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己の願いに焼かれる前に  作者: 藍ねず
忘却を恐れた束縛少年編
33/113

夜鷹昴は虫の居所が悪い

 例えば、バクを狙ったけど間違って篝火さんに鎖が巻き付いちゃったら、それは事故で許されたりしないかな。


 恋さんが嬉しそうに蝸牛(かたつむり)の解体を終えた時、俺は篝火さんに目を向けた。


 ……うわ、なんだあれ。


 彼女の白く鋭い指からは黒い雫が垂れて、目元には恍惚とした赤が浮かんでる。周りには崩れたバクの残骸が山になっていた。


 恋さんばかり気にしてたから戦っている姿は見なかったけど、あんなに(むご)い見た目していたか? どのバクもなんか、剥がれてるんだけど、色々。


 俺は蝸牛のバクを貰う許可を得てから、恋さんの方に近づいた。


「昴くん」


 弾むような声が俺を呼んでくれる。恋さんは踵を上げて俺の目を覗き込んだから、俺は緩く目元を和らげたんだ。


「……怒った? 怒って、る?」


「顔や喉を掻き毟りたくなるくらいには」


「可愛い、可愛いね」


「恋さん見つけちゃうんだもん。常連さん」


「うん、うん、見つけた、見つけたよ」


 恋さんの目が猛禽類みたいに鋭くなる。彼女の指は俺の目元を撫でていた。


「欲しい、欲しいなぁ。あの子の目。あの子の目が欲しい。昴くんと並べたいなぁ」


「俺の目と並べるの?」


「違う、違うよ? 昴くんと並べるの」


 時々、恋さんはよく分からないことを言う。俺と篝火さんの目を並べるってなんだろう。どういう状況? 俺にはあの子の目を持っておく台になれって? 酷い人だ。でも恋さんがニコニコ笑ってるから、いつも毒気を抜かれてしまう。


「すば、昴くん、手伝ってくれる?」


「なにを?」


「篝火、篝火さんの目を貰えるように。まずは仲良くなって、それから貰うの」


 あぁ、また、腸煮えくりかえりそう。


 ギリギリと笑顔で奥歯を噛む俺に、恋さんは絶対に気づいてる。それでも笑ってるんだ。俺に断る気持ちがないって気づいてるから。


 だって腹立たしさを感じてる俺は、それでも恋さんの「手伝ってくれる?」の言葉に喜んでもいるんだから。


 俺を必要としてくれる。俺の目を見て、俺にお願いしてくれる。


 ほんとにさ、恋さんと出会ってから、俺の感情はままならない。


「いいよ」


 了承すれば顔を明るくした恋さんを可愛いと思うあたり、既に俺の負けだ。


 篝火さん達を確認し、路地に移動してからジキルに戻る。目の前には黒髪黒目の二人が立ち、篝火さんの瞳は真っ黒になった。


 どす黒い目、って感想が浮かぶ。色んな絵の具をぶち込んで、混ぜに混ぜて黒くなりましたみたいな、不気味な感じ。


 俺は恋さんを見ていたくて、篝火さんから直ぐに目を逸らす。恋さんは一生懸命今日のお礼と家へのお誘いをしており、傍から見ると健気だ。そうだよね、俺にお願いしたのは手伝いだもんね。恋さんも頑張っちゃうよね。あぁ畜生。奥歯割れそう。


「すみません、実はこのあとバイトを入れているんです」


「あ、あ、それは、ごめんなさい」


「いいえ、お誘いありがとうございます。またの機会があれば」


「はい」


 明らかに恋さんが残念がる。肩も声のトーンも落ちちゃった。その表情に俺の苛立ちは募り、さらりと人波に紛れた篝火さんと、着いていった焔さんを視線で追った。


「急ぎ、急ぎすぎた……」


「そうだね」


「……ざ、残念。またの機会っていつかなぁ。連絡先も、交換できなかった……」


 しょぼしょぼと項垂れる恋さんが可哀想で、俺の内面が喧嘩する。連絡先ないなら暫く会えないね、なんていう邪な俺が笑ってる。しかしそれを殴り飛ばすのは恋さんが悲しんでるだろ! と怒る俺なのだ。


