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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
擬態を千切る裁縫少女編
43/113

稲光愛恋は森を見る

 

「貴方、影法師(ドール)を連れてる人?」


 そんな声を掛けられたのは、今年も残り少なくなった十二月半ば。ルトの冷たい空気がもこもこの服を着てないと辛くなる時期。


 お店の手伝いでレジを打ってた時、黒髪の女の子の目に射抜かれた。


 黒い短髪の向かって右側、一部分だけが白くて長い。黒い両目は穏やかで、驚いてしまったのは私の方だ。女の子が買ったスケジュール手帳を袋詰めして、あとは封をするだけだったのに。


 白いひと房の毛先が、彼女の肩付近で揺れている。


「連れてるんだね。貴方は誰に取り憑かれたの? って、いま聞いても困っちゃうか。いつならお話できるかな」


 女の子の手が袋を掴む。私は時間を確認し、バイトの子が来るまでを逆算した。


「……じ、十五分後、お店の裏で」


「分かった」


 彼女は直ぐに踵を返し、ボールペン売り場にいた男の子に腕を回す。黒髪の彼は向かって左側のひと房が白く伸ばされていた。


 鏡写しの二人がお店を出る。私は奥歯を軽く噛んで、吹き込んだ冬の風に頬を冷やした。


 ***


 お店の裏側は表ほどキラキラしてない。夕方の薄暗さで満たされ、私の前には顔形が似ている女の子と男の子がいた。体格差があって顔つきも違うと言えば違うけど、隣り合って立つ二人はやはり鏡写しみたいだ。


 きょうだい、ではないな。双子かな。


「改めて、はじめまして。私は日車(ひぐるま)(あらし)


 女の子、嵐ちゃんが男の子の腰に腕を回す。


「はじめまして、俺は日車(ひぐるま)(なぎ)


 男の子、凪くんが嵐ちゃんの頭に頬を寄せる。


「「よろしくね」」


 高い声と低い声を揃えた二人は同じタイミングで瞬きする。寄り添った体には誰かが入る隙間なんて無く、私は二人の目を確認した。


 すごく静かだ。風のない水面を見てる気分。私に対する感情が何も見えない。私も景色も一緒にした見方だ。


 嵐ちゃんと凪くんの影が揺れる。波打つ黒を見て、反応したのは私のお化けだ。


 褐色の手が私の頬を後ろから撫でる。私の肩を滑ったのは絹みたいな黒髪だ。


「なぁんだお前ら? 俺のかぁーいー光源に何用だよ」


「褐色肌に長髪」


「山羊の刻印」


「「十五番、悪魔(ザ・デビル)だ」」


 ルトの質問に二人は答えない。夜を彷彿とさせる目が、私のお化けを()()する。


 肌を刺す空気でルトが警戒した瞬間、私の体に鳥肌が立った。


 指が弾かれる音がする。視界が白く染まる。


 ハイドに落ちた私の腕をルトが握り締めていた。


「距離とってくれ愛恋。あいつら、なんか駄目な気がするなぁ~」


「わ、分かった。アルカナ!」


 水の塊が弾けて黒い手が出てくる。左手に飛び乗った私の後方に、二人の白が現れた。


 髪の色が反転してる。


 嵐ちゃんのひと房は黒くなり、残りは白に。

 凪くんのひと房も黒くなって、残りはやっぱり白に。


 二人の後ろには、それぞれ黒いお化けがいた。


 嵐ちゃんの後ろにいるのは、足首まである青白い髪を緩く纏めた女の人。目に黒い布を巻いて、頭には白い十字架が刺繍された被り物をしてる。何枚も重ねた黒い薄布の服は教会を想像させた。


女教皇(ハイ・プリーステス)


 ルトの空気が揺れる。嵐ちゃんの影法師(ドール)は喋らない。


 凪くんの後ろにいるのは、黒いランタンを持ったお爺さん。地面に擦るほど長いローブを纏い、顔には計算し尽くされた皺が刻まれてる。黒布で覆われた両目は前を見据えている気がした。


