夕映零は声をかける
あの男、面倒くさいけど使えるんだよなぁ。
今日もハイドで爆発音が響く。火柱が光源を襲い、死か願いのどちらを選ぶのかと審判者が問う。
光源に選ばれた奴らは癖が多い奴ばかりだ。そいつらを一線の炎で倒していく男――マツリくんは悪魔的聖人ぶりを発揮していた。
「あのさぁアルバ、光源と影法師の契約ってどうやったら切れるの?」
「一瞬でも光源が影法師との契約を破棄したいと考えること。もしくは願いによる代償に気づくこと。そういった隙があることで破棄が可能になる」
「破棄って影法師がするの?」
「あぁ」
「じゃあ、マツリくんのやり方は正しいわけだ」
今もまた一人、光源が影法師を手放した。戦車よりも自分の命を選んだらしい。だけど去って行こうとする戦車に手を伸ばしてるのはなんでだろう。
「ねぇ、あれ何してんの?」
「戦車が去ることを拒否しているんだろう」
「光源が隙を作ったくせに?」
「戦車が隙を生むよう誘導したと見る」
「なんで?」
顔を覆って泣き崩れていた光源の姿が消える。戦車はマツリくんを一瞥する素振りを見せて去り、マツリくんも審判共に踵を返した。
ビルの上から一部始終を見ていた自分は猫のお面を被り、戦車の方へ跳躍する。
アルバは自分の斜め後ろに着き、風に負けそうな声を吐いた。
「死を、見たくないんだ」
「なにそれ」
屋上に両手足で着地して助走する。柵を蹴って次の建物へと飛び出せば、腹の底から笑いが湧き上がった。
「お前らが戦えっつってんのにさ、なぁに綺麗ごと並べてんだよ」
戦車がこちらに気づく。
アルバは何も言わず、自分は袖から出した瓶を握り砕いた。
「お前ッ!」
「やぁ――お迎えだよ」
また、一体。
黒い棘と雷に絡めとられた戦車がカードに変わる。
足元に落ちた願望器を見下ろして、自分は白い空に高笑いした。
さぁ、一時の安全な場所へ、神様をお運びしよう。
***
面白そうだなぁ。
「アルバ~、あの火柱ってマツリくんのと違うよね」
「おそらく」
「よーし」
年が明けて、新しく光源と影法師を探していた時、面白そうな火柱を見つけた。
天を突く勢いで燃えたかと思えば蝋燭のように吹き消える。そんな火柱が幾度も上がり、自分の「面白い」感覚がうずいたのだ。
猫の面を被って屋根を跳び、五階建てのビルに辿り着く。前の道路には白い着物姿の男がいた。猫の視力と聴力を生かして観察すれば、面白い見た目の奴だ。
白い短髪に白い着物、白い袴。右手には男の背よりも少し長い筆があり、筆先からは発光する白い墨が落ちていた。
清々しい程に白づくめだな。色があるのは肌と草履と、あ、着物の下は黒だ。長襦袢だか半襦袢だか知らないけどそれは色あるんだ。しかしそんなものは些細な差し色でしかない。
自分から光源であることを示すように男は白い。伸びた背筋に凛々しい横顔はバクにもレリックにも恐れがないと表して見えた。
そいつの傍にいるのは火を彷彿とさせる髪を逆立てた影法師。黒い布で両目を隠し、節のある枯れ枝のような指と、そこに嵌った指輪が見える。ギザギザの歯を見せて笑う影法師は、塔。
二十一の願望器の中で、唯一破壊に特化した存在。
奴は何も生みださない。奴だけは全てを破壊する為だけに創られた。
固い城壁、巨大な橋、築かれた歴史、揺るぎない絆。
それら全てをアイツは壊す。塔だけは何も築かない、何も創らない、何も残さない。
そんな影法師に気に入られた男は、地面に筆で書いた文字を爆発させた。
あの光源も何も生まない。綴り生み出した文字を破壊して、燃やして、笑ってやがる。自分の一筆を鋭く描いて火に変える。
「……おっもしれー」
呟いた自分の口角は上がり、気づけばビルから飛び降りていた。
「もう少し狩るか」
「おー! やる気だねぇテンメイ」
「本当、血気盛んなご様子だね」
着地したと同時に淀みなく筆先を向けられる。地面に散った墨は燃えず、自分の口角は上がったままになった。
