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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
伝承を恨んだ変幻人間編
57/113

夕映零は嘘をつかない

「「影法師(ドール)を全員再会させる?」」


「そ!」


 夏真っ盛り、カフェに呼び出した嵐と凪は物凄く警戒した顔で自分の前に座っていた。二人が揃って頼んだメロンソーダには女教皇(ハイ・プリーステス)隠者(ザ・ヘルミット)がバクをかけ、自分は磨り潰したバクの粉末をアイスカフェオレに入れる。ついでに頼んだタルトにも。


 双子は自分の食事に一瞬気を向けたようだが、特に何を言うでもなく息を吐いた。


「よく分からないよ」


「何がしたいの」


「「概要説明」」


「簡単な話、影法師(ドール)が散り散りに逃げてるのが逃亡生活を長引かせてる要因だと思わない?」


 タルトは桃を選んだ。砂糖を絡めて煮詰めた桃はきっと甘く、パリッと焼けたタルト生地と合わさることで美味しい一品になっているんだろう。自分からすれば美味しいバク味に統一されるわけだが。


「自分は考えたわけだよ。この黒い化け物達とどうすれば早くお別れできるか」


 フォークで指した隠者(ザ・ヘルミット)はランタンを穏やかに輝かせ、女教皇(ハイ・プリーステス)は嵐の肩に両手を置いている。アルバは影の中で待機中だ。自分はこの二体の願望器を丸め込めたらいいわけだし。


「二十一体の影法師(ドール)。それを全員一か所に集めれば、自然とレリックも集まってくる。そこで倒せば早くない?」


「「影法師(ドール)で釣るってこと?」」


「そーいうこと。影法師(ドール)は久しぶりにきょうだいみんなが揃うし、レリックは倒せるし、みんなの願いが叶う。効率的だと思うんだけどなー」


 カフェオレを口に含めば、先ほど噛んでいたタルトと同じ味がした。バクは今まで食べた何よりも美味しく、それでいて何故か飽きないんだから奇妙だ。味覚を変えられた時に頭のどっかも弄られたのか? 別に良いけど。


 自分がグラスを置いた時、喋ったのは女教皇(ハイ・プリーステス)だ。


「……考えているのです、レリックを倒すことが、本当に正しいのか」


 急になんだコイツ。


 神聖な冷たい空気を漂わせ、女教皇(ハイ・プリーステス)は胸の前で両手を組む。浮いている化け物に気づかない他の客達の声は雑音と化していた。


「あの子達は人間の命令で私達を追っています。その子達を皆殺しにした先で、私達は自由を得てもいいのでしょうか」


「逃げる選択をしたのはお前らじゃん。今更何言ってんの」


 阿保らし過ぎて笑いも渇く。女教皇(ハイ・プリーステス)は肩を下げ、自分は机の下で太腿に爪を立てた。アルバが痛がってるといいな。


「追ってくるレリックを殺したくないって? それなら最初から一緒に連れて逃げれば良かったんだ。けどお前らはきょうだいだけで逃げた。そう選んだんだ。願望器の弱音で光源を振り回そうとしてんじゃねぇよ」


