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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
擬態を千切る裁縫少女編
52/113

稲光愛恋は追い求める

「影って光がないと存在しませんよね」


 今日も雨が降っている。太陽は厚い雲に覆われて、白い線になった雨粒が窓を叩いていた。


「ユエさんと初めて会った時、私、ちょっと気絶したんです。目が覚めると暗い自室にいました。夢だと思いましたよ、なんでも願いを叶えてくれる影法師(ドール)なんて、酷い希望を与える幻だったんだって」


 焚火ちゃんはビニール傘をくるりと回し、雨粒が不規則に飛び散る。


 彼女はまだ、光源になって二ヶ月も経っていないそうだ。


 まだまだ生まれたばかりの(ともしび)は、あまりに苛烈で、今にも消えそうな喋り方をする。


「でも、洗面所の電気をつけるとユエさんが出てきたんです。光は偉大だと言いながら」


 焚火ちゃんの影がなんとなく揺れる。それは彼女の足元にしか存在せず、私はお店の軒先から見つめるしか出来なかった。


 可愛くないと思い続けた人形が並ぶINABI。お店の明かりに少しだけ照らされた焚火ちゃんは、今日も今日とておかしな笑顔が可愛かった。


「光がない影はどこに行くんでしょうね」


 またビニール傘が回る。雨はやまない。この季節が過ぎれば日が強くなって、きっと影も濃くなるのに。


「……ひ、光を求めて、動き回るのかな」


 ゆっくりと瞬きした焚火ちゃんは、ふっと笑顔に影を差す。傘を斜めにして、目元が隠され、ぼやけたビニールの向こうで笑ってる。


「でしょうね。そりゃもう必死に、我武者羅に……胸を掻き(むし)って」


 信号が青に変わる。焚火ちゃんは人形が入った袋を片手に持ち、玩具のような笑顔で(きびす)を返した。


「失礼しました。日車さんと話、出来るといいですね」


 人混みに紛れたあの子は、買った人形をどうするんだろう。


 私は握り締めていたスマホを開き、〈ひぐるま あらし〉と表示された連絡先を見つめた。


 ***


 焚火ちゃんは決まって毎月第三水曜日に人形を買いに来る。しかし今月は忙しかったとのことで、嵐ちゃんの連絡先が分かったついでにお店に来てくれた。


 私と昴くんの方は相変わらず収穫がないままだったので、焚火ちゃんは本当に森の中の灯だった。よかった、希望が消えなくて。


 >悪魔と吊るされた男を知りませんか


 挨拶もそこそこに嵐ちゃんへ連絡を入れる。物が少なめの部屋はなんだか寂しくて、影を触っても冷たいだけだった。


 昴くんに連絡を取ると、彼は図書館でもう少し本を見てくれるらしい。「私も行く」と返せば「恋さんは連絡係」と言われてしまった。「あんまり外に出て、夕映さんと会ったらどうするの」とのこと。昴くん、ちょっと過保護かもしれない。


 雨に打たれる窓を背に、部屋の隅で膝を抱える。見下ろした私の手は小さい。黒いアルカナとは全然違う。


「……ルト」


 呼んでも返事はこないから、私の鼻の奥が痛くなった。


 今、ルトはどうしているだろう。イドラと別行動してるのかな。ハイドをふらふらしてるのかな。レリックから逃げてるのかな。


「……捕まって、ないよね」


 ルトは強い。強いから、大丈夫。


 でも戦うのは嫌いだって言ってた。戦いたくないから光源にお願いしてるんだって。


 心配が募っていく。降り続く雨が水溜まりを作るみたいに、地面が柔らかくなって泥になるように。


 私が自由にしてあげたい。何も心配なくなった先で、あの可愛い笑顔を見ていたい。


 イドラと仲がいいんだよね。ユエや(ザ・タワー)のことも構いたいんだよね。目が見えなくても、縫われてても、楽しいって全力で笑ってるルトが可愛いよ。


「ルト、ちゃんと笑ってるかな」


 静かな部屋に私の呟きが消えていく。考えるだけだと何も解決しないけど、今の私は影法師(ドール)が見えない・聞こえない・触れないの三拍子が揃ってしまった。今の私にあるのは、昴くんと、焚火ちゃんがくれた繋がりだけだ。