隠者(ザ・ヘルミット)


 ルトの声に黒いお化け達は答えない。嵐ちゃんと凪くんに寄り添って、双子の白い目はルトを離さなかった。


 なんだろう、嫌な感じ。


悪魔(ザ・デビル)、もうやめましょう」


 口を開いたのは女教皇(ハイ・プリーステス)。嵐ちゃんは自分のお化けの腕を持ち、女教皇(ハイ・プリーステス)は俯いていた。


「長い長い時間が過ぎました。それでも、何をしてもレリックは止まってくれません」


「あ~? だから俺達は光源を選んで助けてもらってるんだろぉ? 久しぶりに会ったと思ったら、なぁに言い出してんだよ生真面目姉さん」


「私達の我儘であの子達を殺し続けることに疲れたのです。ねぇ、悪魔(ザ・デビル)……消えるべきは、私達ではないですか?」


「はぁ?」


 ルトの空気がどんどん冷たくなる。霜が降りて凍りそう。吐いた息は白くなるかな。それくらい今のルトは冷たくて、不機嫌だ。


 ルトは黒い手から降りたので、私も続いて着地した。大丈夫かな、この空気。


「ふざけんなよ、なんでンな話になるんだよ。お前はいっつも意味わかんねぇこと急に言い出してよぉ……おい隠者(ザ・ヘルミット)! 代わりに説明しろ!!」


「落ち着け悪魔(ザ・デビル)。考えすぎで女教皇(ハイ・プリーステス)は少し疲れただけだ」


 隠者(ザ・ヘルミット)がルトを宥める口調でランタンを揺らす。私は集まり出したバクを見て、黒い両手を軽く振った。嵐ちゃんや凪くんの周りからも綺麗にバクが吹き飛んでいく。あ、あのバク可愛い。今日の材料にしよう。


 宙に浮かんだ三体のバクを縫い針で貫いて水の糸を通す。その様子を見ていた双子ちゃんは軽く息を呑んだ気がした。貴方達はどんなアルカナを使うのかな。


 初めて会った私以外の光源。それはちょっと嬉しくて、友達になれたらいいなって思ってしまう。ルトのきょうだい喧嘩の後、話が出来るかな。


 私がバクを払って集める間、隠者(ザ・ヘルミット)とルトが話していた。


「どうだろう、久しぶりにきょうだい全員集まってみないか。積もる話もある。こちらの考えも聞いて欲しい」


「やぁ~なこった。何があったか知らねぇが、今のお前らは空気がいやだね。俺はかぁーいー光源を見つけたんだ。今度こそ自由になってやらぁ」


悪魔(ザ・デビル)


