夕映零は面白がる
えー、何あの子、滅茶苦茶なんだけど。
自分が見つけたのは変な光源だった。白い段違いの髪を振り乱し、人型に近いバクをぶん殴った女の子。アルカナはガントレットか。
まぁそこまではいい。そこまでは普通の光源なんだけど、その後だよ。
電池が切れたように立っていた彼女は、倒れたバクの皮を剥ぎ出した。
黒いバクをぐちゃぐちゃに壊し、肩で呼吸する少女は酷く歪だ。
何を考えてその行動をしてるのか。何を思ってバクを壊したのか。
何を願って、光源なんかになったのか。
「きっもちわるいねー」
口角を上げれば尻尾が揺れる。
さて声をかけようかと準備運動をしていると、先に彼女へ近づく光源がいた。
それは審判を連れた正義の使者、マツリくんだ。
うーん君も面白いけど、今日はちょっと待って欲しいな。君とはまた違ったレベルで面白い子だからさ、その女の子。
思ったところで無駄だった。マツリくんは容赦なく少女に爆発を浴びせ、吹き飛ばされた女の子は少し意識を飛ばしたらしい。
「あ"、あ"ぁ"ッ!! ぁつい、熱いぃ……ッ」
焦げた月の呻きが響き、自分は女の子が激突したビルの上に移動する。猫の耳をそばだてれば彼女の意識が戻った呼吸を拾えた。
倒れたまま目を開けた女の子は微動だにしない。意識が飛んだ後の状況確認って大変だよね。自分がどういう事態に陥ってるのか理解する為に頭をフル回転させないといけないんだから。
哀れみを込めてマツリくんのアルカナに囲まれた少女を見下ろす。普通の子ならここで詰みかな。でも君はどうだろう。
なんて、自分が勝手な期待を向けた時、彼女は予備動作なく眼球を殴り飛ばした。
ガントレットの肘から突風が吹き荒れ、目にも留まらぬ速さで金の眼球が潰される。
眼球が衝撃で発火した瞬間、自分の腕には鳥肌が立った。
少女は月と共に覚束ない足取りで立ち上がる。白い髪を肩から前に滑らせ、ふらりふらりと前を向く。
今の彼女は周りの状況も分かってなくて、自分がなんで吹き飛ばされたのかも分からなくて、月がボロボロになってることだけはなんとなく分かる。それくらいの処理しか出来ない筈なのに。
あの光源、脊髄反射でアルカナを壊しやがった。
鳥肌を摩れば、ニヤニヤと自分の口角が上がっていく。面白さで背中がぞくぞく笑っている。
「タキビちゃん、逃げて」
影法師に腕を掴まれた子の名は、タキビちゃん。
タキビ、タキビ、あの子はタキビ。
あぁ、覚えたよ。
「影が人に触るなよ。寄生虫」
マツリくんが口にするのはいつかの自分と同じ言葉。おや、君は自分に影響でもされたのかい? 寄生虫とは素敵な響きだ。そのまま言葉を広めてくれよ。今年の流行語を狙っていこう!
などと自分の気持ちが弾むのに対し、マツリくんの顔には影がさしていた。
「ごめんねタキビちゃん。でも、光源を救うにはこの方法しかないんだ」
それは正しく押し付けの善意。君の基準で相手を殺す聖なる悪意。マツリくんの痛烈な自己満足。
面白い。君はやっぱり面白いね、マツリくん。己の正義で喘ぐ君は可哀想で可愛らしい。
「けど、タキビちゃんに火を向けるのは今日じゃない」
ビルの縁を蹴った自分は、少女と業火の間に着地した。
「邪魔するよ」
熱波を受けながらタキビちゃんの背中と膝裏に手を入れてビルを蹴り上がる。一瞬アルバが呻いた気がしたけど、それはお前が寄生した代償だ。
「我慢してなよ、アルバ」
ビルの屋上に飛び出して、微かに後ろを確認する。
目を見開いているマツリくんは、自分の登場に驚いているご様子だ。
あぁ、良いねぇその顔、記念の写真を撮りたくなる。いやしかし、見返さない思い出なんて不要なだけだな。やっぱなし。
自分は即座に駆け出して、堪えた笑いを脚力に昇華した。跳んで、跳んで、跳ぶ間、タキビちゃんは食い入るように周囲を見つめている。
「やぁ、ご無事かな? お嬢さん」
マツリくんから距離が取れた所でタキビちゃんを下ろし、猫の面を消す。タキビちゃんの腕からもガントレットが風になって消えた。二の腕を軽く摩るアルバは滑稽だ。
「ごめんごめん。アルバ、熱かった?」
「熱くて痛い」
「緊急事態みたいだったからさ」
お前のきょうだい、もう少しで丸焦げだっただろ?
