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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
擬態を千切る裁縫少女編
40/113

稲光愛恋という少女

 篝火焚火が影法師と出会う十カ月前。

 夜鷹昴が影法師と出会う四カ月。


 蒸し暑い文月の夜、少女の元に影がくる。

 可愛くない、可愛くない、あれもそれも可愛くない。


 どうしてみんなの可愛いは許されるの。


 どうして私の可愛いは、捨てられちゃうの。


「かぁーいー顔してんなぁ、稲光(いなび)愛恋(あれん)。その口で教えてくれよぉ、お前の願いをさぁ」


 蒸し暑い夜のこと。眠れないから水を飲み、がらんどうのお店を見て回ってた深夜の時間。


 レジで灯したランプの光。揺らめいているのは黒いお化け。私の影から飛び出した、浅黒い肌の綺麗なお化け。


 袖口の広い黒服に身長分はありそうな黒い髪。どちらもとっても綺麗で、髪から覗いたとんがり耳がチャームポイントかなって思う。それともギザギザの歯がチャームポイントなのかな。


 お化けは私を見下ろした。両目は黒い布に覆われてるから、そこだけちょっと残念だ。


「うん? おぉ? だんまりか? 俺が怖いかぁ?」


「ううん、違う、違うよ。貴方はとっても、綺麗で可愛いお化けだね」


 弾む心臓を押さえて耳が熱くなる。好きな芸能人に会ったらファンの人はこうなっちゃうのかな。手汗をかいて、早口になって、言いたいことを一生懸命探す今の私みたいに。()()()に会った時の私みたいに。


 お化けはちょっと間をおくと、お店に響くほど笑いだした。お父さんとお母さんが起きるかも。けど、お化けの手が私の顔を掴んだからどうでもよくなった。


 大きな片手が私の両頬を挟む。柔らかさを確認するみたいに触られてるのがくすぐったくて、笑えばお化けも上機嫌だ。


「お化け、お化けかぁ! しかも綺麗で可愛いってぇ⁉ 面白れぇーなー稲光愛恋! 気に入ったぁ! 気に入ったから、もっと気に入る話をしてくれよぉ!」


「気に、気に入る話? それをしたら貴方ともっと話せるかな」


「あぁ勿論、たくさん話せるぜぇ」


「な、なら頑張る。どんな話がいいかな」


「話題は決まってるんだなぁ、これが。稲光愛恋を俺に教える話。それ一択さぁ!」


 その話題に頬が上がる。暗い夜のお店の中、可愛くない人形に囲まれた真ん中で。


 私は、捨てられ続けた私の話をするんだ。


 ***


 私は、そう、ふわふわしたベールも、柔らかい質感も、可愛いって思えないのが私だよ。


 小さい頃からそうなの。みんなが可愛いって選ぶ人形とか、欲しいって強請(ねだ)るおもちゃに興味なかったの。可愛くないって私は思うから。


 いつだったかな、保育園の頃かな。テレビで触覚がおかしくなったカタツムリを見たよ。膨らんだ触覚が緑っぽく輝いてたな。それがすごく綺麗で、一生懸命どこかに這っていく姿が可愛いって思ったの。


 小学生になって調べたら、あれはロイコクロリディウムっていう寄生虫につかれたカタツムリだって分かったよ。凄いよね。きっとテレビでも説明されてたんだろうけど、私はその姿ばかり目に焼き付けちゃってたんだ。


 そう、小学生の頃にも用水路に飛び込むカマキリを見たの。カマキリの体はすぐに動かなくなって、にゅるって出てきた黒い虫だけが泳いでいった。それはハリガネムシっていう、やっぱり寄生虫なんだって。


 私、そういうのが好き。人の身体を乗っ取って、生きる為に操る感じ。何も悪いことなんてしてない。生きる為に頑張って、宿主と一緒になって、宿主の動きや体をちょっと変えながら生きぬく姿勢がとっても好きなんだ。


 そうしないと生きられない、生き残れない。誰かに寄生するのが生まれつきの習性なんて、凄いと思うんだ。


 生物は色んな進化をしてきたよね。進化して進化して、進化して今の形になったのに、その姿が別のものと合わさって変わっちゃうのが可愛い。生きる為の機能を整えた結果が寄生って面白いよね。


 進化した最終形態。それは生きるのに一番適した姿の筈で、寄生虫は自分に適したのは寄生だって決めて、宿主の最終形態を変えちゃう強さや能力を手にしたんだよ。やっぱり凄い。