テンメイくんの目は、自分を素早く値踏みする。
だから笑おう。害は無い、自分は無害、同じ光源だよってね。
「あぁ、すまないね、驚かせた。あまりにも興味深い火柱を見たから釣られてしまったんだ」
面を外して笑みを深める。テンメイくんはジッとこちらを観察しており、自分はヘラヘラと手を振った。
「自分は夕映零。魔術師の光源さ。この四月で専門の二年になる。君の名前を聞いても?」
テンメイくんに声を掛けたけど、先に盛りあがったのは塔だった。なんだよお前、餓鬼か黙っとけよ。
「魔術師じゃねーか! 元気してたか⁉ 俺はめちゃくちゃ元気だったぜ!」
「塔、品がないから声を落とせ」
「挨拶からすぐに説教は勘弁!」
「煩わしい」
アルバがいつも通り必要最低限の会話をする。自分の沸点を理解しているという点もあるんだろうな。自分が苛立たないうちに、アルバは塔をあしらった。
「俺は塔の光源、焔天明です。この春から高校三年。よろしく、でいいんでしょうか?」
「よろしくでいいと思うよ。火の筆使いくん」
「ではよろしくお願いします、面の御人」
どこか古風な喋りに敬いある言葉遣い。見た目やアルカナは浮世離れした雰囲気をしている癖に、そうするべきであるという礼儀が刷り込まれてる感じだ。
何かコイツ、自分と同じ類の匂いがするなぁ。
気慣れた様子の着物も人の良さそうな笑顔も、コイツをコイツにする為に準備された衣装のようだ。
自分を見てるようで嫌になる。
でも、これはこれで面白いな。
「何だ君、見た目のわりに丁寧な喋りをするんだね、面白い」
「年上には敬語を使いますとも」
ほら、そういう所。
年上には礼儀正しく、敬いなさい、ねぇ。
それ、思ってねぇだろ。
「そうか。だが自分はそういうの気にしないんでね、やめてくれるかな?」
「なら楽に喋る」
「切り替えも早くてますます面白い」
スイッチのオンオフが早いな、天明くん。
彼はにこやかな笑顔をすっと落として片頬を上げる。意地の悪い笑顔だ。その方がお前の空気に合ってるよ。
「筆のアルカナって武器らしくないね」
「俺にはこれしかないんでね」
大きな筆が地面に線を引き、達筆な字が輝く。釣られたバクが群がれば天明くんの指が鳴り、文字は火柱へと変化した。
便利なアルカナだな。バクって寄ってくると面倒なんだけど、コイツがいたら軽減されるじゃん。
焔天明。文字を燃やす光源。破壊の影法師に気に入られた少年。
……使えるなぁ。
マツリくんとはまた違ったベクトルで使えて、面白いぞ、コイツ。
天明くんから貰ったバクを食べ、猫の習性である毛づくろいをしながら笑う。
使える奴は、使うのが良いよなぁ。
「そうだ天明くん、君さえよければ一緒にバクやレリックを狩ろうよ。もちろん時間が合えばでいい。君、面白そうだし」
「ご自由に」
「よし決まり」
ジキルに戻ってスマホを眺める。追加された〈焔天明〉の連絡先にほくそ笑み、カードになった影法師を並べた部屋に帰った。
薄暗くなった部屋の壁には、嵐と凪が戻した影法師が整然と嵌め込まれている。この部屋にいる間は誰も自分を呼びに来ないから良い場所だ。
影法師が並んだ壁に向かって椅子を引いて腰かける。一息吐けばアルバが出てきて、薄闇に溶けそうな雰囲気で浮いていた。
「今日は面白い奴に会ったね~」
「焔天明」
「そ、アルバもきょうだいに会えて良かったじゃん」
「塔は煩わしい」
「はっ、きょうだいの関係なんかどーでもいーっての」
椅子の背もたれに体重を預けて鼻で笑う。アルバは封じられたきょうだいの前を一度通り、揺らめきながら斜め後ろに戻って来た。
お前はほんと、何考えてるか分かんねぇ影法師だな。
「塔も、」
「あ?」
「アイツもいつか封じるのか」
「天明くんから離れることがあったらね」
