけど。


「どういう状況かに興味ないんですけど、確認だけさせてもらいます。喧嘩してました?」


「喧嘩なんかしてないさ! ね〜昴くん」


「……つきまとわれてた」


「夕映さん、別の容疑で有罪です」


「ひっどいなぁ焚火ちゃん。ちょっと絡んでいただけさ! 最近天明くんがやり取りしてくれなくなって自分も寂しかったんだよ」


「夕映さんが焔さんを怒らせるようなことをしたのでは?」


「そんな覚えないんだけどなぁ。あ、この前焚火ちゃんを放って行っちゃったからかな? 天明くんって過保護だし」


「その言い方だと私は彼に保護される対象だと?」


「もちろん」


「全身に鳥肌が立ちました」


「笑う~」


 などと駄弁っていれば、昴くんがいなくなっていた。焚火ちゃんの会話にノッたらこれだ。この子もなかなか食えないなぁ。


 笑顔で息を吐いた焚火ちゃん。彼女は「それでは」と離れかけたので、自分は肩に回した腕に力を込めた。


「焚火ちゃ~ん。自分は天明くんにもスルーされて、愛恋ちゃんと昴くんにも仲良くしてもらえなくて今とっても悲しいんだぁ」


「そうですか」


「そうなんですよ。だからさぁ、」


 焚火ちゃんの顔を覗き込み、にやりと口角を上げてみる。そうすれば少女の尻尾が足の間に入った幻覚が見えた。


 豪風を操る子は、自分の腕の中で顔色を悪くする。


「焚火ちゃん、慰めてくれるよね?」


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