夕映零は人でいたい
「アルバって名前飽きたね、やめよっか」
タキビちゃんと明日カフェで会う約束をして別れた後。建物の屋根を跳びながらアルバに告げる。
夕暮れは刻々と夜を呼び、赤紫の空の狭間が目に焼き付く。隣に並ぶアルバはうんともすんとも言わないと思ったら、いつも通り平坦な物言いをした。
「飽きたのか」
「うん、飽きた。自分も別に深い意味を込めて付けた訳じゃないし、お前も特に気に入ってなかっただろ? 強くなったかどうかなんて分からないし、お前は真の名前持ちにはなれなかったね。だから止める、無駄だ」
初めて名前持ちの影法師に会ったせいか、魔術師をアルバと呼ぶのはなんだか滑稽に思えてしまった。
ユエと名付けられた月は子どものように生き生きとして無邪気だった。タキビちゃんの傍で笑い、己の光源にちょっかいをかける様は正に無垢。
あれが変えられた結果なら、変えられる前の月は死んだって事になるのかな。
無駄なことを考えて少し苛立つ。月について明確に分かったことと言えば、名前を呼ばれることが好きだってことだ。
でもアルバにそれは見られなかった。コイツは自分の適当な名づけに満足してないだろうし、自分だって熟考して付けた訳ではない。適当な音を与えて、どこかで目にした並びの意味に口を曲げたくらいだ。適当に名付けたと思っても、どこかで見聞きした知識を元にしてるもんなんだな。
「意味」
「あ?」
「意味はあったのか、アルバに、意味は」
魔術師が前を向いたまま問いかける。自分はぼんやりと記憶の引き出しを開け、夕焼けに目を向けた。
「暁、夜明け。そんな意味だったな」
郊外の林の中にある自宅に辿り着く。両親がもう帰っていることを車の有無で確認し、面が風となって消えた。アルカナって光源以外に見えないから便利だよなぁ。
影が伸びる。顔を上げると魔術師が自分を見下ろしていたので、嫌味を込めて笑ってやった。
「皮肉だよねぇ。夕映なんて名字を持った自分が、影に夜明けと付けたんだから」
魔術師は何も言わない。だから自分もそれ以上影に構うことはせず、家の扉を開けた。
「おかえり」
待っていたのはにこやかな母親と父親。うわ最悪。
そろそろ年齢的に神様をお迎えできる適齢期を過ぎそうだとか、体格がどうだとかなんだと引っ張られて体重測定される。結果は既定よりも減っていたので無理やり摂取タイムが始まろうとした。折角面白い子を見つけて上機嫌で帰って来たのに。最近単独行動の多い自分を危惧したんだろうな。このままでは積年の願いが叶わないってか。窒息させる気かよ。
机に並んだ料理に辟易する。視界の端では黒い袖が靡いたので、魔術師がバクを乗せるのかと傍観した。
かと思えば、想像を潰し、机上にあった食事が勢いよく払い落とされる。
金属音と共に食器が落下し、食事が床にぶちまけられた。
自分は落ちた料理を見つめ、突然のポルターガイストを見た両親は絶句する。
部屋には甲高い音が木霊した。
「……零……零、貴方!!」
母親の顔に喜色が浮かぶ。父親の顔に歓喜が滲む。
自分は何も乗っていない机を凝視し、影は微動だにしなかった。
「……何も見えないよ。神じゃなくてお化けでも出たんじゃない?」
立ち上がって割れた食器を踏みつける。両親は「そんなわけがない!」「これは兆しだ!!」と盛り上がり出したので、自分はその隙を見て部屋を後にした。うるせぇなぁ。
「余計なことすんなよ、面倒だな」
部屋に戻った瞬間、魔術師に拳を振るう。倒れもしなければ呻きもしない願望器は自分に顔を向け、言い訳も何もしないのだ。
「魔術師、お前は影だろ。勝手に動くな、無駄なことするな。それとも自分に嫌がらせしたいわけ?」
また殴る。魔術師は何も言わない。
苛立ちが煮えて蹴り倒す。魔術師は勢いよく倒れるだけで、抵抗もなく、自分がいいように暴力を受け続けるのだ。
ムカつく、ムカつく、マジでムカつく何だよお前は。
余計な事すんなよ。お前がいるようなことを示すなよ。そしたらあの頭おかしい奴らが何考えだすか分かんねぇだろ。これ以上、お前らのことで自分を煩わすんじゃねぇよ影の寄生虫が。
「零」
気づけば自分は息が切れるほど拳を握っており、ふと疲れを感じて椅子に座る。魔術師は自分の前にぬるりと移動し、暴行の痕が全くない顔をフードの端から覗かせた。マジでムカつく。
「……すまない」
暗い部屋の中に謝罪が落ちる。自分は肺から息を吐き、スマホを開いて天明くんに連絡した。いま願望器に構ってたら面白い出会いがつまらない苛立ちで上書きされるだけだ。切り替えよう。
