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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
擬態を千切る裁縫少女編
51/113

稲光愛恋は探してる


 焚火ちゃんには二つのことをお願いした。


 一つはハイドで、ルトかイドラを見たら戻ってくるよう声をかけてもらうこと。ユエ曰く、二人に意思があるなら私と昴くんからあまり離れてはいないって予想してくれたから。


 戻ってきて、ルト。もう一回、もう一回頑張るから。貴方に本当の自由をあげたい。私の願いを叶えて欲しい。


 ねぇ、ねぇルト、また名前を呼んで。おかしそうに頭を撫でて。


 雨が降り続く時期になり、影が見えない日が続く。


 あの日、焚火ちゃんにお願いしたことはもう一つ。


『ゆう、夕映さんに連絡を取ってくれる?』


『いいですけど、なんと連絡をすれば?』


 意図が読めていない焚火ちゃんは可愛かった。黒い目で私を観察し、目的を図ろうと揺れている。


 そんな彼女と、同じように理由を知りたそうな昴くんに私は教えた。


『ひ、日車嵐ちゃんと、日車凪くんっていう光源がいる。その子達と夕映さんは、繋がってる気がするの』


 思い浮かべたのは鏡写しの双子。いつも互いに寄り添って、誰もその間に入れない二人の子。


 私が知らない光源の名前を口にして、昴くんの眉間には皺が寄っていた。


『光源に、用があるってこと?』


『ちょ、ちょっと違うかな。用があるのは、二人が連れてる女教皇(ハイ・プリーステス)隠者(ザ・ヘルミット)


 嵐ちゃんと凪くんは女教皇(ハイ・プリーステス)隠者(ザ・ヘルミット)の希望で影法師(ドール)を集めようとしてた。その二人と夕映さんが繋がってるっていう予想は外れて欲しいわけだけど。


 でも、あの日、昴くんと夕映さんがあった日の二人の言い方は多分……知ってる。


『やっぱり怖いね、貴方は怖い。私達、暴力は嫌いなんだよ』


『俺達は話が好き。アイツも話が好きさ。今頃お話してるかな』


『『吊るされた男(ハングドマン)の子は優しそうだって言ってたから』』


 日車の双子と夕映さんは、繋がってる気がする。


 隠者(ザ・ヘルミット)女教皇(ハイ・プリーステス)の考えは何なんだろう。ルトは嫌がってたけど、行くあてのなくなったルトとイドラが隠者(ザ・ヘルミット)達の所に寄らないとも限らないし。


 全部、予想。想像。妄想と言ってもいいかもしれない。


 焚火ちゃんにはそのことまで伝えて、彼女はハイドに行った。瞬きの間に姿がなくなって、部屋に残されたのは私と昴くん。もう、ハイドに行けない私達。


 昴くんを初めて家まで送った。彼が五人兄弟の三番目だって初めて知った。


『……まだ、終わりじゃない、よね……恋さん』


 心細そうに私の指を握ってた昴くん。だから私は彼の指を包み、笑ったんだ。


『終わり、終わりになんて、させないよ』


 伝えれば森の瞳はちょっとだけ色を取り戻し、頷いてくれた。


 それからも昴くんは放課後に会ってくれた。ハイドには行けないから、私の最寄り駅で待ち合わせして、焚火ちゃんから連絡はないかと待ってみる。


 >今日も夕映さんは連絡なしです


 >分かった、ありがとう


 焚火ちゃんは定型文の連絡をくれた。無駄な情報はほぼ無く、殆ど決まった時間に連絡をくれる。それがちょっとだけ人らしくないなって思って、几帳面とはまた違う感覚が浮かんだ。


 >アケボノさんについて何か分かることあった?


 >焔さんが何も教えてくれないので収穫はありません


 >そっかぁ


 焚火ちゃんの文面から見て、焔さんと朱仄さんは知り合いだ。年齢的にも近い気がする。でも焔さんは焚火ちゃんにも何も話してない。……もしくは焚火ちゃんが私達には伏せている?


 なんて、疑ったって仕方がない。私はお願いしている立場なのだから、焚火ちゃんを信じて待つしかないんだ。


「恋さん、俺は向こうの棚にいるね」


「うん、分かった」


 ルトとイドラがいなくなった日から、私と昴くんは図書館に行くようになった。


 見るのは歴史の本。魔術の本。占いの本。なんでもいい。どこでもいいから、影法師(ドール)について書かれたものはないか探したんだ。


 なんでも願いを叶えてくれる影法師(ドール)。それが二十一体も創られて、何度も人間の願いを叶えてきたのだとしたら。ひた隠せるものではない気がした。


 昔は呼び出す為の言葉と陣があったってことは、風習や伝承の本を見たらいいのかな。でもルト達の生まれた国まで分からないから地域は特定できないし……。手当たり次第とは正しくって感じ。


