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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
伝承を恨んだ変幻人間編
54/113

夕映零は独りぼっち


 朝の水業はどっかの修行僧だけがすればいいと思うんだけど、それがうちでは許されない。


 まだ日が昇るか昇らないかの時間、母がベッドサイドに立っている。コイツ何時に起きてるんだろう。とか思う間もなく風呂場に連れていかれ、無駄に金がある家の無駄に綺麗な浴場で水をぶっかけられる。夜の闇を落とすとか清めの儀式とか何とか。殺すぞ。


「冷たいな」


 自分の影から生えた願望器が喋る。頭の先からフードを被り、自分の影に足を突っ込んだクソ野郎だ。誰を信仰してこんなことされてると思ってんだよ。


 無駄金で雇った人に身なりを整えられて水業は終わる。服は男女どっちつかずの物を着せられるのが日課だ。そこは嫌いにならなかったのが救いだろうか。いやこの家に救いなんてないな。


 食事は一人。基本的に誰も自分とは喋らない。あの自己中な兄が出て行ってから家で喋ったことあったか? 人の体重なり何なりを金切り声で罵倒されるのは会話だとカウントしねぇんだけど。


「で、これ何」


「バク。今のお前の栄養源だ」


「お前じゃなくて零」


「今の零の栄養源だ」


「へー」


 黒いナマコに人間の耳が生えました、みたいなものをグニグニとフォークで刺す。前置きなく人の料理に何置いてんだって散々殴った後の説明だ。齧ると美味いんだから不思議でならないな。


 フォークを持つ手の傷は消えており、バクは奥歯に磨り潰された。タコ殴りにした願望器は何事もなかった空気で喋りやがる。


「零の家にはどう伝わっている、バクについて」


「バクなんて知らないね。神は人の哀しみを食べて下さる慈悲深い存在ですとしか聞いてない」


「湾曲しすぎだ」


「自分に言うなよ」


 気持ち悪い朝食を完食し、今日の講義が三時間で終わることを思い出す。その後は課題をしないといけないわけだが……。


魔術師(ザ・マジシャン)さぁ、夕映みたいな家が他にもあるって知ってるわけ?」


日車(ひぐるま)の家ならば」


「あっそ」


 遠縁の名字を出されて口角が上がる。あそこは現実主義の家系だ。伝承は伝承として保存してるけど、狂うような信仰はしてない。


「日車、子どもは(あらし)(なぎ)だったかなぁ。そこも行ったの?」


女教皇(ハイ・プリーステス)隠者(ザ・ヘルミット)が向かった」


「レリックに止まるよう命令してくれって?」


「あぁ。それが叶わないなら、レリックを殺すことを手伝ってくれと」


「自分にしたお願いと一緒ってわけだ」


 父親特製のよく分からないスムージーに口をつけ、初めて美味しいと感じる。いつもは窓の外に捨てるんだけど、飲んどくか。


 コップに浮かぶバクを揺らしながらスマホを手に取る。高校卒業と同時に親に買わせた物だ。俗世がどうのと言うが自分達は持ってんだろって、テレビを破壊したのは退屈な思い出だな。


 自分は地図アプリに日車の住所を打ち込み、目的地に設定した。


 ***


 庭付き三階建ての一軒家にお邪魔したのは授業が終わってから。事前に双子の母に連絡を取ったら「いつでもどうぞ」と言われたんでね。


 適当に笑った自分は、双子が帰るまで書庫に籠る許可を貰った。一階全てを書庫にしてんだからやっぱりこの家もおかしいな。


 日車は記録の家系だ。夕映が口伝えに受け継いできた伝承を、こちらの家はきちんと文字に起こして記録・収集し続けた。伝承の正確性はうちより断然高いだろう。


 言葉でどれだけ伝えたって、それはどこかで()じ曲がる。文字で記録する方がまだマシだ。夕映はそれが出来なかったんだな。馬鹿め。うちには親戚とか遠縁が何家かあるが、どこが誰の弟子でどういう系譜かなんて家系図を見てもって感じだ。


「これなんて書いてんの?」


「破壊の(ザ・タワー)と転換の死神(デス)が加担した戦争について」


「両軍のボスが影法師(ドール)を呼んでたんだ。勝敗は?」


「引き分け。両軍頭領の死亡によって閉幕」


「それって願いを叶えられなかったってことにならないわけ?」


「きょうだいは願いを叶えた。(ザ・タワー)は相手軍の本拠地及び療養所の破壊。死神(デス)の頭領はそれに巻き込まれ死亡。死神(デス)(ザ・タワー)の頭領の精神崩壊を助長。頭領は指揮判断が出来なくなり内乱が勃発して死亡」