「行こうぜ」


 ルトは私の名前を呼ばない。引っ張られた勢いで再び手に乗ったけど、私は嵐ちゃんと凪くんを振り返ってしまった。


 二人の目は静かなまま。


 その目は焚火ちゃんとちょっと違うけど、嫌いじゃない。


 だから私は蝶や蛾に見えるバクを縫い合わせた人形を置いた。黒い右手で、二人の目の前に。バクのシルエットは蜘蛛っぽく固めたから、題名をつけるなら「捕食者」かな。


 二人の反応を観察する。


 白い目を丸くした嵐ちゃんと凪くんは、そこで初めて顔色を変えた。


 白い頬が青白くなって、ゆっくり視線が逸らされる。女教皇(ハイ・プリーステス)隠者(ザ・ヘルミット)の後ろに隠れた二人の目はもう見えなかった。


 ……。


「行こ、行こうルト」


 私は右手を建物に突き立てて力強く上る。直ぐに屋上へ辿り着き、私は隣のビルに向かって右手を飛ばした。


 速度を上げて嵐ちゃんと凪くんから離れる。ルトの機嫌は戻ったみたいで、冷たい空気は柔らかくなっていた。


 バクがビルを駆け上がり、私に向かって飛び掛かってくる。手近なビルの屋上に滑り下りて迎え撃てば、私の指先が冷えている気がした。


 叩きつけるようにバクを裁縫していく。水の糸を通して繋ぎ、(むし)った羽根を縫い付ける。


 思い出したのは嵐ちゃんと凪くんの目。私と同じ光源なのに、私の可愛いから後ずさった、あの二人。


 光源でも違うんだ。ハイドに来られるのに。同じようにバクを狩ってると思うのに。黒いお化けに取り憑かれて、願っているはずなのに。


 そんな人にも私の可愛いが異物に見えるなら、やっぱり私はおかしいのかな。


 視界が滲んで喉の奥が詰まってしまう。頬を伝った水滴は、糸から落ちたものではない。


 別に、私の可愛いを押し付けたい訳じゃない。誰かの可愛いを否定したい訳でもない。


 ただ、ただ一度でいいから、同意が欲しい。


 これが可愛いって言った時、可愛いねって頷いて欲しい。それいいねって受け止めて欲しい。


 だって、そうじゃないと、私の気持ちが零れ続けてしまうもの。渡しても捨てられる。持ってるだけでも取り上げられる。擬態して、擬態して、ならその擬態はいつまでしてれば許されるの。


 誰にも否定されてない世界を知った。でも得る度に欲は増す。私の可愛いを許される世界を知っちゃったら、次はそれを見てくれる人がいないかな、なんて。


 どれだけ可愛いと声に出しても、響く木霊(こだま)は返事をくれない。


 ケラケラ笑ってくれるルトは好き。でもルトは影法師(ドール)だ。お化けなんだ。人ではない。私とはやっぱり根が違う。


 これは盛大な我儘だって分かってる。怒られないハイドに来て、気味悪がられるものを好きなだけ作っておいて、それでもまだ求めるなんて。


 分かってる、頭ではちゃんと分かってる。そこに気持ちがついていかないだけだから。


 渇いていた場所に水を得てしまった。それは浸透する前に蒸発してしまった。だからもっと水が欲しい、もっと私を満たしてほしい。


 けど、そんなの誰にも、許されない。


 完成したバクをアルカナで包む。私の可愛い、私の好き、私の安心。


 誰もがこれを怖がってしまうなら、私の中だけに仕舞うしかない。私の手の中で守る他ない。


「泣いてんのかぁー? かぁーいー愛恋」


 ルトが私の顔を覗き込む。お化けの機嫌はいつも通りに戻っていて、落ち着かないのは私の方だ。


 ふわっと思い出したのは、小さい頃の呼び名。もうお父さんもお母さんも呼ばなくなった、私の愛称。


「ねぇ、ねぇルト」


「んー?」


「あ、愛恋じゃなくて……恋って、呼んでくれる?」


 縫われたルトの目を見透かすように顔を付き合わせる。私の突飛なお願いに、黒いお化けはこめかみを指で掻いていた。


「わりぃなぁ、愛恋。俺にそれはできねぇ。お前の名前は稲光愛恋だろ? それが真名だ。お前が恋と名乗るのを止めやしねぇが、俺はお前を愛恋と呼び続けるぜ。そうしねぇと、いつか愛恋が恋に変わっちまう。そりゃ間違いだ」


 難しいことを、お化けが言う。


「ん? だがこの言い分だと、俺もルトだと呼ばせちゃいけねぇのか? だがそれはちと嫌だなぁ。でもなんで俺は嫌なんだっけか? 悪魔(ザ・デビル)が俺の名称だろうに」


 私の頭を軽く撫でる。


「俺はルト? いいや、俺は影法師(ドール)悪魔(ザ・デビル)だ。だがルトという響きがいい。呼ばれる度に笑っちまう。俺はいつからルトになりかけてんだ? 分からねぇ、分からねぇが、ルトを捨てる事もできやしねぇ。だがお前を恋と呼ぶのは俺の根っこみてぇな部分がやめとけっていう……なんだぁ、分からねぇが、悪いな愛恋」