「零」


 嵐に釘を刺されたので肩を竦めておく。顎を撫でていた隠者(ザ・ヘルミット)は凪と顔を見合わせ、ランタンの金属部分が小さく鳴った。


「零の意見にも、女教皇(ハイ・プリーステス)の意見にも一理ある。ここは零の案に乗り、一度きょうだいで集まり直す機会は必要なのではないか?」


隠者(ザ・ヘルミット)……」


女教皇(ハイ・プリーステス)、レリックと話が出来ない以上、我らは我らで話を再度まとめなければならん。逃げ続けて幾十年。あまりに長い時が経ちすぎた」


 落ち着かせるような隠者(ザ・ヘルミット)の声に女教皇(ハイ・プリーステス)は頷きを見せる。


 良かった良かった、丸め込めそう。別に噓ついてるわけじゃないしね。二十一体全員集めて、レリック倒して、光源の願いを叶えさせて……最後に全員消してやる。


 自分がタルト生地を切り分けていると、鏡写しの双子から問われた。


「「零、なに考えてるの」」


「効率的作戦だけど?」


女教皇(ハイ・プリーステス)達は元々、私達の先祖に当たる人達の所から逃げて来たんだよ」


「その子孫の元に集まり直してくれるって本気で思ってる?」


「「結果を見れば、先祖がしたかったことの達成だよ」」


 減ってないメロンソーダのグラスで氷が傾く。嵐も凪も真っすぐ自分を見つめており、手は影法師(ドール)の袖を握っていた。


 虫唾が走るな。ここが公共の場じゃなかったら殴る所だった。黙ってろって。


 タルトを切っていたフォークが強く皿に当たる。響いた金属音に双子は怯まなかった。


「別に自分達は影法師(ドール)を隔離したいとか管理したいとか考えてないじゃん。願いを叶えて欲しいってだけ。それが達成できるように考えて何か悪い?」


「……零が提案した案だから、怖いんだよ」


「零、隠者(ザ・ヘルミット)達のこと嫌いでしょ」


「「率先して影法師(ドール)の為に動くとは、思えない」」


 双子が互いの側頭部を寄せ合って自分の方を凝視する。まるでどんな裏があるのかと探るように。


 上手く切れなかった桃が、タルト生地の間からはみ出した。


「自分の願いの為さ。自分はこの化け物に、さっさと願いを叶えて欲しい」


 嘘ではない。


 何も嘘ではない。


 自分はこの場で、何一つ嘘をついていない。


 はみ出た桃にフォークを突き刺し、口に運ぶ。


 バクが上手くかかっていなかった桃は無味で、歯触りのいい触感だけが感じられた。


 嵐と凪は横目に視線を合わせ、女教皇(ハイ・プリーステス)隠者(ザ・ヘルミット)が双子の肩を撫でる。顔を上げた双子は仕方なさそうに頷いた。


「「それで、何して欲しいの」」


「話を呑んでくれて良かった。して欲しいのは簡単。光源を探して、ちょーっと話して、自分に連絡してくれたらいい。影法師(ドール)を回収出来そうなら回収してくれても構わない」


 鞄から手記の写しを出して二人の前に出す。それは影法師(ドール)を強制的に封印するまじないのページ。目を通した双子は明確に眉をしかめ、自分は手を振っておいた。


「勘違いしないで欲しいんだけど、封印するのは一時的さ。影法師(ドール)は自分の家に集めたいんだけど、レリックと戦える準備が出来てない時に押し寄せられても困るからさ。自分が傍にいられない時や戦えない時は封印して隠しとこうって話。アルバが言ってたけど、このカードの状態だとレリックに見つからないんでしょ?」


 自分は努めて人の良い笑みを浮かべる。視線を向けた隠者(ザ・ヘルミット)は頷き、ランタンが小さく揺れた。


「確かに、この封の状態ならばレリックとの繋がりさえも切られている。が、我々も全く動けない状況ではある。アルカナも使えなければハイドにも帰れん」


「だーから一時的だって言ってんでしょー」


 念を押してカフェオレを啜る。隠者(ザ・ヘルミット)は双子の様子を見下ろし、嵐と凪の眉間から皺は消えていなかった。


「……出すんだよね、零の家についたら」


「零のお父さんやお母さんは知らないんだよね」


「「零が選ばれたことも、影法師(ドール)のことも」」


「家についたら出すし、アイツらには何も話してない。どうせ見えないんだし、話せばややこしくなるだけだ」


 家を思い出して一気にバクが不味くなる。今日は何キロ変動があるんだろうか。どうでもいいし、どうにでもなれって感じなんだけど。


 双子は暫くまじないのページを見つめて、メロンソーダの気泡は半分抜けた。不味そうな飲み物になったな。味が分からないっていうのは食事に無頓着にさせるんだろうか。


「「……分かった、いいよ」」


 頷いた双子と、光源の判断に賛成した影法師(ドール)に笑みが深まる。


 神に気に入られる為に練習し続けた笑みは、自然と顔に張り付いた。


「じゃ、頑張っていこうか」


 ***


太陽(ザ・サン)に、女帝(ザ・エンプレス)節制(テンパランス)(ストレンジス)……ま、半年の動きにしては良い方か。アルバ達も含めて七体。意外と見つかるもんだね」


 真っ白な部屋。それは神様の為の部屋だと親が準備した場所。


 壁には二十一体の神を崇めるためのレリーフがあり、それ以外の物は一切なかった。


 ここに入れるのは自分だけとなっている。親も使用人も入らない。神の為の場所。神を呼ぶ為の部屋。いるのは純粋に育てた神の為の人形。


「笑わせる」


 冷たい窓の外を見る。暑さはとうの昔に過ぎ去って、肌を刺す寒さが徐々に近づいてきている。便利だったアルバの体温は鬱陶しくなり、朝の水業をお湯に変えるだけが取柄みたいになった。例年より断然マシなのが腹立つな。


 自分は部屋の壁の一片にある凹みを撫でる。そこには同じ高さでカードが入るような溝が作られており、昔の奴もここに影法師(ドール)を集める算段をしていたと理解した。二十一の溝は四つが埋まり、まだ先は長そうだ。


 この家を建てたのは祖母だとか言ってたか。代々語られた通りの設計図で家を建てたからこの部屋も出来た。どういう用途でここに凹みを作ったかまで理解が及んでたかは知らないが、今は役立ってるよ。感謝はしない。