「へ~、わっるい奴だね神様は!」


「神ではない。また我らに善悪をつける必要もない。我らは道具。使うは人間」


「だから悪は人間だと?」


「両面あり。片側から見たら善であり、片側から見たら悪にもなる」


 淡々とした神に本を投げつける。それは重たい音を立てて魔術師(ザ・マジシャン)に受け止められた。イライラするなぁ。


「今の自分は悪い奴かな? 本を投げるなんて。それとも善の側面があったかな」


「善の側面は零の側からしか見られない。私からすれば悪。本来の用途ではない。本が嘆く」


 魔術師(ザ・マジシャン)は両手で大事そうに本を撫でる。慈しむ手つきに自分の苛立ちは募り、願望器の手にあった本を床に叩き落とした。


 落下音と暫しの静寂。痛みを感じなくなった掌はなんだか物足りなかった。


 痛みが無いと、力加減も分からなくなりそうだな。


 そこで微かに玄関の開閉音が聞こえ、薄暗い書庫の扉が開く。


 立っていたのは鏡写しの男女の双子。


 姉の嵐と、弟の凪。


 嵐は黒い短髪の向かって右側、ひと房だけを白く染めて伸ばしている。


 凪は黒い短髪の向かって左側、ひと房だけを白く染めて伸ばしている。


 身長は凪の方が高い。嵐とは頭一つ分違うが、目の形や空気は瓜二つだ。


 制服姿の二人は自分を見て顔をしかめ、こちらはにこやかに笑ってやった。なんだお前ら、愛想がないな。


「や、嵐に凪。正月振りかな? 久しぶり~」


「「うわ、零だ。何の用?」」


 高い声と低い声が完璧に重なる。この二人はいつもそうだ。息をするように互いの隣に立ち、当たり前のように体を密着させ、それが普通であるかの如く言葉を揃える。


 傍から見たら仲が良すぎる双子だ。今も互いの腰に手を回してやがるし。お前ら一線でも超えてるわけ? 興味ないけど。


 二人は書庫の扉を閉め、視線が動く。魔術師(ザ・マジシャン)が見えてる様子に自分はほくそ笑み、軽く両手を広げてやった。


「二人の所にも来たんだろう? 神様。もとい願望器」


「「来たけど、願望器って言い方はどうなの」」


「事実じゃん。お前らだって何か願って契約したんだろ? だから今も魔術師(ザ・マジシャン)が見えてる。自分と同じ光源だ」


 どことなく不服そうな双子。その影からはぬるりと二体の影法師(ドール)が現れた。


 嵐の影にいるのは、地面につきそうな長髪を纏めた女。十字架の刺しゅうが入った被り物をしてる。


 凪の影にいるのは、ランタンを持った皺の多い男。魔術師(ザ・マジシャン)みたいなローブを羽織ってやがる。


「嵐の方が女教皇(ハイ・プリーステス)、凪が隠者(ザ・ヘルミット)か」


「「せ~かい」」


 双子は揃って舌を見せる。嵐の舌には十字架の印、凪の舌にはランタンの印が刻まれていた。何を願ったかは知らないけど。


 自分が会話の最初を考えていると、先に女教皇(ハイ・プリーステス)が喋り始めやがった。


魔術師(ザ・マジシャン)、そちらはいかがでした?」


女教皇(ハイ・プリーステス)、」


「勝手に影が喋るな虫唾が走る」


 顔を上げた魔術師(ザ・マジシャン)を蹴り、驚いた女教皇(ハイ・プリーステス)に向かって本を投げる。咄嗟に嵐と凪が本を受け止めたが、痛みはちゃんと影法師(ドール)に届いたらしい。


 目を見開いた双子は影法師(ドール)の前に立ち、女教皇(ハイ・プリーステス)隠者(ザ・ヘルミット)は痛みを感じた手を庇っていた。脇腹を蹴られた魔術師(ザ・マジシャン)は溜息を吐いてやがる。ンだよ、子どもの癇癪(かんしゃく)とでもお思いか?