 私は通路を挟んだ本棚にいる昴くんを一瞥し、本を取る。昨日読んだ本にはなかったから――


「愛恋ちゃんって受験生だよね? 受験対策本の方を読まなくて大丈夫?」


 心臓が、跳ねた。


 急速に足先から上ってくる緊張感。空調の効いた図書館で一気に体温が引いていき、口の中が渇いていく。


 私は両手で持った本を見つめ、本棚の影から覗いてる人に視線は向けられなかった。


「そんなに怖がらないでよ。自分は優しいよ? やぁーさしー人間だよ? 君の進路を心配してあげるくらいにはさ」


 本が日に焼けないように、夕焼けが入りづらい造りの図書館。そうでなくとも今日は雨。強い光なんてどこにもない筈なのに。


「焚火ちゃんを通して嵐と凪に会いたかった? なぁーんだ寂しいじゃないか。自分も混ぜてくれよ、面白そうなんだから」


 暗い。


 この人の顔は、どこまでも暗い。


 黒い。


 怖い。


 真っ黒に全身を塗り潰して、口だけ白く笑ったみたいに、怖い人。


 視界の外にいるのに、ありありと姿が想像できる。空気がそうであるように見せてくる。


 私は浅くなりそうな呼吸を堪えて、声の方にゆっくり顔を向けた。


 オーバーサイズの服装。首と肩を隠すように巻かれたストール。切り揃えられた黒い髪。


 今日も女性みたいで男性っぽい。男かと思えば女にも見える、不思議な人。


 怒りの業火を目の奥に灯した、憤怒の光源。


 夕映零。


 私は本を持つ手に力を入れ、夕映さんの長い人差し指が表紙に触れた。


影法師(ドール)について、たかだかそこら辺の本に書かれてるって本当に思ってる?」


 夕映さんはにんまりと、猫みたいに笑ってる。


審判(ジャッジメント)(ザ・タワー)、どっちが勝つかな?」


 猫の口角はどんどん上がり、私の喉はおかしな音で息を吸った。


「友情が壊れる時って、どんな音がするんだろうね」


 距離とって、鋏、手、ハイド、アルカナ――ルト。


 駄目だ。


 今の私には、何もない。


 アルカナがない。守る為に作った大きな手も、鋏も針も、何もない。


 光源でない私には、何も残ってない。


 こめかみから汗が浮く。夕映さんの笑顔が深くなる。


 彼か彼女かも分からない人は、本の表紙をもう一度叩いた。


「何してるんですか」


 ふと、私と夕映さんの間に背中が入る。


 ワイシャツの背中に茶色の短髪。私の肩を少し後ろに下げて立ってくれた、昴くん。


 彼は夕映さんと真正面から向き合って、魔術師(ザ・マジシャン)の光源は笑い続けていた。


「ただのお話さ。まったく、天明くんといい昴くんといい、自分を警戒し過ぎじゃないかい?」


「警戒されてる自覚はあるんですね」


「もちろん。自分は人の機微に敏感だからね。分かるよ、ちゃんと」


「なら、恋さんや俺が貴方を苦手だってことも分かってます?」


「分かってるよ。分かってるから話しかけてる。面白いねぇ」


 本棚に頭の側面を預け、夕映さんは腕を組む。ニヒルに笑った相手の目は細く開き、軽く八重歯が覗いていた。


「それで、嵐と凪に何が聞きたかったの? あの二人が知ってることなら自分も話せると思うんだけどなぁ」


「し、知り合いだったんですね、やっぱり、二人と」


 昴くんの袖を引き、夕映さんの目を見る。今日も暗く怒りを携えた双眼は、私と昴くんを見ているかすら分からなかった。


「知り合い。あぁ、知り合い、知り合い……?」


 口元を片手で覆った夕映さん。瞬きを何度か繰り返した人は、今にも大声で笑いだしそうだ。


「ンなの望んでないけどねぇ」


 どろりと。


 零れた感情に鳥肌が立つ。


 気づけば私は昴くんの手首を掴み、図書館を飛び出していた。


 雨が降る中、傘をさして昴くんと近くのカフェの軒先に入る。私と昴くんは肩で呼吸を繰り返し、落ち着く頃に顔を見合わせた。


「あり、ありがとう、昴くん」


「俺は何もしてないよ。恋さんこそ、引っ張ってくれてありがとう」


 微笑んだ昴くんは本当に何でもないと思ってるんだろうな。


 私はそんな彼に安堵を覚えて、昴くんが軽く手を繋いでくれる。それが嬉しくて笑っていれば、夕映さんの怖さが薄れる気がした。


 あの人は、本当に何なんだろう。私は嵐ちゃんと凪くんに会いたいのに。それを邪魔されてる? 夕映さんに会って何か解決するの?