視線で問えばアルバは沈黙し、自分は屋上の柵に寄りかかる月を見る。
癒しの月。最後に名前を貰った月光の影法師。
焦がされた月は美しく微笑み、タキビちゃんは呟くように名を呼んだ。
「……ユエさん?」
そうか、月はユエと名付けられたのか。
口角が緩く上がる。名前持ちの影法師と言えど特別強そうには見えない。見た目に何かしら変化がある訳でもなく、自分が教えられた通りの容姿だ。
爛れた腕を撫でたユエは、ハイドの影に治されていた。
「焼けるって、痛いのねぇ。でもだぁいじょうぶ、大丈夫。私は問題ないわ。タキビちゃんも、全然痛くなかったでしょう?」
「ユエさん、あの、ユエさん、ユエ、さん……」
「聞こえてるわ、タキビちゃん」
ユエの前にタキビちゃんが膝を着く。制服を焦がした少女はゆっくりと顔に爪を立て、ユエの頬には微かに傷が浮かんだ。
「ふふふ、変な痛み」
ユエの言葉でタキビちゃんは顔から手を離す。
それは恐怖とはどこか違う反応だ。ユエが傷ついていることに衝撃を受けてるって感じではあるけど、それだけって訳でもないだろ、君。
この子が恐れて嫌がってるのは、なんだろう。
背後からでは観察しきれない。声に乗ってるのは申し訳なさ? それもあるけど、やっぱりどっか違う。この子の恐怖は「ユエが傷ついたこと」だけでは語れない。
読めないなぁ、この子。
満面の笑みを堪えた自分は、タキビちゃんの背中に手を添える。撫でれば背骨が分かり、傍にしゃがめば顔色の悪さがよく分かった。少し泣いた目元だけが赤くなり、白兎とでも例えようか。
「うんうん、ゆっくり呼吸するのがいいよ。その様子だとハイドへ来るのは初めてかな?」
「ぁ、あぁ、はい。はじめて、です」
「そうかそうか。痛みはない、アルカナの使い方もよく分からないのにバクは寄って来る。かと思ったら同じ光源に攻撃されて……疲れたねぇ」
まぁ、マツリくんの善人スイッチ押したのは自分なんだけどさ。
勿論そんなことは言わず、タキビちゃんには共感するように笑いかけ、治ったユエを確認する。アルバは少しだけタキビちゃんを覗き込み、直ぐに離れていった。
不健康そうなタキビちゃん。ボロボロになった制服が相まって、哀れみすらも感じるよ。
「自分は夕映零。よろしくね、新人のお嬢さん」
自分の目と視線が合った瞬間、タキビちゃんの空気が変わる。ユエの何かに恐怖していた雰囲気は瞬時になりを潜め、伸びた背中が背骨を隠す。
「先程はありがとうございました。助かりました」
浮かんだ笑顔は、道化のようだ。
色の悪い顔に無理やり書いた笑みの顔。それは道化師ならばまだ風情があるが、この子は誰かを笑わせようとは微塵も思ってない。他者に悪い印象を与えない為だけに浮かべたガチガチの仮面だ。
弧を描いた目も、頬を上げた口元も、心が籠っていないのが一目瞭然じゃん。
何だこの子。
やっぱり面白くて、気持ち悪い。
「あぁ、良いんだよ。面白い事柄に釣られただけだし」
笑顔はこう浮かべるものだと意思を込めて自分も笑う。人の良さそうな笑顔だろ?