 ルトの手から私の髪が流れ落ちる。発光している光の髪。バクを寄せ付ける輝く餌。


 涙が止まらない私は、胸の前で両手を握り締めた。


「いい……いいよ。ごめんねルト」


「いーいや。って、お、ありゃぁもしやぁ~⁉」


 立ち上がったルトが私から離れていく。屋上に着地した人の気配を感じる。


 嵐ちゃんや凪くんじゃない。あの二人はきっと、一人で行動なんてしないから。


 いたのは青い髪と青い目の男の子。知らない子。彼の隣には銀髪を揺らす人がいた。黒いワイシャツに黒いズボン、裸足の左足首には足枷があって、男の子の影と繋がってた。影法師(ドール)、なんだろうな。


「よぉ〜、吊るされた男(ハングドマン)


「久しぶり、悪魔(ザ・デビル)


 ルトと銀髪の影法師(ドール)が楽しそうに近づきあう。私は隣に寒さを感じて、顎から涙が滴り落ちた。指の関節に当たった雫を目で追って、白い髪が肩から滑る。


 見せるの、怖いな。見られるの嫌だな。私の可愛い、ちゃんと隠しておかないと、怖がられる。


 自分に言い聞かせるごとに涙が溢れて、ルトの声がしても止められなかった。


「おーい愛恋、いつまで泣いてるんだ? かぁーいー顔が台無しだろうに」


 涙について問われても私は答えられない。この気持ちを言語化するには、私は未熟だから。


 答えられないまま視線を動かすと、男の子の青い目と視線が合う。


 その子の目は、深い森のように薄暗かった。


 何にも期待してない。疲れ切って、寂しくて、今にも泣き出しそうな悲しい目。


 それでも周りに気を配っちゃうような安心感もある。不思議。森の木が枝葉を伸ばして木陰を作る空気。飛ぶのに疲れた鳥に羽休めさせてくれそうな穏やかな色。


 今にも折れそうな木が懸命に枝を支えてる。青く変色した目は森というより海も思い起こさせた。深くて暗い。でも冷たくない。うん、やっぱりこの子は、海じゃなくて森。


 ぐちゃりと混ざった目をした男の子と焚火ちゃんが重なって、ズレていく。


 この子は焚火ちゃんではない。この子はこの子、名前も知らない男の子。誰かと重ねるのは失礼だ。


 彼の目は彼しか持ってない。似てる目はあれど同じ目は一つもない。


 焚火ちゃんと似た目。でも明らかに違う瞳の奥。


 そんな目の子が駆け寄ってくる。首に巻いた鎖を揺らして、眉をちょっとだけ下げて。


「だい、じょうぶ、ですか?」


 膝を着いた彼の目を食い入るように見てしまう。


 あぁ、でも駄目だ、駄目だよ。折角こんな素敵な目の子に心配してもらえたんだから、笑わないと。


「平気、平気です。心配かけて、ごめんなさい」


「……なにか悲しいんですか?」


 男の子は私だけを見てる。私の後ろにあるバクは気にならないみたいに、私の傍に居てくれる。


 だから私は、少しだけ弱ってしまったのかもしれない。


「……悲しい、悲しいかもしれません。ずっと、ずっと……でも、綺麗、綺麗な目の人に会えたから、大丈夫です」


 良かった、良かった。光源の人に、こんな素敵な目を持ってる人がいてくれて。


 不思議な世界に選ばれた人の目が、全員輝いてなくてよかった。


 もしみんな輝いてたら、私は焼かれてしまいそうだから。


 笑っていると、目を丸くした男の子の鎖が伸びて私の背後で衝撃音がする。振り向くと鎖がバクをコンクリートに叩きつけていた。


 深い森の目が揺れている。私の涙が思わず止まる。


「……あり、ありがとうございます」


 伝えたら、男の子は唇を噛んで目を伏せちゃった。


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