「れ~んさん」


 温かい指が私の目の下を撫でる。顔を上げると、仕方なさそうに笑う昴くんがいてくれた。


「難しい顔してる」


「そう、そう?」


「うん」


「ゆ、夕映さんのこと考えてたら、なんか……訳わかんなくなってきちゃって」


「そうだね、俺も。だから今は少し、休もうか」


「……うん」


 眉を下げて笑った昴くんに少し鼻の奥が痛くなる。


 折角カフェに寄ったのだから、中で何か飲もうか。ルトやイドラが何をしてるか想像してみようか。そう二人で話してたら私のスマホが着信を告げた。


 画面に映っているのは〈焚火ちゃん〉の文字。


 電話、どうして。


 軽く震えた指で電話を取り、スピーカーに切り替える。昴くんは私の手を握って、スマホに耳を傾けてくれた。


「こんにちは。ぬか喜びさせたくないので先に言っておきますが、悪魔(ザ・デビル)吊るされた男(ハングドマン)も見つかっていません。夕映さんからはのらりくらりと……日車さんですかね? その方達との連絡をはぐらかされてます」


「そ、そっか」


「ならどうして電話なんてしてきたの」


 淡々と喋る焚火ちゃんは玩具みたいな笑顔を浮かべてるんだろうな。想像する私の横では昴くんがちょっと不機嫌になった。焚火ちゃんは「あ、やっぱり夜鷹さんも一緒でしたか」とどこ吹く風だ。風属性だから? なんてね。


「すば、昴くんに用事だった? 電話代わろうか」


「たしかに夜鷹さんに用事ですが、彼に直接連絡を取る勇気はないので稲光さんにかけました。きっと一緒におられると思ったので。電話はこのままで結構です」


「篝火さんが俺のこと凄く苦手だってことは分かったよ。それで、用件は?」


 焚火ちゃんと話してる時の昴くんは、私といる時とは違う顔をよくする。


 なんとなく彼を観察しながらスマホを持っていれば、焚火ちゃんはやっぱり淡々としていた。


「ひとつ、夕映さんに関して思い出したことがあるんです。そこで確認したいんですが、夜鷹さん、夕映さんと会われた放課後、あの人は魔術師(ザ・マジシャン)()()()()()と言いましたか?」


「……どういう意味?」


「そのままです。はいかいいえで答えてください。夕映さんは、魔術師(ザ・マジシャン)に名前はないと言いましたか?」


 私はスマホの画面から昴くんに視線を移す。口元に手を触れさせてる彼は眉間に皺を寄せていた。深い森はざわりざわりと、過去を思い出す為に揺れている。


「……()()()


 昴くんの返事に眉が上がる。直ぐに私も記憶を巡らせたけど、夕映さんは自分のお化けを「魔術師(ザ・マジシャン)」としか呼んでなかった筈だ。


 焚火ちゃんの質問は続いた。


「では、魔術師(ザ・マジシャン)に名前はあると言いました?」


「それも明言してない。俺が聞いたのは、あの人がイドラに対して話してたことだ。イドラの方が魔術師(ザ・マジシャン)より強いのかなって。そこで名前持ちは特別だってことも言ってた」


 名前持ち。


 その話については、ルトがいなくなった後に昴くんからちょっと聞いた。ルト、イドラ、ユエ。彼らに名前はあるけど、(ザ・タワー)は名前がない子だってことも知った。


 焚火ちゃんは「そうですか」と軽く返事をし、昴くんは眉間の皺を増やしていた。


「篝火さん、何を思い出したの?」


 夕映さんと出会ったのは、私達より焚火ちゃんの方が早い。彼女はきっと、あの黒く悲しい瞳で何かを見たんだ。


 平坦な声の焚火ちゃんは、やっぱり壊れたように笑ってるんだろうな。


「私、夕映さんが魔術師(ザ・マジシャン)()()()と呼ぶ所を見たことがあったんです。私が朱仄さんと会った日、夕映さんに助けられた時。確かにあの人は呼んでいました。でも、その後は一度も聞いたことが無いんです。アルバと呼ばれる魔術師(ザ・マジシャン)も、そう夕映さんが呼ぶ所も」


 雨はずっと降り続く。曇った世界では影が薄くて、ハイドも淡い水彩画みたいになってるのかな。


「アルバという呼び名を思い出した時、(ザ・タワー)の言葉も思い出しました。名前がある影法師(ドール)とない影法師(ドール)の違い。名づける者がいたかどうか。そして、与えられた呼び名を影法師(ドール)が気に入ったかどうか、でしたっけ」


 どこかで、微かに雷が鳴った気がする。


 まだまだ遠いどこか。私の名字と同じ、稲光(いなびかり)


「夕映零が魔術師(ザ・マジシャン)にアルバと名付けようとして、それを影法師(ドール)は拒んだのでしょうか。それとも夕映さんが影法師(ドール)に名付けたらどうなるかという実験をしていたんでしょうか」


 昴くんの眉間から皺が消える。私はスマホを何度か握り直す。


 脳裏には、いつも言葉数少ない魔術師(ザ・マジシャン)が浮かんでいた。


「不思議ですね。知ろうとすれば知ろうとする程こんがらがっていくようで。私達は光源と影法師(ドール)。光と影。追跡者を倒して願いを叶える。単純に、それだけの筈なのに」


 「不思議です」と繰り返した焚火ちゃんとの会話に、明確な答えが出ることはなかった。


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