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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
擬態を千切る裁縫少女編
41/113

稲光愛恋は爆発する


 ルトと会った翌朝。私は、昨夜の事が夢に思えてならなかった。


 朝日がジリジリと部屋に差し込む。半袖セーラー服を着た私の影を黒くする。


 私はじっ……と影を見て、黒が一瞬揺らいだ気がした。


 ……よし。


「ル、ルト~」


「なんだぁ~愛恋」


「わぁ……っ!」


「おん?」


「かわ、可愛い、可愛いねぇ」


「そりゃありがとよ~」


 恐る恐る声をかければ、可愛いお化けがにゅっと現れる。黒い長髪に浅黒い肌。布で隠された目がやっぱり残念だけど、にんまり笑った口元がギザギザで可愛かった。


 あぁ、夢じゃなかった。お化けは私の影にいる。可愛いお化けが私に取り憑いてる。


 それだけで、私の視界が輝いた。


 スカートの裾が膝に当たる。無意識の内に私の足は弾んでいたようで、ルトも同じように揺れてくれた。可愛い。ゆらゆら、ゆらゆら、可愛いお化け。


 浅黒い頬に手を添えたら冷たい空気を放ってる。氷に触ったみたいに冷たくて、それでもお化けが溶けることはなかったんだ。


「上機嫌だなぁ、かぁーいー愛恋。そんなお前にぃ、俺からのプレゼントだ」


「ぷれ、プレゼント?」


 何かを両手で包んだルト。私は受け取る為に両手を差し出し、ぼとりと落とされた黒い塊を凝視した。


 エビの体に犬の頭がついた黒いお化け。動かないそれは私の両手に乗っていて、ルトは声高く笑っていた。


「それはバク! かぁーいー愛恋の燃料さぁ!」


 踊るルトの前で私の視界が光りを増す。私が味を感じる唯一のものだってお化けは謳う。


 私はバクを握り締めて、鳥肌のたった体で踵を上げた。


「か、可愛い!!」


「だろ!!」


 朝から部屋でお化けとはしゃぐ。キラキラきらきら、私の視界が輝いた。


 あぁ、なんて素敵な朝!


 ***


 (しお)れかけの花が好き。枝で揺れる青葉より、木枯らしに吹かれる枯葉が好き。目に優しい馴染みの形は苦手なの。


 みんな一緒の学生服。それはいい。その学生服を纏ってるのが人じゃない何かだったら良いのにって思ったのはもう何回目だろう。


 綺麗な足が伸びたスカート。喉仏が見えるワイシャツ。


 そのスカートから植物の蔦が伸びてたら面白くないかな。ワイシャツを着てるのが鱗のある肌だったらワクワクしないかな。


 なんて思っても、私が胸躍ることは気持ち悪いんだろうね。


「愛恋ちゃん、このマスコットあげるよ! お土産!」


「あ、あり、ありがとう」


 お昼を一緒に食べてくれる子がウサギのマスコットをくれる。他の子にも配ってて、遊びに行った先のお土産なんだって。ありがとう。


 ルトがバクを散らしてくれたお弁当を前にマスコットを見下ろす。最近人気だと彼女達は話してるけど、私はこういったものに興味がない。お店で見るのと同じように可愛いと思えない。