 誰かを無理やり自分の思い通りに動かそうとする。それは人間も同じだと思う。でも人間は相手の体の中に入って、形を変えて動かす事なんてしないよね。


 寄生は侵略であり変異。整えた形を崩して違うものに変えてしまう。


 それはとても醜くて、どこまでも惹かれる行為だって私は思うんだ。


 崩された完成。壊された均衡。目を背けたくなる異質。それが、可愛くて好き。


 だから私ね、自分でも作るようになったの。お父さんもお母さんも裁縫が得意で、お店を開いてるし、作り方はよく見てたから。


 何回も針で指を刺したよ。玉結びだって緩かったし、綿の詰め方だって均一じゃなかった。


 見よう見まねで作った最初の子は、それでもとっても可愛くて、お母さんにプレゼントした。頭は猫、体はナメクジ、背中に翼。可愛いね。


『がんばったね、恋』


 お母さんは褒めてくれた。体の奥からふわってするくらい嬉しかったな。


 だから今度はお父さん。頭はお花、体はクマ、尻尾は蛇の可愛い子。違うと違うが組み合わさった姿こそ可愛いって私は思うから、それをあげたかった。


『、すごいな、恋』


 お父さんも褒めてくれた。変だなんて言わなかったよ。おかしいなんて一言も言わなかった。


 だから私は作り続けたんだ。お母さんやお父さんが作る可愛いとは違うけど、私の可愛いだって見て欲しいよね。もっと色んな人に見てもらって、色んな人と可愛いを共有したい。


 そう思う事は、いけないことかな。


 私は沢山作ったよ。私の好き、私の可愛い、それに囲まれるって安心するでしょう?


 それでも、お母さんもお父さんもそれを許してくれなかった。


『……恋、これもう汚れちゃったから、捨てても良いかな?』


『え、でもまだ、』


『ここも解れてるし、ね?』


 苦笑いしたお母さんが私の部屋から私の可愛いを取って行く。だから私は空いた棚に新しい可愛いを作って入れてたんだけど、それもやっぱり色んな理由で盗られちゃった。


『恋、もうやめなさい』


『なん、なんで? お父さん、これ可愛くて、』


『愛恋』


 新しい子を作ろうとしたら止められるようにもなったの。どうしてかな。どうして、お父さんやお母さんは自分の可愛いを売るくせに、私の可愛いは作ることも駄目なのさ。


『ど、どうして駄目なの?』


『愛恋、これは可愛くないから』


『わ、わた、私は可愛いと思って、』


『愛恋』


 駄目だって言われた。捨てられちゃった。私が可愛いとは思わない物を色々貰って、これが可愛いだよって教えられた。私はそれを一度だって可愛いなんて思ったことないのにさ。


 その頃から、私、言葉が詰まるようになっちゃったの。最初の言葉。喋ろうとすると急に怖くなって、無意識に繰り返してて、それが学校では笑われるようになっちゃった。でも直せないの。何かを言おうとした時、遮られるのが怖くて、否定されるんじゃないかって不安が押し寄せるから。


 私の意見はみんながおかしいって指さす気がして怖いの。私を否定されてるみたいで、冷や汗が止まらなくなるの。


 ……あぁ、そうだ。美術の時間も、先生は私の可愛いを分かってくれなかったな。


『普通のを描いてみようか』


 普通って何。


 先生の苦笑いはお母さんと一緒だった。


 嘲笑するクラスメイトが大っ嫌いだった。


 お父さんとお母さんのお店も嫌い。キラキラキラキラ、可愛くない。ふわふわふわふわ、苛々する。


 お店に来る人はみんな楽しそうな目をしてる。そんな目が気持ち悪くて、私とは物の見え方が違うんだって寂しくなったよ。


 私と同じ世界を見てる人はどこにいるんだろう。どうして私の目だけキラキラしたものを嫌だと思ってしまうんだろう。どうして私の可愛いは、みんなの気持ち悪いになっちゃうんだろう。


 私の目がおかしいの? 私の頭がおかしいの? 私の感覚がおかしいの?


 でも、それって誰が決めたのさ。


 私は、みんなに笑われて遠ざけられた私の視界が、大好きなのに。


 だから探した。キラキラしてない目。怒ってるのとは違う、悲しいとも違う。私と同じじゃなくていいから、少しでも似てる目が欲しかった。似ている視界の人に出会いたかった。私の世界が他の人に壊されちゃう前に、私の世界も間違いじゃないって、支えて欲しかったの。


