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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
第一章 心を切望した豪風少女編
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篝火焚火は鼠になる


 図書館は良い場所だと思う。小さい頃から今まで時間があれば図書館に足しげく通い、心の所在を探したものだ。


 かくいう今日も例に漏れず、私は図書館に来ている。立つのは歴史の棚だ。


「……武器」


 武器の知識などほとんどない。ユエさん曰く、アルカナで創る武器は本当になんでもいいそうだ。


 実在しなくていい。空想でいい、妄想で結構。私が体を張って戦う時に、これならばと思えるものにすればいいと彼女は言った。


 しかし、そう言われても私の妄想力はそこまで豊かではない。武器と言われて最初に思い浮かんだのは椅子だ。その次に刀とか、なんかバトル漫画で出てきそうなやつ。漫画をそこまで読んだことがないのでCMなどから察するニワカの情報力だけどな。


 兎にも角にも、想像するには基盤がいる。私は歴史の棚から武器関係の本を抱えて席に着き、読み耽った。クロスボウ、レイピア、ロング・ボウ。トンファー、サーベル、ウォー・ハンマー。ジャマダハル、ハルバード、手甲鉤、手裏剣、薙刀、ナイフにスティレット。クレセントアックスやフットマンズ・アックスって使えた人いるんだろうか。


 どれもこれも自分が使うにはしっくりこない気がする。私に合う武器、私だけの武器、私が戦う為の武器。


 何度か天井を見上げて思案し、何冊目かで目に留まったページがある。


 私は暫しその本を熟読し、日が傾き始めたので本を棚へ返却しようと立ち上がった。


「あ、」


 抱えていた本を背表紙の番号に沿って返していると、脚立が無くなっていることに気が付いた。


 マジかよ。一冊だけ届かなかったから使ったのに。今はどこに旅立ってしまったのか、脚立。呼んだら帰って来てくれないかな、脚立。もしかして私が使った時こそ旅立っていた訳で、今は家に帰ったのかな。いやでも足元に〈脚立返却場所〉ってマークあるんだよな。ねぇ脚立。


 脳内で脚立に語り掛けるが返事はない。そりゃそうだ、これで返事がきたら発狂する。駄目だな私、疲れてるな。帰って寝たいな。ご飯もういらないけど、そしたらユエさん愚図るのかなぁ。勘弁してくれよ。


 全てどうでもいい気分に陥りながら本棚を見上げていると、硬い物で肩を小突かれた。誰かにぶつかったのかしら。


「あ、すみません、すぐ退けます」


 反射的に愛想笑いをして横にずれる。立っていたのは私立高校の制服を着た男の人だ。ブレザーの襟にⅢのバッチがついているから三年生かな。年上だ。私を小突いたのは彼が持ってる本か。何の本だろう。まぁいいか。


 私が目に映る情報から観察していると、彼は左側の口角だけ上げて笑った。なんだかニヒルな微笑みだ。


「いや? 困っていると見たんだが。本、戻そうか」


「あぁ……」


 傍から見ても私は困っているように映ったのか。それは失礼。


 黒い短髪の先輩は、私の返事を聞く前に本を取って棚に戻してくれる。背が高いっていいですね。私も低い方ではない筈なんだが。一番上には届きませんでした。


「ありがとうございます。助かりました」


「いいえ」


 細められた彼の目が完全に閉じられることはない。言ってはあれだが悪だくみをする猫のような笑みだ。個性的って言えば聞こえはいいのだろうが、見られるこちらは鼠になった気分だよ。私の尻尾、貴方の前足で踏まれてない? 踏まれてないな、尻尾もないわ。やっぱり家に帰ったら即寝よう。