〉すごく面白い光源の子と会ったんだ。天明くんにも紹介したいから明日カフェにおいでよ
〉是
自分の頬がニヤリと上がる。
破壊の筆使いと怖がりな暴風。
会わせたら面白さが倍にならないかなぁ。
***
「篝火焚火です。月の光源、属性は風。アルカナはガントレットです」
焚火ちゃんを見つけた翌日。天明くんと一緒にカフェで話をしていれば、焚火ちゃんは面白いばかりだった。
「ねぇ焚火ちゃん。昨日、殺したバクの皮を剥いだのは何故? あの行動が自分は一番面白かったんだけど」
「化け物が化け物であることを確認しただけですよ。化け物の皮を被ったやつの中身は、確かに化け物らしいものだった。安心ですね」
いやそんなこと決まってんじゃん。なーに言ってんのこの子。
想像の斜め上をいく発言に吹き出してしまう。天明くんも息を吸いながら笑っており、当の焚火ちゃんだけが道化の笑顔でこちらを見つめていた。
「バクが化け物だなんて一目瞭然じゃないか」
「分かりませんよ。中に何が入ってるかなんて。中身と外見は違うかもしれません」
「ははっ! ちなみに中身はなんだと思ってたの?」
「私が化け物だと納得できる何かです。黒い無機物で本当に良かった。もしも内臓らしきものが出てきていたら、化け物が生き物になって後味が悪いですよね」
何その哲学。頭の構造どうなってんだよ。
やはり焚火ちゃんは、生粋の怖がりだな。
この子は目に見える外見を全く信じてない。化け物が化け物であると外見だけで判断せず、手づから化け物であることを確認しないと安心できないなんて。
怖くて堪らないから化け物を解体する。不安で仕方ないから殺すことに執着する。自分に害が降り注がないように、自分の怖いを綺麗に掃除するために。
……あぁ、だからか、だからこの子は腕に白い武器を纏ったんだ。
「だからガントレットを選んだのか。確実に、自分の拳に死が伝わるように」
「その方が安心ですから」
「そこまでして、君は影法師を守るのかい?」
「己の願いの為ならば。レリックにもバクにも殺されたくないですし」
「そっか、そうか、はは、そっかそっか!」
そりゃおかしいだろ暴風少女。矛盾が過ぎるぞ獰猛な光源。
君が恐怖から確実に逃げる方法は光源をやめることだ。なのに自分で恐ろしさの中に突っ込んで、拳に死を感じさせるなんてどんな思考してんだよ。
笑いが我慢できずに声が漏れる。焚火ちゃんは道化の笑顔を保ったままカフェオレのカップを両手で包んでいた。
己の願いの為なら、君はその手に武器をつけ、無慈悲な恐怖と戦うのか。
それは一体どれほどの願いなんだよ。
底の知れない女子高生に破顔が進む。光源を引き受けるのは頭がおかしい奴ばっかりだな、本当に。
自分が焚火ちゃんをガン見して体を揺らしていれば、今まで黙っていた天明くんが口を開いた。
「いいなぁ、焱ちゃん。これくらいでないと、昨日の感想は浮かばないよなぁ」
天明くんは恍惚とした笑みを浮かべている。なんだ、焚火ちゃんと会ったことあるんだ。なんて言葉はパフェで喉の奥に戻しておいた。コイツら喋らせてたらより面白そうだ。自分に娯楽をくれ。
手帳をボールペンで叩く天明くんと、笑顔を固めた焚火ちゃん。身長差も相まってんなぁ。コイツらが二人っきりで席に座ってこの状況だったら周りが心配するレベルだろうな。
自分的には良い暇潰しだからこのままにしてもいいんだけど、怖がった焚火ちゃんが暴れ出しても……いや面白いな。
焚火ちゃんを観察するけど暴れ出しそうな様子はない。天明くんに声をかけると高揚してることに気づいてなかったらしい。無自覚でそれは危ない男でしかないな。流石、塔の光源に選ばれるだけあるよ、君。
「猫と鼠、蛇と蛙。鷹と兎? なんでもいいが、今の君達は傍から見ると通報一歩手前かもしれないね」
「通報か。それは前にも言われたことある」
いやそれ誰に言われたんだよ。詳しく。
「なんだ、天明くんは前科持ちだったのかい?」
「いや? ただ少し友人に相談した内容が過激だったらしく、心配されただけだ」
「そうか、ならいいや」
自分の発言に焚火ちゃんの視線が向いた気がする。自分はあえて彼女の視線をスルーしてパフェを口に含み、己の提案を優先した。やっぱ自己本位じゃないとやっていけないよね。
「ねぇ焚火ちゃん。先輩面をしたい自分からの提案があるんだが、聞いてくれるかな?」
「なんでしょう」
「自分達と共に行動しようよ。広い広いハイドの中、自分だけが灯になってバクを集めるのも、突発的にレリックと出会うのも怖い事だと思うよ」