その時は天明くんが死ぬか、塔が愛想尽かすかって時なのか。いや、天明くんの死一択かな。天明くんみたいなタイプが瀕死如きで塔を手放すとは思えないし、逃げようとした影法師を逃がすわけなさそうだし。
椅子の足がギィッと音を立てる。塔は最後の最後かな。天明くんから無理に離そうとすればこっちが敵認定されそうだ。それは面倒そうだし、天明くんの願いが叶った後、自由になった瞬間を捕まえるか。
この部屋に集めた神が消える時、母はどんな叫びをあげるだろう。父はどんな悲愴を浮かべるだろう。
面白いなぁ、想像するだけで面白い。
自分がやることで誰かの顔が歪む。それを想像するだけで面白くて、口角が自然と上がった。
「アルバ」
「なんだ」
「消える時、お前は何か言い残すの?」
些細な問いに影法師は考える時間を割く。別に何も期待してないんだけど。
数秒静かな時間を作ったアルバは、薄暗い部屋に相応しい声色をしていた。
「分からん」
「あっそ」
音を立てて立ち上がる。夕食の時間だ。今日も美味しいバクを食べるとしよう。
扉を開ければ廊下の明かりが射し込んだ。目が一瞬眩んで、自分の機嫌が冷めていく。
「行くよ」
「あぁ」
アルバが影に沈む。揺らいだ影を確認した自分は、堕ちた神達が眠る部屋を後にした。
***
天明くんと会って暫く経った頃。ゴールデンウィークに新しい影法師を集めることが出来ず、ムシャクシャしてアルバを殴り終わった時。落ち着いた自分は気を取り直して準備体操をしていた。
「ねーアルバー」
「なんだ」
「名前つけられた感覚どうよ、一年くらい経ったけど」
自分が魔術師をアルバと呼び始めて一年ほど経った。光源になって一年経ったとも言えるが、まだまだ影法師を全員集めることは出来てないし、レリックだって残ってる。旅路は長いわけだ。ムカつく。
アルバは黙って自分の前に移動する。何も言わない、何も示さないところから見るにお気に召してはいないんだろう。適当な命名だし。
「まぁどうでもいいや。はい、今日も探しに行くよー」
破壊の影法師を連れた天明くんに連絡を入れると、今日は書かなければいけないものがあるということで拒否された。まぁいいけどさ。
天明くんは面白い。調べたら有名な書道家の一人息子だった。だから筆を選んだのか。納得だわ。
彼を見ていると炎に満足しているのではなく、自分の文字が燃える事象に悦を覚えているように見える。感覚的な話だけど。
光源は総じておかしい奴を選んでるって言ったのは隠者だったか。その方が戦えるから、願いの為に躍起になれるから。
十代が多い点を聞くと、影法師は大人に憑きたくないと言われた。光源であったとしても大人の願いはいいことにならないのだとか。
いやそんなの誤差だろ。人間に何か願わせた時点でそりゃいいことにはならねぇって。かく言う自分も影法師にとっては碌でもない願いをしたんだから。
ハイドに転移して猫のお面をつける。アルバは自分の周りを何となく回っていた。邪魔なんだけど。
「名前持ちの影法師は一向に見つからないねー」
「……そうだな」
アルバを押し退けながら今日もハイドを散策する。レリックも減って来たんだろうな。逃げてる影法師を自分が封じていってるから、結果的にこちらを見つけやすくなってるとは思うんだけど。
さっさと殺させろ。いやでもその前に、早く影法師を集めるのが先決。
その中で自分はまだ名前持ちの影法師には会っていない。
名前持ちってやっぱり強いのかなぁ。アルバって強くなってんのかな。全然分かんないんだけど。
そこでふと路地裏を走る白髪を見つける。段違いの髪を靡かせて全力疾走しているのは女子高生らしき光源だ。
彼女の近くには銀色の髪を揺らす影法師が笑っており、その外見と名前を自分は一致させた。
あれは癒しの月。
最後に名前を持った保護の影法師。
手記には月がどういった名前を持っていたかまでは記されていなかったけど、こりゃ面白い。
自分は即座に観察対象を決め、笑いながらビルの上を跳んでいった。