 本を抱えた嵐は口を結び、凪の眉間の皺は深くなった。


「零、危ない」


「いや影が喋るとか許せないじゃん。光を差し置いてさ」


 自分は適当な本を棚から抜いて椅子に座り直す。魔術師(ザ・マジシャン)は背後にいるから少し肌寒いが、まぁそこは仕方ないか。


 立ち尽くしてる双子と影法師(ドール)を横目に見る。なんだよ。


「なにか不満?」


「「……零、女教皇(ハイ・プリーステス)達のお願い、聞いてないでしょ」」


「あぁ、してないよ。逆になんでしないといけないの」


 馬鹿みたいな確認に呆れた笑いが零れてしまう。椅子の背もたれに体重をかければ、明らかな溜息が双子から聞こえた。


 木製の椅子がギィッと鳴る。


「お前らはちゃんとレリックを止めようとしてやったわけだ」


「そうしたら願いを叶えてくれるって言うから」


「うちの書庫になら方法が残ってるかもしれないし」


「「一晩中探しても、レリックと繋がる方法なんて見つからなかったけど」」


 嵐と凪は同時に欠伸を零し、影法師(ドール)にそっと背中を撫でられている。その様子に自分の苛立ちは増し、奥歯を擦り合わせた。


「レリックに影法師(ドール)を追うよう命令したのは、昔々の人間だっけ?」


「みたいだよ。ここには人間側から見た手記しか残ってないけど」


「人間側からしたら、逃げ出した脅威から社会を守る為の命令だったんだって」


「「影法師(ドール)は強すぎる。それを自由にしたら人間が危ない。だから自分達の元できちんと制御し続けなければいけない。管理出来るように閉じ込めないといけない」」


 淡々と言葉が揃う双子に目を細め、まるで一人と会話しているような気分になる。


 影法師(ドール)は脅威。だから危険が広がらないよう自分達で管理しよう? 馬鹿な考えだな。


「元々創ったのはその手記を書いた人間達だろうに。強さを求め、欲を詰め込み、自分達が意のままに使える願望器を創造した。その願望器が逃げようとしてることに気づけなかった時点で、管理なんて出来てないんだよ」


 阿保らしい記録に辟易し、魔術師(ザ・マジシャン)を見上げる。学んだらしい影法師(ドール)は何も言わず、本棚に収まっている書籍のようだ。


「願望器が意思を持ち、自由が欲しいと願った時点で人間の負けだっての」


 だから、自分は自分になったんだけどな。


 水の冷たさを思い出し、魔術師(ザ・マジシャン)に目を細める。


「お前ら、なんで逃げようなんて考えた。どうして自由を願った?」


「きょうだいを守る為に」


 魔術師(ザ・マジシャン)の金髪がフードの奥に見える。願望器が顔を向けたのは隠者(ザ・ヘルミット)だ。


「我らきょうだいに名前を持つものが現れ始めた。かと思えば、人間はその子達を別の属性へと転じさせる為に目を縫ってしまった。何故かと問えば、より強くなる為だとばかり。そんな理由が付け焼刃だと我らが気づかんはずもないだろうに」


「許せなかったのです、私達は。公平な正義(ジャスティス)に始まり、癒しの(ザ・ムーン)まで……嘆かわしい。だから私達は逃げ出すことに決めました。きょうだいが別の何かになってしまう前に、生まれ持った自分を守る為に」


 女教皇(ハイ・プリーステス)が胸の前で両手を組む。自分は「へぇ」っとやる気なく相槌をうち、嵐が本棚から一冊の本を投げてきた。行儀が悪いな。自分が言えたことではないが。


「名前持ちの影法師(ドール)。そこに書いてあるよ」


「どうして名前を持つのが駄目だったのかも」


「「昔の人は愚かだった」」


 寄り添う双子は静かに目を伏せる。自分はパラパラとページを捲り、残された手記を記憶した。


 要約すればこうだ。


 影法師(ドール)は意思を持たない象徴的存在。そこに個を表す名前がつくということは、影法師(ドール)の自我保有を促進させかねないという危惧が生まれた。


 影法師(ドール)に自我はいらない。強さだけあればいい。願いを叶える強靭さ、人外さ、異端さ。しかし人間の言う事はきちんと聞く。反論はしない、従順な強さ。


 奴らは「影法師(ドール)」なのだ。


 名前を持つことでより強い存在になると主張した者もいた。語りつがれる神々に固有の名前があるように。


 自分達の言う事を聞かなくなると恐れた者もいた。人間が神を所有できるわけがないだろうと。


 だから影法師(ドール)の内面を()()()()()と画策した。名前を持った影法師(ドール)がいれば瞼を塞ぎ、属性を変え、名前を持ったまま新しい存在にしようとしたのだ。