 画面を下にしていたスマホを見ると返信の通知が届いていた。


 >貴方は知らないままがいいよ


 表示された文字に全身の血液が勢いよく沸騰する。


 指先が震える。喉が渇いて後頭部が煮えていく。


 知ってる、この子は知ってる。知ってるのに遠ざけようとする。なに、なんで、どうして。知らないと嘘をつくでもなく、どうしてそんな突き放すようなことをするの。


 奥歯を噛んだ私は無意識のうちに文字を打ち、嵐ちゃんの言葉を待った。


 >どこにいるの


 >保護されてる


 >誰に


 >零


 その名前を見て血の気が引いた。得も言われぬ不安感が私を包み、どうしようもない寒さが押し寄せる。


 夕映零。魔術師(ザ・マジシャン)に名前を与えかけた人。


 あの人、いったい何がしたいの。


 私の頭が一瞬考えることを止めている間に、嵐ちゃんの文字は続いていた。


 >迎えにおいでってさ


 それは誰が言ってるの、なんて聞くのは馬鹿だ。


 あの人が、誘ってる。迎えに来いって笑ってる。


 送られてきた住所を見た私は、唇を結んで目を閉じた。


 昴くんにも連絡を取るべき。でも夕映さんとあの子を会わせたくない。私が先に行って様子を見てくる。それで昴くんにもイドラのことを、って、そんなことしたら昴くんは怒るのか。


『恋さんの役に立てないのが、傍に居られないのが、やだったんだよ』


 違う。


 あの子は、泣いちゃうんだ。


 私の役に立ちたいからって、私の傍にいられないのは嫌だからって。


 そう言ってくれる、優しい子だから。


 私は嵐ちゃんとの連絡画面の写真を昴くんに送り、傘を握って家を飛び出した。


 アスファルトを蹴って雨粒が跳ねる。雨で靴が濡れていく。息が上がって、黒い毛先がちょっと湿った。


 傘を雑に畳みながら改札を抜け、電子掲示板を確認し、なんとか列車に滑り込む。駆けこんだ私に数少ない乗客の視線が集まった気がして急に耳が熱くなった。


 前髪や毛先を整えながら傘を畳み直し、呼吸を整える。濡れた手でスマホを取り出すと、昴くんからメッセージが届いていた。


 >篝火さん捕まえてから行くね


「……焚火ちゃん?」


 疑問が思わず零れてしまう。私の指はそのまま質問を打ち込み、昴くんからの返事は早かった。


 >どうして焚火ちゃん?


 >もしもの時の戦力と囮


 す、昴くん……。


 私は空いていた席の隅っこに座り、可愛い二人が喧嘩しないことを祈ってしまった。


 ***


「お待たせ恋さん」


「す、昴くん、焚火ちゃんも」


「こんにちは稲光さん、さっきぶりですね。さようなら」


「逃げるなっつってんじゃん」


「理不尽」


 やっぱり喧嘩してた。


 嵐ちゃんがくれた住所は郊外の一軒家を指していた。駅から人通りのない方へ進み、脇道に入ってまた歩く。そうすれば、ふと現れた雑木林の中に西洋風の建物が見えたのだ。目的地はその場所を示している。