 恋さんが悲しいのはやだ。悲しい時、悲しい理由である篝火さんのことばっかり考えるかもしれないし、普通に悲しい顔を見たくない。


「ちょっと待ってて、聞いてくるから」


「え、す、昴くん、」


「任せて」


 俺は笑って人波に紛れる。焔さんの着物のお陰で二人は直ぐに見つかり、俺の鳩尾がすっと冷えた。


 畜生、なんでお前ら光源してるんだよ。


 なんで恋さんのこと悲しませてるんだよ。


「アルバイトなんてしてたか?」


「してますよ。ドラッグストアで品出し業務」


「なら急がないとな?」


「土日しか入ってないんで今日は休みです」


 あ、このド畜生が。


 また俺の内情が喧嘩する。明らかに篝火さんが恋さんを避けてる。ならこのまま避け続けてもらった方が俺としては得ではないか。


 でも駄目だ。それは恋さんが悲しい。役に立たなきゃ。「ありがとう」を貰えることをしなきゃ。絶対に捨てられない保証はないんだから。


 止まり木の俺が捨てられないために、俺は恋さんを喜ばせる良い子でいるべきだ。


「そんなに嫌だったのか、稲光少女からのお誘い」


「気乗りしなかったのもありますが、稲光さんより夜鷹さんですよ。やはり怖いです。稲光さんに近づきすぎると夜鷹さんに殺されそうで」


「なんだ分かってるじゃん」


 思わず本音が零れてしまう。


 篝火さんと焔さんの背骨に指を添えたら、二人の空気が変わった気がした。別に立ち止まらなくていいんだよ。


「歩いてよ。目立つから」


 歩き出した二人に続き、俺は深呼吸する。


 篝火さんには俺が怖く見えてたのか、殺されそうだって思うくらいに。でも俺より怖いのは恋さんかもしれないよ。君の目を欲しがってるから。


 あの人は、笑顔で君の目を抉れる人だよ。


「嘘つくなんて酷いな。恋さん残念がってたよ、篝火さん」


「すみません。しかし夜鷹さんにとってはよかったのでは?」


 どうやらこの子の黒い目は俺を見透かしていたらしい。


 怖い子。気味の悪い子。バクをぐちゃぐちゃにするおかしな子。


 そんな君と仲良くなって、目が欲しいって恋さんは言うんだ。


 だから俺は、俺だけでいいじゃんっていう本音を潰すよ。そういうの全部潰して、恋さんに良い子だって褒めて欲しい。離れないで欲しい。


 言葉では足りない。行動で示す。それが一番確実で、相手に伝わる方法だから。


「そりゃ俺としてはいいけどさ、駄目だよ。駄目だ。恋さんが悲しいのは駄目だから、俺の気持ちは潰していい」


「何を御望みかねぇ、夜鷹少年」


「特に焔さんに用事はないよ。恋さんが用事あるのは篝火さんだから、俺も篝火さんに用事があるってだけ」


「蚊帳の外とは寂しいじゃないか」


「事実、焔さんは外だよ。俺と篝火さんを放っておいてくれるって言うなら帰ってもらっていいし」


「約束しかねるので帰らないでおこう」


 うわコイツもムカつく。


 飄々とした素振りや口調でいるくせに、絶対変えない意思が真ん中にある感じ。ムカつくし面倒くさいなこの男。俺は篝火さんから連絡先聞いて、ちょっと仕込んで帰ろうとしてるだけなのに。


 焔天明。


 この人、食えない。なんか神経逆撫でされる。だからもう敬語なんて使ってやらない。あと少年呼びやめろよ、それは何視点だよ。焔さんが言うと違和感ないからムカつくな。


 会話の中で俺が恋さんからの「ありがとう」を求めているのだと告げれば、二人の空気に疲れが見えた。なんだよ、別に理解してくれなんて言ってないだろ。これは俺の勝手な感情だ。


「褒められたいから聞くのか、少年」


「その想い半分、恋さんが喜んでくれるから半分だよ。あとその少年って呼び方やめてもらえない?」


「なんだ、俺より年上だったのか? 俺は高三だが」


「高二だけど一つしか違わないのに少年呼びとか虫唾が走る」


「口が悪いなぁ、少年」


 コイツ絶対おちょくってる。


 俺のこめかみに青筋が浮いたところで篝火さんが観念してくれた。俺は彼女を建物の方へ追いやり、スマホを借りて連絡先を交換する。


 どうやってスマホを借りようかと思ってたけど、「貸して」と言えば簡単に渡してくれた。俺が言うのもなんだけど、この子やっぱりズレてないか?