パフェを食べきり、バクをかけたタルトを切る。焚火ちゃんの頬は軽く痙攣し、自分の笑顔は崩れなかった。まだまだ甘いね、少女。
自分は負を胃に溜めながら、少しの嘘を混ぜた言葉を吐いた。
「自分はバクを適当に狩って、レリックを壊して、念願が叶えば良いと思ってる。けどまぁそれは今すぐに渇望してる訳でも無いし、いつか成せたらいいなくらいの軽さなんだ」
口にした瞬間、喉の奥に苦みが広がる。
念願は早く叶えと思ってる。今週叶えば良い、明日叶えば良い、一時間後に成就したら歓喜。自分の願いは全く持って軽くなんてない。
でも、これくらい飄々とした姿の方が焚火ちゃんは信用しやすいんだろ。
外見と中身を一致させたい焚火ちゃんからすれば、自分みたいな人間は怖いんだろうね。
だから道化のように見せてやろう。君が道化の笑顔を浮かべるのと同じように。
名前持ちの影法師を持った面白い光源。コイツにも最後まで影法師集めのことは黙っていよう。天明くんと同じように。そうすれば自分の娯楽が続くから。
人は人と繋がることで人になる。一人っきりでは気持ちが動かず、それこそ人の形をしたものに成り下がる。それが人形だ。
自分は人でいたい。光源になる前の人形に戻りたくはない。誰とも会話せず、何も動かず、冷水を浴びて管理されるだけの人形に戻るなんて御免だ。
だから娯楽が欲しい。自分の心を動かす事象が欲しい。天明くん然り、焚火ちゃん然り、マツリくん然り。自分に奇怪な物語を見せてくれ、自分の気持ちが冷めない時間をくれ。
一人だと、人の心は動かない。
噛み殺したいほど呪った神を集める間、自分は普通に笑っていたいんだ。
「そうですか」
「そうだよ。それよりも自分はハイドで会う光源の人達を観察したい。知りたい、探りたい。影法師達は一癖も二癖もある人間しか光源に選ばないようだからさ、面白いことこの上ないんだ」
焚火ちゃんが無言で自分を見つめる。そのぶっ飛んだ頭で何を考えているかは知らないけど。
「あぁ、勘違いしないでね。自分は気に入った光源にしか声を掛けないよ。天明くんも面白いから時間があった時に一緒に行動してるんだ」
「……検討しても良いですか」
「勿論。ありがとう」
及第点の返答に満足してタルトと珈琲を口に入れる。目の前では我慢をやめた天明くんと焚火ちゃんの面白交流が始まった。ウケるなぁ。
その後は三人でハイドに行こうとしたけど、制服だった高校生ズは一度帰宅になった。
自分は帰宅などしたくないので近場を散策する。焚火ちゃんと同じ制服の子がちらほら見えると思いながら時間を潰していると、暫くして魔術師が前置きなく現れた。
「零、レリックが近い」
「へー、ならさっさとハイド連れてって」
「塔と月はどうする」
「お前が気づいてんならあっちも気づいてるんじゃない?」
適当なことを言ってハイドに向かう。猫の面をつけると魔術師がゆるく方角を指さした。地面を蹴って示された方へ向かえば徐々に空気が焼かれていく。
見たのは広く地面を焼く炎の城壁。
その中にいる怖がりな豪風。
自分は近くの街路樹の枝に紛れ、レリックを殴る焚火ちゃんに口角を上げた。
「壊れんなよ、楽しい玩具」
それからは天明くんと焚火ちゃんを通じて面白いことが増えた。自分は嵐から指針の連絡を受けて一緒に行動できる時なんて限られてるんだけどさ。その間に二人がおもしろーい二人の光源と会ったらしく、天明くんは不機嫌そうだ。爆笑案件。
稲光愛恋ちゃんは知ってる。嵐と凪が声をかけに行った光源だ。憑いてる影法師は悪魔。可愛い見た目してるのに悪魔に気に入られるなんて、どんな腹の底をしてんだか。
もう一人は知らない男の子だが、影法師は直ぐに分かった。両手を縛られた奴なんて一体しかいない。不完全が完成形の願望器、吊るされた男だ。
二体はどちらも名前持ち。それと出会った焚火ちゃんと天明くんはいい運を持ってるよね。自分にはなかった出会いの才能とも言っていい。
高架橋で水のキングを壊した愛恋ちゃんを見下ろす。何やら盛大にレリックを気持ち悪く変身させた女の子はどんな思考をしているのやら。話してみたいねぇ。
橋を爆破した天明くんと焚火ちゃんが遠くに離れていくのを横目に、集まりすぎたバクから自分も逃げる。あれだけ多いと自分のアルカナは不利なんだよな。
あの四人はいい自分の娯楽なってくれそうで、一気に名前持ちを三体も確認できたことに愉悦が浮かぶ。
なぜ名前を付けられたのかも分からないまま作り変えられた影法師。
「アイツらにも、封のまじないは効くのかなぁ」