 私は少し距離を取った木の下で昴くんと焚火ちゃんを待っていた。


 電車一本分遅れてやって来た二人は笑顔で喧嘩していた。磁石のS極とS極が反発するような二人なのに、焚火ちゃんが来てくれたことが不思議でならないよ。


「私にお願いされてたことって二つですよね。一つは解決しましたし、一つはハイドでの行動なのでこれは約束外のことでは?」


「それは恋さんからのお願いでしょ」


「夜鷹さんからは何もお願いされてません」


「ちょっと着いてきてっていう簡単なお願いを聞く余裕もないわけ? こっちはただの人間だってのに」


「ただの人間なら家で大人しくしてろって話ですね」


 焚火ちゃんは全くもって来る気などありませんでしたという雰囲気だ。昴くんは焚火ちゃんの腕を掴んで離さないけど、今なら彼女のガントレットの方が強い気がする。


 でも、焚火ちゃんは腕を振り払わない。とつとつと疑問を口にするけど結局は来てくれているんだから。私達と同じ木の下に入って、傘を畳んで、背筋を伸ばして。


 考えていた私は、焚火ちゃんの影の動きがちょっとおかしいと気づく。そこから何もない宙に視線を向け、彼女が来てくれた理由が分かった気がした。


「ゆえ、ユエが、行こうって言ってくれたの?」


 雨を落とす灰色の雲。雨雫を防いでくれる木々の枝。


 それらがじわりと滲んだかと思うと、冷たい指先が私の前髪を撫でていた。


「えぇ、そうよ。私、悪魔(ザ・デビル)吊るされた男(ハングドマン)の事が気になってたの」


 黒布に覆われた両目。銀色の短髪に、(うなじ)の部分だけ伸ばした髪が細い三つ編みにされている。黒いドレスはふわりと揺れて、精巧に創られた美しさが目の前に現れる。


 (ザ・ムーン)のユエは、雨を晴らすような明るい声をしていた。


「だから焚火ちゃんの背中を押したのよ! ね?」


「仕方なくですよ」


「そう言って私から離れないでくれるところ、焚火ちゃんの良いところよ!」


「ユエさんに何かあると私の願いが叶わないので」


「あらあらあら」


 ユエは楽しそうに焚火ちゃんの頭を撫で、肩に手を置き、首に抱き着く。慣れ切っている焚火ちゃんは玩具みたいな笑顔で溜息を吐いた。器用だなぁ。


 焚火ちゃんの目は変わらず暗い。底がない井戸を覗くような不安さえ浮かべ、それでもやっぱり寂しそう。


 不思議な子。どこまでも寂しくて、どこまでも独りぼっち。隣にどれだけ寄り添う影があっても、それは影以上にはなってない。


 焚火ちゃんはついっと洋風の建物を見上げて、昴くんの腕を払っていた。


「で、あれが目的地ですか? あんな変な所に行くのは危なそうですけど」


「変な所って、流れ的に夕映さんの家か何かでしょ。廃墟の雰囲気ないし」


「夕映さんって変ですよね。というか光源の人って総じて変ですよね」


「篝火さんだけには絶対言われたくない」


「ただの人間が何かおっしゃっている」


 昴くんのこめかみに青筋が浮かんだ。彼と焚火ちゃんを一緒にすると可愛い反応が増えるから私は元気になるんだよな。昴くんもあれくらい私に砕けてくれてもいいのに、とはちょっと思うけど。


「ねぇねぇ、そろそろ行きましょうよ。雨も少し弱まったわ」


 ユエは焚火ちゃんの髪を触り、暗い目の子は私を見る。


 そうだ、行こう。迎えに行こう。


 私が頷いた時、ふと建物の扉が開くのが見えた。


 昴くんは私の前に立ち、焚火ちゃんはユエに影に戻る合図をする。


 黒い傘を差して出てきたのは、夕映さん。あの人は今日も性別が分からない格好をして、にこやかに歩み寄ってくる。片手を振りながら近づく相手に、私達も傘を差して距離を縮めた。


「やっほー、愛恋ちゃん、昴くん。わざわざ影法師(ドール)を迎えに来てくれてありがとう! 助かっちゃったな~。普通離れたら放っておくものだと思ったんだけど」


 夕映さんが足を止める。そこで私達も止まり、少し距離がある状態で夕映さんと向かい合った。


 相手の言葉が耳の奥で繰り返される。


「……普通、普通って、なんですか」


 飄々(ひょうひょう)としてる夕映さんに喉の奥が気持ち悪くなる。この人は他人の神経を逆撫でするのが好きなのかな。


 普通なんて、誰が決めたの。迎えに来ない選択肢なんて私達にはなかったのに。


「わ、私は、ルトと一度でも離れたいと思ったことはありません」


「俺も、イドラがいないと落ち着かない。二人はどこにいるんですか?」


 昴くんが私の手に掌を重ねてくれる。私は無意識に胸の前で手を握り締めており、昴くんの温度で力が抜けた。


 夕映さんはニコニコと笑っている。かと思えば焚火ちゃんの背中が私と昴くんの前に入り、段違いの黒髪がビニール傘越しに見えた。


「やぁ! まさか君も一緒に来てるとは思わなくて驚いてるよ、焚火ちゃん!」


 底抜けに明るい夕映さんに対し、焚火ちゃんは不動だ。背中しか見えないけど、その顔には今も玩具みたいな笑顔が浮かんでいるんだろうか。


「……私も驚いてますよ、夕映さん」


 焚火ちゃんが傘を左手に持ち変える。右腕の肘は背中側で直角に曲がり、腕を縛ったイドラみたいだと思ったんだ。


 この姿勢は前にも見た気がする。


 私達と初めて会った日の焚火ちゃん。口元だけに弧を描き、ガントレットをつけた手を背中に回してた、あの姿。


「夕映さん」


 風に吹かれれば消えてしまいそうな、寂しい目を持った子。


 この子はいつも何かを探してる。追い求めてる。


 それはきっと、今日も変わらない。


「心はどこにあると思いますか」


 感情が読めない焚火ちゃんの声がする。それは私もされた、簡単な問い。


 男か女か分からない、敵か味方かも分からない。何も分からずふわふわとしてる夕映さんは、にんまりと口角を上げていた。


「人と人との間」


 焚火ちゃんの肩が微かに揺れる。虚を突かれた空気になった彼女は、ゆっくり掌を握り締めていた。


「……ありがとうございます」

これにて「擬態を千切る裁縫少女編」閉幕

次話より新編「伝承を恨んだ変幻人間編」を始めます。


視点は愛恋ちゃんから、零さんへ。


愛恋ちゃんがルトと出会う二ヵ月前。

焚火ちゃんがユエと出会う、一年前。


次回の投稿日は大晦日になります。

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