 みんな鞄につけたから、真似て私も鞄につけた。可もなく不可もなく。紐が切れて落ちるのを待つだけかな。それよりも、みんなが飽きるのが先なのかな。


 誰かの可愛いを否定する気なんてない。それはただの違いだもの。私と違うってだけだもん。


 私はウサギから視線を外す。バクと一緒に食べたウインナーは美味しかった。


「ねぇ、ねぇルト。ハイドに行けばバクがいっぱいいるの?」


「あぁいるぜ。人間は直ぐにバクを生むからなぁ」


 いつも足が重たい帰り道。寄り道したのは人のいない公園。ブランコを揺らしたら温まった空気が首を撫でた。髪の毛、くくらないといけないかな。


 影から出てきたルトは後ろから抱きついてくれる。そしたらルトの冷気に周りの熱気が負けたから、私は涼しさに笑ったんだ。


 私が揺らしたブランコに合わせてルトも前後する。「お~」と頭の上で笑ってるお化けは本当に可愛いくて、黒い髪がカーテンみたいに私の頬を滑った。


「かぁーいー愛恋、武器は決めたかぁ?」


「なん、なんでも良いんだよね?」


「あぁ、なぁ~んでもいい。愛恋が好きなもんで戦ってくれ。悪魔(ザ・デビル)である俺のアルカナがあるからなぁ」


悪魔(ザ・デビル)……」


 私に憑いたお化けは悪魔。悪魔って言ったら何だろう。私って言ったら、何だろう。


 爪先を上げてブランコを下げ、足の力を抜く。踵が上がる所で爪先に力を入れて、ふわっと後ろに戻っていく。


 私とルトの黒髪が混ざってなびく。冷たい空気が私達の周りにだけ充満する。


 ブランコの鎖を握った手は小さい方なんだと思う。私はそんなに身長が高くないから、手足もクラスの子より控えめだなって自覚があった。ちょっと……いや、だいぶ嫌。


 こんなに手が小さいから私は何も守れなかったんだ。力が弱いから掴んだ物を(むし)り取られたんだ。


 もっと大きな手があれば、もっと強い力があれば、私は大事な物を守れるのかもしれない。


「……手、手は、創れる?」


「手ぇ?」


「う、うん、手。おっきな両手」


 顔を上げたら目と鼻の先にルトの顔があった。にんまり笑ってるルトの歯は綺麗に噛み合ってて、なんでも齧り取っちゃいそうだ。かと思えば口が開いて、山羊みたいな印が浮かぶ黒い舌が覗いた。可愛い……。


「出来るさ、愛恋。バクを食べ、望めばお前は何でも出来る。なにせ俺が憑いてるんだからなぁ」


 キラキラって、また私の視界が輝いた。


 何でも出来る。ルトがいれば、私は何でも出来るんだ。


「行き、行きたい。ルト、行こう、私をハイドに連れてって」


 ブランコを止めてルトの頬に両手を添える。掌から感じる冷たさに笑えば、ルトは私の頬を両手で包んでくれた。私を真似るみたいな動作。傍から見れば、私はブランコに座って空を見上げ、両手を上げている人なのかな。


 そんなどうでもいい考えをルトの指が消してくれる。ゆっくり私の頬を撫でたお化けは、ちょっとだけ泣きそうな声をしていた。


「あぁ。行こう、行こうなぁ、愛恋」


 離れたルトの指が鳴る。


 私の視界は白くなり、ブランコもジャングルジムも錯覚みたいな世界に来てしまった。


 不思議、不思議、とっても不思議。触れば感触があるのに、デッサンみたいな景色だから現実味がない。青葉も道路標識も色が抜けちゃって、モノクロの世界は人形を作る前の設計図に近い。


 丁寧なデッサンで創られた世界。濃淡のある影からは黒い塊が這い出てきて、それが、とっても可愛いバクになった。


 私の体温が上がってしまう。


 右を見ても左を見ても、影から出てくる可愛いお化け。


 くるくる前後左右を確認して、視界に入った私の髪は白かった。


 不思議、不思議、どこまでも不思議。長いローブを着ているルトには足が生えて、爪先の尖った靴が少しだけ見えた。


「ここ、ここがハイド?」


「そうさぁ、ここは俺達影法師(ドール)の世界。人間が零した想いを食って力に変える」


 わらわらとバクが私に集まってくる。


 大きな蟻にカマキリの刃がついたような子。スライムにサメの頭がくっついた見た目の子。四つん這いの人がいると思ったら、二本ずつの手足じゃなくて、四本の手だったよ!


