1/17 ナッくんと飼い主の戦い
ナッくんが膝の上に前足をかけて、じっと私を見ている。
スマホを見る私の手をカジカジしてくる。
撫でようとするとエビみたいに素速く後ろへ逃げる。
どうやら遊んでほしいわけではないようだ。遊んでほしい時は私の手を抱きしめてさらにカジカジしてくるのに──
その目が訴えている。
『ミルク……くれ』
「さっき飲んだばっかりでしょ」
放置してスマホを見る飼い主。
しばらくすると、引き戸がガタガタいいだした。
開けられないよう、暖房が逃げるのを嫌って対策を施してある。プラスチックの棒を貼りつけてブロックしてある。
見ると自慢の長い身体をいっぱいに伸ばして、プラスチックの棒の上に両手をかけて頑張っている。
先代ハルは頭脳派だった。
障害になっているものをまず取り除いてから四本の足すべてをカタパルトのように使ってスパーン! と引き戸を一瞬で全開にした。
何をしても無駄だと飼い主は諦めていた。開ける頻度が多くないので、そんなに迷惑に思った覚えもない。
ナッくんは根性派だ。
障害など見えていないように、ただ目的のところだけをひたすらに見つめる。頑張って出来ないことはないと信じている。
引き戸が閉まっていたら『ここは開けとかないとだろ』みたいにいちいち15センチぐらい開けてくれやがるので、すごく迷惑だ。
「ナッくん」
呼ぶと、背伸びをしたまま振り向いた。
「だめよ」
嬉しそうに歩いてきた。私がミルクをあげる気になったと思っているようだ。
しばらくじっと飼い主を見つめていたが、怒ったように向こうを向くと、また引き戸チャレンジに取りかかる。
ガタ……ガタ……
開けられるわけがない。
開けられてたまるか。
ガタガタガタ……!
ま……、まさか……?
ガラッ!
15センチぐらい開けると、キッチンのほうへ出て行きかけて立ち止まり、くるっと振り返る。開いた隙間からじーっとこっちを見ている。
『ミルク……くれる気になったか?』
ここでミルクをあげたりしたら、引き戸を開けたらミルクがもらえると思ってしまうかもしれない。ナッくんにも学習能力があると最近知ったばかりだ。
無視していると──
ガタ! ガタガタガタ!
な……、なんだ?!
今度は反対側の引き戸がガラリと開いた。
しまった! こっち側は家具を置いてブロックしているが、向こう側には何も対策してなかった……。
しばらくキッチンで何かしていたようだったが、すぐにまたこっちに戻ってきた。
『ミルク、くれる気になっただろう?』
考えた。
ここでミルクをあげたら引き戸とミルクを関連づけて学習してしまうかもしれない。
でも、それでミルクがもらえないとわかっても、しつこくいつまでも同じことをやり続けるのがナッくんだ。
結局、おかわりをあげた。
この勝負、飼い主の負け!