 私は目と口を糸にして笑い、会釈をして通り過ぎた。彼もそれ以上声をかけてくることもなかったので安心だ。私は鼠から人間に戻れたらしい。


 図書館のゲートをくぐって飲食のできるスペースに出ると、壁には大きな書道作品が何点も飾られていた。ベンチに座った人達がお茶で一服しながら眺めるには最適だろう。


 なんと書いてあるかは正直分からない。漢字が並んでたり崩し文字だったり、これが上手いのか下手なのかも素人では判断できないところだ。「こんなの書けて凄いなぁ」という小学生以下の感想しか出てこないわ。でも目についたしなぁ。


 入館時は無視していた展示を速度を緩めて鑑賞する。出展者名は下のプレートで分かったが、一般の人が何かしらの大会に出した書らしい。書道の審査ってどうやるんだろうなぁ。知らない世界って沢山ある。まじまじと書を見ている方が何人かおられるので良い展示なのだろう、きっと。


 そんな未知の産物の一点で、私は足を止めた。


 流れるように優しい筆使いで書かれた書。やはり内容までは理解できないが、どの作品よりも目立つ場所にあるので優秀な作品なのだと勝手に思う。


 〈特別賞 (ほむら)天明(てんめい)


 プレートを確認してもう一度顔を上げる。


 今まで見た中ではバランスも書き方も一段上にいる気がするのは素人の感覚だろうか。流れているのに流れきらない、強さもあるのに強すぎない、みたいな。稚拙な感想だな。書道の感想文があれば零点必須だ。


 あぁ、でもなんだろう、この書。


 私は数歩後退し、作品全体を静観した。


 首を傾けて鳩尾の辺りを擦ってみる。


 私に芸術は分からないし、特別賞だとその世界で謳われたものにケチをつけるような真似もしない。「凄いですね」「おめでとうございます」という賛辞も送ろう。


 ただしかし、この書に賞をつけた人達は何も感じなかったのかと疑問には思う。


 美しく、美しく、柔らかな書。近づく者を無条件に肯定する安心感すらあるのだが、私の足はまた後退した。


 この書の奥には、なんかいる気がする。


「さっきぶりだな」


「え、」


 不意に肩を本で小突かれて、隣にいたのは先ほどの高校生。八重歯を見せて笑う顔はへらへらと力が抜けており、私を小突いた本は脇に抱えられていた。


「また何か戻せなくなってたのか?」


「いや、書を見てたんです。特別賞の」


 軽く指をさしたが、彼は分からなかったのだろうか。私が本棚の前で立ち尽くしている姿より、書を見ている姿の方が何をしているかは一目瞭然だと思うのだが。まぁいいか。


 声をかけられた理由もよく分からないが、考えるのも面倒なので書に視線を戻す。彼は私の斜め後ろに立って問いかけてきた。


「書道、してるのか?」


「してません。なので何が書かれているかも分かりません」


「なのに見てたのか」


「あぁ、まぁ、そうですね」


 少しだけ顎に指を添え、抱いた感想は口にしない。多分これは私の感性だ。言っても恐らく理解されない。私の趣味や疑問から考えて、人に共感を求めるのは止めた方がいいとブレーキをかけるのが常だ。


「あの特別賞、おかしくないか?」


 だが、そのブレーキを他人に離されるとアクセルに足がかかる。


 私は顔を上げて、悪い猫のように笑う彼と目を合わせた。


「……おかしい、ですか」


「君はおかしいと思ったから後退しているんだと思っていたんだが」


 なんだ見てたのかよ。なら最初の言葉は冗談か、律儀に返すものではなかったな。はい反省終わり。


 私は少しだけ間を取って再び書の方へ目を向ける。感想を述べてもいいか数秒考えたが、どうせこの人とはここだけの邂逅。何と思われてもいいか。ならばアクセルをベタ踏みしよ。


 開き直った私は、素直な感想を口にした。


「綺麗で優しい文字だと思います。でもそれは優しいの皮を被っているだけで、それより奥には爆ぜてる何かがありそうだなぁ、と」


 正直に申せば、私はこの書に近づきたくない。この作品は見た目と中身で違う何かだ。


 優しい見た目をしているくせに、近づいたら皮を破って出てきそうな危ない感じ。顔を近づけて見るとか絶対できない。頭を食われて終わりそうな、そんな危機感が肌を刺す。優しいのに冷たくて、笑っているのに怒ってる、とでも言ったらいいのだろうか。


