5/10 ナッくんの名前を呼んでみた
先代ハルくんは自分の名前がわかっていた。
「タヌ〜?」と呼ぶと無反応。
飼い主のリュックの中身をチェックするいたずらに夢中で、こっちを向きもしない。
「ハル〜?」
そう呼ぶと、一瞬動きが止まってから、
「なんだよ?」みたいな顔でこっちを向き、寄って来る。
「おやつか?」
「呼んでみただけ」
「あっ! 撫でるな! そっ……、そんなことされたくて来たわけじゃないんだからな!」
ナッくんは呼んでも来ない。
私「ナッく〜ん?」
夏「……(高い所を見上げている)」
私「ナッくんっ」
夏「……(歩き出した)」
私「おいで、ナッくん」
夏「……(お尻をこちらに向けて、どこかへ歩いて行く)」
私「ナッくん! ミルクあげようか!」
夏「……(意味がわかってない。あっちへ行ってしまった)」
自分の名前がわかっていないどころか、大好きなミルクの名前すら知らないのだ。
お風呂に入っていたら、外でガサゴソと音がした。どうやらナッくんが扉のすぐ外にいて、スーパーのビニール袋を持って来て遊んでいるようだ。
扉のすりガラスには何の影も写っていない。
ふと、思いついた。
ここで名前を呼んだら、すりガラス越しに顔ぐらい見せてくれるんじゃないだろうか、と。
呼んでみた。
「ナッくん」
しーん……。
「ナッくん?」
反応がない。
「ナッくーんっ!」
すりガラスの向こうで白い影が激しく動いた。顔は見えないが、何やら頭を激しくイヤイヤするように振りまくっている。
好意的に見れば飼い主の姿を必死に探しているようでもあったが、意味はよくわからなかった。