 俺は連絡先を登録するのと一緒にGPSアプリをインストールしておく。アイコンは隠して、あとは俺のスマホでログインすれば篝火さんの所在は俺の手の中だ。よし。


 満足してたら焔さんとも交換する流れになって溜息がでる。この人ほんとに嫌い。鬱陶しい。なんで篝火さんはこの人と一緒にいるんだよ。絶対合わないでしょ。


「じゃ、恋さんから連絡あったらぜったい返事してあげてね」


「はい」


 念を押して俺は恋さんの所に戻る。


 元の路地にしゃがんで待っていた恋さんは、俺を見上げて目を丸くしていた。


「ただいま、恋さん」


「ぉ、おかえり昴くん」


「はい、これ篝火さんの連絡先。教えてもらったよ」


「え……え!!」


 勢いよく立ち上がった恋さんに笑ってしまう。彼女はあたふたと連絡先を登録し、顔を明るくしてくれた。


 よかった、もう悲しそうじゃなくて。


「あり、ありがとう、昴くん!」


 その言葉だけで、体が熱くなるほど嬉しくなる。


 俺は何でも頑張れちゃうんだ。


「なんてことないよ」


 ***


「また、またフラれちゃった……」


「そっかそっか」


「今日も、今日もハイドで会えるかな?」


「会えるよ、任せて」


 昼休みの電話越しに恋さんの声を聞く。彼女は今日も篝火さんをお誘いしたらしいけど断られたみたいだ。委員会、バイト、呼び出し、体調不良などなど。色々なネタで断り続ける篝火さんは俺に殺されたくないらしいが、俺は恋さんと会ってもらわないと困るんだ。だから見つけるよ。


 ハイドでは流石にGPSも効かないけどさ、ジキルのどの辺りで消えたかが分かればこっちのもの。だから俺は恋さんに「今日はこの辺から」なんて笑って、ハイドで篝火さん達を見つけ出すのだ。


 その度に篝火さんは落書きみたいな笑顔を浮かべる。最近の焔さんは不機嫌な空気を隠さなくなってきたけど、こっちはこっちで考えがあるんだ。負けないよ。


 俺は恋さんに頼られることに喜びながら、篝火さんを見つける度に嫉妬する。


 そんな暗い目をしてたらさ、そりゃ恋さんだって気に入るじゃん。なんでそんな目をしてるのさ。俺と同い年なのに何があったの。俺だってそこまで(すさ)まないって。


 篝火さんと焔さんも強かった。光源が一か所に集まるせいでバクが増えるらしいけど、殴るし燃やすし、恋さんは凪払うし。俺は鎖を振りながら地面にバクを叩きつけ、篝火さんを「焚火ちゃん」と呼ぶ恋さんに頬の内側を噛み切った。


「昴、それは自傷なのかい?」


「違うよイドラ、ごめんね」


「構わないよ」


 俺の旋毛(つむじ)に寄り添うイドラ。俺は流れない血に慣れ切って、口の端を拭っておいた。バクが多いな畜生。


 恋さんが欲しがってる篝火さんの目。


 もしもそれを俺が取ったら、恋さんは褒めてくれるのかな。


 漠然と考えることが時々ある。けれど篝火さんに俺が近づくには焔さんが邪魔でならなかった。あの人、俺と恋さんのこと嫌いだ。絶対。言い切ってやる。


 それでもめげずに篝火さんのGPSを俺は見続ける。今日は夕暮れの高架橋近くに来ていた。恋さんを迎えに行こうとしたら「急な委員会で」と連絡があったので渋々一人で来た。早く来ないかな、恋さん。落ち着かない。


 スマホを眺めながら待っていると、恋さんからのチャットがきた。


 〉ごめんね、もう着きます


 それを見て返信を考える。急がなくていいよ。さっき篝火さんはハイドに行ったみたいだけど、普通に間に合う。今日もたまたま偶然出会おうね。


 俺が画面に指をつけると、草履の音が聞こえた。


「夜鷹少年、なにしてる」


「恋さんと待ち合わせだけど」


 あぁ、面倒な焔さんに見つかった。今日も白い着物に白い袴で夕焼け色が映えている。


 これは好都合なのかな。彼が篝火さんと一緒にいないってことは、恋さんが篝火さんに近づくチャンスなんじゃないかな。すごく虫の居所が悪くなるけど。


 〉ごめん。先にハイドに行ってて


 〉大丈夫?