 だって、寂しいから。


 寂しくて、寂しくて……寂しいよ。


『……お、お母さん、お母さんは、私があげた人形捨てちゃった?』


 聞けばお母さんは苦く笑った。私が初めて作ったお人形。私が一生懸命作った不器用な可愛い。


 それがゴミ袋に入れられてるの、私は見てたよ。


『ぉ、おと、お父さんは、私があげた人形捨てちゃった?』


 聞けばお父さんは目を逸らした。気まずそうな空気で話を変えて、もう私のことを「恋」とは呼んでくれない。


 貴方の手が私の可愛いに触れたくないって思ってるの、知ってるよ。


 私が部屋に飾ってた人形もゴミ袋へ。

 私の裁縫糸も針も笑って没収。

 私の裁ち鋏は押し入れの奥底に。


 私の世界が崩される。私の好きが奪われる。


 否定、取り上げ、口にすることも許されない。


 だから、私は普通を目指した。


 擬態したんだ、生きる為に寄生するあの生き物達のように。


 普通の女の子。普通の可愛いが好きな子。普通に普通の事ができる子。


 ひっそり息を潜めた。そうすることでしか私の視界は守れなかった。このままいけば、私の視界まで可愛くないに侵食されそうだったから。


 その中でずっと探してた。私が求める目を。私と似ている視界の人を。その人がいれば、私の視界は嘘にはならないはずだから。


 目は口程に物を言うって言葉があるでしょう? だから口にしないことも、表に出せないことも、目には出てくるの。


 探して探して、求めたの。私が皮を脱いでも許してくれる人はいないかなって。私の可愛いを捨てない人はいないかなって。


 私を許してくれる目が欲しい。キラキラしてない目が素敵。深くて暗い、それが私は落ち着いた、安心した。その目に私の可愛いを見て、許して欲しい。


 私が見ている世界を、一緒に守って欲しい。


 私の世界を奪わないで欲しい。


「それだけ、それだけだよ。私は……それだけしか思ってない」


 黒いお化けに笑ってみる。ふわふわ浮いてるお化けは笑っていて、そこで私は思い出すんだ。


「あぁ、でも、でもね、最近すごく良い目の子を見つけたの」


 頭に浮かべるだけで笑っちゃう。瞼の裏に浮かんだのは、深い海に沈んだような真っ暗な目。


『これ、ください』


 まだ二回目の来店だって分かるポイントカード。制服にやっと慣れてきたみたいな体。目の下にはうっすら隈があって、玩具みたいな笑顔を浮かべた女の子。


 篝火焚火ちゃん。


 ポイントカードに書かれた名前で知ったんだ。あの子の目は今にも泣きだしそうなくらい寂しそうで、悲しさしかなくて、誰にも手を引かれなかった子どもみたい。全部を諦めた目は、何にも期待してなかったよ。


 女の子の人形を買った焚火ちゃんは、袋に入る人形を警戒しながら見てたんだ。


 他のお客さんと全然違う。型でも取ったのかなって思うくらいにっこり笑ってるのに、目だけは絶対笑ってない。人形を可愛いって見てない、買えて嬉しいって思ってるかも分からない。真っ黒な目で袋を受け取ったあの子に、私は鳥肌が立ったんだ。


『素敵、素敵な目ですね』


 気づけばそう言ってたの。玩具みたいな顔をしてる焚火ちゃんに。


 あの子は私を景色みたいに確認して、会釈して出て行ったよ。


 その時、思った。今までにないくらい、思ったの。


「あの子の目に私の可愛いを見て欲しい。あの子の目、焚火ちゃんの目、あの目が可愛い、可愛いから」


 黒いお化けが顔いっぱいに笑う。私の言葉に合わせて口角が上がり、私は胸の前で両手を握り締めたんだ。


「焚火ちゃん、篝火焚火ちゃんの目が欲しいって思ったの」


 体の末端から高揚感が巡る。あの子の目を思い出して、安心する。


 あんな目をした子がいてくれた。その事実だけで、私は今日も頑張れた。


「そう、それが私。稲光愛恋だよ」


 伝えた瞬間、額を押さえたお化けが笑う。お店に轟く声に肌がびりびり震えて、それでも怖くなかったんだ。


「あぁ、いい、いいなぁ稲光愛恋! やっぱり俺はお前が気に入ったぁ!」


 黒く鋭い両手が広げられる。ギザギザの歯がランプの明かりを反射する。


「俺は人の願望を叶える為に生まれた影法師(ドール)、十五番目の悪魔(ザ・デビル)!」


 ゲラゲラお化けが笑ってる。黒い髪を揺らして悪魔が謳う。


 私は両手を握り締めて、ふわりと近づいた悪魔(ザ・デビル)を見上げた。


「さーさー願ってくれよ、かぁーいー愛恋。お前が俺の願いを叶えてくれた時、俺はお前の願いを叶えてやろう。死者を生前の姿で蘇らせるという願い以外なら何でもなぁ!」


 黒い長髪が私を覆う。黒いカーテンの中に、いるのはお化けと私だけ。


「だから願え、愛恋。お前は俺に何を望む? 何を叶える為なら、人が零した化け物と戦ってくれる?」


 鋭い爪の生えた指が私の頬を撫でる。


 じわじわ口角が上がっちゃうのは仕方ない。


 踵が上がっちゃうのも仕方ない。


 耳が熱くなっちゃうのも、仕方がない。


 お化けが私の願いを聞いてくれる。誰もが私の言葉を遮って、聞きたがらなかった私の声を拾ってくれる。


 あぁ、だったら、だったらね。


 私の願いは、これしかない。


「私の願いは――誰にも私の好きを奪われないようにして欲しい」


 否定してもいい、理解されなくてもいい。分かってもらえなくていい。


 それでもいいから、どうか、どうか、捨てないで。


 私の気持ちを(むし)らないで。


 私の好きを奪わないで。


「篝火焚火の目が欲しい、じゃなくていいのかぁ?」


「うん、うん、いいよ。焚火ちゃんの目は見てるだけで、大丈夫だから」


 だから、お願い。


 伝えたら、悪魔(ザ・デビル)はニヤリと笑ってくれる。


 冷たい空気は私を覆い、高い鼻先が私の顔に触れたんだ。


「聞き届けた」

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