 反対の感想を浮かべると同時に、指の関節を鳴らす自分がいる。


 もし、もしも、この書の奥を見たならば。


「あの文字の皮を剥いだ先、人に違和感を与える産物の奥には、何かが宿っているのではないかと興味があります。が、流石に特別賞の作品を破くわけにもいきませんし、作者の方に問いかけるわけにもいきません。近づくとこちらが食べられそうですし、静観が一番かと」


 ……おかしなことを言ったと思う。今の私は「本が趣味」でも「真面目ちゃん」でもなく「不思議ちゃん」に認定されることを言った。最悪「不気味ちゃん」だ。初対面の相手に対して何を言ってんだか。これは引かれること間違いなしだな。まぁいい。人が離れるのは慣れっこだ。


「焔天明さんには聞かせられない感想です」


 一応常識はあると見せかけて、近くの彼に笑みを向ける。とても描きやすいと言われた笑顔だよ。感想聞いたのはそっちだからドン引きするような被害者面はするなよ?


 予想しながら振り返った訳だが、私の想像は破綻する。


 そこには目元を赤く染めて笑う青年がいて、私の全身に鳥肌が立ったのだから。


 目の前に立っているのは、口角を目一杯上げて、私を凝視している高校生。


 微動だにしなければ言葉も発さず、距離も詰めてこないが離れもしない。


 自分の足が床に張り付いた錯覚をした私は、特別賞の前に立った時と同じ感想を浮かべた。


 食われる。


 頭からガブッと。


 骨を撫でて、舐めて、食いちぎられる。


 凶悪な猫に。脆弱な鼠が。


 息を止めて足を引き剥がした私は、笑顔のまま会釈した。


「それでは、失礼します」


 踵を返して図書館のエントランスを抜け、外に出てから速度を上げる。彼はいない。背後にいない。図書館だって出ていない。


 確認した瞬間から足は徐々に歩幅を広げ、全力疾走に切り替わる。自宅に直帰するのは駄目だと警鐘を鳴らした頭はよく分からない細道をぐねぐねと走り回った。


 走って走って、図書館から距離が取れたと思った時にやっと座り込む。爆発しそうな心臓は呼吸を浅くさせ、路地に倒れこみたい気分だ。いつから息を止めていたのか、潜水を終えた後のように酸素が美味しい。


 しゃがみこんだ足元には汗が玉となって落ちていた。


「あら〜、焚火ちゃんどうしたの? レリックは来てないけど」


「いや、ちょっと、別の危機を、感じたので」


 呼吸を整えながらユエさんを見上げる。風船のように揺らめく彼女は心底不思議そうだ。勝手に影から出ているが今はちょっとだけ許せたよ。


 私は図書館の高校生を思い出す。


 あれは、ヤバい奴の目だ。


 螺子が何本か飛んでる奴の空気だ。


 多分私はアイツのスイッチを踏んだ。それが好奇心か地雷なのかは分からないが、取り敢えず踏み抜いた。ぶち抜いた。完全にやらかした。あんな奴は同級生にいないから油断した。


「こっわ……」


「元気ないわね~、焚火ちゃん。あ、お腹が空いたのね? そうなのね?」


「いや、別にそういう訳では、」


「ならハイドへ行きましょ! 焚火ちゃん、武器について調べてたんでしょ? ならもう行けるわよね!」


「はい?」


 私の話を一切聞かず、自己判断だけで答えを出したユエさん。私はまだ武器の輪郭も上手くまとめられていませんよ。ハイドに行っても準備不足です。今日は眠りたいわけですが。


 流れ出そうだった文句より先に、ユエさんが軽快に指を鳴らす。


 瞬間、私の視界が――白に塗り潰された。

 

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