「ねぇアルバ、この状態って苦しいの?」


「苦しみはない。眠っているのと同じだ」


「なんだ、つまらない」


 動けない、戦えない、光りが無いということに恐怖してれば面白かったのに。


 溜息を吐いた時、窓がノックされる音に釣られて視線を外に向ける。


 そこには嵐と凪が隠れるように立っており、窓の隙間から影だけが入ってきた。


 女教皇(ハイ・プリーステス)隠者(ザ・ヘルミット)がぬるりと現れ、自分は部屋を出る。柏手を二回打って封のまじないを解けば、部屋の中は影法師(ドール)だけになるんだ。


 外にいる双子の元へ向かえば、二人は揃って白い息を吐いた。


「や、お疲れ~」


「「お疲れ」」


 適当に手を振って二人とハイタッチしてみる。自分のどうでもいいテンションに付き合った双子は互いに視線を合わせた。


「新しい光源を見つけたよ」


「INABIっていう雑貨屋の子」


「「影法師(ドール)が誰かは分からないけど」」


「相変わらずいい仕事っぷり。嵐のアルカナだっけ?」


「うん」


 頷いた嵐は「アルカナ」と呟き、胸の前に水の球体が現れる。女教皇(ハイ・プリーステス)は水属性だったな、そう言えば。


 弾けた水球の中からは、嵐が両手で抱えるサイズの方位磁石が現れた。


 黒く縁どられ、文字盤には何も書かれてない。方向を示す針は三つ存在し、それぞれに〈影法師(ドール)〉〈弱点〉〈逃走〉と記されていた。


 自分は軽く口笛を吹き、嵐の方位磁石はぐるぐると針を回し続けている。三つも針が回ると目まぐるしいと思ったが、直ぐに〈影法師(ドール)〉の針が一点を向いて止まった。


「最適解を出す方位磁石、だったね」


「そうだよ。私と凪に必要な答えを教えてくれる。影法師(ドール)はどっちの方向にいるか。バクやレリックの弱点はどこか。逃走経路はどっちか。他に指針が必要なら今後増やす予定」


「それなら大荒れの海でも迷わなそうだ」


「まぁね」


 アルカナを消した嵐は鼻で笑う。自分もにっこりと笑い返し、彼女からの連絡で三体の光源なき影法師(ドール)を見つけられたのだと思い出した。


 嵐の指示した方にハイドで向かうと、ふわふわと移動していた影法師(ドール)を見つけた。後はアルバを連れて近づき、油断した所で封をすれば終わり。


 集まり始めた神様達は、今日も人間のいない部屋で話してるんだろう。レリックをどうしたらいいか。どうすれば自分達の目標は達成されるのか。


 アルバだけは自分の隣に立っており、きょうだいの話には参加しないみたいだけど。


 双子は雑貨屋がある方向を指さし、首を傾けていた。


「「どうする?」」


「会って来てよ、二人で」


 軽く手を振って双子にお願いすると、嵐も凪も顔を歪めた。盛大に溜息をつかれたんだけどなんで? さっさと行けよ。


「「零が行かないの?」」


「悪いけど、自分はレリック壊しに行ってくるから」


 嵐と凪の顔色が変わる。自分は猫の面を被り、軽く窓を叩いておいた。


「封を解いたら直ぐこれだ。釣れて何より、思惑通りってね」


「なら、私達もいつも通りにしてるね」


影法師(ドール)を封じ直しておけばいいよね」


「そうして」


 伸びをして何の音も気配もしない周りを見る。元々郊外なんだけど、レリックが近づくと雰囲気がどことなく冷たくなるんだよな。


「「……気をつけてね」」


 自分の背中に向かって双子の声が当たる。


 そういうの、自分は欲してないんだけど。


「まかせな~。そっちも、封じ直したらさっさと光源の所に行ってよね」


 命令してハイドに落ちる。今日も白く、影が作った神の国は歪だ。


 白い林の向こうから近づいて来るのは酷い熱気。肌がじりじりと燃えて、周りの影が歪んでいる気がする。


「あれ、一体じゃないね?」


「火の二番、火の(キング)。二体だ。嵐と凪にも応戦してもらうべきだろう」


「別にいいよ」


「零、キングは数字の者達より、」


「いいっつってんの」


 燃える斧と大剣を持ったレリックが近づいて来る。自分の頬から汗が浮き、猫では駄目だとお面を変えた。


 熱に耐えらえる方が良いし、自分の手足で触らない方が楽そうだ。


(さそり)で行こう」


 黒い面につけ変えれば、両手の形が鋏に変わる。腰からはトゲのある尻尾が現れ、自分の口角が上がった。


 あいつら殺せば、自分の願いに近づくんだ。


 あぁでもその前に、影法師(ドール)を全員集めないと。


 毎日毎日忙しくなった。やることが多くなった。嵐と凪に限るけど、人と話す機会も増えた。


 この楽しさは、アルバが来る前の静けさよりも、許せるよ。


「さぁ、ぶっ殺そう」


 針を構えた自分は地面を跳び、鋭く尻尾を打ち出した。

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