 可愛い、可愛い、不気味で可愛い。歪んで可愛い。


 ジキルのみんなは私と違う可愛いが好きなくせに、生み出す影はこんなに私好みだなんてッ


 可愛い子達は私の足に噛みついて、皮膚を剥いで、髪を掴まれる。


「いッ、愛恋!」


 ルトの足から黒い液体が溢れて、私の足から力が抜ける。膝をついても血は出ない。食いちぎられた場所は再生していく。


 私に群がる黒いお化け。ルトの声がどんどん遠くなって、髪や肌が毟られていく。


 私は美味しい? 光が欲しい? こんな私をどうしたいの。


 指が引き千切られる。お腹の辺りが切られて、暗いバクに覆われていく。私だけが中心で光ってる。


 私を食べる可愛い子達。


 それでも、ごめんね。


 貴方達に全部食べられるわけにはいかないの。私は願いを叶えて欲しいの。


 誰にも私の好きを奪わせない。私の好きを守れるようにしてもらう。その為に、私は大きな手がいるの。


 食べるのは貴方達じゃない。


 食べるのは、私の方。


「アルカナ!」


 大きな大きな手が欲しい。なんでも掴む強い掌。握り潰してくれる強い拳。私を守る強靭な盾。


 右手を振れば、私に群がっていたバクが水飛沫と共に吹き飛ばされた。開けた視界に映るのは、大きく黒い右手の先。


 尖った爪に長い指。分厚い掌、浮かんだアルカナ。


 それは私にはない形。ルトの手みたいになったのは、お化けの手を私が強そうって思ってたからなのかな。


 右手を動かしたら、連動した手がバクを掴んで握り潰してくれる。


 でも、右手だけなんて不便だな。


 左手も欲しい。両手がいい。


「ルト、ルト! これ、左手も出していい? 両手にしてもいい!?」


「っぎゃはは! あーあ勿論! 創れ愛恋! 何でも創れ! だがしかし、創る為にはまずは食え!!」


「うん、うん!」


 黒い液体だらけになっていたルトが轟く声で笑い始める。私は潰れたバクを口に入れて、美味しさを噛み締めた。


 可愛い可愛いお化け達。


 私を見つけてくれた歪な影。


 私の戦う糧になって。私の力の源になって。私の生きる燃料になって。


 食べて、食べて、右手が大きく硬くなる。「アルカナ」の声に合わせて水の塊が宙に湧き、飛沫と一緒に左手が出来上がった。


 地面を抉ってバクを潰す。


 大丈夫、大丈夫、私が全部食べてあげる。私のお腹に入れてあげる。


 みんなが落とした影のお化け。みんな隠してる気味悪い黒の部分。


 食べて、食べて、誰にもあげない。私の為の糧にする。


 ブランコを千切って、ジャングルジムを折って、砂場を抉る。


 私の周りにバクがいなくなった時、ルトの笑い声が大きくなった。


「ぎぃっ、はははっ!! い〜いぞ、いいぞ愛恋!! お前は悪魔(ザ・デビル)の光源にふさわしい!!」


 顎から汗が滴り落ちる。いっぱいになったお腹を摩ると宙にある黒い手も同じ動きをした。


 ルトは私の影と繋がったまま踊ってる。宙でふわふわ、私の黒い手の間で、幻想的に。


「最初はど〜なるかと思ったが、いい痛みだった、いい経験だった! あぁ愛恋!! お前を選んだ俺は正しかった、俺とお前が出会うのは必然だった!」


 鋭いルトの手が私の右手と腰を抱いてくれる。ふわりと両足が浮いたことに驚いてたら、ルトがアルカナの手の上に乗せてくれた。


 宙にある私と悪魔(ザ・デビル)のダンスホール。左掌を上に向けたまま足をくるりと回して、上げた右手はルトが優しく支えてくれる。


 ちぎれた制服のスカート。穴が空いたスカーフ。毟られた髪は元に戻って、無くなってた指も再生した。


 黒い液体だらけだったルトも治って、二人で楽しく笑ってしまう。


 あぁ、なんて素敵。なんて不思議。この世界に私を(うと)む人はいない!


 誰もいない、誰もいない! 私は私らしくあって怒られない!


 ならもっと、もっと、もっと欲しい。


 バクを潰すだけじゃ嫌。もっと綺麗に切れる鋏が欲しい。


 切れるだけでも嫌。正しく縫える針と糸が欲しい!


 ルトに抱きついて掌から飛び降りる。燃料満タン。準備は万全。


「アルカナ!」


 黒い右手に鋏を持たせて、黒い左手には針をどうぞ。糸はルトの属性を。水なら絡まることもない。


 ルトと着地してまた踊る。


 この世界は私を拒まない。私の可愛いが溢れてる。誰も見てない、誰も知らない、私が私であっていい世界。


 そんな素敵な世界でお化けと笑う。


 楽しい、楽しい、とっても楽しい。


 その筈なのに、どこまでも、楽しい筈なのに。


「なぁ、かぁーいー愛恋?」


「うん?」


「なぁーんでお前は、泣いてんだぁ?」


 覗き込んだルトに笑う。私の頬から雫が散る。


 白い髪を揺らした私は、黒いお化けの手を握り締めた。


「わ、分かんない!」

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