なんて思っていたのに、タキビちゃんは居心地悪そうにするんだから愉悦が浮かぶ。
ユエの方を向いた彼女はバクを回収してないと話し、自分はビルを上ってくるバクに気づいた。狩りの時間か。
面倒くささを感じながら立ち上がると、タキビちゃんはどこか冷たく拳を握った。
「アルカナ」
タキビちゃんの腕にガントレットが巻きついた瞬間、ビルの柵を飛び越えて蜘蛛のようなバクが来る。自分も動かないといけない数だな、かったるい。
「アルカナ~っと」
猫の爪でバクを切り裂き、ゆらりと生えた尻尾で殴る。俊敏な猫の動きに身を任せていれば、苛烈なタキビちゃんの姿が見えた。
バクを容赦なく殴り、叩きつけた屋上の床にはヒビが入る。六体いたバクは数秒の間に地面へめり込み、痙攣しながら戦意喪失した。
自分はバクを掴んでタキビちゃんを凝視する。彼女はバクを見つめており、蜘蛛の足を跳ねさせた化け物に近づいた。
再び彼女は拳を握る。完全に戦意の失せた化け物を壊そうとする。
自分の腕に再び鳥肌が立った瞬間、タキビちゃんの腕からガントレットが消えた。
あぁ、惜しいなぁ。
「バク不足だね、タキビちゃん」
「バク不足」
「そう、アルカナの源はバクだからね。食べれば食べるだけ強いアルカナを使える。反対に、バクをあまり摂取できてないとアルカナも持続しない……タキビちゃんの影法師は、ちょっと説明不足なのかな?」
いや、影法師という存在は総じて説明不足なのかもな。
バクの摂取不足についても言葉が足りず、供給過多も注意が出来ず。
だからあの子はいなくなった。姿も声も、性格も、何も知らない女の子。
ミコトちゃん。
マツリくんが守りたかっただけの、太陽の光源。
悲しいねぇ、悲しいねぇマツリくん。
だがそれも仕方がない。光源になることを選んだのは君と妹の意思だったんだから。そこにデカいリスクがあるかもしれないなんて当たり前だろ。
瞼をゆっくり開閉するタキビちゃんに苦笑を向け、アルバは仕方なさそうに息をつく。唯一あっけらかんとしているのはユエだ。ユエがちゃんと話してくれれば自分はもっと面白いタキビちゃんを見られたかもしれないのに。残念だよ。
内心で落胆していると、タキビちゃんは唐突に、素手でバクを殴り始めた。
「お、」
痙攣していたバクを容赦なく殴る。白い拳には黒い粘液が飛び散り、それでも彼女は殴り続ける。
殴って、殴って、殴りつくしてバクが死ぬ。完全に動かなくなる。
タキビちゃんの頭を撫でながら歓喜するユエは無視して、白い少女の手は動く。だらりと壊れた蜘蛛の首を掴み、足で胴体を押さえ、迷いなく引き千切る。
首と体を繋いだのは粘着質な黒い液体。それを凝視するタキビちゃんの顔は白髪に隠れ、残る五体のバクも同じように千切っていった。
ぞわぞわと、自分の背中に寒気が走る。
ぞくぞくと、上がりそうな口角を必死に抑え込む。
笑うのはまだ早い。確認して、順序を踏んで、この可笑しな子に問わねばなるまい。
「タキビちゃんさ、今日が初めてなんだよね? アルカナ使うのも、バクを相手にするのも」
面を消しながらアルバの影にバクを放り込む。視線はタキビちゃんから逸らすことなく、この子の答えに期待した。期待しかなかった。
彼女は目と口を線にして笑う。道化よりも滑稽な笑顔で口を開く。
「はじめてですよ」
あぁ、もう、楽しいな。
そっか、そうか、そうなのか。
顎に指を添えたのは、まだ笑うなと自分に言い聞かせる為だった。
「そっか、うん。いや、それにしては対応が素晴らしいからね」
「対応……?」
「そう。アルカナが使えなければ素手でいく。既に戦意喪失しているバクを完全に潰す。その執着的な対応力には恐れ入ったよ。面白い」
タキビちゃんの拳は擦り切れている。それは直ぐに治ってしまったが、彼女の姿はボロボロのユエに向き合っていた時とは大違いだ。
「怖くなかったの?」
「息の根を止められない方が怖いんで、平気です」
何言ってんだ、この子。
おかしくて、おかしくて、面白い。
「もう動かなかったじゃないか、タキビちゃんの一発でバクはノックアウトさ」
「でも死んでませんよね。確実に、自分の手で殺したって伝わらないと怖いじゃないですか」
滑稽な笑顔で語るタキビちゃん。
この子は何を言ってるんだ。何がしたいんだ。何を、どこを、恐れているんだ。
「アルカナがなくても拳があります。ガントレットの方が威力あるし、直接殺したって感触も伝わって良いんですけど。バク不足は知らなかったので仕方がないですね。学びました。ありがとうございます」
思わず目を見開いて、気づいてしまう。気づいてしまったらもう我慢なんて出来っこない。
この子は最初から怖がっていたのか。バクを、ハイドを、自分の周りで巻き起こる全てを。
正しいほどに怖がり、怖いからこそ打ちのめした。自分を怖がらせる対象を消す方法が死だけなら、容赦なくこの子は殺すのだ。
でも、ユエの時は別。この子は自分の気づいていない怪我をユエを通して目の当たりにしたから怖がったんだ。気づかないうちに自分が傷ついていた事実に恐怖したんだ。
なんだ、なんだ、何だコイツは面白い。
月の光源、タキビちゃん。
この子は生粋の、怖がりじゃないか。
制御できなくなった笑いを白い空に響かせる。頭の螺子がぶっ飛んだ光源に鳥肌が止まらない。
あぁ、この子はどうしてこんなに純粋に、無垢に、壊れてしまっているんだろう。
不思議で、気味が悪くて堪らない。だからこそもっと見たい。この子が何を願い、どんな風に暴れて、願望を手にした時にどんな表情を浮かべるのか。
滑稽な笑みを浮かべたタキビちゃんは、興味なさそうに首を傾けていた。