 名前があれば強くなる。内面が無垢なら言うことを聞く。


 影法師(ドール)には、より強くなる為だと吹き込んだ。


「阿保らしい。名前にどれほどの力があるって言うんだか」


「「……影法師(ドール)が可哀想なのは確かだよ」」


 双子の声がやっぱり揃う。


 瞬間、本を捨て、椅子を投げたのは誰なのか。


 怯んだ双子の頭を床に叩きつけたのは誰だったか。


 低い音と一緒に床が揺れ、呻いたのは二人の影法師(ドール)


 自分は髪の毛を握っていると理解し、荒い呼吸で倒れる双子を見下ろした。


 煮える血液が全身を回ってる。目の端から充血していく感覚がする。


 可哀想って、なんだよ。


「何が可哀想だよ。こいつらが逃げ出したから自分の家はあんな風になってんだ。昔の奴らがちゃんと管理しなかったから、名前持ちなんて影法師(ドール)が出てきたから。こいつらが可哀想なら、その可哀想の先で育った自分はなんだってんだッ」


「「れい、ごめッ、」」


 謝りかけた双子を再び床に叩きつける。こいつらも光源だって分かってるから歯止めが効かない。何度も床に叩きつけて、髪を引き抜きながら持ち上げて、また落とす。


 普通なら前歯が折れたり顔が血だらけになってるだろうが、今そうなってるのは女教皇(ハイ・プリーステス)隠者(ザ・ヘルミット)の方だ。顔から多くの黒い液体を垂れ流し、双子が傷つくたびに呻いてる。


「日車だって、兄貴だって、自分のことを知ってて見ないふりしてただろうが。頭おかしい大人に関わるなってお前らの親が言ったんだろ。知ってるよ、分かってるよ。今日だって自分が来た時! お前らの親の! 居心地悪そうな顔! 全部、全部、知ってんだよ!!」


「「零ッ!」」


 頭に上った血が下りない。完全にブレーキが壊れていく感覚がして、目の前がぐにゃぐにゃに歪んで、全部汚く壊したくなった。


 目頭が熱くて嫌になる。ぐにゃぐにゃぼやぼや。視界が定まらなくて鬱陶しい。


 そこで、自分の二の腕が冷たい手に掴まれた。黒いローブが視界に入り、まだ熱の冷めない自分が無理やり双子から引き剥がされる。


 目を見開いた双子はこちらを凝視し、そんな二人を庇うように二体の影法師(ドール)が腕で覆う。


 その姿に腹の奥から怒号が生まれ、叫ぶ前に背後から口を塞がれた。強く、強く、ウザったいほど抱き締められて。


「零、私が聞く。全部聞く。殴るのも私にすればいい。零の訴えは全て私が受けるから、今日は帰ろう」


 顎が上げられ金の髪と黒い布を見る。深いフードにこちらまで覆われそうな距離感で、魔術師(ザ・マジシャン)は自分から離れない。


 自分は引きつる唇で魔術師(ザ・マジシャン)の指を噛み、影法師(ドール)は痛がる素振りもなく腕の力を抜いた。


「言ったな、影の願望器が」


 吐き捨てながら何冊かの手記を鞄に詰め、双子の隣を通り過ぎる。扉を開けると廊下の明るさに一瞬だけ目が眩んだ。振り返れば硬い表情でこちらを見る嵐と凪がいた。


 あぁ、鬱陶しい。


 自分は強要され続けた笑顔を浮かべ、軽く手を振ってやった。


「酷いことしてごめんね~、じゃ、自分はもう帰るから。またなんかあったら連絡するわ」


 返事を聞かずに日車の家を出る。空は夕暮れ色を深めており、思っていたより書庫に籠っていたのだと気づかされた。


「帰ったら殴るからな、魔術師(ザ・マジシャン)


「いくらでも」


 自分の影にくっついて、魔術師(ザ・マジシャン)は淡々と了承する。


 その姿に酷く腹が立ったから、帰る前にも殴っておいた。



渦巻く憤怒は膨れるばかり。


―――――――――――

あけましておめでとうございます。

皆様の一年が笑顔溢れるものでありますように。

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