 〉大丈夫。焔さんと少し話すだけ。今なら篝火さんとお話できるかもよ


 〉分かった。ありがとう。気を付けてね


 恋さんからの「ありがとう」を目に焼き付けて顔を上げる。焔さんに待ち合わせ場所の変更を言われたけど、そんなの今更意味ないよ。


 彼の顔から笑みが落ちる。


「お前達がいるとバクが(たか)る。供給過多だ。寄るな」


「恋さんが望んでるんだ。俺は行動を変える気はない」


 射抜くような焔さんの黒目を見返す。この人は飄々としてるようだけど、きっと違う。篝火さんに向ける片頬だけ上げた笑顔は意地悪だけど。


 この人は、人との距離の詰め方を知らない人だ。


 それはきっと恋さんもだし、俺も知らない。篝火さんもきっと知らない。みんな手探りで相手の傍にいようとして、ちょっとずつ間違えて、それでもなんとか繋がろうとしてる。


「アルカナ」


 燃え盛る業火から出た白い大筆。それを掴んだ焔さんは、篝火さんに俺達を近づけたくないってずっと示してる。


 俺だって別に近づきたくはないよ。


 それでも、仕方ない。あの人が望んだんだ。あの人のお願いなんだ。


 なら俺は、ちゃんと叶えられるように動いてみせる。


「アルカナ」


 俺の首を覆った岩石の(つぶて)。それが弾ければ鎖と錠前が現れて、俺の首に巻きついた。


 光源と戦ったらどうなるんだろう。きっとレリックより強いんだろうな。目だけは守ろう。俺の目が無いと、きっと恋さんは悲しくなる。


 そこで違和感が俺を撫でる。高架橋を通らない車。人の声のしない街。


 あぁ、しまった。これはちょっと間違えたかも。


「レリックが近くにいるね」


「ならばお前の大事な稲光少女が危険かもしれないな。こちらに向かっているんだろう?」


「危険、か……」


 見当違いな焔さんに苦く笑う。錠前を外して、鎖を伸ばして。


 恋さんが危険? そんなことないよ。だってあの人強いから。レリックがくれば花を飛ばして喜んで、何の迷いもなく裁縫を始める。


「恋さんは、一人で十分強いけどね」


 あの人ほど、自分に忠実に殺す人なんていないでしょ。


 趣味に没頭する彼女を守る為にも、俺は傍に行かないと。


 俺の思考に応えるようにイドラが現れてハイドに飛ぶ。俺は直ぐに高架橋の照明に鎖を巻きつけ、焔さんを置いて飛び出した。


 宙を飛びながら水の柱をみる。今まで見てきたレリックのものより格段にデカい。マジか。


「イドラ、あれは?」


「おや、水の(キング)だね。懐かしい」


 俺の頭にべったりくっつくイドラに呆れる。もうちょっと危機感もってよ。誰の為にレリックと戦ってると思ってるのさ。


 鎖を伸ばした俺は、水のキングに鋏を叩き込む恋さんを見た。彼女の背後には猪みたいな風貌の人がいる。白い短髪。誰だあれ。


「あ、」


「うお、」


 俺が一瞬だけ余所見をすると、篝火さんが猛スピードで目の前を通り過ぎた。彼女は素早く銀の靴から風を噴射し、控える影法師(ドール)が腹部を押さえている。


 俺は来た方とは反対側から集まるバクに気づき、篝火さんを無視して高架橋に降り立った。


 恋さんなら大丈夫。水のキング、今日はどんな作品になるのやら。


 俺は鎖を宙に広げ、彼女の邪魔をさせないためだけにアルカナを使った。

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